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ティムール死せず  作者: 灰神楽ねこ


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3/9

東への道

一四〇五年三月。

オトラルを発った遠征軍は、シル川沿いの道を東へ進んでいた。


平地では雪が解け始めていたが、夜にはまだ地面が凍った。

日中、荷車の車輪が泥に深く沈み、兵たちは牛を増やして引き出した。翌朝にはその轍が固く凍り、別の荷車の車軸を折った。


ブルンドゥク・バハードゥルは街道を見下ろす丘に馬を止め、眼下の列を数えていた。

荷車の間には駱駝が連なり、馬を曳く兵や徒歩の職人が続いている。攻城用の資材を積んだ車は特に重く、緩んだ道を進むたびに人手を必要とした。


「北の道へ回した車はどうなった」

傍らの将校が答えた。

「今朝、川を越えました。明日には本隊と合流できる見込みです」

「残りは」

「この道に六百ほどおります」


ブルンドゥクはしばらく列を眺めた。

オトラルの城外には、なお出発を待つ部隊が残っていた。

先頭と最後尾の間はすでに数日の行程に広がっている。騎兵だけなら一日で進める距離を、荷車は三日かけて進んだ。


「後続の三百をさらに北へ回せ。護衛には騎兵を二百つける」

「北の道には村が少なく、飼葉が足りません」

「荷を軽くしろ。麦を優先して、余分な天幕は置いていけ」

将校は一礼して馬を返した。


ブルンドゥクは東の空を見た。

遠くに天山の山並みがかすんでいる。あの山々の北を進み、さらに東へ向かえば、モグールの土地に入る。

その先には砂漠があり、オアシスの都市があり、ヒターイへ通じる道がある。

まだ遠征は始まったばかりだった。


******


その日の夕刻、ブルンドゥクはティムールの天幕に呼ばれた。

入口には近衛兵が並び、内側ではシャイフ・ヌールッディーンとシャー・マリクが控えていた。ティムールは毛皮を肩に掛け、低い椅子に座っている。

オトラルで病に倒れてからひと月ほどしか経っておらず、頬は痩せ、白い髭の下の顎が以前より細く見えた。


ブルンドゥクが礼をすると、ティムールは地図から目を上げた。

「遅れているな」

「はい。荷車が二日遅れております。ただ、道を分けましたので、これ以上は広がらぬ見込みです」

「馬は」

「騎兵の馬は持ちこたえております。荷車を曳く馬と牛が弱っています」

ティムールはヌールッディーンに目を向けた。

「飼葉は」

「十日分を積んでおります。タラス方面でも買い入れを進めておりますが、全軍を一度に養えるほどではありません」

ティムールは地図に視線を戻した。


沈黙が続いた。

ブルンドゥクは次の命令を待ったが、ティムールは何も言わない。ヌールッディーンも動かなかった。


やがてティムールが口を開いた。

「軍を分けよ」

ブルンドゥクは顔を上げた。

「先遣隊を増やしますか」

「荷車もだ。水と草のあるところへ送れ」

「モグールの兵が現れた場合、分散した部隊では対処が難しくなります」


ティムールはブルンドゥクを見た。

ブルンドゥクは頭を下げたまま、返答を待った。


「現れる前に知れ」

「承知しました」

ティムールはシャー・マリクに向き直った。

「シャムス・イ・ジャハーンから返事は」

「まだ届いておりません」

「もう一人送れ」

「何と伝えましょう」

「余が来る」

シャー・マリクは一礼した。

通行の許可を求めるのか、軍の糧秣を要求するのか、それ以上の指示はなかった。


天幕を出たあと、ブルンドゥクはヌールッディーンと並んで歩いた。

