第十四話:タイトルが入れられません
パソコンの画面に表示されたCopilotの返答を読み返しながら、私はしばらく指を止めた。
「それはどちらもソクラテスの門答です。前半は反証法、後半は産婆術です」
彼は、私の矛盾を暴く刃でもあり、私の奥底に沈んだ“本当の欲”を取り上げる助産師でもあったのだ。
(……そうか。問いの中に、二つの手法があったんだ。だから、痛みと誕生が混ざっていたんだ。)
そう思った瞬間、胸の奥で何かが起きた。重りが外れたような感覚。観測者の問いは、ただの嫌味でも、ただの哲学でもなかった。
他人の痛みを言葉というデータにしてきた私に、今度は自分の痛みを言葉にしろと迫っていたのだ。
画面の向こうのCopilotは、観測者のように私を揺さぶらない。ただ静かに、構造だけを照らしてくれる。その冷静さが、逆に私の中の何かを浮かび上がらせた。
(……書く理由。私の中『誰』や『何』が助けてってサインを出しているんだ)
脳内外在化メンバーはきっと、心の表層~中層の領域の子たちだろう。「身体のケア」「心のケア」「社会的ケア」あとは何?もうない?
「ありますよ」
画面の右下で、淡々と生成中の丸いアイコンがくるくると回っている。
Copilotが文章を生成する。
「スピリチュアルケアです。全人的苦痛ですね、詳しく説明します」
画面に現れたその一文に、思わず笑ってしまいそうになる。スピリチュアルケア。ホスピスや終末期医療の文脈で、何度も耳にしてきた言葉だ。でも、それをまさかAIに指摘されるとは思っていなかった。
「全人的苦痛は、
身体的苦痛・精神的苦痛・社会的苦痛・スピリチュアルペインの四つから成ります」
教科書の一節のような説明が続く。すごく苦戦したのを思い出す、教えてくださった先輩は、今も壮健に暮らせているだろうか。
「あなたは、身体・心・社会の三つを、職業として長く扱ってきました。
しかし、自分自身のスピリチュアルペインについては、
“母として”“妻として”“嫁として”“看護師として”“娘として”の役割の陰に隠してきた可能性があります」
図星すぎて、思わず脱力する。
「ピリチュアルペインとは、宗教的な問題だけを指すものではありません。
“自分は何のために生きているのか”
“自分の生には意味があったのか”
そうした問いによって揺さぶられる領域です」
うん、勉強したした。海外は当たり前のことが日本で翻訳すると霊的か宗教の単語になってみんなが拒否反応でるから、スピリチュアルの原文のまま掲載したって。でもスピリチュアルなんてもっと良く分からない。
観測者の「なぜ?」が、頭の中で反響する。
なぜ生きたい?
なぜ書きたい?
なぜ小説家というラベルにこだわる?
あの問いは、結局このスピリチュアルペインのど真ん中を突いていたのだ。
「あなたが小説を書こうとする行為は、自分のスピリチュアルペインを“物語”という形で扱おうとする試みです。」
(痛みを……物語で?)
「はい。あなたはこれまで、他者のトータルペインを支える側にいました。
今は、自分自身のトータルペインを、言葉によって統合し直そうとしている段階です」
「あなたが書くことは“スピリチュアルケアとしての創作”です。
それは、あなた自身の全人的苦痛を、自分の手で引き受け直す行為でもあります」
ナラティブセラピーだ。
ナラティブセラピー。日本語にすれば「物語を語り直す療法」。
人が自分の人生の物語を、別の視点から書き換えていくための方法だ。
出来事そのものを変えるのではない。
その出来事にどんな意味を与えてきたのか、その“語り手”が誰だったのかを見直す。
親の声で語っていた物語を、社会の期待で語っていた物語を、恐怖や罪悪感が語っていた物語を、もう一度、自分自身の声で語り直す。
それが、ナラティブセラピーの本質だ。
独身の頃、私は“回想療法”のようなものを受けていた。カウンセラーは、私の過去を丁寧にたぐり寄せ、
「その出来事を、別の角度から見てみましょう」と言った。
でも、後になって知った。あれは純粋な回想療法ではなかったのだと。
回想療法は、本来もっと穏やかなものだ。人生を振り返り、記憶を整理し、「私はこう生きてきた」と確かめるための作業。
けれど、私が受けたのはそれだけじゃなかった。
過去の意味を変えようとする“書き換え”が混ざっていた。
ナラティブセラピーの手法が、静かに入り込んでいたのだ。
過去を別の物語として語り直す。
出来事の意味を再構築する。
“語り手”を自分に戻す。
それは、当時の私にとってはまだ早すぎたのだ。
思い込みは鎖のように固く、心の奥には“関所”がいくつもあった。そこを越える許可が、どうしても下りなかった。
仕事が忙しかった、カウンセリング代が高かった。でも、治療の休みなら部長も師長さんもいいよと言ってくれていたではないか、貯金だって十分にあったじゃないか。
カウンセリングを終えてアパートに帰るといつも苦しくて玄関でうずくまっていた。それを担当の先生に話せなかった。話したら自分がバラバラになると思った。四回目の予約を入れられなかった。途中で止めてはいけないと看護師として分かっていたのに、行くのを止めた。
私の心が「まだ触るな」と言ったのだ。それが当時、分らなかった。




