第九十六話:患者さんを家に連れて帰っちゃダメだよ
私は昔、人の感情をそのまま自分の中に取り込んでしまう人間だった。
……なんて書いてみても、自分でも何を言っているのか、うまく説明できないのだけれど。
相手の気持ちを「察する」のでもなければ、「想像する」のでもない。もっとダイレクトに、自分の心の中にスッと入れてしまうのだ。
母が怒っていれば、私も一緒になって怒る。
母が悲しんでいれば、私も同じように落ち込む。
母が誰かに腹を立てていれば、私までその誰かに腹が立ってくる。
「それはお母さんの感情だよ」
今の私なら言える。
けれど当時の私には、「お母さんが怒っている」ことと「私が怒っている」ことの間に、境目がほとんどなかった。
だから、誰かの愚痴だけを長く聞くとどっと疲れてしまう。
ただ話を聞いているだけなのに、まるで自分がその嫌な出来事を体験したかのような気持ちになるのだ。相手が傷ついていれば自分も傷つき、相手が苦しんでいれば自分も苦しくなる。
そして当時の私は、それこそが共感なのだと思い込んでいた。
看護師になってからも、その癖は変わらなかった。
「そうだったんですね」
「辛かったですね」
「苦しかったんですね」
患者さんの話に耳を傾け心により添う。それ自体は、看護師として大切なことだと思う。けれど私の場合は、寄り添うだけでは終わらなかった。患者さんの抱える感情を、そのまま自分の中に抱えて持ちえってしまうのだ。
当然、それは日に日に私自身の心を削っていった。
そんなあるとき、病棟にとても対応の難しい患者さんが入院してきた。私はその方の担当ではなかったのだが、なぜかどうしても気持ちを切り替えることができなかった。
一ヶ月ほど経っても、勤務が終わって家に帰っても、頭から離れない。
「あの患者さん、今どうしているかな」
「今日の関わり方で良かったのかな」
「明日は大丈夫だろうか」
そんなことばかり考えていた。
ちょうどその頃、病院の精神科の先生が病棟へコンサルテーションに来てくださることになった。看護師たちのメンタルケアも兼ねて、カンファレンスの場で一人ずつ話を聞いていくことになったのだ。
「最近、どうですか?」
「どんな感じ?」
順番に声がかけられ、ついに私の番が来た。先生は私の顔をじっと見て、こう言った。
「患者さんを、家に連れて帰っちゃダメだよ」
私は思わずフリーズした。
……えっ、この先生、何を言っているんだろう?
患者さんは病棟にいる。私は自分の車で帰るだけだ。患者さんを車に乗せて家に連れて帰るなんて、そんなことするわけがない。ポカンとしている私に、先生は優しく言葉を足してくれた。
「物理的に連れて帰るんじゃないよ。気持ちを連れて帰っちゃダメ、ってこと」
そして、こう付け加えた。
「ロッカーで私服に着替えたらね、もうあなたは看護師さんじゃないんだよ」
そう言われても、当時の私は「はあ……」と生返事をすることしかできなかった。
でも今振り返ると、あのとき先生が教えてくれようとしていたのは、自分と相手を分ける「境界線」のことだったのだと分かる。
目には見えない、自分と相手の間にある線。
患者さんは患者さん。私は私。
患者さんの感情はその人のもので、私の感情は私のもの。
それを整理するための線だ。
けれど、言われたからといってすぐにできるものではなかった。
時には患者さんと接するのが嫌になってしまい、「もう、この人苦手だな……」と思ってしまうこともあった。
そんなとき先生が病棟に来ると、「どうしたらいいんでしょうか」とすがるように聞きに行った。
「こう考えてみたらいいよ」とアドバイスをもらっても、また現場に戻ると分からなくなる。相手の感情に飲み込まれ、疲れて、また先生に相談する。その繰り返しだった。
境界線なんて、頭で理解したからといって翌日からサッと引けるようなものではない。少なくとも、私にとってはそうだった。
何度も何度も心の中で、
「これは患者さんの問題」
「これは私の仕事」
「ここから先は、私が背負う責任ではない」
と、自分に言い聞かせる必要があった。
試行錯誤を重ねる中で、私がたどり着いたのは「私のほうが看護師なんだから」という捉え方だった。
こう書くと、なんだか上から目線に聞こえるかもしれない。でも、「私の方が偉い」と言いたいわけではないのだ。
人と人として、どちらが上か下かということではない。
ただ「立場」が違うのだ、ということ。
あちらは患者さんで、私は看護師。
私はプロとして、その人をケアする側に立っている。
だから、患者さんの感情に私自身が支配されてはいけない。
