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第6話 嘘で縫われたドレス

第6話 嘘で縫われたドレス


 テレビの向こうで、香苗は優雅に笑っていた。


『子供たちには、未来を諦めてほしくないんです』


 柔らかな照明。


 落ち着いたピンクベージュのスーツ。


 穏やかな声。


 まるで本当に慈愛に満ちた人間みたいだった。


 ホテルのラウンジでコーヒーを飲みながら、絃は無言でその映像を見つめていた。


『白鷺グループでは、児童養護施設への継続支援を行っております』


 画面下にはテロップが流れる。


【福祉支援に尽力する女性経営者】


 笑いそうになった。


 絃はカップを持つ手に力を込める。


 コーヒーの苦味が舌に残る。


 施設への支援。


 その言葉だけで、胃の奥が冷えた。


 寄付金の大半は着服されていた。


 冬用コート購入費。


 子供用教材費。


 修繕費。


 帳簿の数字だけが存在し、実際には施設へ届いていない。


 それを知った時、絃はしばらく言葉が出なかった。


 自分だけじゃない。


 あの人たちは、弱い子供を利用して金まで奪っていた。


「すごい人気ですね」


 隣の席の女性客がうっとりした声を漏らす。


「香苗さんって本当に綺麗」


「わかる。しかも優しいし」


「ルナちゃんも婚約するんでしょ?」


 絃の耳が反応する。


「御曹司の人、めちゃくちゃハイスペらしいよ」


「完全に勝ち組じゃん」


 勝ち組。


 その言葉が胸に引っかかった。


 香苗は今、人生の頂点にいる。


 メディア。


 世論。


 SNS。


 全部が味方だった。


 誰も知らない。


 あの笑顔の裏で、どれだけの人間を踏みにじってきたのか。


 テレビの中で香苗が微笑む。


『今度、慈善パーティーも開催するんです』


 司会者が歓声を上げる。


『ああ! あの大型合併記念の!』


『はい。娘のルナも参加します』


 ルナが映る。


 白いワンピース。


 艶のある巻き髪。


 完璧に作られた笑顔。


『未来ある子供たちのために、少しでも力になれたらって』


 絃はテレビを消した。


 黒い画面に、自分の顔が映る。


 短く切った髪。


 真紅の口紅。


 以前の自分なら、こんな顔はできなかった。


 深見が静かに訊く。


「行きますか」


 絃は答える。


「行きます」


 迷いはなかった。


 数日後。


 絃は再び白鷺邸の前に立っていた。


 冬の風が冷たい。


 巨大な門。


 白い石畳。


 噴水。


 昔、自分が住んでいた家。


 けれどもう、自分の記憶の中とは別物みたいだった。


 門の前には大型トラックが停まっている。


 運び込まれているのは、大量の花とドレスケース。


 パーティー準備だった。


 絃は黒い帽子を深く被り、業者のふりをして裏口から入る。


 料理人たちの怒号。


 グラスの触れ合う音。


 花の甘い香り。


 忙しなく走る使用人たち。


 豪邸の空気は相変わらず息苦しかった。


「ねえ、それそこ置いて!」


「照明もっと右!」


「ルナ様のドレス、絶対汚さないでよ!」


 怒声が飛び交う。


 絃は俯いたまま廊下を進む。


 すると。


「ほんっと最悪」


 聞き覚えのある声。


 ルナだった。


 部屋の扉が半開きになっている。


「なんで私がこんなダサい慈善イベント出なきゃいけないの?」


 絃の足が止まる。


 ルナはソファへ寝転びながらスマホを弄っていた。


「施設のガキとかマジ無理なんだけど」


 メイク担当スタッフが苦笑する。


「でもイメージ良くなりますよ?」


「まあねー」


 ルナは笑う。


「バカって簡単だから。“かわいそうな子供助けてます”って言えばすぐ泣くし」


 部屋の中で笑いが起きる。


 絃の指先が冷たくなる。


 あの日。


 寒い施設の部屋で、古い毛布にくるまっていた子供たちを思い出した。


 破れた靴。


 足りない暖房。


 痩せた腕。


 その金を。


 この人たちは。


「ルナ様、婚約発表もありますし、今回かなり注目ですよ」


「当然でしょ」


 ルナは鏡を見ながら口紅を塗る。


「私、次期ブランド女王になるんだから」


 その瞬間。


 香苗が部屋へ入ってきた。


「ルナ、記者対応の確認するわよ」


「はーい」


 香苗は満足そうに娘を見る。


「今回の合併が決まれば、うちは完全に業界トップよ」


「お母さんのおかげー」


「あなたもよ。御曹司との婚約、絶対成功させなさい」


 香苗は笑った。


「もう誰も私たちに逆らえないわ」


 絃は扉の陰で、その笑顔を見つめていた。


 喉の奥が熱い。


 怒りなのに、不思議と頭は冷静だった。


 以前みたいに泣き崩れたりしない。


 もう、あの家に怯える少女じゃない。


 その時だった。


「……誰?」


 突然、ルナがこちらを見る。


 絃の心臓が跳ねる。


 だが帽子で顔は隠れている。


「業者です」


 低く声を変える。


 ルナは露骨に嫌そうな顔をした。


「さっさと出てってくれる?」


「失礼しました」


 頭を下げ、廊下を離れる。


 背後で香苗たちの笑い声が響いていた。


 絃はそのまま裏階段へ出る。


 冷たい外気が肺へ入る。


 空は曇っていた。


 灰色の雲。


 昔、この庭で父と遊んだ。


 母と花を植えた。


 けれど今、この家は別人のものみたいに汚れて見える。


 絃はポケットから一枚の招待状を取り出した。


 白い封筒。


 金の箔押し。


【白鷺グループ慈善記念パーティー】


 正式招待客名。


 白鷺絃。


 その名前を見た瞬間、胸の奥で何かが静かに燃えた。


 逃げない。


 隠れない。


 今度は、自分の足であの場所へ戻る。


 偽物の笑顔も。


 嘘で縫われたドレスも。


 全部、終わらせるために。


 絃は封筒を握り締め、小さく呟いた。


「待ってて」


 風が吹く。


 黒い髪が揺れる。


 その目はもう、泣いていた少女のものではなかった。



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