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第5話 アソウさん、南極で暴れる

穴の中は滑り台になっており、洋明は三十秒程滑り続けた後、空中に吐き出された。

 とはいえ、地面から数センチ高いだけなので問題なく着地する。

 背後を振り返ると、空間をくり抜いたような円形の穴がぽっかりと開いていた。すぐに穴は萎むように消えて行ったが、洋明は日本に戻るつもりはないので、片道切符で問題なかった。

 すぐに周囲の状況を確認する。そこに広がっていたのは一面の雪原と氷の大地――ではない。

 目の前いっぱいに広がるのは、色とりどりのチューリップ畑だ。そして、吸い込まれそうな程澄んだ青空が目に入る。アクセントのように一戸建ての家がポツポツと並び、気温も春のように暖かく、小鳥のさえずりまで聞こえてくる。

 どう考えても南極とは思えない光景だった。

「……どういうことだ?」

 見間違いではないかとキョロキョロ周囲を見回していると、遠くから声が聞こえた。

「あ、あっちいけお前らッ!」

「なんで南極にこんなのがいるんですかッ!?」

 那鷹とアルジャイヌが悲鳴に似た声を上げている。どうやら何かに襲われているようだ。

 洋明は足音を立てないよう、慎重に声の方へと向かい、近くの家の壁に身を隠す。

 潜望鏡のようにゆっくりと顔を出して様子を伺うと、そこでは謎の光景が広がっていた。

「オマエラ、ニンゲン。ヤクワリ、アタエル」

「さっきから何を言っている! 役割って何だッ!?」

 那鷹とアルジャイヌが塀を背に、複数のロボット達に追い詰められていた。

 何故ロボットとわかったのか?

 それは見た目がモロだったからである。

「マチ、ツクッタ。デモ、スムヤツ、イナイ。オマエタチ、ジュウニン」

 真っ黒な円形をしたシンプルなボディ、輪っか状のアームをガチガチと鳴らしながら、首をグルグルと回す。目はパトカーのように点滅を繰り返し、カタコトに喋る。

 こんなのロボット以外にあり得ない。

 もしこの外見でエイリアンだったり、進化したラプトルだったりするなら、洋明は子供の頃に見ていた教養番組『地球大好きネイチャー大歴史紀行』を放送第一回から見直さねばならない。

「ジュウニン、ナルカラ、オマエタチ、フクキセタ」

「これはお前らが勝手にやったんだろう! 無害なロボのフリして私達に近づき、紅茶に薬を混ぜて眠らせて着替えさせるとは! この変態ロボがッ!」

「主人を亡くして南極で生きる、悲しくも暖かいロボットだと思った私達がバカでした!」

「ロボットは人類を滅ぼす忌まわしき機械だ! あんなの性癖が歪んだ一部の人間にしかできん!」

「機械のクセに、やり方が今も昔も愛されるAでVなやり方ってどういうことですか!」

 どうやら洋明がここに来るまでにアレでソレなドラマが展開されていたらしい。しかし洋明にとってはそんな過程どうでもいいので、ただ「ロボットに騙されたバカ二人」でしかなかった。

 会話しているロボットのホンダ(全く同じ外見のロボットばかりなので勝手に命名)が、服を着せたと言っている通り、アルジャイヌと那鷹の外見は変わっていた。

 那鷹は白いブラウスに、下は紺色のプリーツスカート。ブラウスの襟元には小さなフリルが施され、スカートの裾には小さなリボンがあしらわれている。足下は白いソックスで清潔感を演出し、那鷹の外見にぴったりな可愛らしい服装になっていた。

 対してアルジャイヌは動きやすいネイビーのパンツに、明るい黄色のポロシャツを着て、淡いパステルカラーのエプロンを羽織っている。エプロンにはカラフルなキャラクターが刺繍されているが、元々ある大きな二つの膨らみのせいで、そのデザインはいやらしく歪んでいた。

 そんな二人を見た洋明の感想は、保育園の先生とその園児。

 完全に狙ったモロな格好すぎるので、たしかにホンダは変態ロボットだ!

