【消えた山と、看板むすめのためいき】
今日も元気なまるやのむすめ
あたまの上にはおだんごふたつ
ぴかぴかひかる串さした
かんばんむすめのまちちゃんさ
仙境が、しん、と静まり返った。
そんな錯覚を覚える。
鳥の鳴き声、市場のざわめき、そして、お客さんの声。
そんないつもの賑わいが、この日はなんだか、世界の音が半分盗まれてしまったみたい。
神織の宮、その門前町の甘味処まるやの看板娘を自負する「まち」は、店前の通りをほうきで掃きながら、大きなため息をついた。
「はあ~~~……」
客が来ないのである。
宮の奥、そこにいつもあった山が、消えていた。
そんな奇妙な事件から一日経つが、いつも顔を出す役人たちも、宮にお参りに来る人たちの足もすっかり途絶えてしまった。
「まちちゃん! 大変だったんだってね! 怪我はなかったかい!?」
通りから声が掛けられた。
顔を上げると、そこにいたのは、門前町でも一番大きな宿屋「ときや」の若旦那「こう」だった。
眉を八の字にして、心配そうな顔をしている。
「こうさん! うちは大丈夫だけど……。ほんと、いったい何が……」
まるやの客足が途絶えている。
宿屋であるときやも大きな影響を受けているだろう。
「くれん様が狐に憑かれたなんてのは、外向けの噂さ。本当は、もっと得体の知れない『何か』だったらしい。ともかく、君が無事で、本当によかった……!」
神織の役人相手に大きな商売をしているだけあって、情報が早い。
彼は、少し逡巡する様子を見せた後、懐に手を伸ばし、何かをこちらに押し付けてきた。
受け取ってみると、これは、お守り?
「これ、一宮のあさめ様に祈祷してもらった、厄除けのお守りだ。必ず、持っておいてくれ」
お守りの中でも高級品だ。しょっちゅう出回る物ではない。
「ええっ、そんな、悪いですよ!」
「いいから! じゃ、じゃあ、また!」
慌てるように手を上げて立ち去っていった。
手の中の豪華なお守りを見つめ、頬をぽりぽりとかく。
これぞ、老舗の余裕だろうか。
うちみたいな新しい店にも、いつも気をつかってくれて親切だ。
あたしも、将来は、あんな風に、どーんと構えたおかみさんになりたいもんだわい。
門前町の顔役としてあちこちに顔を出しているのだろう。
こうが去るのと入れ違うように、野菜売りのおかみさんがやってきた。
眉間にしわを寄せ、目をぎょろぎょろさせて、辺りをはばかるように話しかけてくる。
「まちや、まちや、聞いたかい!? なんでも、一宮のくれん様に、こわいこわい、狐のオバケが……。
それでね、夜中に、山が、ドン!って、ものすごい音をたてて、光ったんだってさ! そしたら、次の朝には、ほら、あの山が、まるごと、なくなっちまったんだよ! まっこと、神隠しだよ!」
徐々に大きくなるおかみさんの声には、どこか得意げな響きも込められている。
まちが頷きながら聞いていると、おかみさんは止まらず話し続ける。
「それがね、宮のひとたちが、あちこちで、かんがえられんくらい、あわてふためいてたんだよ。ふだんは、どんなことがあっても、顔色ひとつ変えない、武官様たちがだよ!巫女様たちも、神楽を舞うどころか、顔を真っ青にして、おびえてたんだからね! まったく、この世の終わりかと思ったよ!」
まちもいつの間にか眉間にしわが寄っている。
そのまま宮の方を見上げる。
いつも、平和を守ってくれるはずの宮のひとたち。こんなにも取り乱しているなんて。
それは、まちの心を、ずしり、と重くした。
「あの、おかみさん…狐のオバケって、本当に、いるんですかね…?」
まちは、小さな声で、たずねる。
おかみさんは、びくっと肩を震わせると、一段と声を落として話し出した。
「それがね、あの『死なずの巫女』さまが、そのオバケと、すごい戦いをしたらしいよ!なんでも、神様が使うっていう、あの、へんな刀で、バッ!って、斬りつけたんだとか!」
「ええーっ!?」
まちは、思わぬ話題に目を輝かせてしまう。
こわいけれど、それは、まるで物語のようだ。
昼が過ぎ、ようやくのれんをくぐってきたのは、神織の武官たちだった。
誰も顔色が悪く、暗いため息ばかりついている。
「やれやれ。あんな騒ぎ、もう二度とごめんだな」
「まったくだ。宮の中も、上の方じゃ、大変な騒ぎさ。死なずの巫女様だのあの世の化け物だの、もう、うんざりだ」
「我々ではどうにもできんさ。それより、一息入れよう。団子と茶をくれ」
まちは、お茶とお団子を運びながら、その話に、こっそり耳をすませる。
あの世の化け物? へんな刀? 神様?
宮のなかは、もっともっと、大変なことになってるみたい!
まちは、武官たちの話から、事件の全貌はつかめないものの、それが、ただの狐のせいではない、とんでもないことが宮のなかで起こっていたのだと、直感する。
普段、冷静沈着な武官たちが、ここまで疲弊しているのを見るのは珍しい。
その日の夕方。
店じまいをしようとしたまちの目に、ふたりの人影が止まる。
一宮のあさめ様、そしてそのお隣には二宮である黒曜のらん様。
ふたりとも、なにも言わず、ただ、山が消えたほうの空を、じっと、見つめている。
その背中は夕日の影となりさらに小さく見える。
「…………」
まちは、声をかけることができない。
なんと言ったら、いいのか、わからない。
「元気だして!」などと、言えるはずもない。
みんな、こわいのだ。
みんな、かなしいのだ。
みんな、これから、どうなっちゃうんだろうって、不安なのだ。
あたしにできることなんて、なにもない。
いいだんなさんを見つけて、お店を大きくして、しあわせにくらしたい、なんて。
そんな夢、この、山が消えちゃうような世界で、ほんとうに、かなうのか。
この日はじめて、自分の夢が、とても儚く、壊れやすいものであるような気がした。
店の片付けを終えると、まちは、厨房のすみに、ちょこん、と座りこんだ。
そして、自分用に、まるめておいたお団子を、ひとつ、口にいれる。
あまい、あまい、お団子。
でも、その日の夜は、なんだか、ぜんぜん、味がしないような気がした。
ぽつり、と、まちのほっぺを、温かいものが、伝っていく。
その手には、こうがくれた、厄除けのお守りが、ぎゅっ、と握りしめられていた。
~二殿の報告書~
宮中に、詳細不明とみられる「きい」なるものが闖入。
くれん様の身体を奪い暴走。
宮中の破壊と共に奥山が消失。
神器、封神匣にて人形へ封印し鎮圧した。
関連資料 二十二の一から三十六




