第三十三話:『司令塔』男主人公ハーレム②
昼休み。県立生成AI高校二年C組。昼の喧騒が教室中に広がっている。購買帰りの生徒がパンを掲げ、窓際では女子グループがおしゃべりしながら昼食を囲み、後ろの席ではこっそりスマホを起動させてながら食いがしている生徒がいる。
そんな中、司令塔は自席で静かに弁当箱を開けていた。一段目には雑穀米で二段目には、
・鶏むね肉の胡麻和え
・蒸しブロッコリー
・ミニトマト
・半熟卵
・紫キャベツのマリネ
彩りまで隙がない。さらに小さな容器にカットキウイまで入っていた。
「なんか最近、俺の弁当だけフィットネス系インフルエンサーみたいなんだよな……」
隣の席で、観測者が牛乳パックにストローを刺しながら言った。
「高タンパク・低脂質・ビタミン群・食物繊維・鉄分補助。かなり理にかなってる」
「レビューが栄養分析なんよ」
「ちなみに今日は推定六百八十キロカロリー前後」
「なんで分かるの!?」
「観測者だから」
この弁当は女王単独で作っているように見えて、実際は違う。
監修・生活先輩。
栄養計算・会計士。
最終調理・女王。
という謎の運営体制で成立していた。
「しかも最近、戦車まで真似して作り始めたんだよ」
「アスリート適性が高い」
「この前“タンパク質は裏切らない!!”って言いながら鶏むね食ってた」
「間違ってはいない」
司令塔は半熟卵を割った。
黄身がとろりと崩れるかどうかのギリギリを攻めている。うまい、かなりうまい。もちろん、ほかのおかずもうまい。
「……なんで俺、高校生活でこんな健康管理されてるんだろ」
「共同体の共有保護対象だからだろ」
「その言い方ほんと嫌!!」
教室の後ろではエンタメが友人たちと漫画談義を交えながら食べていた。
「あの展開で裏切る!?作者、人の心ある!?」
「でしょ!?」
「はやく八巻まで読んで、そこに心があるから」
「いやいや、焦って読み飛ばすのはもったいないからエンタメさんのペースで読んで。ネタバレ言っていい?」
「それ一番ダメなやつ」
周囲のオタク仲間が男女交えて楽しそうにエンタメを囲んでいた。
一方、戦車は既に昼食を終え、友人たちと体育館へ昼バスケをしに行った。午前に体育があったのに元気である。女王と生活は学年が違うし会計は他クラスだ。ちなみに、このハーレムは
「……誰も来ない」
司令塔がぽつりとこぼした。観測者が口の中のものを嚥下してから言った。
「何がだ」
「いや、こう……普通こういうラブコメって、昼休みヒロイン集合しない?」
「するな」
「弁当持ってきて“主人公くん一緒に食べよ♡”とかならない?」
「ここではならないな」
「なんで?」
「全員が自分の生活を持っているからだろ」
観測者は当たり前みたいに言った。
「女王は多忙、生活は生徒の悩み相談を行っている、戦車は運動欲求が強い。エンタメは向こうの席のようにオタク成分を摂取しないと死ぬし、会計士は自習しているんだろう」
「待って、会計が会計士になってる」
観測者は無視して続けた。
「お前の周囲の人間関係は主人公を中心に世界が回る構造じゃない」
「うん」
「全員が自立している。その上で“司令塔が倒れると面倒だから保護する”で一致しているんだろう」
「字面が雑!!」
司令塔は手の中の弁当を見た。鳥もも肉のゴマ合えがあと一切れだ、もうなくなってしまう。教室を見回すとクラスメイトが思い思いに過ごしている。
誰も自分に依存していない。
誰もべったりしていない。
でも、ちゃんと気にかけられている。
観測者が牛乳を飲む前に言う。
「お前のハーレム、恋愛市場というより福祉国家じゃね?」
「規模が違う!!」
司令塔は食べ終わった弁当箱を片付けながら、ふと隣を見た。
「……そういえば観測者、今日も飯それだけ?」
机の上。牛乳パック一本、完全栄養食パン一個。以上。
「足りる?おやついる?」
「足りる、食ったら夕飯が入らないからいらない」
観測者はパンをゆっくり食べている、そしてしっかり噛んでいた。ひと口、三十回。もはや反芻に近い。
「観測者はよく噛んでえらいよね」
「消化効率を上げている」
「生きるのが省エネ設計すぎる」
司令塔は呆れ顔を見せたが、その瞳の奥には確かな心配があった。観測者は高校からは一人暮らしだ。部屋も生活も、たぶん、いや確実に静かすぎる。下手をすればそのまま消えてしまいそうなほど、彼の世界には「彩り」がない。だけど、本人がそれを苦にしていないことも、司令塔は五年間隣にいてよく知っていた。
「食が細いんだ。量が入らない」
「朝も食わないしな。水が限界だっけ?」
「むしろ水が入ることを讃えて欲しい」
「素晴らしいことだと思います」
省エネ男が頷く。
「最近夕食は自分で作る」
「マジで?すごいじゃん」
