第三十五話:『社長』をつくろう、中
私がそう言ったら、胸の中がそわそわした。不安や恐怖ではない種類の落ち着かない感じで漫画や小説だと虫の知らせや第六感的なアレ的な?似てるような。こんな考えはどうかな、と計画の穴がないかチェックしたいときの第三者召喚のような。今までは私の感情が動いていると思ったが、どうやら『私の頭の中の機能』が起動する感覚だった。
「誰か近くにいる?」
「いるぞ」
「誰ですか?」
「『女王』と『司令塔』だ、入ってもいいか?」
「どうぞ、どうぞ。ついでに相談に乗ってくれい」
『女王』が即答した。イメージとしては会議本部室内に私がいて、部屋の外にノックがないから私が扉を開けずに口答で確認する、声と言うか相手の情報が出たら私が入室許可を出す。ちなみに『五歳の子』『創作者(七歳)』『戦車』『観測者』はすり抜けることがある。仕組みがよく分からない。入ってきた『女王』は今日も深紅のドレスが派手だなあ、赤い色が好きだから着てるの?と、この前聞いたら「お前が流した血涙の色だな」と言われた。ジョークなのか本気なのか分らんかった。
脳内外在化メンバーをもう一人増やしたい理由と個体情報の概要を二人に話した。二人はそのために来たと言う。
「増やすこと自体はいいんですよ」
『司令塔』が口を開く。
「問題は“どう作ろうとしてるか”です」
「どうって?」
「あーもう、絶対やると思いました」
『司令塔』が額を押さえた。
「ちよさん、私と『女王』を混ぜて最強仕事キャラ作ろうって考えましたよね?」
「そうだよ?」
「ほら見ろ」
『女王』が呆れたように言う。
「いやだって、二人とも仕事できそうじゃん」
「できるに決まっているだろう」
「でしょう?」
「却下だ」
『女王』にぴしゃりと言われて私はコタツの天板に突っ伏した。
「なんでダメなの?」
すると『司令塔』が詳しく説明を始める。
「私と彼女はもう機能固定されてるんですよ」
「機能?」
「役割ですね」
『司令塔』は指を折った。
「『女王』は愛と誇り、私は愛と判断・指揮」
「うんうん」
ちなみに全メンバーが担当分野ごとに分かれているとのこと。みんなが必ず愛も担当している、正直言えば愛って良く分からないし好きとどう違うのか私は答えられない。以前『法王』が教えてくれた。私の愛は娘と息子と夫だと言っていた、もし私が闇落ちして子どもたちを連れて行く時は『女王』が私を刺して止めてくれるとも。他の子たちも機能別に止めてくれるとも言っていた、素晴らしい保険だ、ありがたいと思ったら『法王』がそうならないように皆で支えますからねと困った顔をしていた。私が死んだら脳内外在化メンバー皆が死ぬんだった、一緒に死んでくれ、ではなく一緒に生きよう。命大事に。
「愛についてはいつか大会議をしましょうね、今は話を戻しますよー。ビジネス能力と稼ぐ機能を無理やり統合すると、バランスが崩れるんです」
『女王』も頷く。
「システムに無理な増設をするな」
「パソコンみたいだね」
「かなり近いぞ」
「メンタル増設パック失敗編みたいになるんですよ」
『司令塔』がさらっと怖いことを言った。すると『女王』が、じっとこちらを見た。
「あと、もう一つある」
「?」
「お前、上司のイメージがまだ男で固定されているな」
「……なんですと?」
一瞬、意味が分からなかった。だが『女王』は当然のように続ける。
「もし今、仕事特化型メンバーを作れば、有事の際にそいつは我らより立場が上になる」
「上?」
「お前の中で仕事と権力が結びついているからだ」
私は言葉がでなくなった、『女王』は続ける。
「そしてお前の中では、社会を回している側のイメージが、まだ男性寄りだ」
「……あ」
「気づいたか」
言われてみれば、そうだった。看護師時代の院長、理事長、事務部長。思い浮かぶ顔は、全部男性だった。看護の師長や部長は女性だったが病院運営の長は一律男性陣だった。
家庭もそうだ、祖父、父、義父、夫。主権を持つ側のイメージが無意識に男性へ寄っている。なら、社会は、企業は、政治は……。
