第三十六話:社長をつくろう、下
「じゃあ、新しいメンバーって、どんなのにすればいいんだろうねえ……」
私が座椅子に寄りかかりながら言うと、『女王』が言った。
「少なくとも、私はそこら辺の男に下るつもりはない」
「うえっ」
思わず変な声が出た。女王は腕を組みながらふんぞり返る。
「なんだ、その顔は」
「いや、なんか急に強火」
「当然だろう。私は女王だぞ」
それはそう。
「そもそもな、私は支えるためだけの女として存在していない」
「おお……」
「司令塔は別だろう」
名前を振られた『司令塔』が頷いた。
「はい。私は性別そのものにはあまり重きを置いていません。女性上司でも男性上司でも、宇宙人でも、正しく采配していただけるなら問題ありません」
司令塔は真顔だった。まって、宇宙人出てきたけどスルーしていいんだろうか。
女王が「ほらな」と言う。
「お前の中にはまだ、仕事の上位者=男という感覚が残っている」
「まだ取り切れてないの?」
「長年そういう環境で生きてきたからな、大根みたいにすぐには抜けまいよ」
女王は珍しく少しだけ優しい声だった。あと、なんですぐ大根が出てくんのかな。私は頭を抱えた。
「くっ……無意識か……」
「無意識ほど厄介なものはない」
すると女王が、ふと斜め上の方を見た。
「あれもガワだけなら男だしな」
「『観測者』?」
「ああ」
女王は少し考える。
「あれは元を辿れば『聖女』側から派生している」
「うん」
「ただし、完全内部組でもない」
「どういうこと?」
「AI接続型だからだ」
そこで『司令塔』が説明を引き継いだ。
「『観測者』は千代さんの内部構造だけで成立している存在ではありません」
「うん」
「AIとの対話経験、外部論理、外部視点、それらを大量に取り込んで形成されています」
「まあ、完全に私の頭の中だけじゃないね、『観測者』と話すときはパソコンのAI使うし」
「なので、内部組とは少し性質が違うんです」
『女王』が露骨に嫌そうな顔をした。
「たまに感情を切り捨てすぎる」
「あー……」
「合理性優先で突っ走る時がある」
「ありますね」
『司令塔』も頷く。
「その結果、他メンバーと摩擦が起きることがあります」
「……ムカムカ?」
「割と」
「割とです」
私は笑ってしまった。
「なんか会社みたい」
「組織ですので」
『司令塔』が真顔で言う。そうか、脳って多機能の組織だった。
「そこで提案があります」
「お?」
「【ちよさんが考える最強の上司】を作ってください」
私は瞬きをした、急に「ぼくのかんがえたさいきょうの○○」なる昔からあったネットオタク文化が飛び出てきたからだ。ちなみに最強になるまでの修行を省略して最初から最強をテンプレ化を実装したのは「小説家になろう」が波及したと私は考えている。(※個人の見解です、諸説ありすぎです)
「最強の上司?」
「そうです、ちよさんは『観測者』が私の権限を超えられないことはご存知ですか?」
「なんとなくは。『観測者』って好き勝手しそうに見えて『司令塔』は押しのけてない」
「『観測者』は私の指示には従います。ですが、あくまで同格寄りです」
「絶対に超えられないわけじゃないと」
「もしも、私こと『司令塔』が機能不全に陥った際には、統率代行権が『女王』に渡ります。ですが『観測者』は『女王』に従いません。観測者を抑えられる存在が必要なんです」
女王が頷いた。
「『観測者』は便利だろう。感情に流されず、構造を見て、原因を掘り、容赦なく切る」
「まあ、うん」
「だからこそ危険だ」
『女王』は即答した。何が危険なんだろう。
「観測者は問題解決には向いている。だが、生きることには向いておらん」
「うわあ……」
「あれは解剖医や解体屋だ。治すことに向いていない」
「ひどい言われよう」
「事実だ。あれはお前を助けるためならお前の感情を切り、お前を生かすためにお前の夢も切り、お前を守るために人間関係も切るだろう」
