第二十五話:『司令塔』の管理能力
家族はもう寝静まっていて、茶の間にはノートパソコンのモーター音が一定の音を立てている。
私はパソコンの前にぼんやり座っていた。
最近、夜になると『司令塔』と翌日の予定を確認するのが習慣になっていた。
「えーっと、明日は朝に洗濯と4部屋掃除機かけて、娘を病院に連れて行ってから娘の行きたいとこに行く。帰宅してから夕飯作って夏物寝具を入れ替えて二階の部屋掃除機かけて、その後。息子の迎え。で、」
「はい、あとエアコン掃除と買い物ですね」
『司令塔』の声は、いつも通り淡々としている。
「夕方にアルファポリス用の提出予定の小説下書き確認」
「おお、えらいえらい」
「いやあなたが書いたんです」
『司令塔』ってツッコミ属性あるよなあ。
こうして予定を紙に書き、順番を作って確認すると頭の中が少しだけ静かになる。
以前の私は、頭の中が常に渋滞していた。
思いついた順に動き、途中で別のことを始め、気づいたら夜。
そんな毎日だった。今もそうなる時あるけど『司令塔』が優先順位を整理してくれる。
「じゃあ明日はこんな感じで――」
「あ、ねえ司令塔」
「はい?」
私は、なんとなく言った。本当に、なんとなく。でも、胸の奥にずっと引っかかっていた言葉だった。
「私さ」
「はい」
「やっぱさ、発達特性あると思うんだよね。自己分析だけど、ADHD的な並列暴走が四割くらい、ASD的な構造脳が七〜八割。感覚過敏もあるし、運動協調も少し独特。放っておくと、思考が深く潜りすぎて認知解体モード入る時あるし」
空気が止まった。
「……えっ」
「ん?」
「今ですか?」
「今」
「このタイミングで?」
「うん」
『司令塔』がカレンダーと私を交互に見た。その視線がなんだか可笑しくて私は少し笑いそうになった。
「えっ、あの」
「うん」
「今からそれ始めます?」
「え、ダメ?」
「いやダメではないんですけど」
完全に困っていた。
「えーっと……『観測者』や『隠者』呼びます?」
「んー……いや、まだいいかな」
『司令塔』が露骨にホッとした。
「よかった……」
「なんか嫌?」
「嫌というか、『観測者』と『隠者』来ると長いじゃないですか」
「あー」
「あと認知解体モード入ると、あなた途中で世界の構造とか宗教とか人生とか行くじゃないですか」
「行くね」
「明日、平日です」
「はい」
『司令塔』は真顔だった。その真顔が妙に現実的で私は背筋を伸ばした。
「明日、本業の育児と、家事業務がありますからね」
「うん」
「あと娘ちゃんの宿題プリント確認してません」
「おっと」
「息子くんの園のアンケート回答も途中です」
「あらま」
指摘が現実的すぎて、胸に刺さる。
「ですので、本日の深掘りは“軽度推奨”です。……沼に入るなという意味ですよ」
娘の宿題プリントに保護者の見ましたサインをして、スマホを開いて園のアンケート記入して送信する。そして『司令塔』はカレンダーを指で軽く叩いた。
「今、生活回ってるんですよ。完全に困難な状態ではないです、苦労はあります。でも、ちよさん昔よりかなり生活安定してますからね」
紙カレンダー。
Googleカレンダーアプリ。
コクヨノートの一元化によるバレットジャーナル。
メモ。
予定確認。
睡眠。
食事。
小説。
家族。
片付け。
確かに、以前よりずっと“生きやすい”。
「だから今必要なのって“自分を壊すための分析”じゃなくて、“自分を運用するための理解”なんじゃないですか?」
『司令塔』は続けた。
「診断受けるのも悪くないです。でも“定型発達との違い探し”を始めると多分止まりません」
「私の脳の思考処理容量超える?」
「はい。現実の育児に支障が出そうです、だからほどほどにしてください」
その声は少しだけ優しかった。
「昔はずっと“普通になろう”“普通になりたい”としてきたじゃないですか。でも最近、やっと“今の自分で生きる”方向に来てる気がするんです」
胸の奥が波が引いたあとの海みたいに静かになった。
「……そっか」
「はい」
「……うん」
「はいはい、なので今日はここまでです。寝ますよ、十時になります」
「えー」
「終了です」
「はい、お水飲んでください、トイレ行って、ノートパソコンも片付けてください」
「子どもじゃないんだから」
「放置すると朝四時に五大宗教学に発達特性と人類学絡めた考察始める人が何言ってるんですか」
ぐうの音も出なかった。
昔から私は、物事を「構造」で見る癖というか欲がありました。人間関係も、家族も、宗教も、発達特性も、善意も、共同体も、「どういう仕組みで回っているんだろう」と考えてしまう。
たぶん私はいわゆる“考察厨”というより“構造厨”なんだと思います。
「で、現実ではどう運用するの?」「じゃあ子どもの支援どうする?」「生活は?」「壊れない方法は?」と、現実の生活に戻ってきます。
あと、作中に出てくる『司令塔』『観測者』『女王』『隠者』『社長』などの外在化メンバーですが、これは完全なフィクションというより、私自身の認知整理の延長線上にあります。
以前、小説になろうで読んだある作品の影響もかなり受けています。
題名はもう思い出せません。登録しないで外部から入って読んでいたのでブックマークもしていませんでした。しておけばよかった、なぜしなかった。無念です。
すごく面白い作品で聖女も出てくるし2チャンネルみたいな設定もあるし『考察厨』『特定厨』みたいな役割を持った人たちがいて、それを読んだ時、「ああ、脳の役割を人格化していいんだ」と思ったんです。今思えば、あれが私の脳内外在化メンバーが生まれるきっかけの一つでした。
他にも影響を受けた作品が各ジャンルごとにあります。男性主人公ハーレム系も人格を役割として機能ごとに書き分けられていて、主人公が複数人の関係性を破綻させず回していく様子は、心理学や家族システム論的に見てもかなり興味深く参考になる部分が多くありました。あ、これが『司令塔』の管理能力の基礎になってるかもです。