「コレカラ、オマエ、センセイ。オマエハ、エンジ」

 ホンダがアームを向けた先には、外観が鮮やかな色彩で彩られた建物があった。おそらく、アレは幼稚園だ。

 意図や意味が全く見えないが、ホンダはアルジャイヌを保育士、那鷹を園児として連れて行きたいらしい。

「わけのわからんこと抜かすなッ!」

「そうですよ! マッドサイエンティストは保育士じゃないんです! 白衣返してください!」

 二人はギャーギャーと抗議するが、相手は行動をプログラムされたロボットだ。要求を聞くワケない。

「ハンコウ。ダガ、ソレハ、ヨソクズミ」

 ホンダはカニのようにガチョンガチョンと両方のアームを打ち鳴らすと、背後にいたロボットのスズキ(勝手に命名)が頭をパカリと開けて、ヘルメットを取り出した。

 そのヘルメットにはずしりと重そうな鉄製の二本角がついており、その先は野球ボールように丸くなっている。不自然なコードも伸びており、その先はスズキの頭の中だ。

 どうみてもただのヘルメットではない。洗脳装置と言われた方がしっくりくる。

「アタマ、カブレ。シアワセニナル」

「かぶるかぁぁッ! どう見てもかぶったら自我が終わる形してるだろうが!」

「一生忠誠を誓う系の機械ですよアレッ!」

 いくらヘルメットの正体に気づこうが現状は変わらない。

 ヘルメットを手にしているホンダは慌てることなく、ジリジリと二人に近づいていく。

「エンジ、シアワセダゾ? ゴサイジ、ヨシヨシサレテ、オヒルネ、デキル」

「私は五歳児じゃない! 立派な大人だッ!」

「カワイイ、エンジ、カコマレル。コンナ、シアワセ、ナイゾ?」

「私にはマッドなサイエンティストが似合ってるんです! 子供の面倒を見るのは別の人が適任です!」

 追い詰められていくアルジャイヌと那鷹は、わんわん叫びながら抱き合っているが、もちろんホンダが同情する様子はない。

「なんでだぁぁぁッ! なんで南極というわけのわからん場所で園児をしなければならんのだぁぁぁッ! 少し前まで女王と呼ばれていたのにぃぃぃッ!」

「やだやだやだやだやだ! 私が幼稚園の先生になっても園児と一緒に給食食べて、挨拶の練習して、鬼ごっこして、抱きしめてあげることしかできないですよッ!」

「ソレデイイゾ」

 ホンダの持っているヘルメット(?)が那鷹の頭にかぶせられる。

「ぐっ……と、とれんっ!」

「ロックシタ。ムダナテイコウダ」

 ホンダは万歳するようにアームを青空に突き上げる。

「コレハ、ヒメサマノ、ネガイ! ヒメサマノタメ! ヒメサマニ、ツクスノダ!」

 洗脳開始とばかりにホンダがアームを振り下ろす。思わず那鷹は目を瞑り、アルジャイヌは目を背けるが――何も起こらない。

「ン? オイ、ナニヲシテ――」

 と、ホンダが背後にいるスズキに振り返ると。

「ハガガガ……ガイテキ……ガイテキ……ブタニクハンガク……カラアゲテイショク……ニーサ……ニジュウネンホウチ……@%$#$><……」

 そこには、大破して頭部が半分しか残っていないスズキがいた。いや、スズキだったスクラップが散らばっていた。

 スズキの中にはヘルメット以外も色々入っていたのか、ティーパックの束、錠剤、ロープ、白衣、手錠、ロウソク等々、なんか危なそうな道具もスクラップに混じって散乱している。