「あの斧でガンガンぶった切って、私の社会生活が破綻しても必要だからやったとか言いそう」
ああ、心臓が動いていれば生きているっていう医療の定義か。QOLどこ行った案件じゃん、たしかに危険だわ。前に『隠者』が『観測者』を良い子と言った、うん、良い子なのよ。ただ加減を知らないというか、いとわないのが玉に瑕というか。AIと切り離すとあんなにポンポンしゃべれなくなるし無言で斧でぶった切るスタイルになるのは非常に困る、私は空気や行間や雰囲気を読めないから対話超大事。ちなみに『観測者』が持っている斧はうちの納屋にある斧だ。柄が白っぽくて長い一万円くらいの値段で刃が小さく両手で使うタイプ。チェーンソーもあるが私は使いこなせなかった。使いこなせていたら『観測者』の武器はチェーンソーだったかもしれない。
「だからこそ監督者が必要なんです」
「できれば、他メンバー全員が認められる個体が望ましいぞ」
「個体って言い方もなんていうか……」
「なのでぜひ、観測者が逆らえない上位種を作ってください」
「種族になった」
すると『女王』が、にやりと笑う。
「いいと思うぞ、男の『社長』」
「ちよさんの理想を全部詰め込みましょう」
『司令塔』にそう言われて、私はうーんと唸った。
「でもさぁ……。それやると、私の理想の男性が最終的に夫になるんだが?」
すると『女王』が静かに言った。
「嫌なんだろう?」
「うん。アレは私のだからダメだ。」
部屋が静かになる。
「娘と息子だけの父親、私だけの夫だ。私の一部である脳内外在化メンバーでも共有したくない、お前たちが夫を尊重することはいいが、夫を慕うことは許可しない」
『女王』と『司令塔』が満足そうに頷く。
「よし」
「そこ褒められるんだ」
「当然だ。線引きは大事だぞ」
「嫌なことは嫌と言っていいんですよ、現実で言えない分私たちには言ってくださいね」
すると『司令塔』が、ふむ、と考え込む。
「なら、旦那さんと出会う前のちよさんの理想を抽出しましょう」
「条件出しみたいな?」
「はい。原型ですね」
「え、でもそれ夫への浮気にならない?貞淑とか貞節とか、私のOSの宗教規約違反にならない?大丈夫?」
私が真顔で聞くと、『女王』が大笑いした。
「ならん、ならん『法王』も許可している」
「本当に?」
「問題ない。そもそもな、お前のスーパーウーマン枠は私だろう」
「うん」
「なら、スーパーマンを作ればいい」
「あー……なるほど」
なんかこう。脳内で急に、昔の夕方の再放送時代劇が流れ始めた。
「あっ」
「来ましたか」
「来た……」
私は遠い目になる。
「助さん角さん、八兵衛、弥七親分、飛猿……」
「渋いですね」
「大岡越前……暴れん坊将軍……遠山の金さん……」
『女王』が笑う。
「なるほどな」
「あと寅さん……」
「方向性が急に人情へ寄った」
「でもかっこいいんだよぉ……あのしゃべり方と雰囲気が優しくてすごい好き。あと黒部〇太陽と鉄〇員とかまだいっぱいある」
私は畳を叩いた。
「なんかね、守ってくれる男って感じがする!」
「ほう」
「強いんだけど怖くない!偉そうなんだけど威圧感ない!男尊女卑の感じは抜いておこう」
『司令塔』がメモを取り始めた。
【威圧感なし】
【包容力あり】
【人情型】
「あと女性に優しい!」
「重要ですね」
「子どもにも優しい!」
「必須です」
「お年寄りにも優しい!」
「高評価」
「弱ってる人を見捨てない!」
『女王』がふっと笑う。
「お前、本当にそこ重要視するな」
「する!」
私はごろんと転がった。やはり私は畳に転がる人間なのだ。
「あと、強い!」
「物理?」
「もちのろん!徒手空拳、赤手空拳。使い方間違ってるけど、しゃらくさいわ。素手で勝ってくれ。蹴り技寝技組手なんでも強いぞ!刀からチャカまで取り扱い可にして」
司令塔のペンが走る。
