04 男性がコスメを使うことはあまり一般的ではない。実は妻だけでなく私もこっそり使っているんです
コスメを買い上げ、王族や貴族に贈るためのギフトとして利用している、大切な顧客。
パーティーには、社交界の名士たちが集まっていた。
ドゥラン商会の当主にご挨拶をしようと、会場を歩き回っていた時、一人の若い男性が、声をかけてきた。コスメを愛用している、とある伯爵家の次男。
「ミュラージュ様。メヌエットのアイシャドウ、妻が大変喜んでおりまして。いつもありがとうございます」
こちらも、にこやかに微笑んだ。
「お気に召していただけて光栄でございます。奥様にもよろしくお伝えくださいませ」
すると、その男性は少し照れたように言った。
「実は、妻だけでなく、私もこっそり使っているんです。仕事で疲れたときにあの香りを嗅ぐと、心が安らぐんですよ」
少し驚いた。この世界では男性がコスメを使うことはあまり一般的ではない。だが、とても純粋で胸に温かいものが広がる。
「まぁ、光栄でございますわ。ぜひまた新しい香りも試してみてください」
小さな出来事は一つのアイデアをくれた。メヌエットはただ女性を美しくするだけのブランドではなく、心を豊かにする癒しのブランドになれるのではないか、と。
すぐに男性向けの香水や、リラックス効果のある入浴剤の開発に取りかかった。すると、男性の間でもコスメは瞬く間に人気となり、新たな顧客層を開拓可能になったのだ。
そんなビジネスの成長をドゥラン商会の当主は、静かに見守っていた。パーティーの終盤、当主は近づきこう言う。
「ミュラージュ様。あなたのビジネスは、ただお金を稼ぐだけでなく心に寄り添う素晴らしいものだ。もしよろしければ、我々ドゥラン商会とビジネス提携をしていただけませんか?」
提案は大きなチャンスだった。宝石とコスメ。一見すると無関係なようだがどちらも身を美しく豊かにするアイテム。提携が実現すればメヌエットはさらに大きなブランドへと成長できるなと、申し出を快く受け入れた。
こうして、復讐という感情から解放されて本当に自分のやりたいことを通して新しい人生の扉を開いていく。
ドゥラン商会との提携はメヌエットに巨大な変革をもたらした。彼らが持つ流通網と資金力は、うちの小さな工房を王都中の皆が知る大商会へと押し上げる。
王都の一等地には宝石とコスメを扱うドゥラン&メヌエット。という名の、新しい店舗がオープンした。
店内には宝石のように輝くコスメが並び、宝石を選ぶようにお気に入りのコスメを選んでいく。忙しい日々の合間を縫って、新しいコスメの開発に没頭。
次に世に送り出そうとしていたのはこの世界にはまだない透明な容器に入ったコスメ。元の世界じゃ当たり前だったガラスやプラスチックの容器だが、ガラスは非常に高価で透明なものはほとんど作られていない。
ドゥラン商会が持つ宝石加工の技術を応用し、透明な容器の開発に成功した。容器に入った、色とりどりのリップグロスやネイルカラーを商品化。コスメは美しい見た目から飛ぶように売れていった。
けれど、ここに来て成功を快く思わない者たちが再び現れ始めたらしい。他のコスメを扱う既存の商会。
画期的な商品に危機感を抱き、技術を盗もうと様々な妨害工作を仕掛けてきたのだ。自分たちで違うものを開発すればいいのに。
ある日、工房に不審な人物が侵入して大切な開発ノートを盗もうとしたが昔に読んだスパイ小説の知識を活かし、事前に工房に罠を仕掛けていたのだ。
その人物は見事に罠にかかり、警備兵に引き渡された。尋問の結果、ライバルの商会から雇われた者だったことが判明。
この一件を公爵家に報告し、ライバル商会を徹底的に追及するよう求めた。ライバル商会の当主は必死に謝罪してきて多額の賠償金を支払うことで事態は収拾。
この一件はビジネスの世界が、決して美しさだけではない冷酷な戦場であることを改めて教えてくれる。それでも自分の周りには信頼できる仲間たちがいるのだ。
ドゥラン商会の当主は守るために、私設の警備隊を私の工房に配置してくれた。心から応援してくれる王女やコスメを愛してくれる顧客たちがいる。美しさは心を豊かにする力があるという信念を胸にこれからも美の常識を塗り替えていきたい。
ドゥラン商会との提携によりメヌエットは順調に成長を続けていた。だが、常に考えていたコスメは見た目を美しくするだけではないと。以前学んだアロマテラピーの知識とコスメを融合させよう。
「香りはなによりの証になるし」
最初の開発は困難を極めた。まだアロマテラピーという概念は存在しない。
「あとは、これを混ぜて」
香りを嗅ぐだけでリラックスしたり、気分が明るくなったりするという考えは魔法のように思われている。様々なハーブや花を蒸留し、香りが持つ効果を一つずつ研究。心が落ち着くラベンダー、気分を高揚させるレモン、安眠を促すカモミール。
「できた」
研究は錬金術師のようだと周囲からは言われつつもようやく一つの試作品が完成。夜の肌のお手入れに使うスリーピング・パック。寝る前に顔に塗るだけで肌に潤いを与え、同時に、配合されたラベンダーの香りが、使用者の心を安らぎへと導く。
「これを」
製品を王女に献上した数日後。王女から呼び出しを受けて緊張しながら王宮へと向かうと、いつものように優雅な笑顔で迎える。




