第二十八話:頭の中の暴走列車
今日も娘と息子がそれぞれの社会コミュニティの場に送り出し帰宅した私は、仏間と茶の間と続き部屋を掃除機をかけていた。今日は丸くかける日にしているため各部屋五分もかからない。
いつもこうなら楽だ、我が家は田舎の高度成長期に建築された一般家庭建築のため部屋数が多い。家に十一部屋あるのだ。広い部屋は十二畳から狭い部屋は四畳半と落差がある、段差もある。現代の住宅はバリアフリー設計が多いが、この家はバリアばかりである。しかし、バリアアライブ設計と考えるとADL維持にはもってこいだから、これはこれで素晴らしい。
板間は一部屋しかないし愉快な柄をしている。昭和独特のあの柄みたいな板の組み方ってなんて言うんだろう。そういえばと私は思い出す。毎回連想ゲームみたいだ。
以前に夫の親族の家に招いていただき訪問した時の事だ。その家は、ほとんどがフローリングで段差がなかった。ここで重要なのは、お掃除ロボットがいたことだ。家電屋以外で初めて見た。
娘が興奮していた、私も興奮した。夫もちらちらみていた、息子は親族さんに高い高いをしてもらえてご満悦だった。「動くとこ見てみる?」と奥様が言ってくださり、私は思わず娘の背からささやいた。「娘ちゃん、見たいって言って。ママも見たい」子どもを使って自分の意見を言わない卑怯な大人である。
お掃除ロボットを動かしてもらった、思った以上に駆動音が大きかった。そして、しゃべりながら掃除していた、そう、ロボット掃除機がおしゃべりしていた。娘がしばらくロボット掃除機の後ろについて回り、彼と会話していた。息子は音に驚き、パパによじ登って現況を注視していた。慣れたら娘と一緒に恐る恐る彼を追いかけて行った。カルガモみたいにロボット掃除機→娘→娘の服の裾を掴む息子がリビングをちょこまかと歩き回る姿は可愛かった。
奥様が「うちの子も最初は後ろをついて回ったわ、同じね」と言っていた。息子を高い高いしてくれていた親族さんが「初日はみんなやるよ、ばあちゃんもじいちゃんもやってたじゃん」と言った。分かります、私も子どもたちの後ろについて回りたいです。
掃除が終わって、彼(?)が充電機に戻るところまで見届けた娘は「レストランの猫ちゃんロボットみたい。すごい!こっちはお掃除できる!えらいねえ」娘のキラキラした表情が眩しかった。しかし、娘は欲しいとは言わなかった。
帰宅後に義父母に娘がお掃除ロボットのことを話していた時も欲しいとは言わなかった。なんでかなと思った。夜寝る時に聞いてみた。
「娘ちゃんもお掃除ロボット欲しいってならなかったの?」
「ママ、ペットを飼う時はお世話しなきゃいけないんだよ?○○ちゃんの家にわんちゃんいるでしょ?毎朝お散歩してるんだって、娘ちゃんは毎朝できない」
「お世話できないと考えたから、欲しいってならなかったの?」
「うん、あとお金かかるんでしょ?千円(娘にとっての大金がこのくらい)もするんでしょ?じゃあ、いい」
元気にしているかたまに会いに行くくらいがいいと言っていた。そして、私が千円以上すると伝えたらびっくりしていた。
そんなことを思い出いながらトイレ三つと洗面所掃除をして、風呂場を天井から壁床と洗剤をつけて泡もこにしながら掃除する。このエッセイ小説を家事記録に使っていることは、もうバレていると思う。日記は二日しか続かないがこっちなら書けるミラクルが起きているのでこのビッグウエーブにしっかり乗る主婦である。
さて、これらは私の記憶の回想である。記憶に起承転結も山場もオチもない。現実の会話で今回のことをそのまま時系列で話すと相手が困るのだ。まあ、そうだろう。私も相手側だったら困る。
夫に話すと「で?オチは?結局何が言いたいの?」と言われる。私はしゃべりたくてしゃべっているため会話の意味を考えていない。そう伝えると夫は「今の話の中で一番強く心に残った部分やテレビの前の皆さんにここ強調して伝えたいところはどこですか?」とたまにリポーターになり、見えないエアマイクを私に向けてくる。数秒考えてから私は答える。
