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リプレイ・ミュージック ―35歳、もう一度だけ夢を見る―  作者: にゅん


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8/42

数字の向こう側

 『夜明けの途中』を公開してから1ヶ月と少しが過ぎた6月の終わり、隼人の日常は驚くほど変わっていなかった。


 朝になれば制服へ着替えて学校へ行き、授業を受ける。放課後には受験勉強を進め、アルバイトが入っている日はファミリーレストランへ向かい、空いた時間で歌や楽器の練習を続けている。


 変わったことがあるとすれば、スマートフォンを開いた時、インターネットの向こう側にLentoという自分が存在するようになったことくらいだった。


【Lento - 夜明けの途中】


【再生回数 1,943,672回】


【チャンネル登録者 84,917人】


「もうすぐ200万か」


 公開直後ほどの勢いではないものの、再生回数は毎日増え続けていた。


 投稿から時間が経ったことで急上昇している新人曲という扱いからは外れつつある。それでもおすすめから見つける人や、誰かの紹介をきっかけに聞く人が途切れていない。


 隼人が特に面白いと思ったのは、聞かれ方が少しずつ変化していることだった。


【寝る前に聞く曲になってる。】


【勉強終わったあとに流すと落ち着く。】


【朝の曲なのに夜に聞きたくなるの不思議。】


【1ヶ月くらい毎日聞いてるけど飽きない。】


 公開直後は「新人なのにすごい」「誰なのか分からない」といったLento自身への反応も多かったが、最近では生活の中で曲を聞いているという感想が増えている。


「こっちの方が嬉しいかもしれないな」


 再生回数が大きく伸びるのはもちろん嬉しい。


 しかし、1人の人間が何度も聞いているという感想には別の喜びがあった。


 前世でバンドをしていた頃も、ただ一度聞かれて終わる曲より、誰かの生活へ残る曲を作りたいと思っていた。あの頃は「売れる曲」という言葉ばかりを使っていたが、本当に欲しかったものは案外こちらだったのかもしれない。


 隼人は管理画面を閉じる。


 時刻は朝の7時20分。


「そろそろ行くか」


 階下へ降りれば、美智子が弁当を渡してくれた。


「今日アルバイトだった?」


「今日はない。放課後ちょっと図書室寄ってくる」


「受験勉強?」


「一応な。夏休み入る前に大学の候補も絞りたいし」


「音楽の方が忙しくなったから、大学行かないとか言い出すかと思った」


「それはないよ」


 隼人は即答した。


「むしろ今くらいの時期に決めとかないと、後で面倒になるからな」


「高校生らしくない理由ね」


「重要だろ、面倒を減らすの」


「そこだけ聞くと隼人らしいけど」


 美智子が笑う。


 隼人も笑いながら靴を履いた。


 音楽が伸びたから大学へ行く意味がなくなったとは思わない。


 むしろLentoとして数字を持ち始めた今だからこそ、音楽以外の選択肢を残しておきたかった。


 1曲が200万回近く再生された。


 それは大きな結果だ。


 だが、それだけで17歳の自分が残りの人生を音楽だけへ賭ける理由にはならなかった。


     ◇ ◇ ◇


 昼休み、隼人は紗月と向かい合って弁当を食べていた。


「そういえば、次の絵っていつ頃になりそう?」


 紗月から聞かれ、隼人は箸を止める。


「まだ曲を決めてない」


「え、まだなんだ」


「夏頃に2曲目を出せればいいと思ってるけど、急ぐ理由もないからな」


「登録者8万人も待ってるのに?」


「8万人全員が待ってるわけじゃないだろ」


「でも、結構コメント来てるよね。次の曲いつですかって」


「来てる。でも投稿頻度を約束したら、その瞬間から締め切りになるだろ」


 紗月は少し考えてから頷いた。


「それは確かに嫌かも。私も絵を毎週出しますって宣言したら絶対後悔する」


「だろ? 趣味で始めたのに、自分で自分の上司になるのは避けたい」


「隼人、たまに高校生とは思えないこと言うよね」


「アルバイトで社会を知ったからな」


「数ヶ月でそんな悟る?」


「飲食店は人を成長させるんだよ」


 適当に誤魔化すと、紗月は笑った。


 彼女にはLentoの正体を知られているものの、人生をやり直していることまでは当然話していない。35歳まで会社員をしていた経験が無意識に言葉へ出るたび、隼人は少しだけ注意する必要があった。


