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第6話 アソウさん、ポーカーする

それはいつまでも続くのか。

 一分が経過しても、洋明とメカアソウの両者は微動だにしない。

「おい、あのロボット強すぎないか? 十将神は触れることすらできなかったんだぞ?」

「麻生もメカアソウもこんなにも強いなんて……彼女への愛は相当ですね。そりゃ麻生の姿形が変わるワケです……」

「どういうことだ?」

 この戦いの解説係その二となった那鷹(その一はアルジャイヌ)は聞き返す。

「身体という頚木から解き放たれた麻生洋明が、転移復活した麻生とメカアソウです。両者とも麻生洋明の感情をそのまま力にすることができるということで、その力はきっと愛に他なりません。彼女を思う心が麻生を、ミルアンリーデさんを思う心がメカアソウを、それぞれ強くしているのです」

「愛って……そ、そうなのか?」

 にわかに信じられない那鷹だが、そうでないと洋明の無茶苦茶に説明がつかない。

 跳躍で日本にやって来て、ワンパンで十将神達をぶっ飛ばし、樹木人(トレント)なんて化物に変貌する。こんなわけのわからん力に理由があるとすれば、洋明が彼女を思う心。つまり、愛という感情以外に考えられなかった。

「人の感情って世界の一つくらい滅ぼせそうな凄い力を発揮できるんですねぇ」

「他人事みたいにいうな! それをお前がやった結果がアイツらなんだろが!」

 洋明とメカアソウの対峙が長引く中、那鷹とアルジャイヌはグダグダと喋り始める。解説係なので完全に観客モードだ。

 そのため、いつしか二人の興味は近くにいるミルアンリーデへと移る。

「あの、ミルアンリーデさんはどこでメカアソウと会ったんですか?」

 純粋な疑問だった。アルジャイヌはメカアソウを破棄した本人なので、いるはずのないモノが現れれば疑問くらい抱く。

「もちろんこの南極よ。この近くを彷徨っていたワタシをメカアソウが保護してくれたの」

「……彷徨っていた?」

「そうよ。ワタシ、メカアソウと会う前の記憶がないの」

 隠すつもりは全くないらしい。意外な事実がミルアンリーデから語られた。

「メカアソウは南極に破棄されたけど、偶然、電源や系統が完全に死んでなかったらしくてね。スクラップを再利用して、壊れた箇所を地道に修理したらしいわ」

「なるほど。メカアソウが南極にいるのはそういう理由なんですね」

「雪になるスクラップをどうやって再利用するんだ?」

 とても気になるが、その辺りを深堀するのはヤボなので、那鷹はツッコミだけで終わらせる。

「メカアソウには感謝してる。彼がいなかったらワタシは凍え死んでた。彼が南極にいなければ今のワタシはなかったわ」

 洋明と対峙しているメカアソウに、ミルアンリーデは優しい目を向ける。

「メカアソウは記憶のないワタシに言ってくれたわ。「私が君の望む全てを叶えヨウ」って。それからメカアソウ以外にもロボット達が増えていって、この辺り一帯の南極が改造されていって、町ができて、お城ができて、王国になって、ワタシはお姫様になって王子様を待っていたの。王子様とやりたい出来事(イベント)をロボット達に用意させて、そして、ついに王子様が今日やって来て……キャー! なんか恥ずかしー!」

 シリアスモードだった表情が一転、フニャリと崩れる。

 赤らんだ頬を両手で包み、ミルアンリーデは黄色い悲鳴を上げた。

「薄々わかってたが、メカアソウはボケ姫の妄想実行隊長をしているのか」

「私の捨てたスクラップがこんなリサイクルされてたなんて……!」

 那鷹は若干呆れ気味に呟き、反対にアルジャイヌは感動の涙で頬を濡らす。

「あーん! これからどうしよー! 王子様と何しよー! これならそういった勉強もっとやっとくんだったー! でも、それじゃはしたないと思われるかしら? もー、わかんなーい!」