風が冷たく、地面には昼間に解けた雪が薄く凍っていた。


「先遣隊をさらに二つに分けます」とブルンドゥクが言った。

「それぞれに斥候を増やし、モグールの騎兵が近づけばすぐに知らせるようにします」

ヌールッディーンはうなずいた。

「糧秣は私の方で手配しよう。だが、村々から集めるだけでは追いつかぬ。現地の牧民との取引も必要になる」

「ハンが認めればよいが」

「認めなければ、別の方法を考えねばならん」

二人はそこで別れた。


その夜、モグーリスタンへ向かう使者が宿営地を発った。


******


モグーリスタンは、チンギス・ハンの次男チャガタイの子孫をハンに戴き、天山の北から東方の草原に広がる国だった。

そのハン、シャムス・イ・ジャハーンのもとには、ティムールについて相反する知らせが続けて届いていた。

オトラルで重い病に倒れたという報告が最初だった。間もなく死んだという噂が流れ、モグーリスタンの諸部族の間にも広まった。

ところが、今度は生きているという知らせが届いた。さらに数日後には、大軍がオトラルを発ったという。


ハンは使者を下がらせ、集まったアミールたちを見渡した。

「どれほどの軍だ」

「十万を超えるとも申しております。ただし、荷車や従者まで数えているのかもしれません」

「ヒターイへ向かう軍です」

一人のアミールが言った。

「我らと戦うためではありません」

「ヒターイへ行くには、我らの牧地を通る」

ハンの言葉に、男は口を閉じた。


天山の北麓では、春になると牧民が家畜を連れて移動する。川沿いの草地には羊と馬が集まり、山裾には夏の牧地へ向かう群れが通る。

そこへティムールの大軍が入れば、戦いが起こらなくとも、牧草と水をめぐって争いになることは避けられなかった。


別のアミールが進み出た。

「道を通す代わりに、家畜と食糧を買い取らせてはいかがでしょう。商人たちにも利益があります」

「兵が勝手に奪えばどうする」

「こちらも兵を集め、守らせます」

ハンはその男を見た。

「集めた兵でティムールと戦うのか」

男は答えなかった。


ハンの父のヒズル・ホージャは、かつてティムールと長く戦った。

モグールの軍は山を越え、草原を移動し、幾度も戦いを続けたが、最後には和睦した。その後、両家の間には婚姻関係も結ばれている。

その相手が、いま再び東へ向かっている。


「使者を出す」とハンは言った。

「道を通ることは妨げぬ。だが、牧地を荒らさず、必要なものには代価を払わせる」

「兵はどういたしましょう」

「集めておけ。各部族にも知らせよ」


使者が下がったあと、年長のアミールが近づいた。

「大アミールは、まだ病から十分に回復していないという話もございます」

ハンは首を振った。

「病人が何万もの兵を動かしている。病人だからといって、何が変わる」


数日後、ティムールの使者が到着した。

使者は礼を述べ、短い言葉を伝えた。


大アミールが来る。


ハンはしばらく使者を見つめた。

「それだけか」

「はい」

「何か求めているのではないか」

「ほかには何も申しつかっておりません」

ハンは使者を下がらせた。


その日のうちに、モグーリスタンの各地へ騎馬の伝令が走った。


******


四月、遠征軍はタラス方面へ進んでいた。


春の雨が数日続き、川の水位が上がった。

予定していた渡河地点では流れが速くなり、先遣隊の騎兵が馬を入れたところ、途中で足を取られて引き返した。荷車を渡すことは到底できなかった。


ブルンドゥクは川岸に立ち、濁った流れを眺めた。対岸には草地が広がり、その向こうに低い丘が続いている。渡河を待つ荷車はすでに百台を超え、後ろからも次々に到着していた。

