第二十三話:『司令塔』ブチ切れる
投稿ボタンを押した瞬間だった。背後で低い声がした。
「……おい、待て」
振り返ると、『観測者』が腕を組んで立っていた。
なんか怒っている?……いや、怒っているというより、不服そうだ。
「なぜ最後が“小説家になろうは命綱だった”になる」
「あ?」
「俺は“腹の中に溜めていたモノを吐き出せ”と言ったはずだ」
「いや、吐き出したよ」
「途中までだ」
『観測者』は私の書いた文章を指差した。
「通帳管理、金銭制限、自己犠牲、感情抑制。そこまではいい。だが最後、お前は逃げた」
「いやいや、逃げてないよ!」
「締めを救済に寄せた」
「だって本当に命綱だったんだもん!小説家になろうの、闇振り払うとか黄金の魔女とか高校生の現代恋愛小説とかに超救われたんだよ!生命エネルギーもらってたじゃん!」
「話を逸らした」
「逸らしてねえよ、事実を書いただけだ。何が言いてんだ、ああ?」
言い返した瞬間、部屋の奥で「ぶふっ」と吹き出す音がした。
見ると、『隠者』が腹を抱えて笑っていた。
「はははっ……いやぁ、実にこの子らしい」
『法王』も、困ったように笑っている。
「まあ、でも急に全部は無理でしょう。ちよは、昔から“ギリギリ死なない位置”に着地する癖があるもの」
「そこを問題にしている」
『観測者』は本気で不満そうだった。はっきり言えや。
「こいつは核心まで行く直前で“物語”に変換して着地する。感情を生のまま出さない」
「え、ダメなの?」
「ダメとは言っていない。だがな、お前は自分で思っている以上に怒っているぞ」
「……」
その瞬間だった。
遠くから、ものすごい勢いで床を蹴る音がした。
ダッ、ダッ、ダッ、ダッ――。
「あ」
私は思わず声を漏らした。来た。
廊下の向こうから、『司令塔』がものすごい勢いで走ってきていた。
小豆色のスーツ。今日はパンツスタイルだ。セミロングとショートボブの中間くらいの髪が、風圧で跳ねている。そして足元。あの靴だ。
パンプスみたいな見た目なのに、実際は走れるやつ。昔ちょっと流行った、仕事用のダッシュ可能シューズ。コツコツ音がしない。静音仕様なのに、異様に速い。
速い。とにかく速い。陸上選手みたいなフォームでこっち来る。
「うわ来た!!」
『隠者』が笑いながら後ろへ下がった。
『法王』が「あらあら」と言いながら避ける。
司令塔はそのまま一直線に『観測者』の前まで来ると、その場で止まった。
「何を開けさせようとしてるんですか!!」
『観測者』が眉一つ動かさず答える。
「事実確認だ」
「加減をしてください!! 明日も生活あるんですよこの人!!」
「だからこそだ」
「だからこそじゃありません!!」
『司令塔』は完全にキレていた。
「子どもの送迎! 子どもたちのお世話! 療育! 娘ちゃんの宿題! 在宅ワーク! 掃除! 夕飯! 洗濯! 睡眠時間! 全部私たちが管理してるんですよ!? ここで深堀りしすぎて寝込まれたらどうするんですか!!」
「必要なプロセスだ」
「必要でも段階ってものがあります!!」
『観測者』と『司令塔』が睨み合う。怖い。でもちょっと見慣れてきた。
その横で、『隠者』がくつくつ笑っている。
「いやぁ、見事に役割分担されとるねえ」
『法王』もうなずいた。
「司令塔は現実維持担当ですからね」
『司令塔』は深く息を吐くと、今度は私を見た。
「ちよさんもです」
「へい」
「途中で“小説家になろうありがとう”に着地したでしょう」
「うん」
「無意識に負荷調整してます」
「うん?」
「全部開けると危険だから救済の記憶に逃がしたんです」
私はぱちぱち瞬きをした。
すると『観測者』が、ぼそりと言った。
「だから甘い」
「甘くて結構です!!」
『司令塔』が即座に怒鳴り返した。
「この人を壊さずここまで運んだの、どこのチームだと思ってるんですか!!」
部屋が静まる。
その空気の中で、私はふと気づいた。
ーーああ、そっか。
『司令塔』は怒ってるんじゃない。
必死なんだ。ずっと。ずっと、生活を壊さないように。
私が壊れないように。
毎日を回すために、走り続けていたんだ。
心配してくれていたんだ。
なんだろう、まるで、青くなる前の『聖女』みたいだなあ。
『司令塔』が履いてる靴は私が昔履いていたんですが、名前を忘れました。有名スポーツ用品メーカーが女性のスーツに合うように設計製作してあってお値段通りに良い品でした。ボーナスで買ったのでよく覚えています。今はスケッチャーズ一択です、落ち着きのない息子をダッシュで追いかけるのに必須です。正直出産祝いにスケッチャーズの靴が買えるギフト券が喜ばれると固く信じています。ギフト券発行してほしいです、送りたいんです。