「……南極で夢いっぱいなのはいいことなのかもしれんな」

「ミルアンリーデさんが境遇に絶望しないよう、メカアソウがお世話してたらこうなったんでしょうね」

 腕やら足やら動かしてジタバタ暴れるミルアンリーデに、二人は冷めた視線を送る。

「なあ、ボケ姫は記憶がないと言っているが、アソウの彼女であることを忘れてる可能性はないか?」

「それなら麻生がわかりますよ。麻生が彼女でないと判断したなら、ミルアンリーデさんは彼女にそっくりなだけの別人です。でも――」

 アルジャイヌは顎に指を当て、アルジャイヌをじっと見つめる。

「外見だけとはいえ、彼女そっくりの別人がいることを……偶然で片付けていいんでしょうか」

「だが、別人は別人だろう?」

 二人はチラリとミルアンリーデに視線を向ける。

「あの……あなた言ってたわよね? ワタシがヒロアキの彼女にそっくりだって」

 アルジャイヌと那鷹の視線に気づいたミルアンリーデがツツツと近づいてくる。

「え? ええ、言いましたけど?」

「メカアソウがいってたんだけど……メカアソウがワタシを見つけた時、「セイジョォォォォ」「イジョォォォォォ」って奇声を上げる黒布の集団に囲まれてたらしいの」

「はいぃ!?」

「なにぃ!?」

 女子会みたいなノリの中、全く予想しなかった事実が飛び出し、アルジャイヌと那鷹は変な声を出してしまう。

「黒布の集団!? そ、それって!?」

「間違いないな」

 二人は全く同じモノを思い浮かべた。

 奇声を上げる黒布の集団とか、鉄仮面が率いる正常異常集団以外に考えられない。

「ミルアンリーデさん鉄仮面に狙われてるんですか!?」

「てっかめん? ヒロアキが言ってたヤツのことかしら? 黒布の集団はメカアソウが一掃してくれたけど、ヤツらってそのてっかめんと関係があるの?」

 ミルアンリーデは小さく首を傾げながら、戸惑ったような表情を浮かべる。

 その反応からして、正常異常集団のことを知らないようだが、無視できない事実なのは変わらない。

「正常異常集団がミルアンリーデさんを……彼女にそっくりなだけでなく、鉄仮面が狙っていたとなると……」

「偶然で終わらせることはできんな……」

 アルジャイヌと那鷹の脳内で憶測がグルグルと巡る。

 日本にいた伊藤達と違って、ミルアンリーデは正常異常集団に抵抗していたワケではない。メカアソウと出会わなければ死んでいた無力な女性で、それ以上でも以下でもない。

 そんな女性を狙ったということは、鉄仮面には確固たる目的があるはずだ。

「ヒロアキはさらわれた彼女を探していて、ワタシはその彼女とそっくりで、正常異常集団? に狙われたことがある……これってその、思い上がりでなければだけど――」

「ええ、何かあると思うべきですね」

 その目的に、ミルアンリーデと彼女がそっくりなことは関与していない、と考えるのは不自然だ。

 彼女とミルアンリーデには何か関係がある。

「つまり、ワタシとヒロアキは苦難を超えた後に結ばれる運命ってことよね! そういうことよね! 今、そういうターンなのね! キャー! 赤い糸は苦難があればあるほど強く太くなっていくのよー!」

「あー、えー、そうですねー」

 ミルアンリーデが自分の世界に入ったので、アルジャイヌは適当に返事をする。

「で、ミルアンリーデさんに何があると思います那鷹ちゃん?」

「わからん」

 那鷹は首を振る。

 全てを知るのは鉄仮面のみ。

 憶測しかできないアルジャイヌと那鷹では、いくら考えても答えは出なかった。




「……やめだ」

「そうですネ。いくら時が経とうと、私とあなたではずっとこのままでショウ」

 洋明とメカアソウ、両者の身体が弛緩する。さっきまでのぶつかり合いで、お互いの実力は互角とわかったのだ。このまま続けてもダブルKO、両者死亡、勝者のいない結果は二人が望むモノではなかった。

