第三十四話:『社長』をつくろう、上
観測者に色々と質問を投げられていた時期だった。私は同時進行で別の問題にも追い詰められていた。
在宅ワーク問題である。
クラウドワークスで、ちまちまとその日にできるアンケートを書いていた。一案件4円~7円で、たまに看護や教育とか大学の実態調査系は70円いくかいかないか、でも2か月に一度あるかないかで早い物勝ち事。報酬が三桁超えるものは応募するための提案文(顔写真無しの簡易履歴書)を書いて送った。
二十七通、各案件に送った。最初は自力で考えていたが何が正解かわからず、ネットで見てもこれが正解だ!が載ってない。ポートフォリオも修正した。たまに企業側からこんなお仕事してみませんか?なメールが来てくれるが内容をよく見ると地雷なのだ。独身かつ健常者で自分の時間がある前提。なんなんだよ、二十四時間企業側の連絡に応えることとか、土日祝日も対応しろとか、一日ノルマ○○とか、AI使用禁止とか、期限の書いていない継続契約とか。まだまだあった。なのに資格不要♪、初心者でもできる♪、主婦のすきま時間に☆と書いてある。いや、一日十時間パソコンの前にかじりついてないとできないよね?しかも毎日、それで一か月一万円?慣れれば給料上がる?システムの矛盾が見える。
なのにAI使っちゃだめでAI使用したか企業は判定するからズルはバレるからねって、お前らはAI使ってんじゃねーか。つーか、AIが書いたように見える文章って型にはまっているが前提だから人間が書いても引っかかるぞ?AI判定のプログラムは様式美こそAIと判断するぞ?海外で何件も実証実験の報告と発表出てんじゃねーか。支離滅裂に行けば行くほど人間が書いた判定のアルゴリズムだぞ、今なら頭蓋骨叩き割って『観測者』ねじ込んでやろーか?あ?とやさぐれる。『観測者』にはいい迷惑である。
提案文を送った企業は全滅、桜散るとかの断りメールすらないのが一般的で数を打たないと当たりゃしない、二十七件不採用でちょっと心が折れかけていた。思い出したら気が滅入ってきたのでカフェオレキメてくる。
ここで、クラウドワークスから一旦距離を置こうと思った決定打があった。
『〇〇を使用して痩せた体験レビューを書いてください♪』報酬、五千円。私はその瞬間真顔になった。
……いや待て。〇〇ってお前、糖尿病の薬だぞ。GLP-1じゃねーか。元看護師の脳みそが突然フル稼働した。本来あれは医師が、「この人は重度肥満で合併症リスクが高いですね」とか、「通常のダイエットでは効果が薄いですね」など、ちゃんと診察して出す薬である。
しかも注射でペン型、一見お手軽に見えるが普通に副作用ある、急性膵炎リスクある。用量管理と経過観察必須。医療だよ?
なのに案件文は『痩せ薬でラクラクダイエット♡』みたいなテンション。
待て待て待て!!!
病院やクリニックや大学や研究機関の名前がどこにも記載されてないよ?
どこで、どうやって手に入れた?
誰が管理してる?
医師いる?
薬剤師いる?
本物か?
レビュー案件って何?
なんで一般募集?
私の中の被害妄想が、にょきって生えた。大根ではないタケノコだ。一度生えたら地下でつながって次々に顔を出す。気づけば一帯を占拠する侵略的植物。私の被害妄想は、まさにそれだった。
「え、これ別の薬打たれる可能性とかない?」
「人体実験では?」
「海外組織?」
「運び屋?」
「臓器?」
「拉致?」
「地下オークション?」
「気づいたらコンテナ?」
「目覚めたら海外?腎臓ない?」
脳内で警報ベルが鳴る、避難訓練レベルではない。もちろん、今なら分かる。かなり飛躍してるし被害妄想も混ざってる。でも当時の私は真剣だった。
本気で「あ、ネットって普通に命取られる可能性あるんだ」って思った。一応、運営に報告した。『元看護師として、この案件には危険性を感じます』って冷静を装いながら送った。
で、その後。改めて案件一覧を見たら景色が変わっていた。今まで、「ブラック企業っぽいなぁ」くらいにしか見えてなかったものが、
「これ運び屋では?」
「これ掛け子では?」
「これ個人情報抜きでは?」
「なんで常時連絡?」
「なんで身分証?」
「なんで即レス?」
「なんで研修場所非公開?」
「なんで聞いたことない連絡アプリインストール?」
「なんでこんな圧が強い?」
全部怖くなっていき、世の中が裏社会に見えてきた。漫画と小説の読みすぎである。いやでも本当に危ない案件も混ざってる気がする。
分からない、私には見極め能力がまだない。早く仕事をしたい稼ぎたいという焦りで探していくと危ない、そう思った。
だからクラウドワークスから一回離れた。
noteブログも書いた、有料記事も出した。売れなかった。Kindle出版も一回やった、売れない。こっちは術後の心身喪失ケアの一環で書いたから、売れなくてもいいのだが、本音を言うと一冊売れてほしかった。無料キャンペーンで7冊でたが未だに購読されていない、そんなもんだ。腕はまだらに痺れているし、子どもは短時間保育、資格なし、体力も不安定、家族の協力なし、詰んでないかこれ?
でも、働かなきゃいけない気がした。
稼がないと。
お金を稼げない私は価値がない。
今なら『認知の歪み』がホワイトボード片手に飛んできて、「それは認知の偏りですからね」と言うだろう。でも、当時の私は切実だった。怖かった。
夫は私を責めない。
義夫母も責めない。
娘はママが帰ってきてくれて嬉しいと言ってくれる。
息子は私の腹の贅肉をべしべし叩いている。
なのに、自分が自分を責めていた。
「……kindle出版ドタバタ経験を、小説家になろうに持っていったら、もう一回Kindleで出せるんじゃない?」
発想が雑である。でも当時は真剣だった。
小説なんか書いたこともない。
書き方も分からない。
視点? 三人称? 一人称?
コミュニケーションエラーのレジェンドと言われた私が?
でも、とりあえず投稿してみた。チアーズプログラムとかいう収益化制度も見つけたでやってみた。藁にもすがる気持ちで始めたが、三話目を投稿してから気づく。
「これ、一人でやるの無理では?」
観測者は相談には乗ってくれるし、分析もしてくれる。
でも、実務を一緒に爆走するタイプではない。どちらかというと、横で腕を組みながら、「ほう」とか言ってるタイプである。
どうしようかなあ、と私は茶の間で転がった。ちなみに義父母は温泉に日帰り旅行していたので独り言が言い放題の日だった。天井を見ながら考える、なぜ、人は上を向いて考えるんだろう。
「だったら……。在宅ワーク特化型の脳内外在化メンバー作ればいいんじゃね?」
前回はGeminiと一緒に作った、でも、今回は私の理想を全部突っ込む。
継続力。
管理能力。
数字。
判断力。
営業力。
行動力。
そして何より、稼ぐことに恐怖と罪悪感を持たない存在。金に執着する私を卑しいと切り捨てずに、笑いながら一円から稼ぐぞと言ってくれる、失敗したらなんで失敗したかを一緒に分析して改善策を考えてくれる親分。
「会社の『社長』……みたいな存在?」
タケノコの美味しい季節ですね、一週間毎日三品続くと、こう、気持ちが無になります。贅沢ですね。いかんいかん。