「でも、次も私に頼んでくれるなら早めに言ってね」


「そのつもり。あと次は5,000円じゃなくて1万円でお願いしようと思ってる」


「何で倍になるの?」


「前回安かったから」


「高校生から1万円も取れないんだけど」


「高校生相手に仕事する高校生なんだから問題ないだろ」


「その理屈よく分からない」


「俺が納得する」


「依頼する側が勝手に値上げするの珍しいよ」


 紗月は困ったように笑っている。


 それでも隼人は金額を戻すつもりはなかった。


 『夜明けの途中』では、紗月の絵も作品の一部として多くの人に評価された。次も同じ水準を求めるなら、友人価格に甘え続けるのは違うと思っている。


 何より隼人は、金銭関係を曖昧にしたくなかった。


 最初の人生では音楽仲間だからという理由で、時間も労力も好意で交換することが多かった。その関係が悪かったとは思わないが、仕事と友情の境界が消えると、いつか誰かが無理をする。


 今回は長く続けたい。


 だから最初から払う。


「曲決まったら連絡するよ」


「分かった。でも本当に1万円じゃなくてもいいからね」


「そこは交渉だな」


「前より仕事っぽくなってる……」


 そんな会話をしながら昼休みを終えた。


 次の曲はまだ決まっていない。


 それでも、少しずつ2曲目へ向けた準備は始まっていた。


     ◇ ◇ ◇


 その日の放課後、隼人は予定通り図書室へ向かった。


 受験用の参考書と大学案内を机へ並べ、自分が現実的に通える範囲の大学を調べていく。偏差値だけでなく、学費や通学時間、学べる内容も確認した。


 35歳まで生きた記憶があるからといって、大学へ行く意味がないとは思わない。


 むしろ一度大学へ行かなかった人生を経験したからこそ、今回は行ってみたい気持ちがあった。


 前世では高校を卒業すると同時に、バンドへすべてを賭けた。


 大学へ進む時間があるなら練習した方がいい。


 学費があるなら機材やスタジオ代へ使いたい。


 就職を考えるくらいなら、その時間で曲を作ればいい。


 当時の隼人は本気でそう思っていた。


 間違いだったと単純に言うつもりはない。


 あの時間があったから身についたものも多い。


 ただ、今回は別の道を歩いてみたい。


「4年あれば、音楽以外でも色々できるだろうしな」


 大学へ通いながらLentoを続ける。


 友人を作る。


 興味がある授業を受ける。


 場合によってはアルバイトも続ける。


 音楽が大きくなれば、活動との両立方法を考えればいい。


 最初から片方を捨てる必要はなかった。


「隼人」


 声を掛けられて顔を上げる。


 拓海が立っていた。


「珍しいな。お前が図書室」


「受験生に失礼じゃない?」


「いや、お前は来そうだけど、俺が来ないから珍しく感じるだけ」


「自分基準だったか」


 拓海は向かいの席へ座った。


「大学調べてんの?」


「そろそろ候補絞ろうと思って」


「Lentoがあれだけ伸びても行くんだな」


「最初からその予定だからな」


 拓海は周囲を確認してから、小声でLentoの名前を出している。


 秘密を守るという約束は、きちんと守ってくれていた。


「俺だったら200万近く再生されたら、音楽一本で行けるんじゃねって思いそう」


「1曲だけなら無理だろ。来月誰にも聞かれなくなる可能性だってあるし」


「お前、夢ないなあ」


「夢だけで35歳まで行くと大変なんだよ」


「ん?」


「何でもない」


 危うく実体験を口にするところだった。


 隼人は咳払いして大学案内へ視線を戻す。