「ならばどうする?」

「こうしまショウ」

 メカアソウはアームで後ろを指し示す。

「ワタシとあなたの実力は互角。戦いで勝負を決することはできナイ。なら、決着は別のことでつけねばなりまセン」

 そこにはいつの間に用意したのか、電気スタンドが乗ったテーブルがあった。両脇には椅子が置かれており、どう見ても洋明とメカアソウのために用意されたものだった。

「コレで勝負しようじゃないですカ」

 ピーとヤカンが沸騰したような音が鳴ると、メカアソウの頭がパカリと開いた。右のアームを突っ込んで頭の中をゴソゴソと探る。

「ポーカー。知っているでショウ?」

 未開封のトランプが取り出され、テーブルにそっと置かれる。

「いいだろう」

 洋明とメカアソウは向かい合うように椅子へ座る。

「では、トランプに仕掛けが何もないことを確認してくだサイ。ディーラーもあなたが選ぶとイイ。場所とモノを用意したのは私ですしネ」

「ほう、いいのか?」

 ニタリと笑みを零す洋明を見てもメカアソウの余裕は壊れない。

「大丈夫デス。あなたのイカサマで負ける私ではナイ」

「気に入らん顔だ」

 洋明はトランプを封を開け、一枚一枚しっかりと怪しいところがないか調べる。

 全てを確認し終えると箱の中にしまった。

「で、ディーラーは誰ニ?」

「エセシスターだ」

「え!?」

 アルジャイヌが「私!?」と自分を指さした瞬間、ロボット達がアルジャイヌを囲んだ。

「ディーラー! ディーラー!」

「キャー!」

「……アルのヤツ、ディーラーなんてできるのか?」

 ロボット達にバンザイポーズで運ばれるアルジャイヌを眺めながら、那鷹はボソリと呟く。

「オマエディーラー! キョヒケンナシ! ナシ!」

「うう……わかりました。覚悟決めます……」

 洋明とメカアソウが睨み合うテーブル前に下ろされ、アルジャイヌはトランプの封を開ける。

 カードを傷めないよう丁寧にディールシャッフルを何度か繰り返し、洋明から先にカードを配り始めた。

 少しの後、洋明とメカアソウにカードを配り終えると、アルジャイヌは一仕事終えたように息をついた。

「ふー、緊張しまし――」

 その直後、ピー! と甲高い音が鳴る。

 アルジャイヌ、終わった。

「あああああああああああああッ!?」

 ドォォォォォン! と、悲鳴と同時に洋明とメカアソウの真横で盛大な爆発が起き、山札とアルジャイヌが消し飛んだ。テーブルはクソ頑丈なようで一切傷ついていない。

 一人と一体は爆発など気にも留めず、五枚のトランプを握ったまま睨み合っていた。臆した姿を見せてたまるかと、互いに一歩も引かない気迫を漂わせている。

「なんで爆殺するんですかッ!?」

 テーブルの下から、納得いかない顔をしたアルジャイヌがひょっこり現れ、洋明に抗議した。

「くらだんことをするからだ」

 洋明は五枚のトランプをテーブルに投げ出した。

 そこには四枚のエースとハートのキング。つまり上位役であるフォーカードが揃っていた。

「イカサマで手助けなど、侮辱されたも同然だ」

「私をディーラーにした意味ってそういうことでしょ!?」

 納得できないとアルジャイヌは憤慨する。

「お前、こんなイカサマできるヤツだったのか……」

「きゃー! フェアなヒロアキってばカッコイー!」

 騒ぐミルアンリーデを横に、那鷹は呆れたような感心したような視線をアルジャイヌに向ける。

 トランプにはセカンドディールといった、袖に隠したカードをこっそり渡すイカサマがあるが、フォーカードを成立させる程の配り方は簡単ではない。アルジャイヌはさらっととんでもないことをしたのだが、洋明はそんなモノ求めていなかった。

「普通に配れ。ポンコツにイカサマをさせなければそれでいい」

「おやおや余裕ですねェ。優位を自ら手放すとハ」

 メカアソウのアームから五枚のカードがテーブルに投げ出される。それは何の役も揃っていないブタ、と思われていたが。

「でも正解でしたヨ。イカサマ勝負してたらアナタの負けでしタ」

 テーブルに並んだのはクィーン四枚とジョーカー。つまりメカアソウは、最強の役であるファイブカードを作れていた。

「い、イカサマです! メカアソウはイカサマしてますよ!」

 バリバリにイカサマした本人がメカアソウを指さして抗議する。

「違うナ。ポーカーの強さは心の強さダ。イカサマに頼るような心の弱いヤツは負けて当然なんですヨ」

「ぬぐぐぐ……」

 全く説明になってないが、メカアソウの迫力に押されてアルジャイヌは黙った。

「私はメカアソウ。姿は違えど、あなたと同じ麻生洋明ダ。自分に勝てるのは心の強さだけですヨ」

「……面白い。そうでなければな」

 洋明はメカアソウを見てニヤリと笑った。

 メカアソウは再び頭に手を突っ込み、新しいトランプを取り出して机に置いた。

「うう……普通に配ります……」

 泣き顔のアルジャイヌが箱を開けてトランプをシャッフルし、洋明とメカアソウに配っていく。すぐにカードが五枚づつ配られ、両者は手札を確認した。

 洋明のカードはなんとエースが四枚。こんどはイカサマ無し。正真正銘のフォーカードだ。これより強い役は三つしかないため、まず負けない手札ができあがっている。

「これはこれはありがとうございますエセシスターサン。こんなイイ手札をいただけるとは思いませんでしタ」

 得意気にメカアソウが語り出す。心理戦が始まった。

「随分と喋るじゃないか。焦っているのか?」

「その様子ですト、そちらの手札は良さそうですネ。安心して心がたるんでるのが伝わってきまス」

 メカアソウの両目がネオンのように色とりどりに点滅し、首をグルグル回して「アハハ~」と笑う。どう見ても洋明を挑発していた。

「あ、私に配られたカードはコレデス」

 挑発の動きをピタリと止めると、メカアソウは信じられない行動に出た。

 自分の手札をあっさりと洋明へと見せたのである。

「……何のつもりだ?」

「おや? ポーカーのルールをご存じないのですか?」

 メカアソウがテーブルに置いたカードはキング四枚とスペードのジャックが一枚。つまりキングのフォーカードが出来上がっていた、が。

「見ての通りデス。全て交換しマス」

 メカアソウはフォーカードという強力な役を自ら捨てた。

「なっ!?」

「言いましたよネ。ポーカーとは心の強さダト。私は覚悟を持ってこのポーカーに臨んでいるのデス」

 メカアソウは燃えたぎる溶鉱炉のように目をギラリと点灯させ、勝手に山札からカードを引き始めた。完全にルール違反してるが、みんなメカアソウの勢いに押されて誰も指摘できなかった。

「心の強さは築き上げるモノ。それは運命を切り開く力デス。今のはアルジャイヌさんから配られた手札ダ。他人のカードで勝負しようとは思ってませんヨ」

 よくわからないことを言いながら五枚目を引き終わると、メカアソウは洋明を睨みつける。

「勝利するということハ! 運命を切り開き自身を乗り越えるということなのデス! これなら勝てル。間違いなイ。これでイイ。そう思った時現れるのは油断デス。油断あるモノに勝利は訪れナイ! ワタシは勝利の運命を引き寄せル! 覚悟を持ってあなたに勝ツ!」

