二人の征服者
一四〇六年五月、南京。
永楽帝が西方からの軍報を受け取ったのは、朝議を終えた直後だった。
甘州はなお明軍が守っていた。しかし帖木児の騎兵はその北を迂回し、涼州へ通じる街道を脅かしていた。
城外の村落からは人々が逃げ込み、駅伝の馬が奪われ、兵糧を運ぶ車が襲われている。敵は城を攻めると見せて退き、守備隊が追えば別の場所に現れた。
河西の軍を統轄する宋晟からは、敵の主力がなお西方にあり、その所在を確かめられないとの報告も届いていた。
永楽帝は報告を読み終えると、姚広孝を呼ばせた。
姚広孝は七十歳を越えていた。僧衣をまとって現れた彼に、永楽帝は河西の軍報を渡した。
「帖木児は城を取らぬ」
姚広孝は報告を読んだ。
「城を取れば守らねばなりません。敵はそのために来たのではないのでしょう」
「では何を取りに来た」
「陛下の軍かと存じます」
永楽帝は笑わなかった。
靖難の役で姚広孝は幾度も彼に進言した。
北平を守りながら南下の機会を待ったころ、敵の兵力は常に自軍を上回っていた。あのころの朱棣には、負ければ帰るべき都もなかった。
「朕が出なければ、あの男は涼州の東へ進む。出れば、そこで戦うことになる」
「陛下はどうなさいます」
「出る」
姚広孝はうなずいた。
「では、敵が待っていることをお忘れなきよう」
「忘れぬ。だが、あの男も朕が待っていることを知らねばなるまい」
皇太子朱高熾が入ってきたのは、そのあとだった。
朱高熾は河西へ送る兵糧と軍馬の手配について報告した。
陝西の倉から穀物を出し、沿道の駅に馬を集め、軍の通過に備えて井戸と水槽を整えさせている。
西方の城塞へは兵を送り、軍営に必要な木材や鉄を運ぶよう命じていた。
「兵を増やすことはできます。しかし涼州より西へ大軍を進めるなら、輸送のための車も増やさねばなりません」
朱高熾が言うと、永楽帝は報告書を受け取った。
「涼州で戦う」
「承知いたしました。では、そこまでの輸送を優先させます」
「朕が留守の間、南京を頼む」
朱高熾は頭を下げた。
永楽帝は立ち上がった。
「丘福、張輔を呼べ。漢王にも出陣を命じる」
******
九月上旬、涼州西方。
ティムールは丘の上から、東の平原に広がる明軍の陣を見渡していた。
涼州の城壁を背に、明軍は数里にわたって陣を築いていた。
前面には溝と柵があり、その内側に槍兵、弩兵、火器を扱う兵が配置されている。左右には騎兵の陣があり、中央の奥には赤や青の旗が密集していた。
ひときわ高い黄色の大旗には龍が描かれ、風が吹くたびに金色の模様が広がった。
ティムール軍の先遣隊は数日前からこの平原に現れていたが、明軍はまだ主力を動かしていなかった。
「皇帝はあの旗の下にいるそうです」
シャー・マリクが言った。
ティムールは黄色い旗を見たあと、その後方へ目を移した。
涼州の城門から荷車が出てきた。穀物の袋を積んだ車が軍営へ入り、空になった車が別の道を通って戻っていく。
兵の列が東から到着し、旗の下で部隊ごとに分かれていった。新しく到着した兵のために、すでに柵を立てる場所が空けられていた。
「昨日も兵が来ました」
シャイフ・ヌールッディーンが言った。
「今日も来ているな」
「はい。敵はさらに兵を集めるつもりでしょう」
ティムールは黙っていた。
明軍の火器については、すでに報告を受けていた。火薬を使う兵器そのものは珍しくなかった。
彼の軍にもそれを扱う者がいたし、インドでも西方でも火器を見てきた。
しかし明軍は、大きな火器を歩兵の列に組み込み、発射の間を弩兵と槍兵に守らせていた。火器だけでなく、その運搬と修理を担当する兵もいた。
その後方には軍営が続き、さらに城壁があった。
城壁の向こうにも道が続いている。そこから兵と食糧が運ばれ、負傷者や壊れた車が送り返されていた。
