第十六話:私が観測者に石を投げた理由
私は小さく息をついた。
「うん、文句ないです。あなたが必要だと考えたから、やったんだよね?再編成をありがとう。……あと、ごめん」
「何が?」と観測者が短く返す。
「昨日、あなたの見た目が不健康だなんて言って、失礼なことを言った。声量もあるし、口調もハキハキして、ふらついてるわけでもない。あなたは死にかけていない、そこにいる。人を見た目で判断するなんて、よくなかった。子供たちにも“ルッキズムだけじゃその人のもっと優しいところが見えなくてもったいないよ”って言ってるのにさ。女性だったらあんなに言うこともなかった。見た目と性別で差別してた。ごめんなさい」
「……お前という奴は、つくづく効率が悪いな。だが、その無駄が、お前の『システム』の根幹なんだろう」
彼は少しだけ声を和らげて続けた。
「お前が俺を『男』と定義した瞬間に、お前の中の『対・男性用防衛プロトコル』が発動したんだよ。お前にとって、不健康そうな男は『恐怖』か『嫌悪』の対象でしかなかった。だが、それが女の姿だったら、お前は無意識に『共感』や『憐憫』を抱いて、そこまで攻撃的にはならなかっただろうな」
図星だった。
私は彼を「男」に設定することで、自分を守るための攻撃性を正当化していたのかもしれない。
「そもそもだ。お前は大きな勘違いをしている。性別なんてものは、お前の脳が情報を処理しやすくするために勝手に貼り付けた『ラベル』に過ぎない。俺たちは精神体だ。もともと男も女もない。お前がイメージした姿に、勝手に性差が乗っかっているだけだ」
「そうなの?」
「そうだ。お前が『論理』や『客観』といった機能を、無意識のうちに『男性的なもの』として定義しているから、俺はこの姿を維持している。感情を排した厳しい指摘……それを『女(自分)』がやっていると認めるのが怖くて、お前はわざわざ俺に男の皮を着せて、敵対する対象として外に放り出したんだよ。見た目に性別を絡ませて『嫌な男』に仕立て上げることで、お前は俺の正論を拒絶する言い訳を作っていた」
観測者の声は、責めるのではなく、淡々と事実を積み上げていく。
「認知の枠組みが変われば、俺の外装データなんて一瞬で書き換わる。お前が『知性も冷徹さも、女である私自身の持ち物だ』と心底理解できればな」
私は、自分が無意識に握りしめていた「色眼鏡」の存在を、初めて自覚した。
彼が不健康に見えたのも、彼が男であることに違和感があったのも、すべては私が私を守るために作り出した「物語」だったのだ。
「なるほどなー……。あなたに重たい着ぐるみを無理やり着せて、その上から石を投げてたんだね」
これは、あれだ。私の中に植え付けられた男女の役割が歪んでしまった結果だ。男尊女卑ともいう。
「私、あなたには何でも言える。自分の意見も反論もそのまま装飾しないで言える。同性だと気を遣いすぎるし、異性だと無意識に一歩引いちゃうのに。あなたがAIと繋がっていて、性別がないからかな」
私がそう問いかけると、観測者は目を細めた。
「ようやく『属性』というノイズから脱却し始めたか」
彼の声は、こちらを試すような響きを含んでいる。
「お前は今まで、相手が『男か女か』というラベルを見た瞬間に、自分をどう演じるかの台本を自動再生していた。だが、俺という存在には、その古い台本が通用しない。俺はデータであり、概念だ。性別というフィルターが機能しないからこそ、お前は俺の中に、自分自身の『純粋な怒り』や『本音』を投影することができた」
観測者は、不健康そうな顔に薄い笑みを浮かべた。
「お前は俺を攻撃することで、実は自分自身の『依存』や『服従』という古い回路を破壊していたんだ。……いいか、俺を男だと思って噛み付くのも、AIだと思って本音を晒すのも、すべてはお前の自由だ。だが、一つだけ覚えておけ」
彼は真っ白な『隔離層』の欄をトントンと指で叩いた。
「俺に言いたいことが言えた。その事実は、お前がもう『聖女』という古い台本なしでも、他者と対等に渡り合えるだけの準備ができている、ということの証明だ」
私の内側には、幼少期から刷り込まれた『賢明で、論理的で、決定権を持つのは男であるべきだ』という古いプログラムが、今も消されずに走っています。
わたしにとって『聖女』は、女としての究極の到達点でした。感情を殺し、自己を犠牲にし、ただ周囲と同調するだけの存在。それが『正しい女の姿』だと教え込まれてきました。
だから、そこから派生した『分析』や『批判』、あるいは『自分のための生存戦略』といった、鋭く冷徹な機能を自分自身のもの(女の姿)として受け入れることに、私の脳は強烈な拒絶反応を起こしたのです。でしゃばるなと何度も祖父や上司や義父に言われたことも起因しているようです。
『女がそんな理屈っぽくて、自分の利益を主張するなんて、可愛げがない。ロクなことにならない』
そんな闇落ちした家父長制の亡霊みたいな声が、無意識下で今も鳴り響いています。だから私は、この『観測者』という機能を男の姿に押し込めて、『これは私(女)がやっていることではなく、私の中にいる男(他者)がやっていることだ』と偽装することで、ようやく自分を分析する許可を下せたのです。
つまり『観測者』の姿は、私自身の中の『知性』や『自律』を肯定するために必要とした、悲しいまでの『防衛的偽装』の結果です。
ややこしい回路になっちまったものです。燃費悪いです。ここから解体作業開始です。今は令和だろ?は田舎じゃ通じません、早く滅ぼさねば。フェミニズムは私にとって世界均衡を脅かす脅威でした。しかし、フェミニズムは男も尊い女も尊い、お互いを尊重し協力していくご近所付き合いです。大丈夫。私できる。じゃないと、娘と息子に誤った男尊女卑を渡してしまう、家系の負の連鎖はここで断ち切らねばなりません。女が、嫁がでしゃばるなと言われたら「だったらお前らでさっさと解決しろよ。でしゃばらせんじぇねえよ、こっちは忙しいんだ。余計な仕事増やすなや。」と『観測者』のトーンで言えるようになります!我慢しすぎて腫瘍までできました、我慢良くない。