「くっ……メカアソウッ!」

 理解不能な気迫に飲まれて、洋明に一筋の汗が頬を伝う。

 言うまでもなく、メカアソウがフォーカードを捨てたのは敗北に等しい選択だ。それ以上強い役はストレートフラッシュ、ロイヤルストレートフラッシュ、ファイブカードしかない。しかもその三つは揃えるのが非常に困難なため、普通ならフォーカードが揃った時点で勝ちを確信すべきだ。

 しかしソレをメカアソウは捨てた。そしてそれは正しかった。あのまま勝負していたらメカアソウは負けていたのだから。

 手札を捨てることで敗北の運命に勝ち、さらに強靱な意思を洋明に見せつけ、敗北のイメージを植えつける。

 それはポーカーという意思の駆け引きにおいて、致命傷を与える行為だった。

「くっ……!」

 本気で百メートルを走ったワケでもないのに洋明の肩は上がり、その心臓は爆発しそうな音を立てている。

「えっ? えっ? なんで麻生の顔色が悪くなってるんですか?」

「私達では理解できない戦いが始まっているんだ」

「それってどういうことですか那鷹ちゃん!?」

「わからん」

「どういうことですかミルアンリーデさん!?」

「メカアソウに負けまいとするヒロアキってばカッコイー!」

「さっきから気になってるんだが、ボケ姫はメカアソウに勝ってほしいんじゃないのか?」

「だってヒロアキってばかっこいいんだもの! それを無視するなんてワタシにはできないわ!」

「それはそれ、これはこれってことですね」

「全くわからん」

 外野が騒いでいるが洋明の耳には届いていない。

 流れる汗も拭わず、洋明はメカアソウを睨みつけていた。




 そしてもの凄く時間が経過した。

「ハァ……ハァ……」

 洋明の息切れは止まらない。頭上の太陽はとっくに傾き、地平線の向こうへ沈み、夜の闇が広場を包み始めていた。

「早くしてもらえませんカ? 夜になりそうなんですケド?」

 メカアソウがテーブルをアームでトントン叩き、急かすように言う。

 ちなみに、ディーラーであるアルジャイヌは立ったまま鼻ちょうちんを作っていびきをかいており、那鷹はベンチに寝転がって「全十将神が……全ての十将神が揃えばアソウなど……」と寝言を言っている。ミルアンリーデは騒ぎ疲れて、ロボット達に巨大な扇で仰がれながらベットで眠っていた。つまり、洋明が長考すぎて三人とも寝ていた。

「ぐううッ……」

 もう夜になろうとしてるのに、洋明はまだメカアソウに圧倒されていた。

 敗北のイメージが払拭できない。

 こんな状態ではドローしようがノーチェンジしようが、メカアソウに飲まれたまま負けてしまう。

「やるしか……ない……!」

 洋明の頬からポタリと一滴の汗が地面に落ちる。

 事態を打開するには、まずこの息切れを抑え、心を落ち着かせなければならない。だが、洋明の心を落ち着かせてくれる存在は――彼女しかない。

 そう、彼女だ。

 彼女だけが洋明を落ち着かせることができる唯一の人物である。

 彼女との思い出に浸れば活路を見いだせるが――それをすれば。

「ぐああああああああ!」

 いきなり洋明はテーブルから飛び出し石畳の上で暴れ狂った。腕を振り回し、地面を蹴りたくり、絶叫する。

 その姿はとても思い出に浸っているようには見えない。

 今の洋明は硫酸をガブ飲みし、脳を串刺しにされてしまったかのように苦しんでいた。

「何をしてイルッ!?」

 メカアソウは洋明の突然の行動に驚愕した。

「……はっ!? えっ!? な、何? 何が起こってるんですかっ!?」

「ポーカーだよな? ポーカーをしているんだよな? ポーカーが続いてるんだよな?」

 目を覚ましたアルジャイヌと那鷹も、状況を理解できずに目を丸くする。

「きゃー! 苦しみのたうつヒロアキもカッコイー!」

 同じく目を覚ましたミルアンリーデは、さらに洋明に夢中になった。

「私にはワカル! あなたの本能は彼女との思い出を消去し続けてイル! それはあなたが彼女を失ったショックで狂い死にさせないためダ! なのに彼女を思い出そうとすれバ……思い出に浸ろうとすれバッ!」

「わかっているとも! 今のオレが彼女との思い出に更けようとすれば、狂い死に確定だとッ!」

 洋明は全身をガクガクと震わせながら立ち上がる。

「だがこれでいいメカアソウ……お前に勝つにはこの程度の試練! 落ち着くために! 狂い死にくらい乗り越えなくてはなぁッ!」

 洋明に駆け巡る痛みは止まらない。のたうち回り、頭をかきむしる手は血に塗れる。だが、思い出に浸ることをやめようとしない。

 これは洋明の覚悟だった。

「やめロッ! それ以上苦しめバッ! 例え死なずとも廃人確定! 生きゾンビ! ハリガネムシに寄生されたカマリキリ! エメラルドゴキブリバチにやられたゴキブリ! なぜそうまでして私に勝とうとすルッ!」