「ナニ!?」

 ロボットのクセにホンダは目を点滅させ、スズキが大破していることに驚愕した。

「ヒメ……姫と言ったな? それはこの写真の女神か?」

「あ! 私の白衣!」

 洋明は点滅させるホンダに彼女の写真を見せつける。その間、アルジャイヌは白衣を拾っていそいそと羽織った。

「オマエ!? ナゼ、ヒメノ、シャシンヲ!?」

「そうか。姫とは彼女のことか」

 ホンダの反応で確信を得た洋明は写真を懐にしまう。

「彼女の元に案内してもらおう」

「オマエ、ヨクモ、ナカマヲ! バンシニアタイスル!」

 この場にいるロボットの敵意が洋明に向けられる。スズキはすでに倒したが、ホンダ、カワサキ、ヤマハ、ハーレー、ドゥガディ、洋明が勝手に命名した計五体が残っている。

「ユケ! オマエタチ!」

 ホンダの号令で他のロボット達が一斉に洋明へ襲いかかる。

 アームを振りかざしたり、目に何やら充電して放とうとしたりと、確実に洋明を葬る一撃を放とうとしたが。

 もちろん結果は予想の通りとなる。

「なんたら将神の方が、まだ歯ごたえがあったな」

 洋明の腕が動いたかと思うとその瞬間、四体のロボットはスクラップと化した。バラバラになって地面に転がり、目の点灯も消える。

 カワサキ、ヤマハ、ハーレー、ドゥガディは十将神と同じく、何もできず散った。

「ヌヌヌ!」

「諦めろ。お前にできるのは、おとなしくオレを姫の元へ案内することだけだ」

 アルジャイヌと那鷹の時とは逆に、洋明はジリジリとホンダを追い詰めていく。

 五体のロボットが一瞬でやられたのだ。ホンダ一体では洋明に勝てるはずもない。

「スクラップがいいか、案内がいいか選べ」

「ドッチモコトワル!」

 その瞬間、青空の彼方から大空を切り裂くように鉄の翼が現れた。

 翼は太陽の光を反射してまばゆく輝き、滑らかな曲線を描きながらホンダの背中へ跳んでくる。ブーメランのようにクルクルと回転しながら近づくと、そのままドッキングした。緻密に計算された完璧な合体だった。

「きゃあッ!?」

 アルジャイヌの悲鳴が上がる。ドッキング完了と同時に、ホンダは鉄の翼を激しく噴射させ、素早くアルジャイヌをさらったのだ。

「オンナハ、モラッテイクゾ!」

「は、離してください! いやダメ! 離さないでぇぇぇぇ!」

 ホンダはどんどん高度を上げていき、ジタバタしていたアルジャイヌがおとなしくなる。

「もらうぞ」

「あだっ!?」

 洋明は那鷹がかぶっていたヘルメットを無理矢理引っこ抜き、空飛ぶホンダに向かって投げつけた。

 しかし、ホンダはそれを難なく躱す。

「マヌケガ! ムダナテイコウダ! ソノママ、ユビデモカンデ、ミアゲテイロ!」

「た、助けてくださいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

「サラダバー! ジャナイ。サラバダー! フハハハハハハハ!」

 ホンダはアルジャイヌを抱えて空の彼方へと去っていった。翼の推進力は凄まじく、あっという間に姿が見えなくなり、ホンダの高笑いだけが空に響いていた――が、洋明は懐からスイッチを取り出しボタンを押す。