「娘ちゃんが家族(家電やペット)を迎えるにあたって一時の感情だけでなくその後のお世話まで考えている所に深い知性と愛と責任感を感じました。また、あの時の娘と息子の姿と行動が可愛いを天元突破していました。動画を取らなかったことが悔やまれます」
「よく分かりました。確かに私も動画を回せばよかったです。以上、現場からのリポートでした」
「結局、私は何を言いたかったんですか?」
「いつもと同じだね、子どもたちが可愛いって」
「伝わりました?」
「うん」
「なら良かった」
こんな感じの夫婦の会話になる。横でテレビを見ている義父母はもう慣れたものである。たまに義父が「ガクッ」と口で言いながらボケの演出を入れてくるが、どう反応したらいいか分からないため無視している。
気が済んだので現在に戻って来よう。
ハイター入りの手作り洗剤は中性洗剤を入れすぎたのか泡切れがいまいちだ。もこもこに触りたいが肌が荒れるので耐える。娘と息子は飛びつくから、彼らが就学日に掃除した方が安全だ。合理的だと自分を褒める。脳内外在化メンバーを生成してから、ミクロレベルな事でも自分を褒めることができるようになった。
「……そういえば私、夫が異性愛者だったから助かったんだよな」
『司令塔』が呆れたように言った。
「今度は何を思い出して考察を始めたんですか?」
「えーっとね」
私は天井を見つめながら考える。カビが落ち切れていないとこは来週もう一回やるとして。また脱線しかける思考列車を『司令塔』と一緒に線路に戻す。あ、『観測者』も来た。さんきゅう、さんきゅう。
もしあの時。夫が同性愛者だったら、あるいは恋愛感情そのものを持たない人だったら、私は夫にとって対象外だった。
私は会って二秒で「瞳が綺麗ですね、結婚してください」と言ったのだ。気持ち悪いを通り越して、夫や周囲に恐怖をまき散らしていた。
『観測者』が静かに言う。
「なお、その時点で相手の人格も生活背景も何も知らない」
「うん」
「顔と空気感だけで突撃している」
「そう」
『司令塔』が頭を抱えた。
「普通は段階があるんですよ」
「いや、でも本当にこの人だって思ったんだよ」
「思ったとしても通常は隠します」
普通は隠す、分かる。だが当時の私は隠さなかった、というか隠せなかった。合コンの席で、一目見た瞬間に脳内が爆発したのである。しかも周囲には私の職場の人間もいた。当然、止められた。
「白井さん!?」
「待って待って待って!?」
「お酒入ってるからって、それはダメ!!」
めちゃくちゃ言われた。ちなみに私はウーロン茶しか飲んでいなかった。後日職場でもう一回言われた。
「普通の人はドン引きするからね!?」
ってことは皆さんドン引きしていたんだろうな、夫も含めて。その数日後に「あの時の人と連絡先交換したの?幹事さんに聞いて来ようか?」と聞かれた。ありがたい。
「当日に交換して連絡を取り合っています」
「えっ!?」
数年後。
「結婚します」
「は!?!?!?」
「相手あの人!?」
「え、OKもらえたの!?」
「どうやったの!?」
「好きですって言い続けました」
「怖い怖い怖い怖い」
私の恋はホラー系だったらしい、娘と息子には引き継ぎたくない。ただ、夫は最初から冷静だった。なぜだ。私が勢いのまま、「結婚してください!」と言った時も、
「まずは友達から始めましょう、お互い何も知らないでしょ」
「確かに、はじめまして。白井ちよと申します」
そこから自己紹介をお互いにしてお友達期間が始まった。生家が新興宗教を熱心にしていることも言った。『司令塔』から声がかかる。
「ちよさん、また話が脱線していますよ」
「夫が異性愛者で助かったなにつながってるよ?」
「情報量が多いんですってば」
多いのか。でも、『司令塔』がそう言ってるならそうなんだろう。では次回に持ち越そう。
『観測者』が途中で本を読みだしました。最近は脳内外在化メンバーたちはいろんなアイテムを出せるようになって、私との会話中も最初はみんなで立っていましたが椅子に座ったり、お茶とお菓子食べたり、コタツに入ってくつろいでます。実際に見えているわけではないのですがそんな感じです。