「ふん、そんなの……お前ならわかるんじゃない……のか……?」

 洋明はニッとキザに笑った。

「愛のため……さ」

 そして、パタリと倒れた。

 のたうつ手足は止まり、緊張した筋肉は弛緩し、ダラリと横たわるその姿からは、完全に生気が消えていた。

 死亡確定。

 ポーカー勝負してるだけなのに、麻生洋明は死んだ。

「おい、これはさすがに……なのか?」

「ど、どうなんでしょう? 今までを考えればありえないですけど」

「え? なんで? どうしてヒロアキは眠れる森の美女のように倒れたの?」

 まさかの展開に動揺が走る。発作がなければ無敵の洋明も、死んでしまってはどうしようもない。

 このまま洋明は目覚めないのか。そんなワケないのか。でも死んでるぞ。いや、どうなんだ。

 はっきりしているのは、もし洋明が目覚めれば、もうそれは“スーパーアソウ”とでもいうべき存在になってるだろうことだった。死から帰ってきたならパワーアップくらいする。たぶん。

「哀れナ。こんな本末転倒……これほど愚かな行為はナイ」

 死体(洋明)を見下ろすメカアソウに同情はない。

 ここで死んだのはただの愚かな男。彼女も救えず、仇も探せず、勝手に朽ち果てた自分勝手の成れの果てだ。

「…………」

 しかし、メカアソウはその愚者を見て何を思ったのか。

 椅子に腰を下ろし、何かを期待するように両目を点灯させる。

「……十分間待ってヤル。それまでに起きナケればワタシの勝ちダ」

 メカアソウは死んだ洋明が蘇るのを待つ。

 愚かと思いつつも、その胸には奇跡を願う気持ちが灯っていた。




 洋明の高校受験が終わった直後に両親の海外赴任が決まった。

 本来なら息子の洋明はついていくべきだが、両親が合格した高校に通うことができなくなること、慣れない海外に息子を連れて行っていいのか悩んでいたため、洋明は一人暮らしを決めた。

 元々憧れもあったし、両親の悩みだって解決できる。なら、やらない理由はなかったのだ。

 そして、一人暮らしが始まって一ヶ月が経った。本来なら新しい生活にも慣れ、少しは余裕が出てくる頃だ。

 しかし、洋明にそんなモノはなかった。

 一人暮らしへの憧れや、両親の負担軽減が先行してしまったせいだろう。

 やりたいこともなく、社交性もあまりない洋明は、気づけば孤独な高校生活を送ることになっていた。

 何も感じず、何も思わず、何も望まず、ただ同じ動作を繰り返すだけの毎日。疲弊していく日々の中、ふと鏡の前に立った時、そこに映る酷い顔を自分だと認識できなかった。

 麻生洋明という個体は、この先もずっとこうなのだという黒い予感が脳裏をよぎるが、そんな未来に抗う思考はとっくに失われた。どうにでもなれという虚無だけが心の奥底で揺蕩っている。

 孤独が人である実感を奪っていく。

 六月になる頃には、破滅的な思考が脳内を支配し、知らない誰かに殺されることを望むようになっていた。

「……?」

 ある日の買い出し帰り。午後の強い日差しの中、人通りの少ない歩道を何の気無しに歩いていると、バス停のベンチに座る一人の女性が目に留まった。

 年齢は洋明と同じくらいだろうか。長い黒髪が印象的な美しい女性だった。しかしその美しさとは裏腹に、彼女の目は虚ろに濁り、身体は生気が抜け落ちたかのように脱力している。

 今にも崩れそうな、乾いた砂城のような姿。

 それが最初に見た彼女の第一印象だった。

「…………」

 だが、それがなんだと言うのか。自分はこのまま家に帰り眠りにつかねばならない。何かをする気力など全く沸いてこないため、洋明は毎日、何の意味もない睡眠を欲していた。

 ベンチに座る女の子に構う気など起きるはずもない。

 洋明はバス停を通り過ぎていく。暗く蹲るように背中を丸めている彼女の姿に、つい目が向いてしまうが、すぐに視線を逸らす――はずだったが、ベンチのすぐ側で立ち尽くしてしまった。

 なぜか、彼女から離れることができない。

「…………」

 でも、それはほんの数秒のことだった。すぐに洋明は歩き出す。

 自分でもよくわからない行動に少しだけ戸惑いを覚えるが、別に問題ない――そう思った矢先、天候に問題が出てきた。

 突然の豪雨だった。洋明は屋根のあるバス停のベンチへ駆け込み、アスファルトを激しく打つ雨を見上げる。

 今日の天気が不安定なのは知っていたので、洋明は念のため折りたたみ傘を持ってきていた。しかし、あまりにも雨が強すぎる。これでは傘を差しても全身が濡れてしまうだろう。雨が弱まるのを待つしかない。