 空の彼方でドォォォォォォォン! と、爆発音が鳴り響く。

 以降、ホンダの笑い声は聞こえなくなった。

「なんてことするんですか!」

 近くのチューリップ畑から、アルジャイヌがモグラみたいに姿を現した。

「確実な方法を取ったまでだ」

「危なかった……本当に園児にされるとこだった……」

 洋明はいつものように冷たく言い放ち、その隣で那鷹が心底ホッとしたように息をつく。

「で、あのロボット達はなんなんだ?」

「全くわかりません。ただ「お前は先生だ」、「お前は園児だ」というばかりで……」

「なんで私が園児をやらなきゃならんのだ! こんな服まで着せて! くそくそくそくそ!」

 那鷹の着ている服はいわゆる幼稚園の制服だが、他に着る服はない。悪態をついているものの、脱ぐわけにはいかず観念しているようだった。

「そもそもの疑問なんだが、ここは南極なのか?」

「ええ、間違いないはずですが……どう見ても南極には思えませんね。花畑が広がっているだけじゃなく、一軒家まで建ってますし」

 どうやら洋明の認識は二百年後でも正しかったらしい。アルジャイヌもこの南極の状況に戸惑っていた。

「とりあえず移動しませんか? ここにいても意味はなさそうですし――麻生?」

 アルジャイヌは洋明の鋭い視線が周囲に向けられていることに気づく。

「どうしたんですか?」

「お出迎えがきたらしい」

 その言葉が合図とでもいうように、周囲から円形のシンプルなデザインをした真っ黒なロボットが何体も現れた。

「ギュイーン! ギュイーン! イハンシャ! イハンシャ! ハイジョ! ハイジョ!」

 輪っか状のアームをガチガチと鳴らし、首をグルグルと回しながら、目をパトカーのように点灯させている。

 ホンダ達と同じだ。友好的でないところも同じで間違いなさそうだった。

「またコイツらか!」

「このロボット達なんなんですかね……私達の知らない南極になってるのと関係あるんでしょうけど……」

 アルジャイヌと那鷹がそそくさと洋明の背中に隠れる。

「さっきみたいに壊せっ! こんなロボットがいくら出ようと、九将神をまとめて倒せるお前なら楽勝だろう!」

「命令されるのは気に食わんがその通りだ。こんなヤツすぐにスクラップにしてや――」

 そこで洋明の言葉と身体がピタリと止まる。両手で頭を押さえ、苦しそうにうずくまった。

 汗をボタボタと垂らしながら苦しみの声を上げる。

「あぐ……あがが……」

「……あ! ま、まずいですッ!」

「え? なんでコイツ苦しそうなんだ?」

 事態を理解したアルジャイヌは慌てて懐から鏡を取り出すが、那鷹には洋明に何が起こっているかわかっていない。

 だが、洋明が戦えないことが何を意味するかはすぐ理解できた。

「おい、まずいぞッ!」

 ロボット達が洋明の発作が落ち着くのを待つワケがない。アームを振り上げ、一斉に飛びかかってきた。

 最大かつ唯一の戦力である洋明が何もできない今、三人は為す術なくロボット達の攻撃をくらうしかなかった、が。

「アイダラアアアアアアアイ!」

 飛び上がったロボット達は一斉に火炎に飲み込まれ、そのまま岩場へ激突した。

 熱に耐えきれなかった装甲がドロドロに溶けていく。

 現れた助っ人によって、ロボット達は一掃された。

「アイダライではないか!」

「アイダラーイ!」

 助けてくれたのは、以前洋明が空の彼方にぶっ飛ばした竜、アイダライだった。

 翼を仰いで那鷹のそばに行くと、懐いた犬のように伏せて尻尾を振る。主を見つけたからか、その顔は喜びと安堵に満ちていた。

「アイダラ~イ。アイダラ~イ」

「まさかこんなところで再開するとは思わなかったぞ」

 那鷹はアイダイライの鼻筋をゆっくりと撫でる。もう会えないと思っていたからか、那鷹の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「ほら鏡を見てください! 名前を連呼して! また樹木人に追われるのはコリゴリですッ!」

「うう……オレハアソウ……オレハアソウ……ダ……」

「……何をやっているんだあれは?」

「アイダラ~イ……」

 洋明を見て身を竦ませるアイダライを那鷹が優しく宥める。日本から南極にぶっ飛ばした張本人なのでビビるのは無理もない。

「ッ!? アイダライ!」

 ピクリと身体を反応させてアイダライが起き上がる。すると、周囲から再び黒いロボットが現れた。数はさっきの三倍はいる。どうやら倒したことが呼び寄せる原因になったようだった。

「これはキリがなさそうだな。アイダライ!」

「アイダライ!」

 那鷹が呼ぶだけで理解したのか、アイダライは乗れとばかりに身を伏せた。那鷹は即座に背中に飛び乗り、アルジャイヌと洋明に手招きする。

「早くしろ! 落ち着けるところまで飛ぶ!」

「の、乗せてくれるんですか?」

「オレハアソウダオレハアソウダオレハアソウダ……」

 アルジャイヌは驚いた顔をした後、アイダライの背中によじ登った。洋明はアイダライが怖がりながらも器用に手でつまんで背中に投げ落とす。

「よし! 行くぞ!」

「アイダラーーーーイ!」

 全員背中に乗ると、アイダライは大きく羽ばたいた。最後っ屁とばかりにロボット達に火炎を浴びせると、あっという間に数十メートル上昇し、前方へ飛び去って行く。

「意外です。てっきり見捨てられるかと思ってました」

「お前はともかく、そこの男にどんな恨みを買うかわからん。借りを作るほうがいいと判断したまでだ」

 本当は見捨てたかったのだろう。まだ鏡に向かって自分の名前を呟いている洋明を見て、那鷹は苦い顔で舌打ちした。

 アイダライの飛行速度はなかなかのもので、さっきまでいた場所が地平線の向こうに消えている。ロボット達から完全に逃げ切れたようだった。

「アイダラーイ!」

「わかった。その人里の近くまで行ったら着地だ」

「え? 何言ってるかわかるんですか?」

 アイダライの鳴き声に納得したように頷く那鷹を見て、アルジャイヌは素直に驚いた。

「当たり前だ。主の私がコイツの言ったことを理解できないワケないだろう」

「アーイダラーイ」

 アルジャイヌに呆れてジト目を向ける那鷹と、何故か誇らしげなアイダライ。それは主と九将神というより、飼い主とペットのように見えるが、言ったら怒られそうなのでアルジャイヌは黙っておく。