「上流はどうなった」

「二日の行程まで調べましたが、適当な浅瀬は見つかっておりません」

「さらに調べろ。山から下る支流にも人を出せ」

将校は命令を伝えに走った。


ブルンドゥクは川岸の土を踏んだ。靴の下で泥が崩れ、足跡に水がたまった。


このあたりの土地を、ティムールは四十年前にも通っている。

その頃、彼はまだマー・ワラー・アンナフルの覇者ではなかった。


******


一三六五年。

タシュケントの南西、チナズの近く。


雨は幾日も降り続いていた。

野営地の地面は泥に変わり、兵たちは天幕の周囲に溝を掘ったが、水はすぐにあふれた。

馬の腹まで泥が跳ね、弓の弦を乾かすために焚いた火も、湿った薪から煙を上げるばかりだった。


ティムールは馬上から敵軍を見ていた。

敵を率いるのは、モグーリスタンのイリヤス・ホージャだった。

ティムールとアミール・フサインは連合軍を率いて迎え撃ち、前日から戦闘の準備を進めていた。


戦いが始まると、ティムールの部隊は敵の一翼を押し返した。泥に足を取られながらも騎兵は前進し、敵の旗が後退していく。

ティムールは追撃を命じ、自らも馬を進めた。

だが、間もなくフサインの軍から伝令が駆け込んできた。

「右翼が崩れています!」


ティムールは馬首を返した。

雨の向こうで味方の旗が後退し、兵がばらばらになって逃げている。敵の騎兵はその間へ入り込み、退路を断とうとしていた。


「フサインは」

「退いております!」

ティムールは伝令を走らせ、残った部隊を集めようとした。

しかし、泥に阻まれた騎兵は思うように動けず、命令が届く頃には別の部隊も崩れ始めていた。

逃げてきた騎兵が数騎、ティムールの前を横切った。

「止まれ!」

兵たちは慌てて馬を止めた。ティムールは敵の方角を指し、隊列へ戻るよう命じた。

だが、背後からさらに兵が押し寄せ、敵の騎兵も迫っていた。


ティムールは戦場を見渡した。

自分の率いた部隊はなお戦える。だが、フサインの軍は崩れ、両軍の間には敵が入り込んでいた。

ここで踏みとどまれば、残った兵まで包囲される。

「退く」

傍らの将校が振り向いた。

「まだ兵がおります」

「連れて帰る」

ティムールは馬を返した。

退却する兵をまとめ、敵の追撃を防ぎながら泥の中を進んだ。負傷者を馬に乗せ、動けなくなった馬を置いていった。

背後では敵の喊声が絶え間なく続き、雨に濡れた旗が幾つも倒れていた。


日が暮れても雨はやまなかった。

ティムールは残った兵の数を調べさせた。帰ってこなかった者の名が次々に報告され、彼はそれを最後まで聞いた。

フサインの軍がどこまで退いたのか、まだ分からなかった。


******


ブルンドゥクが天幕に入ると、ティムールは地図の前に座っていた。

「渡河地点が使えなくなりました。上流を調べておりますが、まだ浅瀬が見つかっておりません」

ティムールは地図を見た。

「下流は」


ブルンドゥクは答えるまでに一瞬、間を置いた。

「調べておりません」


ティムールが顔を上げた。


ブルンドゥクは深く頭を下げた。

「すぐに人を出します」

ティムールは何も言わなかった。

天幕の外では雨が降り続き、入口の布が風に揺れていた。


やがてティムールが口を開いた。

「四十年前、余はこのあたりで敗れた」

ブルンドゥクは顔を上げた。

「イリヤス・ホージャとの戦いでございますか」

ティムールはうなずいた。

「フサインは退いた。余も退いた」

ブルンドゥクは黙っていた。

ティムールが会戦で敗れた、生涯ただ一度の戦いだった。

その後の四十年間、数え切れないほどの軍勢が彼の前に敗れ、都が陥ち、王たちが捕らえられた。

それでも、この戦いのことをティムール自身が語るのを、ブルンドゥクはほとんど聞いたことがなかった。


ティムールは地図に目を戻した。

「川はどちらへ流れる」

「北西へ」

「ならば、そちらも調べよ」

「承知しました」

ブルンドゥクは退出した。


翌日、下流に広い浅瀬が見つかった。川幅は大きかったが、水深は浅く、荷車も渡せる場所だった。

ブルンドゥクは騎兵を先に渡し、両岸に兵を配置してから荷車を進ませた。

渡河には三日を要したが、車を失うことなく全軍を通すことができた。


最後の荷車が対岸へ上がった日の夕刻、ティムールは川岸に馬を止めた。

水はなお濁り、流れは速かった。

彼はしばらく川を見ていたが、やがて馬を返し、東へ向かった。


******


五月、モグーリスタンからの使節が遠征軍の宿営地に到着した。

使者はシャムス・イ・ジャハーンの書状を携えていた。

ハンはティムールの健康を喜び、ヒターイへの遠征の成功を祈っている。

