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三.新たなる自然共生モデル

 話の腰をへし折られたものの、室長は気を取り直して改めて訊いた。


「つまり、湿地の回復はビーバーの仕業ってことか?」

「はい、ビーバーの活動によるものです。おまけに洪水リスクも下がってますし、周辺の植生も回復傾向にあります」


※注2:ビーバー導入による自然回復の実例

◆アイダホ州プレストン近郊の小川では、牧場主の協力でビーバーの再導入が進められてから200以上ものダムが作られ、1年のうち40日間も長く水が流れるようになったことがNASAの衛星画像から判明しました。

◆アイダホ州ボークリークの山火事があった地域にビーバーを導入したところ、彼らが作ったダムと運河により湿地帯ができ、野生生物に安全な避難場所を提供することができました。

◆ユタ州ビーバー郡では砂漠地帯のほぼ干上がった川に放った数十匹のビーバーが天然のダムを形成し、湿地帯を再現することで山火事を抑制して失われた土地に水を取り戻す役割を果たしています。

 以上のように、ビーバーが作るダムは草木を育成し、野生動物たちの暮らしを豊かにするために十分に貢献していると、全米各地から報告されています。


「明らかに我々の三年間の施策より効果が出ています」

 

 冷静にデータを読み上げる若手職員に、室長は思わず声を荒げた。


「なんでだよ! こっちは会議して、資料作って、委員会で怒られて、また資料作って……!」

「ビーバーは会議しないし、資料も作らないですからね」

「羨ましい……」


 職員の誰かがポツリと呟いた。

 

「でも、ひょっとしたら、これはチャンスかもしれませんよ」

 

 すかさず室長がその言葉に喰い付いた。


「どいうことだ?」

「可能性は低いですが、ビーバーのダム作りを利用した新たな施策として予算申請できるかもしれません」

「よしっ、それだ! これは“ビーバーの生態を活用した革新的自然共生モデル”として予算を取るぞ」


 室長が妙に前向きな声を出すと、若手職員が慌てて引き留めた


「室長、ただのビーバーのダムですよ」

「適当に文言作って、名前をそれっぽくすれば大体通るんだよ。例えば“ビーバー・エコシステム・イニシアチブ”とか!」

「それ絶対に怒られるヤツです」


 お驚きを隠せない他の職員たちが二人のやり取りを見守る中、若手職員がツッコんだ。

 

「つまり、ビーバーの成果を我々の成果として報告する、と」


 室長は鋭く顔を左右に振った。


「違う違う、“共創(きょうそう)”だ。“共創”。最近の流行りだろう」

「共創って、ビーバーとですか」

「そうだ。ビーバーとの協働プロジェクトだ。向こうは協働する気ゼロだろうが、そこは気にするな」

「えぇぇぇぇ……」


  室内に職員たちの乾いた笑いが広がった。


「結局、ビーバーの方が俺たちの施策よりはるかに環境にとって有益だよな……」

「まあ、ビーバーは忖度(そんたく)しないし、利権も(から)まないですからね」

「本当に羨ましい……」


 職員たちは頭を抱え、ため息が部屋中に満ちていった。


 後日、この予算案に目を通した長官が室長を呼び出して皮肉交じりにこう言った。

「予算委員会で、私はなんて説明すればいいんだ? “ビーバーが頑張ってます”とでも言わせたいのかね?」

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