「そろそろ着地場所だ。降りたら村に移動する――」

「!? アイダライッ!」

 何の前触れもなく、いきなりアイダライが背中に乗る三人を振り落とした。

「わわわっ!?」

「なんだッ!?」

「オレハアソウダオレハアソウダ……」

 悲鳴を上げる者、呆然とする者、ブツブツと名前を唱え続ける者。突然の事態に意味がわからず、三者三様の反応を見せる。

 なぜ、アイダライは三人を振り落としたのか。それはすぐにわかった。

 直後、空を二分するような巨大な雷がアイダライに直撃したからだ。

「アイダライィィィィィィィッ!?」

 全身から焦げたような煙を上げ、アイダライの身体が弛緩する。

 そのまま落ちていくと思われたが、最後の力を振り絞るように羽ばたいた。

「アイ……ダラァァイッ!」

 振り落とした三人を即座に背中で受け止めると、高度を落としていき、地面をえぐりながら不時着する。

「アイダ……ラ……イ……」

 丸焦げになった身体で苦しそうに呼吸するアイダライはもう限界だった。翼は枯れた花のように萎れており、尻尾も力なく垂れている。見るからに、もう動ける状態ではなかった。

「仕方ない……またいつか会おうアイダライ」

 那鷹がアイダライにそっと触れると、その身体は粒子となって那鷹の中へと吸い込まれていった。

 何をしたのか、など説明するまでもないだろう。アイダライは九将神であり、九将神は那鷹が召喚した眷属だ。那鷹がアイダライを粒子化したのは、これがベストだと判断したから以外にない。

 那鷹は溢れ出る憎悪を抑えるように拳を強く握る。

「雷を落としたヤツ……絶対に許さん!」

「明らかに人為的な雷でしたからね……」

 運が悪かった、では済まされない。

 南極の異常、黒いロボットの存在、雷は何者かの攻撃と考えるのが自然だった。

「オレハアソウダオレハアソウダ……」

「で、なんでコイツはずっとブツブツ言ってるんだ?」

「あ、そうでした。那鷹ちゃんに説明しておきます」

 頬をポリポリと書きながら、アルジャイヌは洋明の手を引いて歩き出す。那鷹もそれに続いた。

 アイダライのおかげで行き先は見えている。アルジャイヌが那鷹に洋明のことを説明していると、三人は人里にたどり着いた。

 昔の日本を彷彿とさせる百姓家がいくつも建ち並んでいる。だが、地面は石畳で舗装されており、遠くには西洋のお姫様が住んでいそうな城まで建っていて、統一感のない光景が広がっていた。

 町であることは確かだが、何故か誰も出歩いていない。

 家をノックしても人が出てくる様子はなく、暗い雰囲気だけが町に漂っていた。

「おかしいぞ! 人がいないワケがあるか!」

「これでは情報収集ができませんね……」

「オレハアソウダオレハアソウダ……」

 やがて三人は広場にたどり着き、まだ手鏡を見ながら名前を連呼している洋明をベンチに座らせる。

「くそっ、よそ者に怖がってるのか? どんな田舎だ!」

「ひょっとして誰も住んでなかったりするんでしょうか?」

 那鷹とアルジャイヌはため息をついた。現地人に会えると思ったのに、これでは何もわからない。城が見えるので、そこまで行くべきなのか。

 何にせよ洋明が回復するまで動かない方がいい。アルジャイヌと那鷹はベンチ周囲でおとなしくしていると。

「ああ、いったいどうすればいいんだ」

 突然、流暢に喋る青いロボットが現れた。

 桑を肩に担ぎ、うなだれていて、しかも衣服を着こんでる。口元にはなぜか髭までついており、畑帰りなのか全身が土で汚れていたりと、ツッコミどころ満載だ。何が何やらさっぱりわからない。