「それに、音楽だけで食えるようになったとしても、大学行っちゃ駄目な理由にはならないだろ」


「まあ、それはそうか」


「俺は今回は――」


 言いかけて止める。


「今回は?」


「高校卒業してすぐ音楽一本にする気はないってこと」


「なるほど」


 拓海は特に疑わなかった。


 少しして、自分も大学案内を引き寄せる。


「俺もちゃんと考えないとな」


「お前も大学行くんだろ?」


「行くつもり。でもバンドも続けたい」


「続ければいいじゃん」


「簡単に言うな」


「大学行ったら音楽禁止になるわけじゃないだろ。できる範囲でやればいい」


 拓海が少しだけ目を丸くした。


「お前、本当にそういう考えなんだな」


「どういう?」


「音楽やるなら全部賭けろ、みたいなタイプかと思ってた」


 隼人は一瞬、言葉を失った。


 前世の自分なら、まさにそう言っていた。


 音楽を本気でやるなら時間を全部使うべきだ。


 他のことを優先するのは覚悟が足りない。


 そんな考えを、いつの間にか他人へまで求めるようになっていた。


「……別に、全部賭けなくても本気にはなれるだろ」


 今はそう答えられる。


「生活も大事だし、大学も仕事も友達も、それぞれ必要なら残せばいい。音楽だけ残して他を全部捨てたからって、それで良い曲が作れる保証もないしな」


「Lento先生、深いっすね」


「その呼び方やめろ」


「じゃあ立花先生」


「もっと嫌だ」


 2人で小さく笑った。


 図書室なので声は抑える。


 隼人は再び大学案内へ目を落とした。


 前世では言えなかった言葉を、今は自然に拓海へ言えている。


 それだけでも、戻ってきた意味はあるのかもしれない。


     ◇ ◇ ◇


 数日後、Lento用に作ったメールアドレスへ1通の連絡が届いた。


【取材のご相談】


「……取材?」


 隼人は送信元を確認した。


 音楽系のウェブメディアだった。


 怪しい営業メールではなく、実在する媒体から正式に送られている。内容を読むと、『夜明けの途中』が新人として注目を集めているため、Lentoへ簡単なインタビューをしたいという依頼だった。


 対面。


 通話。


 メール。


 複数の方法から選べるらしい。


「これはメール一択だな」


 対面なら正体を明かす必要がある。


 通話でも声から余計な情報が出る可能性があるし、何より即答すると35歳の会社員としての言葉遣いが出そうで怖い。


 メールなら文章を確認してから返せる。


 隼人はすぐには返信せず、媒体について改めて調べた。


 過去の記事。


 掲載されているアーティスト。


 取材内容。


 運営会社。


 問題がなさそうだと判断してから、匿名を維持する条件でメールによる取材なら受けられると返した。


 数日後、質問が届く。


【Lentoという活動名の由来を教えてください。】


【『夜明けの途中』はどのように制作された楽曲でしょうか。】


【活動開始直後から大きな反響がありますが、現在の心境を教えてください。】


【今後の活動予定について教えてください。】


「普通の質問だな」


 隼人は1つずつ回答を考えた。


 活動名については、そのまま説明しても問題ない。


【Lentoは音楽用語の「ゆるやかに」という意味から付けました。急がず、自分のペースで音楽を続けたいという気持ちを込めています。】


 『夜明けの途中』については、運命のダイスに触れるわけにはいかない。


【夜の中にいる人が、何かを解決したわけではないけれど、それでも少しずつ前へ進んでいるような曲にしたいと思って制作しました。朝日そのものではなく、夜明けへ向かう途中の時間を意識しています。】