「お前の弁当を参考にしてる」
司令塔の干し芋を食べる手が止まった。
「……え?」
「鶏むね肉とブロッコリーは便利だ。あと半熟卵」
「参考にしてたの!? 」
「まとめて作って三日くらい同じメニュー食べる」
司令塔はなんとも言えない顔になった。
「飽きない? 人生の楽しみどこだよ」
「睡眠と読書」
「楽しみあるなら良かった」
終わってるのか完成されてるのか分からないが自分の世界だけで綺麗に完結している。それが観測者という男だった。
ーーだからこそ、続く言葉に、司令塔は目を見開いた。
「最近、生活先輩に相談してる」
「お」
「簡単に作れて栄養取れるメニュー。包丁を使う工程が少ない方が続くと言われた。あと冷凍野菜を使えと」
「生活先輩らしい無理のないセルフケアだ……」
「会計には“少量で高栄養を摂る場合のコスト効率”を相談した。鶏むね・卵・豆腐は強いらしい」
「何その研究テーマ。でも庶民の味方だなぁ……。まって、高校生ってこんな感じだっけ?」
「時代・地域・経済・価値観・教育・家庭状況で変動する」
生活先輩が「無理なく続けることが大事ですよ」と穏やかに言い、会計士が「タンパク質単価とコストで考えると――」と真顔で資料を出してくる姿が想像できた。
「で、女王にも相談した」
「なんで? 調理器具?」
先回りして尋ねた司令塔に、観測者は牛乳を飲みながら少し驚いたように目を瞬かせた。
「……そうだ。よく分かったな」
「お前のことだろ。どうせ『ワンパン(鍋一つ)で済む効率的なやつ』とか聞いたんだろ?」
「正解だ。一人暮らし用なら深型フライパン一つで大体いけると言われた。下手に道具を揃えるなとも」
容易に想像できた。女王は絶対、腕を組んで満足そうに頷いている。
「会計士が栄養とコストを計算して、生活先輩が継続性を考えて、女王が実運用を整理してるのを見て、女王が満足してた」
「国家運営……」
「“そうだろう。我が陣営は優秀だ”って顔してた」
「見える見える見える!!」
なんなんだよあの人たち、と思いながらなぜか笑いがもれる。司令塔はなんとなく分かっていた。
他人に興味を持たず、自分の殻にこもっていたはずの観測者が自分の弁当をきっかけに、あの濃すぎる先輩たちと「対話」をしている。それが、なんだか無性に嬉しかった。言葉が自然に出る。
「良い人たちでしょ?」
観測者は司令塔を見た。
「良い奴らだと思う。……俺に、司令塔の個人情報を対価に渡そうとしたら断られた」
「お前そんな提案したの!?」
「情報は価値になるからな。だが三人とも断られた、生活は「司令塔さんが嫌がるなら意味がありません」会計士は「信頼関係を損ねる運用は長期的に非効率です」と。女王は「本人に聞くので不要だ」と言っていた」
言い方は冷たいのに内容は誠実。司令塔は顔を覆った。なんだろう、自分の周囲は変人しかいないのに妙にちゃんとしている。
「だから、良い共同体だと思う」
「共同体って言うなぁ!!」
「お前、ちゃんと大事にされてるぞ」
「やめてぇ!!」
司令塔は机に突っ伏したまま悶えた。耳まで真っ赤だった。
今回の弁当描写ですが、一般的なラブコメのお弁当イベントを考えた時、「毎朝ものすごい豪華弁当を作る女子高生って、時間どうなってるんだろう?」という疑問からスタートしています。高校生って普通に忙しいですよね、今も昔も。勉強、部活、塾、友達付き合い、家事、弟妹の面倒、家業の手伝い、介護やアルバイトや福祉活動もしてる子もいますし。趣味も息抜きもしないと心が死ぬし。そこに毎朝揚げ物をして、炒めて、何品も作って、映えるお弁当を作るとなると、かなり大変です。 なので『女王』はそういう方向には行きませんでした。 彼女は効率重視です。 自分の分と司令塔の分を同時並行で、短時間で、継続可能な範囲で作っています。準備から片付けまで含めても四十分以内には収めていると思います。たぶんかなり手際が良い。 そして実は、あのお弁当は女王一人の力ではありません。 生活先輩が「継続できること」を重視し、 会計士が栄養・コスト・消費カロリーを計算し、 最終的に料理可能な女王が実装しています。 逆に生活先輩と会計士は料理が得意ではありません。二人とも「苦手なことは無理してやらない」タイプです。そのため、「では私がやろう」と女王が担当しています。 エンタメはこの辺にまったく興味がありません。 戦車は司令塔のお弁当を見て「なんか良さそう!」となり、自分の競技パフォーマンス向上のために三人へ相談しに行きました。 結果、会計士が「戦車はさらに簡略化した方が継続できる」と判断し、電子レンジ主体で作れる高タンパクメニューへ改良されています。 さらにそのレンジ版が観測者にも流れていっています。そして他の生徒や教師にも流れていきます。