 洋明は彼女の隣に一席空けてベンチに腰を下ろす。

「…………」

「…………」

 会話はない。手が触れるほどの距離に座っているが、互いに意識することもない。

 雨の音が聞こえるだけで、時間だけが静かに流れていくはずだったが。

「――ッ」

 突然、隣に座っていた彼女が豪雨の中、傘も差さずに道路へ飛び出した。

 彼女は道路の中央まで走り出ると、座っていた時と同じ無表情のまま、アスファルトに伸びる車線をジッと見つめていた。

 変な女だな、と洋明は思ったが、それ以上は何も考えず無視する。彼女が何をしようが自分には関係ない。

「…………」

 車が走ってきた。だが、彼女は立ち尽くしたまま、迫る車を避けようとしなかった。

 運転手も居眠りでもしているのか、減速する気配はない。このままだと彼女は轢かれてしまう。

 車との距離がどんどん縮まっていく。

 それでも彼女は微動だにしない。

 凄惨な光景が洋明の脳裏を過ぎった。

「……くっ!」

 瞬間、感情が激しく噴き出した。身体が勝ってに動いていた。

「ああああああああッ!」

 洋明は弾かれたようにベンチから飛び出し、彼女を抱きしめるようにして地面を転がった。彼女に怪我はない。だが、代わりに洋明へ久しぶりに味わう激痛が走る。思わず顔を歪めた。

「何やってんだお前ッ!」

 しかし、痛みを気にするよりも、洋明は怒鳴っていた。

 車はそのまま二人を無視するかのように走って行った。車体が車道から大きく外れている。完全な居眠り運転だった。

 だが、洋明は車など見向きもせず彼女を怒鳴りつける。こんなに感情を露わにしたのも、声を張り上げたのも久しぶりだった。こんな大きな声が出せるのかと、自分に驚くほどだった。

「目の前で面倒ごと起こすな! 二度とやるんじゃない!」

 豪雨の中、道路に転がったまま洋明の怒声が響く。

 慌てて突き飛ばしたせいで、洋明は彼女に覆い被さるように押し倒していた。

 濡れている洋明の髪や顔から雫が滴り落ちる。彼女はその水滴を顔に受けながら、怒りに満ちた洋明の顔を静かに見つめていた。

「……ッ! ゴメン!」

 怒鳴った洋明だったが状況に気づき、慌てて彼女から離れた。その後、手を引っ張っぱってベンチへ戻る。

 雨に打たれていたはずなのに、彼女の手は温かかった。

「タオルは……ないな」

 無駄だとわかっているが、リュックの中を探す。濡れた身体を拭けそうな物は何もない。

 再び無言の空間が生まれる。

「うぐ……」

 さっきの怒声が洋明のスイッチを切り替えていた。何ともなかった沈黙が、今は重たい空気となってのしかかってくる。

「ぬぐぐぐぐ……」

 埃を被っていた感情のエンジンが点火され、身体を否応無しに動かした。それは一人暮らしを始めてから別人になった自分を捨て去る行為であり、温度ある精神が全身を包み込む。

 つまり、彼女に怒ったことで、洋明は人間らしい自分を取り戻したのだ。

 だが、洋明が無気力な自分を捨てられたのはそれだけが原因ではない。

「……どっちでもよかったんです」

 彼女が口が開いた。

「あのまま車に撥ねられても……車が私の横を通りすぎても……ただ、それでいいかって……思っただけで」

 彼女にも洋明のような変化があったのだろうか。無表情ではあるものの、無気力な様子が消えている。虚ろだった目には弱々しいながらも生気が戻り、言葉には確かな感情が込められていた。

