第三十九話:2026/4月分【リワード】
脳内会議室に『観測者』と『社長』が横並びで椅子に座り机の向かいに私が座っていた。なんだろう、圧迫面接みたいな雰囲気出てる。朝の四時からこれはきつい。最近黒いジャージしか着てなかった『社長』が今日は上下のスーツでバチっと決めて、足を組んで椅子の背もたれに体重預けて煙草吹かしてる。いつもはのほほんとした、のらりくらりな森の主的な態度なのに、今日は……あの、社長通り越して裏社会の幹部になってない?
心の「安心基地」として作ったんだけど、心理学と脳科学ってややこしいなあ。
私が昭和後期と平成初期を幼少期を過ごしたからか、会議=男性上司は煙草吸うのに違和感なしみたいな価値観と記憶が入っている。『社長』はわりと『五歳の子』と『創作者(七歳)』の前でもたまに煙草を吸っている。元看護師のため副流煙も慢性閉塞性肺疾患や五つのガンや動脈硬化などのリスクも分かっている。しかーし、ここは脳内だ。副流煙の実害効果は完全無効、今ほど上げた病気リスクもなしにできる魔法が使える。なぜ私は『社長』が煙草を吸うのを止めないか、昭和の大スターは愛煙家だったから。それがカッコいいと言うイメージが取れないのだ。火の取り扱いに注意してくれればいい。
現実の愛煙家である父にはたまに禁煙を促している、孫の前では吸わないじいじだが一日一箱は吸いすぎだろう。正直、個人的に言えば吸いたきゃ吸えばいいと思う、健康もお金も減るのは本人が一番分かっているし分煙してくれるならいいのだ。しかし、私が長いこと何も言わなかったら、姉に「お父さんに長生きしてほしい、お父さんが大事だから煙草減らしてとあんたからも言ってよ。看護師ならわかるでしょう?」と言われた。なるほど、禁煙を促すことの意味に愛情表現があったのか。それからは、帰省時にたまに父に禁煙するように言っている。「じいじに長生きしてほしいよね、ママも娘ちゃんも息子君もじいじ大好きだもんね?」と子どもたちと一緒に父に言っている。父は「そうかあ、じいじのこと好きか」と孫の頭を撫でている。
父は禁煙の話題を出すと困った顔になる、本人は乗り気じゃないらしい。禁煙って根性じゃどうにもならんから、禁煙外来連れていくかと姉に話すとそこまではと言われた。難しいな。ただ、祖父母の命日や母の命日前後にに喫煙量が増えるのはそっとしておいていいんじゃないかと思う。
「なろうリワード:97」
最初に口を開いたのは『観測者』だった。横道に逸らしていた記憶・考察・妄想を引っ込めよう。黒いクローク見た目が暑苦しいが、まだ朝方は肌寒いからいいか。手元にはA4用紙を持っている。さっき、なろうのリワードが出た。今年の三月二十九日に執筆を開始してから、初めてのリワードである。
「記録する」
カリ、とペンが走る。
「2026年4月。月間PV約1500。ほぼ毎日更新。固定読者推定10名。チアスコア1734.30。リワード97」
作者である私は、そわそわしながら聞いている。『社長』は煙草を灰皿に押し当ててから腕を組んで椅子に再びもたれていた。なんか私しゃべっちゃいけないんでしょうか?あの、私の脳内ですよね、主導権は私ですよね?ね?
「で?」
低い声の『社長』の一声に『観測者』は微動だにせず続ける。ト〇ロになれるってネタバレなかったら脳内にこんなの置いておけない。すごいなト〇ロ、さすが日本が誇る最高のアニメーションだ。
「仮説の一部が立証された」
「何の仮説だ」
「こいつの文章は収益化可能である」
『社長』が鼻で笑う。おかしいな、『社長』って『Kindle出版舐めてたら全部でつまずいた専業主婦の記録 ――パソコン苦手な私が地獄を見た話』の頃はあんなにノリが良かったのに今はこれだ。時の流れは二か月も経ってないのに、時空乱流でも起きたのか?タイムパトロールみたいな警邏部隊つくる?