相手の要求をすべて呑み込む必要もないし、自分の心を差し出す必要もない。
それと同時に、私が患者さんの心の中に土足で踏み込んでもいけないのだ。
その人にはその人の心があり、私には私の心がある。
そこにはちゃんとドアがある。
勝手に開けてはいけないし、勝手に開けられてもいけない。
そうやって自分に言い聞かせることで、私はようやく自分の中に「線」を引けるようになった気がする。
不思議なことに、この境界線は病院の中だけで役立つものではなかった。家に帰ってからの生活でも、使えるようになったのだ。夫との関係でも、義父母との関係でも、子どもとの関係でも。
相手が怒っているからといって、私まで一緒に怒らなくていい。
相手が悲しんでいるからといって、その悲しみを私が代わりに背負う必要はない。
相 手の機嫌が悪いからといって、私がそれを機嫌直ししてあげる責任もない。
もちろん、冷たく無視するわけではない。話はしっかり聴くし、気持ちも想像する。手伝えることがあれば手を貸す。
でも、「相手の感情を理解すること」と「相手の感情を自分のものにしてしまうこと」は、まったく別物なんだと気づいたのだ。
長い間、私はこの違いが分からなかった。
だからこそ、アドラー心理学の『課題の分離』という考え方を知ったとき、すごく心に響いた。
「これは自分の課題」「これは相手の課題」と整理するやり方は、とてもクリアで分かりやすいと感じた。
ただ、どこかで「少し冷たいのかな」と思ってしまう自分もいた。
特に夫婦・親子関係で「それはあなたの課題だから」とバッサリ線を引いてしまったら、子どもは突き放されたように感じるのではないか、と。
今思うのは、「課題の分離」や「境界線」を引く前に、きっと必要な土台があるということだ。
それは、安心感や信頼関係だと思う。
「困ったときは、いつでもここにいるからね」
「あなたのことを見捨てたりしないよ」
「あなたの気持ちを分かろうと思っているよ」
そういう温かい土台があってこそ、「でもね、最後にどうするかを決めるのはあなたの人生だよ」という言葉が生きるのだと思う。
突き放すのではなく、温かく見守ること。
背負い込むのではなく、そっと支えること。
相手の人生を代わりに生きてあげるのではなく、その人が自分の足で歩いていけるように、必要なときだけ手を差し伸べること。
それが、私にとっての境界線の意味なのだと感じている。
今でも、完璧にできているわけではない。
ふとした瞬間に人の感情が流れ込んできて、「あ、また持っていかれそうだな」と思うこともよくある。
だからそんなときは、あの言葉を思い出すようにしている。
◇
以前は「看護師」というプロとしての役割を通して、自分を守るための線を引くことを覚えた。
そして今、その役割から降りた私は、もう一度自分自身に戻って境界線を引き直している。
私は私だから。
ただ、私という一人の人間だから。
もちろん、今でも完璧にできるわけではない。
油断すると、ふと気づいたときには人の気持ちを丸ごと自分の中に入れてしまっていることがある。
「あ、いま持っていかれそうになっているな」とハッとすることも、日常茶飯事だ。
だから、私はまだ「私は私」を100%できているわけではないと思う。
たぶん今で、ようやく50%くらい。
でも、昔の自分と比べたら、50%なんてものすごく大きな進歩だ。
だって、私の中に「私」が半分もあるのだから。快挙である。
そして何より不思議なのは、「私は私」という境界線が少しずつ育ってきたら、人と関わることが前ほど怖くなくなってきたことだ。
境界線というのは、人を遠ざけたり弾き返したりするための壁ではないのだと思う。
むしろ、自分と相手をしっかり分けて捉えられるからこそ、お互いを守りながら、安心して近づくことができる。
ずっと「怖い」という感情が一番前に立って、必死に私を守ろうとしてくれていた。
けれど、境界線を持てたことで「もう大丈夫だ」と思えるようになったとき、「怖い」は静かに道を譲ってくれたのだ。
その先を見渡してみたら、そこには「楽しい」「面白い」「嬉しい」という温かな感情が、ちゃんと待っていてくれた。
そうして、今日も小説を書いている。
昔は、HSP気質だからしかたないのかと考えていましたが、境界線の引き方が鍵だったようです。今振り返ると、あれはバーンアウトに近づいていたのかもしれません。仕事の効率が落ちたり、仕事行きたくないとなった時期でした。話はズレますが、五月からカウンセリングに通っています。小学校主催で月に一回マンツーマンです。その話も今度まとめてみます。