 反響については、少し迷った。


 大げさに喜ぶのも違う。


 冷静すぎるのも格好をつけているようで嫌だった。


【想像していたより多くの方に聴いていただけて、素直に嬉しいです。再生回数も嬉しいですが、何度も聴いているという感想をいただけることが特に嬉しいです。】


 最後は今後の活動予定。


【今後も曲は作っていきます。ただ、投稿頻度を決める予定はありません。生活の中で無理なく続けながら、完成したと思える曲ができた時に公開したいと考えています。】


「こんなもんか」


 年齢については質問されていない。


 性別や職業についても触れられていなかった。


 媒体側も匿名活動を尊重してくれているらしい。


 回答を送る。


 数日後に記事が公開されると、Lentoについて初めて本人の言葉が世間へ出た。


【Lento「急がず、自分のペースで音楽を続けたい」――『夜明けの途中』で注目を集める新たな音楽クリエイター】


「クリエイターか。便利な言葉だな」


 歌手とも作曲家とも断定しない。


 自分にはちょうど良かった。


 記事が公開されたことで、活動名の由来も少し広まった。


【Lentoってそういう意味だったのか。】


【名前まで曲の雰囲気と合ってる。】


【投稿頻度決めないって言ってるの好き。無理しないで続けてほしい。】


【年齢も性別も結局よく分からないの笑う。】


 隼人は最後の感想を見て笑った。


「そこは別に分からなくていいんだよ」


 歌声から男性だと考える人が圧倒的に多い。


 それでも本人が明言していないため、プロフィール上は依然として何も書かれていなかった。


 この距離でいい。


 少なくとも高校を卒業するまでは、できる限り守るつもりだった。


     ◇ ◇ ◇


 その週の夜。


 夕食を食べ終えた隼人がリビングでテレビを眺めていると、情報番組の短い音楽コーナーが始まった。


 特に興味を持たずスマートフォンを触っていたところで、聞き覚えのありすぎるイントロが流れる。


「……ん?」


 顔を上げる。


 テレビ画面には、紗月が描いた夜明け前の空が映っていた。


『今、インターネットを中心に注目を集めている新人アーティスト、Lento。初投稿となる「夜明けの途中」は公開から1ヶ月あまりで――』


「隼人!」


 キッチンにいた美智子が勢いよく振り返った。


「出てる! あなたの曲!」


「見れば分かるよ」


「テレビよ!?」


「テレビだな」


「もっと驚きなさいよ!」


「いや、普通に驚いてるから」


 隼人自身、少し固まっていた。


 取材を受けたウェブメディアの記事が紹介され、そこから話題になっている新人として短く取り上げられたらしい。


 父もテレビへ目を向ける。


「本当にお前なのか、これ」


「本人が隣にいるのに今さら疑う?」


「テレビに出ると別人みたいに見えるな」


「俺の顔は1秒も映ってないけど」


「だから余計にだ」


 画面には『夜明けの途中』の動画と、Lentoという文字だけが映っている。


 年齢不詳。


 顔出しなし。


 活動歴は1ヶ月ほど。


 紹介できる情報が少なすぎるため、番組も曲そのものとネット上の反応を中心に扱っていた。


『本人はウェブメディアの取材に対し、「急がず、自分のペースで音楽を続けたい」とコメントしています』


「俺の文章がテレビで読まれてる……」


 それは再生回数が増えるのとは違う恥ずかしさがあった。


 隼人が顔をしかめると、美智子が楽しそうに笑う。


「いいこと言ってるじゃない」


「自分の文章を家族と一緒にテレビで聞くの、思ったよりきついぞ」


「今度録画しておく?」


「やめてくれ」


「もう録画してるわよ」


「いつの間に!?」


「あなたの曲が流れた時に押した」


「対応が早すぎるだろ」


 父まで笑っている。


 数分にも満たない短い紹介だった。


 それでも番組が終わったあと、隼人が自室で管理画面を開くと、再生回数の増え方が少しだけ速くなっていた。


「テレビってまだ強いんだな」


 35歳だった頃より、今の方がインターネットの影響力は大きい。


 それでもテレビをきっかけに曲を知る人はまだ多いらしい。


 その夜、Lentoの名前を初めて知った人が何人も『夜明けの途中』へ辿り着いた。


 だが翌朝になれば、隼人はいつも通り制服を着て学校へ行った。


 テレビに名前が出ても、英語の単語テストはなくならない。


 Lentoが少し有名になったからといって、教師が受験を免除してくれるわけでもない。


「こっちの方が俺には大事だな」


 隼人は答案用紙を受け取り、少し笑った。


     ◇ ◇ ◇


 『夜明けの途中』の公開から50日ほどが経過した頃、再生回数はさらに伸びていた。


【再生回数 2,586,317回】


【チャンネル登録者 101,284人】


【累計推定収益 約252,000円】


「登録者10万か……」


 隼人は数字を眺めながら、再生回数より先に登録者へ目を向けた。


 10万人。


 最初の夜には21人だった。


 それが2ヶ月も経たないうちに、10万人を超えている。


 そして、もう1つ無視できない数字がある。


「25万……普通に大金だな」


 アルバイトを始めてから、金を稼ぐ大変さは改めて実感している。


 週に3日働き、数時間ずつ接客をして、それでも高校生が1ヶ月に得られる金額には限界がある。機材を揃えるために何ヶ月も貯めてきた自分からすれば、25万円という金額は軽く扱えるものではなかった。


