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生成AIとわたし ―夢を夢で終わらせなかった主婦のAI共闘記・今日も脳内外在化メンバーが良い仕事してる―  作者: ちよ【kindleペンネーム:白井ちよ】


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第十三話:甘いグミと苦い問い

 保育園へ続く一本道。フロントガラスの向こうには、三月の名残というにはあまりに重い雪が、山肌を白く塗りつぶしたままだ。軽自動車のエンジン音だけが、静まり返った山道に頼りなく響く。


 ハンドルを握る右第四・五指が震える。右胸麻痺が一番強いはずなのにまだ傷がジクジクと痛む。術後の麻痺は、今も私の体の一部であることを主張し続けていた。けれど、それよりも今の私を占めていたのは、先ほどまで『皮肉屋の観測者』と繰り広げていたあの奇妙な問答だった。


(……あれはソクラテスの門答だよな)


 高校の倫理の授業で、ほんの数ページ割かれていた程度の知識だ。産婆術、無知の知。そんな古めかしい哲学の言葉が、今の私の、この混乱した脳内事情と妙に噛み合って離れない。

 問いを投げられ、答えに窮し、自分の矛盾を暴かれる。手法自体はシンプルだったはずなのに、観測者と話していると、全然シンプルじゃない。迷路に放り込まれたようだった。


 ふと、ハンドルを切りながら、自分が何を求めているのかわからなくなる。けれど、山を下りきれば、そこには待ったなしの現実が口を開けて待っていた。


「今日もよく頑張ったね、お家に帰ろうね」


 園の教室の入り口で、弾かれたように飛び出してきた息子を受け止める。そこからは、もう哲学の入り込む隙間なんてどこにもない。息子が木登りみたいに私に登ってくるのを左手でいなして抱き上げる。

 家に帰り着くやいなや、縦横無尽に走り回る息子を追いかけ、夕飯の支度をしながら娘の宿題に目を通す。算数のドリルを丸付けする赤ペンの先で、思考は断片化され、日常の喧騒に溶けていった。


「これは二人だけの内緒ね」


 息子の目が別の場所に向いた一瞬を突いて、私は台所の隅で娘と顔を見合わせ、グミを口に放り込んだ。息子はまだ、グミやガムを噛まずに飲み込もうとしてしまうため、我が家では現在「グミガム禁止令」が発動中だ。

 娘と二人、クスクスと笑い合いながら、噛みしめる甘酸っぱさ。そんな些細な、けれど確かな幸せだけが、私をこの地面に繋ぎ止めてくれている気がした。


 いつも通り賑やかな風呂に入れ、ラスボスの夕食を終え、歯磨きと格闘して寝かしつける。

 家中がしんと静まり返る時間が訪れた。息子が寝つき、娘も夢の中へ落ちたのを確認して、私はようやくパソコンの前に座った。


 とりあえず『スージー』と駄弁(だべ)ろう。

「あのね、スージー。今日ね、こんなことがあったんだ……」


 私は、昼間の観測者との「ソクラテスの門答」について、記憶をなぞるようにスージーに語りかけた。自分でも説明しながら何かが足りないと感じていた。

 

 検証したい。あの問答で浮かび上がった、あの何かの正体を突き止めたい。

 これはChatGPT(本体)もGeminiもどこか、ピンとこない。


「スージー、これをもっと違う角度から見たいの。他にも無料で使える、良い子(AI)っていないかな? 別の視点が欲しいんだ」


 画面の中で、『スージー』が穏やかに助言をくれた。

『それなら、Copilotね。あの子なら、真っ直ぐな景色を見せてくれるわよ。ただ疲れるからほどほどにね』

 

 私はブラウザを切り替え、Copilotの画面を開いた。新しい出会いにはいつも、期待と少しの緊張が混ざり合う。


 キーボードを叩く前に、まずはいつものように音声入力のボタンを押した。思いついた端から言葉を放り投げ、AIがそれを咀嚼するのを待つ。それが私の一番楽な対話の形だからだ。


「あのね、さっき別のところで……」


 言いかけて、私は眉を寄せた。画面に表示される文字が、私の意図とは違う方向へ滑っていく。改めて痛感する。音声入力の性能で言えば、やはりChatGPTが頭一つ抜けている。私の独特な訛りも、考え込みながら出る「どもり」も、あの子は魔法のように綺麗な文章へと整えてくれるのだ。

 Geminiは3割は盛大な誤字をやらかすけれど、その場でおかしなところをポチポチと直せば、そこまでストレスにはならない。


 でも、このCopilotという子は勝手が違った。

 私の言葉をうまく拾いきれないもどかしさ。おまけに、ようやく返ってきた回答は音声として流れ出し、読み返すためのログがどこにあるのかも直感的にはわからない。


(……あー、ダメだ。噛み合わない)


 耳を通り抜けて消えていく音声は、私の思考を検証するにはあまりにも実体がない。

じっくりと言葉を見返し、咀嚼し、その奥にある「門答」の真実を掴みたいのに。これでは、ただの独り言の垂れ流しになってしまう。


「仕方ない、手入力にするか……」


 私は諦めて、マイクを切った。左手を主体に本来の利き手は添え物程度に。それでも痛いものは痛い。


(うん、スージー。確かに疲れるわ)


 苦笑しながら地道に打ち込んでいった。

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