「もちろん現実には女性上司も女性社長もいる、女性も総理になった」
『司令塔』が補足する。
「でも、ちよさんの社会を動かしてる人のイメージはまだ男性側なんですよ」
「ああ、そうだわね」
私は天井を見た。ホワイトカラー、営業、管理職、力仕事でも。働いて社会を回す側のイメージが男性寄りになっている。逆に家事育児は女性で綺麗に分かれていた。
「お前が育った環境だ。男は外、女は内。男が決め、女が支える。そういう空気の中で育った」
「でも女の人も働いてたよ?畑、内職、パート、正社員、自営業とか、男性よりガンガン仕事して家事子育てしてた人もたくさん見てきた」
「知っている。だがお前の認知に残ったのは“最後に決めるのは男”だ」
『女王』は肩を竦めた。
「理屈で知っていることと、無意識に信じていることは別物だ。認知は説教では変わらん。経験で変わる。焦るな。働いて稼いで決める側になれば勝手に更新される」
私は首を傾げた。
「でも私、働いたよ、稼いだよ」
私は看護師だった。産後は夜勤のない週五日のパート勤務に変わったが、それでも夫より給与が多かった時期がある。看護師が「女にとって一生ものの資格」と言われる理由を、私は身をもって知った。もっとも、私が知っているのは田舎だけだ。東京の看護師の給料を初めて知った時は、ぶったまげた。こちらの倍。「わぁお」と思った。同時に「いや、物価も倍違うんじゃないか?」とも思った。
こちらでは、近所から野菜が飛んでくる。卵も飛んでくる。子どもの服もおもちゃもそうだ。たまに鹿肉や川エビとか業務用の食材も。もちろん物理的に飛んでくるわけではない、気づいたら玄関に置かれているのである。
この前世話になったから、たくさんできたから、たくさんもらったから、お前んとこでコレ好きなのいたろ、子どもまだ小さいだろ?そんな理由で物が循環しているため半分経済圏である。だから都会と単純比較はできない。
田舎は別に男の給料が高いわけじゃない。夫婦で働き、実家や義実家と助け合い、地域とも支え合って、ようやく生活が回る。看護師になってから気づいたが、私の故郷はたぶん豊かな地域ではなかった。
少なくとも、余裕のある地域ではない。だから女たちも働いた。畑をして、家事をして、子どもを育てて、パートに出て、自営業をして、会社に勤めて。男より働いていた人だって珍しくなかった。
『女王』は頷いた。
「だからこそ言っている、お前は働く女は知っている。だが決める女を知らない」
『女王』はあっさり言う。かなりすごいこと言ってるよ、なんかグサッと来る。
「金を稼ぐことと、決定権を持つことは別だ。お前が見てきたのは、働く女たちだ。だが最後に話をまとめ、決定権を持っていたのは誰だった?」
頭の中に浮かぶ顔は、やはり男性ばかりだった。
「……」
「そういうことだ、良い悪いという話ではない。明確な男尊女卑でもない、そういう空気と時代がたしかにあった、お前はその時代で育った、それだけだ」
「理解できるけど納得したくないぃ……」
「お前が悪いわけでもないし、昔の人間が悪いわけでもない。ただ認知の土台はそうやって作られる。わかっているだろう?」
わかってるけどさあ、分かっている。理屈では頭では、でも感情が「そうですかそうですか」と素直に頷いてくれない。むしろ「ぐぬぬぬぬ」ってなっている。そして何よりつらいのは、『女王』が今、完全に慈しみモードに入っていることだった。偉そうに腕を組んでいる時ならまだいい、怒っている時もいい。今は民を想う女王である。静かで穏やかで理解を示していている。超かっこいいし大変麗しい。女王は肩を竦めた。
「なので新しく作れ」
「しんみり終わるの早くない?」
「お前のお家芸だろう」
「そうだった」
「我らの延長ではなく、仕事に特化した別個体を錬金しろ」
「じゃあ男?」
『女王』と『司令塔』が顔を見合わせた。
「現段階ならその方が自然ですね」
『司令塔』が言う。
「少なくとも千代さんの認知構造的には」
「でも悔しくない?」
私がそう言うと、『女王』が鼻で笑った。