 もちろん、そのまま自由に使える金額だと考えるつもりもない。


 税金。


 今後の制作費。


 機材。


 紗月への依頼料。


 活動を続ければ、いずれ別の費用も必要になる。


 隼人はノートへ数字を書きながら考えた。


「音楽だけで食えるとか考えるには早すぎる。でも……制作費を音楽で出せるようになるのは大きいな」


 これまでの機材はアルバイト代や、父に一部負担してもらった金で揃えてきた。


 今後はLentoとして得た収益から、次のLentoの曲を作るための費用を出せる。


 それは隼人にとって大きな変化だった。


 金があるから夢を追えるわけではない。


 しかし、金がなければ選べないことは確実にある。


 35歳まで生きた隼人は、それをよく知っていた。


「自由って、結局かなり金が要るんだよな」


 会社員時代にも何度も思ったことだった。


 仕事を辞める自由。


 住む場所を選ぶ自由。


 嫌な依頼を断る自由。


 音楽でも同じだ。


 生活費が足りなければ、やりたくない仕事でも受けなければならない。制作費がなければ、必要な機材や人へ金を払うこともできない。


 なら、稼げる時にきちんと残しておく。


 隼人は収益をすぐに使わず、Lento用として分けて管理することにした。


 高校生が突然25万円を手にして浮かれて使うには、35歳までの記憶が邪魔をしてくれる。


「前世の経験、こういう時は便利だな」


 新しいギターが欲しくないわけではない。


 少し良いマイクも欲しい。


 だが、今の機材で困っているわけでもなかった。


 必要になってから買えばいい。


 残った金は、そのまま次の選択肢になる。


 隼人は収支を簡単にまとめてから、ノートの別のページを開いた。


 そこには、高校在学中の活動方針が残っている。


【公開する自分の曲は3曲まで。】


 現在は1曲。


 残り2曲。


 そして夏休みが近づいている。


「そろそろ2曲目を決めるか」


 1曲目の結果を見届ける時間は十分に取った。


 公開から50日が経っても、『夜明けの途中』は再生され続けている。最初だけ偶然伸びて消えたわけではない。


 だからといって、次に最も強い曲を選ぶつもりもなかった。


 隼人が欲しいのは、1曲だけ巨大な数字を作ることではない。


 Lentoとして長く続けられる形を見つけることだった。


 パソコンを起動し、これまでの楽曲データを整理する。


 自分で作った練習曲。


 まだ公開するつもりのないデモ。


 そして、運命のダイスから得られる曲。


 隼人は椅子へ深く座り、少し考えた。


「『夜明けの途中』より、次はもう少し明るくてもいいな」


 1曲目は静かな曲だった。


 まだ夜の中にいて、それでも歩き続ける歌。


 なら2曲目では、少しだけ空が明るくなってもいい。


 すべてが解決した明るさではない。


 未来が決まったわけでもない。


 それでも自分で進む方向を選ぼうとするような曲なら、今の自分にも合っている気がした。


 高校3年。


 受験を控え、進路を選ぶ時期でもある。


 Lentoとしても、最初の曲を出したばかりだ。


 人生をやり直している隼人自身も、20年先を知っているからといって、今度の人生が同じ未来へ進むわけではない。


「方向を選ぶ、か」


 その言葉が少し引っかかった。


 隼人はノートへ短く書き残す。


【2曲目――明るめ。進路、方向、自分で選ぶ。】


 まだタイトルではない。


 曲も決まっていない。


 今夜はそこまでで十分だった。


 隼人はパソコンを閉じ、時計を確認する。23時になる少し前だったため、これ以上作業を続けることはしなかった。


 ベッドへ入る前にスマートフォンを見ると、Lentoの登録者数はまた少し増えていた。


 10万人を超えても、数字は止まらない。


 けれど隼人自身まで、その速度に合わせる必要はなかった。


 学校へ通い、大学を選び、アルバイトを続けながら、次の曲を作る。友人と話し、家族と食事をして、その生活の中で歌う。


 前世では、音楽のために生活を削った。


 今回は生活の中から音楽を作る。


 似ているようで、その違いは大きい。


 隼人は照明を消す前に、机の上のノートへ目を向けた。


 最初の1曲は、想像していたより遠くまで届いた。


 その数字に追い立てられるのではなく、次も自分が納得できる速度で進めばいい。


 Lentoという名前を選んだ理由は、今も何も変わっていなかった。

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