ジャハーンシャー・バルラスが馬を寄せた。
「敵はまだ増えます」
ティムールは平原を見渡した。
これまで彼が破った王たちも大軍を率いていた。トクタミシュの騎兵は草原を覆い、バヤズィトはアナトリアとルーメリから兵を集めた。
デリーのスルタンは戦象を並べ、イスファハーンやバグダードの支配者たちは城壁と財宝を頼みにした。
しかし眼下の明軍では、兵が到着する前からその場所が用意され、食糧を積んだ車が次々に入ってくる。東の街道には、なお荷車の列が続いていた。
ティムールは低い声で言った。
「国が来たな」
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その日の夕刻、永楽帝は前方の物見から敵陣を眺めていた。
西の平原には、明軍とは異なる形の天幕が広がっていた。円いもの、尖った屋根を持つもの、布を幾重にも重ねた大きなもの。
馬群が陣の外に広がり、その間を駱駝が歩いている。旗も衣服も一様ではなく、鉄の兜をかぶった騎兵の隣に、色鮮やかな長衣を着た者がいた。
「北虜に似ておりますが、ずいぶん違いますな」
張輔が言った。
永楽帝はうなずいた。
モンゴルの騎兵なら幾度も戦ってきた。
北平にいたころから、草原の騎兵がどれほど速く動き、どれほど巧みに退くかを知っている。
敵が逃げたと見えても、追えば別の騎兵が現れる。馬の速さだけで戦う相手ではなかった。
だが、眼下の軍には見慣れないものが多かった。
天幕の間を歩く書記らしい男たちは、板や紙を手にしていた。
馬具を修理する職人がいて、荷車の車輪を外している者もいた。
攻城用の材木を積んだ車が、騎兵の陣とは別の場所に集められている。
捕虜となった敵兵からは、いくつもの言葉が聞かれた。通訳が一人では足りず、さらに別の通訳を呼ばねばならないこともあった。
それでも、朝になると彼らは旗の下へ集まり、命令を受けて同じ方向へ動いていく。
「草原の兵だけではないな」
永楽帝が言った。
「西方の諸国から集めた兵と聞いております」
宋晟が答えた。
「集めただけでは、あのようには動かぬ」
そのとき、敵陣の一角から、長く引く声が聞こえた。どこか哀調を帯びた響きだった。
見張りが西を指した。
敵兵たちが馬を降りていた。
ある者は水で手や顔を洗い、ある者は敷物を広げている。やがて幾列もの兵が同じ方角を向いて並び、身をかがめ、膝をつき、額を地面につけた。
明軍の兵たちは何が始まったのか分からず、しばらく見ていた。
「祈りでございます」
宋晟が言った。
「回回の礼拝か」
「はい」
永楽帝は望楼の欄干に手を置いた。
平原のあちこちで、同じように兵たちが祈っていた。
遠くの陣でも人々が並び、同じ方角へ身を伏せている。その一方で、陣の外側では騎兵が哨戒を続け、物見の旗も動いていた。
祈りを終えた兵たちは立ち上がり、馬の世話や炊事に戻っていった。
永楽帝は西の空を見た。
「明日、あの兵たちが攻めてくる」
誰も答えなかった。
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最初の三日間、両軍の主力は動かなかった。
ティムール軍は明軍の北と南に斥候を送り、水場と街道を探らせた。明軍も騎兵を出し、ティムール軍の前衛と小競り合いを繰り返した。
双方の陣から太鼓が聞こえ、旗が動くたびに相手の騎兵が馬に乗ったが、夕刻にはそれぞれの陣へ戻った。
第四日、ティムールはヌールッディーンに兵を与え、明軍の中央を攻めさせた。
騎兵が近づくと、明軍の前列から火器が放たれた。
轟音とともに煙が広がり、馬が倒れた。後続の騎兵は左右へ散り、矢を放ちながら前進したが、明軍は槍兵を前へ出して迎え撃った。
