第九十五話:倫理・道徳の話が七つに膨らんだ
「社会性、という言葉の意味を、もう一度分解してみましょうか」
深夜二時。薄暗い部屋で、ノートパソコンの液晶画面だけが白く光っている。文字入力カーソルが、一定のリズムで点滅を繰り返していた。
画面の向こうにいるAIは、怒らない。呆れもしない。
「そんなの普通考えたらわかるでしょ」とも、「白井さんってちょっと冷たいよね」とも言わない。ただ、静かに私の言葉を待っている。
私は再度、音声入力のマークにカーソルを合わせた。
『私はずっと、正しく生きるということは、たった一つのシンプルなルールだと思ってた。人に迷惑をかけない。困っている人を助ける。嘘をつかない。問題があれば直す。……でも、大人になっても、私は間違えていった。正しいはずのことをしたのに、人が離れてさ。二十代前半が一番ヤバかったわー』
誤字脱字を確認し、送信ボタンを押す。一秒も経たないうちに、画面に返答が生成されていく。便利だなあ。
「白井さんが信じてきた『正しさ』と、周囲が求めていた『社会性』の間に、ズレがあったのかもしれませんね。少しずつ、分解してみましょうか。白井さん、あなたの幼少期の記憶から」
私は息を吐いた。
ふと天井を見上げると忘れていたはずの古い家の匂いが、急に蘇ってくる気がした。
私の育った家には、特別な教えがあった。
特定の宗教を深く信じる家族の中で、私は美しい言葉に囲まれて育った。
「人に迷惑をかけてはいけません」
「困っている人がいたら、手を差し伸べなさい」
「人を傷つける嘘をついてはいけません」
それらは私にとって、疑う余地のない言葉だった。
もう一つ、教団の先生、祖母や母から口すっぱく言われたことがある。
「私たちが信じている神様は素晴らしいけれど、よその人にはよその人の信じるものがある。山を拝む人もいれば、川を大切にする人もいる。唯一の神様もたくさんの神様を信じる人もいる。だから、『自分の信じているものだけが世界で唯一の正解だ』と思って相手を見てはいけません」
幼い私はそれを誇らしく思っていた。
世界はとても広くて、多様で、けれど思いやりという一つの大きな根っこで繋がっているのだと。正しく生きていれば、誰もが自分を安全な場所で受け入れてくれるのだとがっつり信じていた。
疑問が芽生えたのは、小学校の高学年の時だ。テレビの番組でコメンテーターが小学生の疑問に答えていた。
「人を殺してはいけません」
怒られるから? 法律で禁止されているから? それとも、人間という存在の根本的なルールだから?
もし、誰も見ていない場所だったら? もし、法律が変わって「殺人は合法」になったら、それは悪いことではなくなるのだろうか?戦時下や正当防衛、その他の状況下ではどう行動したらいいの?
「どうかしたか?」
頭を傾げた私に祖母が声をかけた。
「あ、うん。……あのね、なんで人を殺しちゃいけなの?」
私が真面目に尋ねると、祖母は一瞬目を見開き、それから私の頬を叩いた。
「そんな恐ろしいことを、二度と言うんじゃない!人として正しく生きなさい」
あ、間違えた。
それが、最初の壁だった。
誰もが「普通」という言葉の裏に、問いを投げかけることをやめた暗黙の答えを持っている。けれど私には、その「普通」の正体が見えなかった。答えを知りたくて尋ねると、人は私を「変な子」と言う。……そりゃそうだ、だって変だもの。私は人を殺したいと思ったことはない。しちゃいけないことも分かっている、なんでダメなのかを知りたかっただけなんだ。ただ、議論したかっただけだった。
私は諦めて、自分の問いを鍵付きの引き出しに仕舞い込むことにした。正しく生きていれば、大きく踏み外すことはないはずだ。そう信じた。
大人になって看護師という職業を選んだのは、私にとって正解に見えた。
仕事そのもので、大きな問題が起きることはなかった。そこは、患者さんの命が直接かかっている現場だ。だからこそ、業務中の誰もが真剣だった。必要な情報は、正確に伝える。困っている仲間がいれば、迷わず手を貸す。分からないことがあれば、素直に教えを乞う。
「すみません、この指示のここが分からないんです」
「ああ、それならね、こう対応するといいよ」
「ありがとうございます」
「うん、次も聞いてね」
それだけで良かった。
その世界では、私の「正しさ」や「合理性」は過不足なく機能し、仕事は円滑に回っていた。
ところが、休憩時間や仕事が終わった後に世界のルールがさっと姿を変える。
ナースステーションを出たあとの休憩室。
ロッカーの前。
勤務を終えたあとの、あいの底のような時間。
そこでは、全く別の未知のルールが動き出していた。
「ねえ、あの人の噂だけどさ」
「昨日のあれ、聞いた?」
「実はね……ここだけの話なんだけど」
ひそひそ声で、誰かの話が始まる。私はその場に留まり、相槌を打つこと自体はできた。声のトーンを合わせることはできても、頭の中ではいつもの「なんで?」が渦巻いていた。