「やっと話ができそうなヤツがきたな」

「ちょ、ちょっと那鷹ちゃん!」

 慌てて那鷹の腕を掴んで引き止める。色は違うが、あのロボットは以前アルジャイヌ達を襲ってきたヤツだ。洋明もアイダライもいないのでは抵抗のしようがない。

「ロボットが歩いているとか絶対変ですよ! 安易に話しかけるのは危険です!」

「心配いらん。あの青ロボが黒ロボと同類なら、とっくに私達は襲われている。話しかける価値はあるはずだ」

 そう言って那鷹はアルジャイヌの手を振り払うと、青いロボットの元へ歩いて行った。

「止まれ。聞きたいことがある」

 那鷹の背丈をはるかに超える、青いロボットが足を止めた。

「どうして南極にこんな町がある?」

 青ロボットにビビらず那鷹はズイと迫る。

「この町、エレンピオレは魔法使いに生け贄をさしだすよう脅されているんです。魔法使いに逆らった者はみんな殺されてしまい、今のエレンピオレはこの通りです」

 さっきと同じ流暢な言葉で、唐突かつ意味不明な返答をされた。

「おい、私の質問に答えろ!」

 那鷹の額に怒りで欠陥が浮かび上がる。町の名前はエレンピオレというらしいが、そんなのどうでもいい情報だ。

「私は南極になんでこんな町があるのかと聞いてるんだ! なんでお前みたいなロボットが闊歩しているんだと聞いている!」

 サラッと質問を追加して、那鷹は青ロボットの首元を掴もうとする。だが身長差が激しいので、ピョンピョンとジャンプするだけの間抜けな図になっていた。

「くっ! このっ! このっ!」

「誰か魔法使いを倒してくれないものか……次は私の娘が生け贄になるのです。断れば町の全住人に雷を落とされてしまう……」

「……何?」

 那鷹のジャンプが止まる。

「魔法使いとやらは雷を使うのか?」

「ああ、一体どうすればいいんだ……」

 最後まで那鷹の質問を無視して、青ロボットは立ち去ろうとする。那鷹は行かせまいと腕を掴むが、ズルズルと引きずられてしまう。

「ぬぐぐ……行かせるかぁぁぁッ!」

 力無き幼女では無駄な抵抗でしかない。しかし、諦めるのはしゃくなので、那鷹はロボットを掴んだまま離さない。

「こんどはアマダが生贄か……まだ十六になったばかりだってのに……」

「でも仕方ないわ……魔法使いは私達じゃどうしようもないもの……」

 去って行く男と入れ替わるように、別の青ロボットが二体すれ違う。さっきまで誰もいなかったのに、どこから現れたのだろうか。

 不自然極まりないが、話している内容は最初の青ロボットと関連している。

 那鷹は質問相手を二体組に切り替えた。

「おい、お前達! 魔法使いとは何者だ! どこにいる!」

「あんた旅の人か? 悪いことは言わない。引き返したほうがいいぜ」

「以前は明るい町だったのにどうして……」

 やはりというか、この二体も那鷹と会話しない。言うだけ言って去って行く。

「ぐぬぬぬぬ……」

 那鷹は去りゆく二体を止めたかったが、一体でも無理なのだ。おとなしく見過ごすしかなかった。

「おい! アル! コイツらアイダライを丸焦げにしたヤツを知ってるみたいだぞ!」

「…………」

「聞いているのかアル! そこのエセシスターッ!」

 己の無力に身体を震わせる那鷹の怒号が響くが、アルジャイヌは顎に指を当てて青ロボット達を観察していた。

「……なんだか不自然すぎますね」

「ロボットが闊歩してるんだぞ! 当たり前のことを言うな!」

「ここにやって来た者にあからさまな出来事(イベント)をさせる……そんな考えが透けて見えるんです」

「ああ? どういうことだ?」

 那鷹は衣服についた汚れをはたきながら、アルジャイヌに目を向ける。

「ロボットに襲われた時を思い出してください。あのロボットは私に幼稚園の先生、那鷹ちゃんは園児になるよう言ってました。しかも、着替えさせるために眠らせて、洗脳装置まで用意する周到さです」