「何もせず毎日が過ぎていって……友達もいないし帰っても誰もいない。ただ一人で生きているだけだから……その……」

 彼女はさっきまで立っていたアスファルトに視線を向ける。

「ちょっと……ためしてしまいました」

 死ねるのかな、と。

 生きている実感を、彼女は矛盾する行動で得ようとしていた。

「でもそれは……違ってました」

 彼女が自分の手を見つめる。

 その手は僅かに震えていた。

「死んでもいいなんて……思ってませんでした」

 死ぬのは怖い。

 そんな当たり前の感覚を彼女は取り戻せていた。

「ありがとうございます。あなたがいなかったら私、きっと後悔してました」

 彼女は微笑みながら感謝の言葉を述べる。

「べ、別に礼なんて……」

 洋明は彼女を直視できず、不自然に顔を逸らしてしまう。 

「でもまた……こんなことしちゃうのかな……」

 彼女が力無くため息をつく。

 当たり前に戻れても、またさっきのようになってしまうかもしれない。

 その呟きはきっと愚痴のようなモノで、誰かに何かを要求するモノではない。洋明は理解していたが――彼女は自分と同じなのではないかと思ってしまった。

 だから、洋明がこの偶然に意味を求めて行動するのは必然だった。

「じゃあまた会おう、か」

 洋明はありったけの勇気を振り絞って言った。

 やや伏し目がちに彼女へ向き直る。

「オレ達二人がまた会えば……いや、会い続ければ大丈夫になるんじゃないか、な」

 洋明はリュックから折りたたみ傘を取り出し、彼女へ押しつけるように差し出す。

 キョトンとした顔をしながら、彼女は傘を受け取る。

「こ、この傘は理由にしよう。君はオレにその傘を返さなきゃならない」

 気がつくと雨の勢いが緩んでいた。

「だから……またその、会ってもらえない……かな?」

 我ながら何を言っているのかと、洋明の脳内で自己嫌悪と自己罵倒と自己後悔が目一杯繰り広げられる。

「…………」

 彼女は黙ったままだ。

 もしかして引かれたのでは? と、洋明の心臓は激しく鳴っていたが。

「……はい、こちらこそお願いします」

 彼女は向日葵のような明るい笑顔で洋明に返事をした。

 その予想外の笑顔は、さらに洋明の心臓を激しく鳴らした。




「ぬああああああああああああああああ!」

 倒れてから一分弱、死体だった洋明に生気が満ち溢れた。両手で頭を押さえ、雄叫びを上げながら、爆発したように起き上がる。

 死亡撤回。麻生洋明は蘇った!

「あああああああああああああああああああ!」

 起き上がった洋明の目から涙が溢れていた。

 なぜ涙が流れているのか洋明にはわからない。ただ、熱い涙が頬を辿い地に落ちていく。

「起きた! 麻生が起きましたよ! ですよね!」

「全くアソウめ。ヒヤっとさせるな。こんなことで死なれては私の気が済まん」

「一度倒れた主人公は強くなるって決まってるのよ! 今のヒロアキはただのヒロアキじゃない! スーパーヒロアキよ!」

 洋明の復活にアルジャイヌ、那鷹、ミルアンリーデがそれぞれの反応を見せる。もうメカアソウに勝ったかのように三人で(何故かミルアンリーデも)ワイワイ騒いでいた。

「ああ……ああああ……ああああ……」

 だが、そんな三人とは対照的に、洋明の顔は悲しみの涙に満ちている。

 流れる涙の理由はただ一つだけ。

 己から大切な思い出が消えてしまった。

「起きたようですネ。では、決着をつけようではあリませんカ」

 振り返るとメカアソウが腕を組み椅子に座っていた。

「……ほウ」

 洋明から溢れる見えざる力にメカアソウは気づく。スーパーアソウだかスーパーヒロアキになったかはさておき、さっきまでの洋明と比べて別人のようになっていた。

「どうやらこの戦イ……どちらが勝つかわからなくなったようダ」

「……ああ」

 済んだ瞳、穏やかな精神で洋明は答える。

 それと同時に心が叫んだ。

 この戦い必ず勝つと。

 心の安らぎと引き替えに失った思い出のためにも、洋明は勝たねばならない。

「勝つさ。オレはさっきまでのオレじゃない」

 椅子に座り直し、改めて洋明は手元を見た。

 エースのフォーカード。さっきと変わりない手札が並んでいる。

「メカアソウ。お前は凄い。ここまでオレを追い詰めたのはお前だけだ」

「私もあなたも麻生洋明。自分が相手なら当前ですヨ」

「だとしてもだ。覚悟を決めなければ……どんな刃よりも研ぎ澄まされた精神で挑まなければ……お前には勝てない」

 洋明は自分の手札をメカアソウに見せた。

 エースのフォーカード。メカアソウは「ほう」と一言呟く。

「オレも五枚捨てる!」

 フォーカードを叩き捨て、洋明は新たに五枚をディーラーであるアルジャイヌに要求する。メカアソウと違って洋明はルールを守った。

「さっさとしろエセシスターッ! 殺されたいかッ!」

「何の脅しにもなってませんけどぉ!?」

 ツッコミながらも馴れた手つきで、アルジャイヌが洋明に五枚のカードを配る。

「フォーカードを捨てるとハ。そのまま勝負すべきだったろうニ」

「冗談だろ? 覚悟のないカードを揃えたところでお前に勝てるか」

 もうディールはできない。今持っている五枚のカードで勝負は決まる。

 決着の時だ。

「勝負ッ!」

「来イッ!」

 両者のカードがテーブルに叩きつけられ、手札が公開された。

 洋明はダイアの七のツーペア。

「メカアソウはッ!?」

 ゴクリと喉を鳴らし敵の手札を確認する。

 ハートの三、クローバーのジャック、ダイアのニ、ダイアの九、スペードの五。

 そう、まごうことなきブタだ!

「ガハアッ!」

 メカアソウは口からオイルをゴボゴボと吐き散らして倒れ込む。

「しっかりしろメカアソウ! 一体何があった!?」

「メカってのは負けたらネ……口からオイルを吐くと決まってるんでス……」

「なるほど」

 聞いたことない常識だが、洋明は空気が読めるので頷く。

「メカアソウッ!」

「ミルアンリーデ様……」

 倒れたメカアソウにミルアンリーデが駆け寄る。

 メカアソウの口元を汚すオイルを衣服で拭いて綺麗にすると、そっと抱き上げた。

「もうそのドレスは破棄ですネ……」

「生意気言ってんじゃないわよ……メカのくせに……」

 切れかけた蛍光灯のように弱々しく点滅する目を、指で優しく撫でる。

「申し訳ありません……使命を……全うできませんでしタ……」

「いいのよメカアソウ……使命は全うできなくとも、あなたはヒロアキのかっこいいところをワタシにいっぱい見せてくれたから」

 回路の爆ぜる音が聞こえる。異常を示す警告音が至るところから鳴り響き、錆びていく金属の身体が、その冷たさをミルアンリーデに伝えていた。

「メカアソウの最後か……」

 死に行くメカアソウを見て那鷹は呟く。

 以前、那鷹は十将神という配下を従えていた。ポッと出のポッと出機械とはいえ、主のために戦ったメカアソウは何処か憎めないのだろう。同情する理由も関係もないとはいえ、洋明の好敵手の最後をしっかり見届けようとしていた。