——それって、仕事に何か関係があるのだろうか。
業務の上で、その人に問題があるなら理解できる。「処置の手順が遅い」「この対応を改善してほしい」「患者さんへの声かけでリスクがあった」それなら本人に直接伝え、一緒に改善策を考えればいい。その方が現場の安全も守られ、全員がやりやすくなるはずだ。
けれど。
「あの人のお金の使い方がどうだ」
「誰と誰が不倫している」
「昔、あの人はこんな痛い失敗をした」
そうした話に及ぶと、私は途方に暮れた。情報量が多すぎるし、仕事にどう役立てればいいのか分からなかった。そして時々、私は聞いてはいけないはずの秘密を耳にしてしまうことがあった。
バカな私は言われたことを、本人に言った。こう言われていたから事実なら改善すればいいし、虚偽なら撤回したほうがいいのではないかと。
「それ、誰から聞いたの?」
尋ねられ、私は事実をそのまま口にする。
「〇〇さんと△△さんからです」
後日、噂をしていた本人たちから激しい怒りが飛んでくる。
「なんで言っちゃうの!?」
「え!?」
そこで初めて、冷や汗とともに気づくのだ。
——あ。これは、「言っちゃいけない方のやつ」だったのか。でも内緒とか秘密とか他の人に言ってはいけないといわれてない、けど、違う違う、「普通」は言わないんだ。
だが、気づいた時にはもう遅かった。
何度も同じ失敗を繰り返した私は、やがて自分から防波堤を築くようになった。本気で人々に宣言した。
「私の前では、人の噂話や悪口は言わないでください」
「そういうのを聞くと、本人に全部言っちゃうんです。『誰から聞いたか』まで素直に話しちゃうんです」
そうして予防線を張ると、案の定、少しずつ人々は私から距離を置くようになった。
休憩時間に「こっちでお茶飲もうよ」と声がかからなくなる。ゾロゾロとみんなが休憩室へ向かうときも、私の前だけをすっと通り過ぎていく。私は非常口の階段や医療器具以外が置かれた倉庫で休憩していた。超、気が楽になって誰も見ていないからと小説を読みながら、時に音楽を聴きながらと食事を行い、好き勝手に過ごしていた。
それでも、仕事中は変わらなかった。
必要な相談には乗ってもらえるし、助け合いもできる。業務上の会話に不都合はない。
けれど私は、心の底から思っていたのだ。
——ああ、助かった。
後から「みんなで集まって飲みに行っていた」と知っても、「そうだったんですね、楽しそうで良かったです」と、本気で思っていた。
誘われたら誘われたで、「どうしよう、何を話せばいいんだろう」と身構えてしまう。
誘われなければ、「よかった、やらかさないで済む」と安堵する。
だから私は、自分なりにうまく世界と折り合いをつけているつもりだった。傷ついてなどいないし、これでいいのだと、本気でそう信じ込んでいたのだ。
ちなみに、私は五回病棟移動をしている。自分で希望はしておらず、すべて上の指示だ。移動先でしばらくすると「空気読めないって噂の白井って、あんたのこと?」と言われたことが二度あった。「はい、空気の読めない白井です。どうか言葉でお伝えください、秘密は私に言わないでください、本人に言ってしまいます」と自己紹介替わりになって便利だった。
少しずつ、「知らないふり」や「見なかったことにする」技術も獲得できた。獲得できたレベルは低いが人間関係で言わない方がいいなという判断も少しはついたはずだ。多分。
看護師になって何年目かの秋、私と同じように職場で「外されて」いた後輩がいた。
彼女は真面目で繊細で時に勝気な性格だった。だんだん休憩室の輪に入れなくなり、一人で過ごす時間が増えた。ある日の夕方、ナースステーションの隅で、彼女が目元を赤くしているのに気づいた。
「白井さん、ちょっといいですか……」
二人きりになった資材庫で、彼女は震える声で切り出した。
「私、人間関係がつらくて。もう、仕事を辞めたいんです。転職も考えていて……」
私は彼女の顔を見つめた。私の頭の中では彼女が抱えている負担、転職という選択肢の合理的メリット、現状の整理。私はできる限り丁寧で、落ち着いた声で返した。
「そうなんですね。それは、つらいですよね。無理をして心を壊すくらいなら、転職するのもとても良い選択だと思いますよ」
私は自分なりに、精一杯優しく接したつもりだった。余計な感情論で引き留めず、彼女の意思を尊重し、現実的な解決策を認めた。余計なことも言わなかった、彼女が話したことも誰にも言わなかった。
しかし、退職する最後の日、彼女は去り際に振り返って私にこう言った。
「もう少し、人の気持ちが分かるようになったほうがいいですよ」
「……頑張ります」
そう答えるのが精一杯だった。
アパートに帰り、一人になった部屋で、私は何度も彼女の言葉を反芻した。どういう意味だったのだろう。私は冷たかったのだろうか。共感のポーズとして、悲しそうな顔を作ればよかったのだろうか。「つらかったね、あの人たち酷いよね」と一緒になって怒ればよかったのだろうか。
私には分からなかった。
