【看板むすめと、厄除けのお守り】
今日も元気なまるやのむすめ
あたまの上にはおだんごふたつ
ぴかぴかひかる串さした
かんばんむすめのまちちゃんさ
神織の宮の門前町。
宿屋「ときや」の若旦那と呼ばれる、こうは、風呂敷に包まれた鍋の前で腕組していた。
「ほれ、早く持っていってやんなさい。冷めちまうよ」
女将が横から声をかける。
そんな気軽なもんじゃないのだ。
しかし、いつまでもこうしていられない。
意を決して風呂敷包みを抱え、店を飛び出した。
山が消えてから、何日かが過ぎていた。
閉じられていた宮参りが再開され、外からの客も徐々に戻りつつある。
しかし。
これから向かう先のことを思い、心に重いものを感じる。
夕暮れ近い雨上がりの空。濃い雲はすでに流れて行ったようだ。
まだ湿り気を帯びた空気を、肺に溜める。
勢いに任せて通りを進む。
鼓動が早い気がするが、もうどうにもできない。
いた。
甘味処まるやは、もう店じまいか。
看板娘のまちが、のれんを下げようとしているところだった。
しばし逡巡する。
ええい、と思い切って近づく。
「あ、こうさん。こんばんは」
こちらに気づくと、彼女の方から挨拶をくれた。
「…こんばんは、まちちゃん」
待ち構えていたとはいえ、とっさに返事が出なかった。
事前に何度も頭で繰り返していた言葉を言う。
「あのね、これ…。うちの板前が、新しいまかない料理を試作したんだけど、作りすぎちゃって…。よかったら、きみ、いや、ご家族で、食べてくれないかな」
早口になった。
言い終えると、手の中の風呂敷を差し出す。
中の鍋はまだ温かく、出汁の香ばしい香りが溢れ出ている。
「わあ、いいんですか? いつもすみません!」
まちは、あたたかい風呂敷包みを受け取って、笑顔を見せた。
それは、ここ何日かは姿を消していた、いつもの、温かな笑顔だった。
ここ数日の不安がゆるやかに解け、こちらも、つられて口角が緩む。
鼓動が早い。
「それでね、まちちゃん」
「はい?」
恐る恐る、尋ねる。
「…あの、お守り、持っていてくれてるかな」
まちは、こくり、とうなずくと、仕事着の懐から、あのお守りを、取り出して見せた。
「もちろんです! こうさんがくれた、大事なものですから」
「…そっか。よかった」
心から、ほっとする。思わず息が漏れる。
緩んだ口元を引き締め、まちの顔を見つめる。
意識して、ゆっくりと、言葉を絞りだす。
「まちちゃん。きみは、いつも、太陽みたいに笑ってる。その笑顔に、この門前町のみんなが、元気をもらってるんだ。だから、きみが、つらそうな顔をしてると、町全体が、曇っちまうみたいなんだ」
「え…」
まちは、目を開ききょとんとしている。
構わず続ける。
「山が消えたり、おかしなことが続いて、みんな、不安なんだ。それは、おれも同じだ。でもね、だからこそ、おれたちは、いつも通り、ここで、商売を続けるしかないんじゃないかな」
まっすぐに、まちの目を見る。指先が震える。
「きみは、門前町イチの看板娘だ。きみが、いつもの笑顔で『へい、いらっしゃい!』って言ってくれるだけで、安心するやつが、たくさんいる。…おれも、その一人、だから」
そこまで言い切ると、急に、耳が熱くなった気がした。
言えた。
「い、いや! 町内の仲間として、さ! と、ともかく! きみの作る団子は、仙境一だ! だから、明日も、頼むよ!」
それだけ早口でまくしたて、早足で立ち去る。
ちゃんと話せた。しかし余計なことも言ってしまった。
返事も聞かず出てきてしまった。変に思われてるだろうか。
背後からは、まちが店に向かって声を上げているのが聞こえる。
「よし…!お父さん、お母さん! こうさんが、差し入れくれたよー!」
そっと、後ろを振り返った。
そこにはまちの姿はすでになかった。
思わず駆けだして店へ向かう。
次の日の朝。
「まるや」の店先には、いつも通りの、元気な声が響く。
「へい、いらっしゃい! 看板娘のまちが作る、仙境一のお団子だよっ! 食べてかないと、損だよっ!」
その声につられて、お店をのぞく客は、みんな、にこにこと、笑っている。
まちの笑顔は、雨上がりの空にかかった、きれいな、きれいな、虹みたいに明るく照らす。
その様子を、宿屋の二階から、こっそり遠目に眺める。
心なしか、顔が赤くなった。
~二殿の報告書~
五家による奥山跡地の視察に同行。
先日の雨により、広大な跡地には濁った水が溜まっていた。
黒曜当主はこの場所を何かに使えないかと考えているよう。
地すべり等の危険も残るため当面の間は立ち入り禁止とすることが決定。
追記。帰り道、虹が出ていた。運が良い。