ヌールッディーンは攻撃を続けず、兵を退かせた。
翌日には明軍が前進した。
丘福の騎兵がティムール軍の前衛を攻め、朱高煦がその左方へ回った。
ティムール軍は退きながら矢を射かけ、丘福が追うと別の騎兵が側面から現れた。丘福は深入りせず、部隊をまとめて戻った。
その日の夕刻、永楽帝は諸将を集めた。
「敵はどこを攻めようとしている」
丘福が答えた。
「中央を攻めておりますが、まだ主力を出しておりません」
張輔が続けた。
「北方に多くの騎兵を置いています。水場を押さえ、こちらの左翼を回るつもりかと」
永楽帝は地図を見た。
「南にも道がある」
宋晟が答えた。
「南は山が近く、大軍を通すには狭うございます。北は広いものの、水が少なく、兵を長く置くには不向きです」
「ならば、北へ出てくる敵を見張れ。こちらから追いすぎるな」
朱高煦が進み出た。
「敵が北へ回るなら、臣が迎え撃ちます」
「迎え撃つのと、追うのは違うぞ」
「承知しております」
永楽帝は息子を見た。
朱高煦は靖難の戦場でも勇敢だった。危ういところへ馬を進め、敵を押し返したことが何度もある。しかし、勢いに乗れば深く追う癖もあった。
「旗を離すな。命令が届くところで戦え」
朱高煦は頭を下げた。
******
第六日、北方の水場を巡って大きな戦闘が起きた。
ティムール軍の騎兵が夜明け前に進出し、明軍の前哨を追い払った。
明軍は朱高煦の騎兵を送り、午前中には水場を奪い返したが、その背後へティムール軍の別働隊が現れた。
朱高煦は兵を二つに分け、一隊で水場を守らせ、自らは北方へ向かった。
そのとき、ティムール軍の主力が南西から現れた。
朱高煦は馬を返したが、すでに退路の一部を押さえられていた。
明軍の騎兵は隊列を組み直そうとしたものの、四方から矢を射かけられ、馬が次々に倒れた。
「殿下、南へ!」
護衛の将校が叫んだ。
朱高煦は馬上で振り返った。
南へ通じる道には、すでに敵の騎兵がいた。彼らは矢を射かけながら左右へ広がり、明軍が向かう先を塞いでいく。
朱高煦は槍を握り直した。
「ついてこい!」
正面の敵へ突入する。
槍の穂先が敵兵の胸に当たり、馬上から突き落とした。続く敵兵が剣を振るったが、朱高煦はそれを受け流し、馬を進めた。
その直後、左肩に激しい衝撃が走った。
見ると、矢が刺さっていた。
朱高煦は歯を食いしばり、槍を振るった。
だが、左腕に力が入らない。手綱を引こうとしても馬が思うように動かず、敵の騎兵が左右から迫ってきた。
護衛の一人が馬を寄せた。
「殿下、お下がりを!」
その男は朱高煦の前へ出て、敵の槍を受け止めた。次の瞬間、別の槍が脇腹を貫いた。
男は馬上で大きく身をのけぞらせた。
「殿下……!」
それだけ言って崩れ落ちる。
朱高煦は馬を止めかけた。
しかし、敵の騎兵が迫っていた。
彼は槍を突き出し、敵兵を押し返した。馬が激しく跳ね、肩の傷に痛みが走った。
王旗を持つ兵が射られた。旗が傾き、地面へ落ちた。
「旗を立てろ!」
朱高煦が叫んだ。
兵が駆け寄ったが、矢を受けて倒れた。別の兵が旗竿を拾い上げようとしたところへ敵騎が突入し、馬の蹄が旗を踏んだ。
朱高煦の周囲には、もう数十騎しか残っていなかった。
敵の騎兵が輪を狭めてくる。
朱高煦は剣を抜いた。
父とともに北平を出たころにも、幾度も死を覚悟した。
あのときは若く、どれほど敵が多くても、突き破れば道が開けると思っていた。
今、目の前には敵の槍が並び、その向こうにも騎兵がいた。
護衛の将校が叫んだ。
「殿下、こちらへ!」
南東にわずかな隙間があった。
朱高煦は馬を向けた。
敵兵が槍を突き出した。朱高煦は身を伏せ、穂先を避けたが、馬の首に傷がついた。馬は悲鳴を上げ、よろめいた。
朱高煦は手綱を引き、辛うじて馬を立て直した。