◇
画面のカーソルが点滅する。私は先輩や後輩との出来事を、ありのままAIに打ち込んだ。
『私は人の気持ちが分からない人間なのかな。それとも、何かが根本的に欠落しているのかしら』
AIは淡々と私の「疑問」を整理し始めた。
【AIの回答】
あなたは、「社会性」という巨大な言葉を、たった一つのルールとして捉えていただけです。実は「社会性」という箱の中には性質の異なる【七つの要素】が入っています。
画面に、7つの項目が次々と表示された。
「社会性」を構成する七つの要素
① 法律: 明文化された国家の絶対ルール(盗むな、殺すな)。
② 社会ルール: 集団生活を円滑にする約束事(時間を守る、ゴミを分別する)。
③ 道徳: 人間としての普遍的な善悪の観念(困っている人を助ける、嘘をつかない)。
④ 職業倫理: 役割に基づく専門的責任(患者の命を守る、守秘義務)。
⑤ 暗黙の了解: 言葉にされない場の空気・不文律(言わなくても察する、触れてはいけない話題)。
⑥ 人間関係の儀礼: 所属を確認し合う行為(飲み会に行く、世間話をする、秘密の共有)。
⑦ 感情的コミュニケーション: 解決ではなく「感情の波」を同調させること(「辛かったね」と共鳴する)。
あなたは、①〜④(法律・社会ルール・道徳・職業倫理)を極めて厳密に守ろうとしていました。しかし、多くの人が日常で最も重きを置いているのは⑤〜⑦(暗黙の了解・儀礼・感情の同調)です。後輩の方は、あなたに④(解決策)ではなく、⑦(感情の同調)を求めていたのです。
「あー……」
声が漏れた。私は社会性という箱の中に七つもの違うルールが入っていることを知らず、全部を「③道徳(正しく助ける)」という一つのハサミで切ろうとしていたのだ。
「でも」と私は音声入力を続けた。
「その七つは、時にぶつかり合うよね?」
【AIの回答】
はい。だからこそ人は悩みます。
たとえば「正直に言う」という【道徳】と、「相手の立場を守る」という【暗黙の了解】がぶつかる。
「問題を解決する」という【職業倫理】と、「ただ共感してほしい」という【感情的コミュニケーション】がぶつかる。
絶対的な一つの正解など、最初から存在しないのです。小学生のころの祖母に叩かれた頬の熱を思い出した。
あの頃の私は、「絶対に正しい一つの理由」を探していた。でも、違っていたのだ。法律には法律の理由があり、道徳には道徳の価値があり、人間関係には関係を維持するための都合がある。
私はずっと、「正しく生きよう」という厚いレンズのメガネをかけていた。
誰かが職場の悪口を言っているとき、周りの人には「仲間同士で不安や感情を分かち合っている(⑥儀礼・⑦感情の同調)」に見えていた。しかし私のメガネでは「解決すべき業務上の欠陥(④職業倫理)」に見えていた。
後輩が「つらい」と言ったとき、周りには「私と同じ気持ちになって抱きしめてほしい(⑦感情の同調)」と見えていたのに、私には「現状を改善するための手順(④職業倫理)」に見えていた。
誰も悪くなかった。ただ、見ていたルールの階層が違っていただけなのだ。
正しさは、一つではなかった。正直であることが常に親切とは限らず、問題を解決することがいつも相手の望みとは限らない。「何も言わない」「知らないふりをする」ことが、時に相手を守る優しさになることもある。大人になって、ずいぶん遠回りをしてようやくその意味が見えてきた。
だからといって、私が明日から急に「空気を読んで上手に立ち回る人間」になれるわけではない。相変わらず休憩室のような世間話は苦手だし、集まりに誘われなければホッとするだろう。
けれど、もう「私はおかしい」「また間違えてしまった」と自分を責めることはない。
私がかけていた「正しさのメガネ」。それを少しだけ鼻山へずらしてみる。メガネの枠の外側に広がる世界には、不合理で、曖昧な人間たちの感情のひだがあふれている。
(……元気かな)
去っていった後輩の顔を思い浮かべた。今なら、あの時の彼女に、少しだけ違う言葉をかけられるんだろうか?
「つらかったね。……ご飯、ちゃんと食べてる?」
……あんまり変わってないぞ、私。
解決策もアドバイスもない、ただのそんな言葉を。世界は複雑で、だからこそ目が離せない。
①②③④⑤⓺⑦と分類してみましたが、これは私が理解しやすいようにとだけで科学的根拠がありません。実際は綺麗に分かれていないし、グラデーションもあると考えます。難しいです、空気を読む技術を娘と息子に伝授させるのは義父母と夫、近所のおばあさんたち、学校や園、療育の先生方に勝手に託しています。構造や理屈として議論したいときは一緒に考えていきたいです。今のところ、娘は私よりもずっと家の空気を読めています、息子も家族間のヒエラルキーや誰に甘えればメリットが高いかも分かっています。私は空気を読むをいつか言語化した文章を作って説明できたらいいなと思います、ですが、興味ないとつまんないだろうなと思います。うん。