「九十七円でか」
「九十七円でだ」
『観測者』は平然としている。真面目な話だ、そろそろ真面目に聞こう。
「ゼロ円ではない」
「それは知っている」
「知っているのと証明されたのは違う」
そこで、少しだけ『社長』の目が細くなる。『観測者』は続けた。
「我々は今まで『もしかしたら』で話していた。文章は金になるかもしれない、読者はいるかもしれない、作品は届くかもしれない」
そして顔を上げる。
「だが今回は違う」
用紙を机に置いた。
「金になった」
私は、そうなんだよなぁ……と思う。金額としては少ない、でもゼロじゃない。その感覚をうまく言葉にできない。すると『社長』が口を開いた。
「赤字だな」
即答だ、私は思わず肩を落とす。観測者が頷く。
「その通り」
「執筆時間は?」
「家事育児をしながら構成を組み立てて、連日4時間前後で執筆、AIと加筆修正に2時間」
「毎日投稿だろう」
「そうだ」
「なら人件費換算したら大赤字だ」
「同意する」
私はさらにしょんぼりする、病院で看護師として働いた経験しかないし他の職種で働いたことがないのだ、この在宅ワークでの働き方の客観的な評価ができない、振り返っても精査できる経営学の知識と経験が私にはない。そのため今回は『観測者』も『社長』も最初からAIと繋いでいる。繋いだら『社長』から森の守護者感が消えた。なぜだ。『観測者』がこちらを見た。
「落ち込む必要はない」
「どっちなんでしょう」
思わず突っ込む。もう、しゃべっていいよね。『社長』が肩をすくめるように口を開く、ちょっと圧が減った、もっと減らせ。
「経営の話をしている」
『観測者』が補足する。
「創作の話ではない」
『社長』は机を指で軽く叩きながら話した。
「赤字事業と失敗事業は違う、世の中には赤字の成功事業がある。黒字の失敗事業もある」
私は少し考える、分からん。
「……どういうこと?」
『社長』は書類の数字を指した、97。その数字を。
「この九十七円をどう見るかだ、俺が興味あるのは九十七円じゃない。固定読者十人だ」
『観測者』が即座に頷く。
「同意する」
二人とも同じ方向を向いていた。『社長』が続ける。
「九十七円は結果、十人は原因だ。結果(売上)を追うな、原因(顧客)を追え」
『観測者』が補足する。
「なぜ彼らは来た、なぜ残った、何を読んだ、どこで知った、何に反応した、それを調べる」
私は腕を組む。
「でもさ、私は嬉しいんだけど」
『観測者』が頷く。
「当然だ」
『社長』も頷く。
「当然だな」
意外だった、もっと冷たい反応だと思っていた。『社長』は腕を組み直す。
「勘違いするな、九十七円が嬉しいんじゃない」
「違うの?」
「違う」
『社長』は私を見た、まっすぐにいつものように脱線するなという視線で。
「お前が嬉しいのは、お前が決めた商品が売れたからだ。……看護師は病院が決めたことをやる仕事だ、クラウドワークスも発注者が決める仕事、家事・育児も必要な仕事だがある程度決まっている」
「だがこれは違うぜ」
机を指先で叩く。
「誰にも頼まれていないし、お前が勝手に書いて、勝手に公開して、勝手に売った」
そして。
「それに値段が付いたんだ」
私が頷くと『社長』は笑った。
「この数字は小さいんだ。めちゃくちゃ小さい。看護師時代と比べたら笑っちまうほどにな」
私は苦笑する、本当にそうだ。看護師時代の正社員時は手取り三十万、パートになって二十万弱に変わり残業するとプラスアルファになっていた。桁がまるで違うのだ。けれど、社長は続けた。
「だがな、0から97まで行くのは難しい」
『観測者』が頷く。『社長』はノートパソコンの画面を指した。
「例えばな。お前、クラウドワークスで三か月いくらだった?」
「三十九円」
「なろうは?」
「一か月で九十七円」
「よし、つまりだ。市場価値が二・五倍になった」
「そう!そこなのよ」
思わず力強い声が出た、『観測者』が補足する。
「厳密には比較条件が異なる」
「だが傾向は見える」
『社長』が続ける。
「クラウドワークスは他人の商品を作る仕事だ」
「うん」
「なろうは自分の商品を作る仕事だ」
「うん」
「結果は?」