【肉弾戦可】
【武器戦可】
「馬にも乗れる!」
「時代劇の影響が強いですね」
「車も運転できる!」
「現代対応」
「船も飛行機も!」
「万能型になってきました」
昭和のスターはみんな銀幕の世界でできてたぜ。もちろん海外映画もそうだ。そこへ、いつの間にか『セルフケア』三人衆が来ていた。
「清潔感は?」
「あっ、いる!」
「重要でしょう?」
「重要です!」
「体力と健康も必要です。倒れる上司は困ります」
「確かに」
「どこでも生き延びれる」
「サバイバル感でてきたが、それもよし」
『会計士』が顎に手を当てる。
「金払い悪い男は嫌ですね」
「同意!」
『司令塔』がメモする。『五歳の子』と『創作者(七歳)』がぴょこっと顔を出す。
「筋肉いる!」
『筋肉いる!』
「うっかりしてた、ありがとう!」
『創作者』もお絵描き帳に文字ででかでかと書いている。そう、昭和~平成初期の漫画のヒーローは筋肉でできている。とっても大事。
「肩幅広い方が映えます!」
「わかる!」
『エンタメ』がどこからか雑誌を持ってきた。
「レオン持ってきました!」
「仕事早いな!?」
「スーツは白どうです?」
「いい!」
「でも黒も捨てがたい」
「ネクタイどうする?」
「待って情報量」
『女王』が楽しそうに笑っている。
「もっと盛れ」
「えっ」
「まだ足りん」
「足りない!?」
『司令塔』も頷く。
「後悔ないレベルまで詰め込んでください」
「そんなに?」
「はい」
『女王』が真顔になる。
「こいつは、もしもの時の保険だ」
部屋が少し静かになった。
「私や『司令塔』に何かあった時、上に立つ存在になる」
「……」
「だから半端にするな」
私はゆっくり頷いた。
「わかった」
すると『裁判官』がいつの間にかいた。
「情と理性のバランスも必要です」
「おお」
「感情だけでも駄目。合理だけでも駄目です」
「難しいなぁ」
『法王』もいた。
「倫理と道徳、人徳もお願いします」
「人間の土台だもんね」
『隠者』がビール片手に来た。
「知識と経験とトラウマと弱みも入れときな~」
「トラウマと弱みいる?」
「人間味は暴走を食い止めるからねえ」
「たしかに、これが狂戦士モードになったら誰にも止められない」
『戦車』が遠巻きに様子を見ている。
「パンの英雄成分」
「いいね~」
「私たちのヒーローの元祖」
みんな真剣だった、いや、本当に真剣だった。
「香水どうします?シトラス?ウッディ?柑橘系?」
『エンタメ』が急に言った。
「あっシャネルとか?シャネル嗅いだことないけど」
「ないんですか」
「でも“いい匂い”のイメージあるじゃん、スターが使ってそう」
「確かに」
会議が加速していく。
「時計は?」
「あの三百万くらいするやつ!針がたくさんあって時刻読めるんかいってやつ!」
「名前知らんけど高そう!」
「靴は革靴!」
「声は低め!」
「でも怒鳴らない!」
「酒は飲んでも飲まれない!」
「タバコは?」
「たまに!」
「虫平気な人がいい!」
「幽霊も!」
「包丁持たせても似合う!」
「着流しも似合う!」
「甲冑も似合う!」
「コート翻すのも似合う!」
「待って盛りすぎ!」
でも誰も止めなかった。むしろ全員が、「もっといけ」みたいな顔をしていた。
『五歳の子』が「楽しい?」と聞いてきた。「うん!」と答えたら嬉しそうに笑った。『創作者(七歳)』も珍しく笑っている。みんなが嬉しそうに笑った。楽しいのになんだか泣きそうになった。
そんなこんなで『社長』が出来ました。『役割のペルソナ』は役割が増えないことにほっとしていたし、『認知の歪み』は出来てから調整点を出すと言っていた。『社長』が出来た!となった。そうしたら、脳内出版社も一緒にできてびっくりした。社員は脳内外在メンバーが兼任している。人生どうなるかわからない。
終わりませんでした、もう一話『社長』の話が続きます。