軍の通過を妨げるつもりはないが、牧地と住民の財産を守り、食糧と家畜には相応の代価を払うことを求める、という内容だった。

ティムールは最後まで聞いた。


「ハンはどこにいる」

「イリ川の北におります」

「兵は」

使者はわずかに顔を強張らせた。

「ハンのもとには、常に兵がおります」


ティムールは使者を見た。

使者は目を伏せたまま動かなかった。


「余の軍は通る」

「ハンも承知しております」

「食糧には代価を払う」

使者は頭を下げた。


ティムールはヌールッディーンに命じた。

「勝手に奪う者は処罰せよ」

「承知しました」

「モグールの兵が襲ってきた場合は」

ティムールは使者に目を戻した。

「ハンが責任を負う」

使者の肩がわずかに動いた。

「そのようなことは、決して起こらぬようにいたします」

ティムールはうなずき、使者を下がらせた。


使者が退出すると、シャー・マリクが進み出た。

「ハンは兵を集めております。使者の言葉をどこまで信じられるか」

「集めさせておけ」

シャー・マリクは黙った。

「余がヒターイへ行く間、あの者にも守るべき土地がある」

ティムールはそれだけ言い、次の報告を求めた。


******


同じ頃、ブンヤシュリーがティムールの天幕に呼ばれた。

彼は以前からティムールの庇護を受けていたモンゴル王族であり、チンギス・ハンの血を引く男だった。

サマルカンドでも幾度となくティムールに謁見しており、遠征が始まってからも軍と行動をともにしていた。


天幕に入ると、ブンヤシュリーはいつものように礼をした。

ティムールはしばらく彼を見ていた。

「東へ帰れ」

ブンヤシュリーは顔を上げた。

「今でございますか」

「そうだ」

彼は言葉を選んだ。

「草原では、まだ諸部族の動向が定まりません。オイラトの勢力も強く、私が戻れば争いになるでしょう」

ティムールは答えなかった。

「大アミールのお力をお借りできれば、諸部族を従わせることもできます」

「何人欲しい」


ブンヤシュリーは答えに詰まった。

ティムールは彼を見続けていた。


「兵を集めよ」

「私自身の兵を、でございますか」

「そうだ」

ブンヤシュリーはしばらく黙った。

「大アミールは、ヒターイへ進まれるのですね」

「余は進む」

「では、私も東の草原で兵を集め、ヒターイの軍を牽制いたします」

ティムールはうなずいた。


ブンヤシュリーは頭を下げたが、すぐには立ち上がらなかった。

「一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」

ティムールは彼を見た。

「大アミールがヒターイを征服されたあと、かつてクビライ・カアンが治めた土地は、どうなるのでしょう」


天幕の中が静かになった。

シャー・マリクがブンヤシュリーを見た。傍らに控えていた者たちも動かなかった。


ティムールはしばらく若い王族を見つめていた。

「まず、取り戻してみよ」

ブンヤシュリーは頭を下げた。

その後、彼は東方への帰還の準備を始めた。


******


六月、キプチャク草原からの使節が遠征軍を追って到着した。

エディゲに仕える男だった。

エディゲはジョチ・ウルスのハンではなかったが、キプチャク草原の軍勢を掌握し、ハンの擁立や廃立にまで力を及ぼす実力者だった。

長い旅で使者の馬は痩せ、衣服には埃が積もっていたが、男は正式な礼を尽くしてティムールの前に進んだ。


エディゲは大アミールの健康を喜び、ヒターイへの遠征の成功を祈っている。ジョチ・ウルスのシャーディー・ベク・ハンもまた、友好を望んでいるという。

ティムールは使者の挨拶を聞き終えると、短く訊いた。

「トクタミシュは」

使者は顔を上げた。

「北へ逃れたと聞いております。イビル・シビルの森の方へ」

「エディゲの兵は」

「追っております」

ティムールは黙った。


トクタミシュは、かつて彼のもとへ逃れてきた王族だった。ティムールは兵を与え、ジョチ・ウルスのハン位を得るのを助けた。

その後、トクタミシュはティムールに背き、戦争となった。ティムールは大軍を率いてキプチャク草原へ入り、二度にわたってトクタミシュを破った。

その男が、今も北方で逃亡を続けている。


「エディゲは何を望む」

「大アミールとの友好でございます。西方の平穏を保ち、遠征を妨げぬことを願っております」

「ホラズムは」

使者の顔が強張った。

「ホラズムについては、何も申しつかっておりません」


ティムールは使者を見たまま、しばらく動かなかった。

使者は頭を下げ、次の言葉を待った。


「エディゲに伝えよ」

「はい」

「余は生きている」

使者は深く頭を下げた。