「九十七円」
「違う。結果は固定読者十人だ」
『社長』は続ける。
「九十七円は売上で十人は顧客だ」
まずい、まだ良く分かってないぞ、私の脳みそ。『観測者』がメモを取る。
「売上と顧客は別概念」
「そういうことだ」
『社長』は椅子にもたれた。
「売上は消える。今月百円でも来月ゼロはある」
それは嫌だ。
「だが顧客は違う」
「違うの?」
「十人がまた来月も読むなら資産になる」
資産、私はその言葉を頭の中で転がした。
「資産って家とか土地じゃないの?」
『社長』が笑う。
「昭和か」
「昭和だよ、いつもにこにこ現金払いよ。今月三回目の夫からdポイントカードで買い物しろって言われたわ。銀行口座の引き落としできるだけすごいと思って欲しい」
「うわあ」
今度は『観測者』まで無言で引いていた。なんでだ、私は現代人だぞ。スマホもAIも、パソコンだって使っている。機能の三割は使えている、残りの七割は知らん。
『社長』が額を押さえる。
「経営の話をしてるんだ」
「してるよ?」
「してねえ」
なんだこの不毛なやり取り。すると『観測者』が助け船を出した。
「問題は金融知識ではない」
『社長』が頷く。
「資産という言葉の定義だ」
嫌な予感がする、また知らない単語が出てくる。難しいのは止めてくれ、そろそろ頭から煙が立つぞ。
「家も土地も資産だ」
「うん」
「現金も資産だ」
「うん」
「じゃあ質問だ。お前の作品が百話になったら消えるか?」
「消えない」
「二百話になったら?」
「消えない」
「三百話になったら?」
「たぶん消えない」
「よし、じゃあそれも資産だ」
何がよしなんだ、そんな考え方をしたことがなかった。
「お前は今まで労働しかしてこなかった、看護師もクラウドワークスもそうだ。働く、金が入る、働くのをやめる、金が止まる」
私は頷く、それは分かる。
「だがコンテンツは違う。四月に書いた話が五月に読まれる。六月にも読まれる。来年も読まれるかもしれない」
「確かに」
「つまりな、お前は今、売上を見てる。俺は在庫を見てるんだ」
「在庫?」
「商品だな」
そこで『観測者』がメモを読み上げた。
「現時点、公開全話数六十六話」
「六十六個の商品が並んでいる状態だ」
私は思わず首を傾げる。
「商品?」
「「商品だ」」
二人同時だった。なんか怖い。
「お前は作品だと思ってる」
「作品だよ」
「だが市場から見たら商品でもある」
その言葉で考えた、私は創作をしている。でも公開している以上、読まれれば数字が出て分析できる。なら、商売の対象にもなる。ということで合ってるのかな?
「だからな、喜んでいい」
「お?」
「だが九十七円を見るな」
「じゃあ何を見る?」
「六十六話だ」
私はこの二か月で書いた作品一覧を見てみる。
「四月の売上は九十七円。だが話は残った。固定読者十人も残った。そっちの方が価値が高い」
『観測者』が最後に一言だけ付け加えた。
「補足。九十七円は利益ではない」
「なに?」
「証拠だ。ーー読者が存在する証拠」
ペンを置く『観測者』。そして『社長』が、灰皿を指で回しながら笑った。
「経営者はな、最初の百円より、最初の客の方が嬉しいんだよ」
経営学の話は難しいが、『社長』のその言葉には完全に同意する。
世界に向かって『これが私です』って商品を並べたんだ。誰かが立ち止まったくれた、それだけで十分事件だ。そこから読んでくださった方がいた、私の考えに興味を持って読み進めてくださった方がいた。一人だけでも奇跡なんだ、元職場でコミュニケーションエラーのレジェンドと伝道師の二つ名をもらった私が書いたこの取っ散らかった小説だ。友達にも親にも夫ですら、私の思考全開でこの小説みたいにしゃべったことはない。できない、大事だからこそできない。
この気持ちをわかってくれる方はいるだろうか。ずっと変だよ、おかしいよ、気持ち悪いよ、と言われてきた私にとってのこの出来事は、
涙が止まらないくらい嬉しいことなんだ。
心は黒字経営です。九十七円という数字以上に、「読んでくださる方がいる」という事実をいただきました。あなたの、そして皆さまのおかげです、本当にありがとうございます。