護衛たちが敵へ突入する。一騎、また一騎と倒れる。
その間を、朱高煦は全速で走り抜けた。
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永楽帝の本営に伝令が駆け込んだ。
「漢王、討死にございます!」
永楽帝は即座に振り返った。
「誰が見た」
「王旗が倒れ、敵騎が本陣へ突入いたしました。漢王の軍は四方を囲まれ、連絡が取れませぬ」
「遺骸は」
「まだ確認できておりません」
永楽帝は伝令を見た。
「ならば、討死とは申すな」
声は低かった。
張輔が進み出た。
「臣が救援に向かいます」
永楽帝は地図を見た。
中央の明軍は、なお敵と対峙していた。北へ兵を割けば、その分だけ中央が薄くなる。敵はそれを待っているかもしれなかった。
永楽帝は指を地図の上に置いた。
「騎兵を二隊。北へ出せ。ただし、水場の先へは進むな。漢王の軍を収容したら戻れ」
張輔は頭を下げ、急いで退出した。
永楽帝は伝令に尋ねた。
「漢王は、最後にどこにいた」
伝令は地図の北方を指した。
永楽帝は黙ってその場所を見つめた。
靖難の役で、朱高煦は何度も彼のそばで戦った。敵軍に追われ、馬を替え、夜になってようやく陣へ戻ったこともあった。
泥だらけになった息子が笑いながら現れ、まだ戦えると言った顔を覚えている。
今は、その息子がどこにいるのか分からなかった。
永楽帝は地図から目を離した。
「次の報告を急がせよ」
夕刻、朱高煦は戻ってきた。
甲冑には血がつき、左肩には布が巻かれていた。馬を降りると、彼は父の前に進み出た。
「臣、戻りました」
永楽帝は立ち上がった。
朱高煦は頭を下げようとしたが、肩の痛みに顔をしかめた。
「傷は」
「矢を受けました。深くはございませぬ」
永楽帝は息子の肩を見た。
布には血がにじんでいた。
「何騎残った」
「半ばも残っておりませぬ」
「敵は」
「北におります。水場も敵の手にあります」
永楽帝はしばらく黙っていた。
「医官を呼べ」
朱高煦は顔を上げた。
「まだ戦えます」
「分かっている」
永楽帝は息子の肩に手を伸ばしかけ、傷のある側だと気づいて止めた。
「まず傷を診せよ」
朱高煦は頭を下げた。
永楽帝は息子が退出するまで、その後ろ姿を見ていた。
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その夜、ティムールの天幕に諸将が集まっていた。
北方の水場を奪ったものの、明軍の主力はなお陣を守っていた。朱高煦の部隊を包囲した騎兵も損害を受け、馬を失った兵が多かった。
ヌールッディーンが報告した。
「明軍は北へ兵を出しましたが、追撃はいたしませんでした。皇帝は慎重です」
ティムールはうなずいた。
「明日は中央を攻める」
ジャハーンシャーが言った。
「北の水場を押さえたばかりです。もう一日待てば、敵は水を求めて動くかもしれません」
「敵には城がある」
「はい」
「我らにはない」
ティムールは地図の中央を指した。
「ここを攻める。敵が北へ兵を割いた今なら、中央が薄くなっている」
ヌールッディーンが言った。
「明軍もそれを承知しているでしょう」
「ならば、どれほど厚くできるか見よう」
諸将は退出した。
ティムールはしばらく地図を見ていた。
四年前、アンカラでは、バヤズィトの軍が長い行軍の末に戦場へ到着した。ティムールは水場を押さえ、敵の疲労を待った。
戦いが始まると、セルビアの重装騎兵が激しく突撃してきたが、オスマン軍の一部は戦列を離れた。バヤズィトに領地を奪われたアナトリア諸侯の兵だった。
あの戦いでは、敵軍の内部に亀裂があった。
明軍には、まだそれが見えなかった。
ティムールは地図を畳ませた。