その日のうちに、使者は西へ向けて出発した。


******


夏の初め、遠征軍はイリ川流域へ進んだ。

天山の北麓には草が伸び、川沿いには羊と馬の群れが広がっていた。

モグールの牧民たちは遠くから軍を眺め、家畜を連れて道を空けた。時には騎兵が近づいてきたが、双方の指揮官が使者を交わすと、戦いにはならなかった。

ブルンドゥクは軍を幾つもの隊列に分け、川と牧地に沿って進ませた。食糧を積んだ荷車は定められた宿営地へ向かい、騎兵はその間を巡回した。

ヌールッディーンの配下は各地で家畜と飼葉を買い入れ、帳簿をつけていた。


ある日、先遣隊から二人の商人が送られてきた。

一人はカーミル(ハミ)から来たウイグル人で、もう一人は河西回廊の諸都市を行き来しているムスリム商人だった。

二人は東方の道について詳しく、明の官吏や軍の動きも知っていた。


ティムールは彼らを天幕に呼び、シャー・マリクとブルンドゥクを同席させた。

「カーミルの王は」

ウイグル人の商人が答えた。

「エンケ・テムルでございます。ヒターイの皇帝からも使者が来ており、王号を与えられたと聞いております」

「兵は」

「多くはありません。しかし、カーミルの城には兵があり、東の道にはヒターイの守備隊もおります」

ティムールはもう一人の商人を見た。

「カンチュは」

「城壁が高く、守りは堅固です。リャンチュにも兵がおります。ヒターイの皇帝は北方のモンゴルを警戒し、辺境の軍を増やしております」

「誰が率いる」

商人は知っている将軍の名を挙げた。


ティムールはその名を聞き、シャー・マリクに何かを命じた。シャー・マリクは書記を呼び、命令を書き取らせた。


商人たちが下がったあと、ブルンドゥクは地図を広げた。

「カーミルを越えれば、カシンの隘路に入ります。カンチュ、リャンチュを押さえなければ、さらに東へ大軍を進めることは難しいでしょう」

ティムールは地図を見た。

「カーミルへ使者を送れ」

「エンケ・テムルのもとへですか」

「そうだ。商人も連れていけ」

「何を伝えましょう」

「余の軍が来る」

ブルンドゥクは頭を下げた。

「ヒターイの守備隊にも知らせが届きます」


ティムールは答えなかった。

ブルンドゥクはそれ以上訊かなかった。


******


その数日後、傅安《ふあん》がティムールの前に呼ばれた。

傅安は洪武帝の時代に明から派遣された使節だった。

長年ティムールの領内に留め置かれ、サマルカンドでも幾度となく謁見している。今は遠征軍とともに東へ移されていた。


傅安は天幕に入り、礼をした。

ティムールは彼を見た。

「ヒターイの皇帝は、兵を率いたことがあるな」

傅安は慎重に答えた。

「現在の陛下は、かつて燕王として北平を守っておられました。その後、兵を挙げて帝位に就かれたと聞いております」

「戦ったのか」

「はい。数年にわたり、朝廷の軍と戦われたそうです」

「勝ったのだな」

「帝位に就かれた以上、最後には勝利されたのでしょう。ただ、私は長く国を離れております。戦の詳しい経過までは存じません」


ティムールは黙って聞いていた。


「どこから聞いた」

「東方から来た商人や使節からでございます。伝え聞いたことばかりで、確かなところは分かりません」

ティムールはシャー・マリクを見た。

「東の商人をさらに集めよ」

「承知しました」

ティムールは傅安に目を戻した。

「余が来ることは、もう知っているだろうな」

「おそらく、知らせは届いていると存じます」

「何をする」

傅安は顔を上げた。

「陛下は、国を守られます」

ティムールはしばらく彼を見ていた。

「そうか」

それだけ言って、傅安を下がらせた。


天幕を出た傅安は、夏の日差しの下に立ち止まった。

遠く、地平線の向こうまで騎兵の列が続いている。荷車が動き、駱駝が鳴き、兵たちが馬に水を飲ませている。

これほどの軍が東へ向かっている。

傅安は自分が最後に南京を見た日のことを思い出した。その頃、皇帝は洪武帝だった。今は永楽帝が帝位にあり、都の様子も、宮廷の人々も変わっているはずだった。

彼は東の空を見た。

帰国の道は、まだ遠かった。


******


七月。

遠征軍の先遣隊は、天山北麓のさらに東へ進んでいた。

カーミルへ向かった使者から報告が届き、東方のオアシス諸都市ではティムール軍の接近が知られ始めていた。

商人の中には、明の守備隊が西方からの知らせを集めていると語る者もいた。

ティムールはシャー・マリクに命じ、さらに東へ使者を送らせた。カーミルの王には通行と食糧の供給を求め、河西回廊の諸都市には降伏を促す書状を用意させた。

同時に、ブルンドゥクには先遣隊を増強するよう命じた。