「最後? 何言ってるの? そんなワケないけど?」

 が、そんな那鷹のエモーショナルな気分をブチ壊す発言がミルアンリーデから飛んでくる。

「ロボット達!」

 ミルアンリーデが執事を呼ぶように拍手をすると、周囲を囲んでいたロボットの一機がコチラにやってきた。

 そのアームにはポリタンクが握られており、フタを開けるとその中身を豪快にメカアソウの口へ流し込む。囲むロボット達から「イッキ! イッキ! イッキ!」と、大学生の飲み会コールがリズミカルに響き渡った。

 やがてポリタンクが空になり、同時にメカアソウの目が天まで届く光をまき散らして点灯する。

「復ッ! 活ッ!」

 第二クールに入って乗り換え機をアピールするアニメOPのように、メカアソウは立ち上がった。大勢のロボットとミルアンリーデがパチパチと拍手し、メカアソウの復活を祝福する。

「次も負けんぞメカアソウ」

「ふっ、それはこちらのセリフですヨ」

 立ち上がったメカアソウに洋明の手が差し出されるが、それは敵に向けられたモノではない。

 その手は宿敵となった無機物を称える友情の握手だった。

「……メカアソウが永遠に停止する流れだったよな?」

「何意味のわからないこと言ってるんですか那鷹ちゃん?」

「回路が爆ぜてたよな!? 致命傷だよな!? 気のせいじゃなかったよな!?」

「爆ぜた回路なんてオイル飲めば直りますけど?」

 冷静に現状を認識していたアルジャイヌが呆れたように説明する。 

「オイルが万能すぎる! それじゃさっき雰囲気に流された私がバカみたいだろうが!」

 那鷹は「メカアソウの最後か……」とキザったらしく言った自分を思い出し、ものすごく穴に埋まりたくなった。

「いやー、だから那鷹ちゃん何言ってんだろうって思ってました」

「ああああああああああッ!」

 羞恥に耐えきれず那鷹は脱兎のごとく駆け出す。

 それは広場を抜け、南極を一周するくらいの勢いだったが。

「あぶっ!?」

 ドンッ! と、早々に誰かにぶつかってしまい、幼女の身体がポテンと跳ねる。

 痛みに顔を歪めながら、那鷹はぶつかった人物を見上げた。

「私の前を歩くなバカ者が――」

「敵と仲良く一緒とはな那鷹。その意味、わかっているのか?」

 ゾクリと那鷹の背筋に氷柱のような冷たさが走る。

 空気が一気に張り詰め、広場にいる全員の視線が声の主に向けられた。

「バカなことをしたな。お前達は麻生シリーズ。ぶつかり合えばそのエネルギーを感知されるのは必至だ」

 黒づくめの衣服とマント。

 そして頭部を包む鉄仮面。

 まるで打ち切りの決まった漫画のように、宿敵が唐突に現れた。

「麻生、メカ、裏切り者の幹部と博士。処分対象が全てが集っているとは思わなかったぞ」

 鉄仮面が何気ない仕草で手のひらをミルアンリーデへ向ける。

「ミルアンリーデ、だったな。ちょうどいい。お前はこの場で始末する」

「ッ! ミルアンリーデ様ッ!」

 鉄仮面は手のひらが光る。

「がッ!?」

 紫弾が発射されたと同時、メカアソウの身体が爆ぜた。

 機械の身体が半壊し、後方へと吹っ飛ぶ。バラバラになった腕や足が雹のように広場へ散らばり、飛び散ったオイルが血しぶきのように地面を汚す。

 メカアソウの目から光が消えた。

「メカアソウッ!?」

 ミルアンリーデは駆け寄ろうとするが、そこに鉄仮面が立ちふさがる。

「庇ったか……だが、数秒命拾いさせただけだったな」

 鉄仮面の手がミルアンリーデを掴もうと迫る――が、その手は空を切った。

 洋明が素早くミルアンリーデを抱え上げ、その場を離れたのだ。

「何の真似だ?」

「友の主を見殺しにできないだけだ」

 散らばったメカアソウの部品を一瞥し、鉄仮面を睨みつける。

「……いいだろう。始末ついでだ麻生洋明。今からお前に」

 鉄仮面がマントを翻すと同時、その中から闇が溢れ出す。

 那鷹、アルジャイヌ、ミルアンリーデが悲鳴を上げ、広場は目の前すら何も見えない闇に包まれた。

「死よりも深い闇をくれてやる!」

 その鉄仮面の言葉と共に、洋明の意識は静かに沈んでいった。


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