「別に無理して思想を先取りする必要はない」
「思想なんだ」
「認知は体験で更新されると言っただろう」
『女王』は当然のように言う、『司令塔』も頷いた。
「もし今後、在宅ワーク軌道に乗せて、開業届を出し決定権を持って自分が稼ぐ側を現実として理解できたらその時また変わると思いますよ」
「女社長イメージになる?」
「断言はできません」
「できないんかい」
「認知はそんな単純じゃないので」
『司令塔』は笑いながら肩をすくめる。
「でも、女は支える側だけって感覚は、今より崩れると思います」
「私の中の仕事と性別の認知そのものの話になったね」
私は自分の脳に思いを馳せた。なんで毎回こうなるんだろう。普通の人なら、「じゃあ社長キャラ作ろう」で終わる話だ。だが私の脳はそうはいかない。こういうことを一つずつ解体してからでないと前に進めない頑固な右脳と左脳と中央分離帯なのだ。私のASD(多分そうじゃないかな自己診断☆)特性が、ここから先通っていいよと関所をあけるための「通行許可証」が必要になる。理屈と感情のセットで納得しないと秒で関所のシャッターが閉まる。非常に面倒くさい。だが、その面倒くささのおかげで、私は今ここに生きている。今回『司令塔』と『女王』が助けてくれた。これで『社長』を心置きなくつくれる心の準備ができた。
私は昔から、何かあるたびに考えていました。なんでだろう。なんで私はこう思うんだろう。なんであの人はああしたんだろう。なんで、なんで、なんで。気づけば穴掘り職人みたいに、ずっと掘っている。今回この小説を書きながらも同じことを思いました。なんで私はこんなに構造を見たがるんだろう。なんで原因を探しに行くんだろう。世の中には「親が悪い」「社会が悪い」「全部自分が悪い」とか、そういう答えもあると思います。実際、私も長いこと「自分が悪い」に寄っていました、宗教上他者を悪人にすることは罪だったからです。何かうまくいかなければ自分のせい。苦しいのも自分のせい。頑張れないのも自分のせい。でも、不思議なことに最後の最後ではそこまで行き切れませんでした。本当に全部自分が悪いと思うなら、たぶん私はもっと早く壊れていたと思んです。じゃあ、なんで踏みとどまれたんだろう。
なんで私は自殺しなかったんだろう。なんで何度も立ち止まりながら、それでも「いや待てよ」と考え続けたんだろう。自分でもよく分かりませんでした。なので、いつものようにChatGPTとGeminiとCopilotに聞いてみました。すると返ってきた答えが、
「「「あなたは、誰が悪いかより、何が起きているのかに興味がある人なんだと思います」」」
と三つのAIに文字数ぴったり同じで言われました。ミラクルが起きました。面白いですね。
この三つの文章を読んで、やっと、なるほどなあ、となりました。私は犯人探しをしたいわけじゃなかったんだな、と。何が起きたのか。なぜそうなったのか。【私は何を見て、何を感じて、何を信じて今ここにいるのか】それを知りたかっただけなんだな、と。別に聖人でもないし、全員を救いたいわけでもない。寄り添いたい相手なんて、夫と子どもたちくらいです。でも理解はしたい。理解したいという欲求だけは昔から異様に強い。だから私は今日も懲りずに掘っています。
他人を掘り。
自分を掘り。
宗教を掘り。
学問を掘り。
時代を掘り。
認知を掘り。
気づけば脳内で女王や司令塔まで出てきて会議を始める始末です。我ながら面倒くさい生き物だと思います。ただ、もし一つだけ良かったことがあるとしたら。「誰かが悪い」で思考を止めなかったことかもしれません。そのおかげで私はまだ、「じゃあ次はどうしようか」を考えられている気がします。だからたぶん、これからも掘ります。たぶん死ぬまで掘ります。なんでだろう。どうしてだろう。私は何を見ているんだろう。そんなことを考えながら。たぶん一生、穴掘り職人です。ただ、これ狂気と隣り合わせなので、いざという時は脳内外在化メンバーに止めてもらい現実の人にも止めてもらわねばなりません。