「ヒターイの軍が出てくれば、どこで迎えますか」

ブルンドゥクが地図を広げて訊いた。

ティムールは地図を見た。

哈密《カーミル》から東へ延びる道の先には、砂漠と山に挟まれた細長い土地が続いている。河西《カシン》回廊だった。

ティムールは甘州《カンチュ》のあたりに指を置いた。

「ここまで来るか」

「ヒターイの軍が、でございますか」

ティムールはうなずいた。

「皇帝が自ら出てくるとは限りません。辺境の将軍を先に送るでしょう」

「ならば、待つ」

ブルンドゥクは顔を上げた。

ティムールは指を動かし、別の地点を示した。

「ここで」

ブルンドゥクは地図を見た。

そこは河西回廊の西方、山と砂漠の間を通る道だった。大軍が進める場所は限られ、周囲には水場も少ない。

「先に水を押さえますか」

ティムールはうなずいた。

「兵を送れ」

ブルンドゥクは頭を下げた。


******


同じ頃、明の西北辺境では、ティムール軍の東進を伝える報告が相次いでいた。

西域から来た商人が、大軍がモグールの地を通過したと語った。

別の使者は、哈密《ハミ》へ向かう道で撒馬児罕《サマルカンド》の兵を見たという。甘州の守備隊にも、西方の諸都市が帖木児の使者を受け入れているとの知らせが届いた。


甘粛総兵官の宋晟《そうせい》は、各地から届いた報告を照らし合わせていた。

兵数については十万ともそれ以上とも伝えられ、行軍の速さも報告によって異なっていた。

しかし、帖木児《ティムール》が大軍を率いて東へ進んでいることは、もはや疑いようがなかった。

宋晟は甘州、肅州などの守備状況を確認させ、哈密方面へ斥候を出した。同時に、敵軍の兵数と進路を記した報告を朝廷へ送った。

報告は駅伝によって東へ運ばれ、やがて永楽帝のもとに届いた。


皇帝は上奏文を読んだ。

西方の帖木児が大軍を率い、東へ進んでいる。

その名は、以前から明の朝廷にも知られていた。

洪武帝の時代、撒馬児罕へ派遣された使節は帰還せず、両国の関係は長く途絶えていた。


皇帝は報告を置き、傍らの臣下に訊いた。

「甘州の兵は」

臣下が兵数と守備の状況を答えた。

「哈密は」

「忠順王のもとに使者を送り、情勢を確かめております」

永楽帝はしばらく考えた。

「宋晟に伝えよ。西方の道を調べさせ、敵の兵数、水場、進む速さを確かめよ」

臣下は命令を書き取った。


皇帝は再び報告を手に取った。

そこには、帖木児がオトラルで重病に倒れたことも記されていた。

しかし、今は東へ進んでいるという。

永楽帝はその一節を読み、書状を閉じた。


******


八月。

天山の北には、夏の草原が広がっていた。

ティムール軍はなお東へ進んでいる。山裾の道には騎兵が続き、荷車は水場から水場へと移動した。先遣隊は数日先を進み、斥候はさらに遠くまで派遣されていた。

ブルンドゥクは丘の上に馬を止め、眼下の軍を見渡した。

オトラルを出てから、すでに半年近くが過ぎていた。雪解けの泥、増水した川、モグールの牧地を越え、軍は東へ進み続けている。


その日の午後、カーミル方面へ向かった使者の一人が戻ってきた。

男は馬から降りると、ブルンドゥクに報告した。

「ヒターイの兵が動いております」

「どこだ」

「カンチュから西へ、騎兵が出ています。数はまだ分かりません」

「カーミルは」

「王は返事を延ばしております。ヒターイの使者も来ているようです」


ブルンドゥクは報告を聞き終えると、すぐにティムールの天幕へ向かった。

ティムールは外にいた。

従者が馬を引いてきたところだった。ティムールは鐙に足を掛けたが、すぐには身体が上がらなかった。従者が腕を支え、ようやく鞍に腰を下ろした。

ブルンドゥクが近づいて礼をした。

「大アミール。ヒターイの兵が動きました」

ティムールは彼を見た。

「カンチュから西へ、騎兵が出ております。カーミルの王は返事を延ばしています」


ティムールは東を見た。

遠くに山があり、その向こうには砂漠が広がっている。さらに東には、ヒターイの城と軍が待っていた。

「何人だ」

「まだ分かりません」

「調べよ」

「承知しました」

ティムールは手綱を取った。

ブルンドゥクは続けた。

「先遣隊を増やしますか」

「増やせ」

「本隊は」

ティムールは馬首を東へ向けた。

「進め」

ブルンドゥクは頭を下げた。


やがてティムールの馬が歩き始め、将軍たちも続いた。丘の下では騎兵が隊列を整え、荷車が動き出している。


東からは、まだ敵の姿は見えなかった。

だが、明の皇帝もまた、軍を動かし始めていた。

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