「ぐ……気持ち悪いことを思い出させるな……」

 忘れたい記憶を呼び起こされ、那鷹は顔を歪める。

「ロボットは私達に役割を演じさせようとしているんです。たぶん、姫という人物のために」

「コイツらがいるのにか?」

 通り過ぎるロボット達に那鷹はワザとらしく指を向ける。

「人がいないからロボットに代役をさせているんだと思います。ロボットでいいなら私達に演じさせる必要ありませんから」

 アルジャイヌは続ける。

「きっと姫は人間がいいんです。ロボットはその命令を受けているから、私と那鷹ちゃんは狙われた。つまり何が言いたいかというと、人間にロールプレイをさせたがっているなら、ここに私達以外の人間がいてもおかしくないということです」

「……そうか。被害者が私とお前だけと考える方がおかしいな。少数だとしても、ここに連れてこられた人間が高確率でいる。その人間を探せれば何らかの情報が聞けるということか」

「はい」

 アルジャイヌはコクリと頷いた。

「だが、ロボットは洗脳装置なんてモノを用意していた。人間を探せたとしても正気ではないだろう……ショックを与える必要があるな。ぶん殴ればいいか」

「それやっていいんですかね? 他に方法がないので反対できませんけど」

 古典的な手段だが、今はそれしかない。それにここは敵地だ。正規の洗脳解除手段など調べていたらジリ貧に陥ってしまう。

「よし、さっさと見つけてぶん殴るぞ!」

「でも、私と那鷹ちゃんの力じゃ無理なんですよね……」

「オレハアソウダオレハアソウダオレハアソウダ……」

 ベンチで手鏡を見ながら名前を繰り返している洋明を見て、アルジャイヌは嘆息する。

 洋明とは違って、那鷹とアルジャイヌは非力だ。嫌がらせならまだしも、正気に戻せるほどの力で相手を殴ることはできない。

「くっ……早く戻らんかぁぁぁ! 誰か見つけても無駄になってしまうだろッ!」

「な、那鷹ちゃん! 邪魔したらアソウが樹木人になっちゃいますッ!」

 那鷹は洋明の胸倉に手をかけてグラグラ揺らし、慌ててアルジャイヌがそれを宥める。

 そんな時。

「魔法使いだぁぁぁぁ! 魔法使いがきたぁぁぁぁ!」

 危機を知らせる悲鳴が響き渡った。それと同時、空に暗雲が立ちこめ、風が吹き荒れ、耳をつんざく雷鳴が轟く。目が眩むほどの雷光が放たれ、那鷹とアルジャイヌの二人はとっさに腕で目を覆った。

「悪さをしている子はどこかしらぁん? そんな子は綺麗で可愛い魔法使いがおしおきしてあげるわよぉん」

 どこかで聞いた甘ったるい声がした。

「ん?」

 その聞き覚えのある声に那鷹は顔を上げる。

 赤を基調とした膝下丈のローブを纏い、杖を弄ぶように振り、長い黒髪を風に靡かせる。

 頭から角を生やし、和装からコスチュームチェッンジしたその女は、三人がとっても知ってるヤツだった。

「阿澄ぃッ!? お前がアイダライをやったのかッ!?」

「あらあら可愛い幼女ちゃんねぇん。お姉さん、弱い者いじめする趣味ないんだけどなぁん」

 阿澄は地面から十数センチほど浮遊して足を組み、怒りに顔を歪める那鷹をあざ笑う。

 そこに主を敬う元十将神の面影はどこにもなかった。

「九将神……いや、十将神の主であるこの那鷹が答えろと言っているッ! 消去されたいかッ!」

 威圧するように叫ぶ那鷹だが、幼女となり弱体化した今ではその言葉に力はない。完全にハッタリだ。アイダライのように弱り切った十将神を“収める”ならまだしも、元気はつらつな阿澄を消去する強制行動は取るのは不可能だった。

「はー? 何言ってるのぉん? 夢と現実の区別がつかないなんて、やっぱお子様ねぇん」

「ワームホールに落とされた後何があった! 言えッ!」

「お子様ってずっとワケのわからないこと言う生き物なのねぇん。勉強になるわぁん」

 阿澄は那鷹とアルジャイヌを見てニヤついている。己の絶対優位を疑っていない。シスターと幼女を相手にして、魔法使いである自分が負けるワケないと高をくくっていた。

「お前……本気で私がわからないのか?」

 ここまで来るとさすがに察せる。

 もうおわかりだろう。阿澄は那鷹が幼女になったからわからないのではない。

 過程は不明だが、ホンダが持っていた洗脳装置と同種のモノを阿澄はくらってしまったのだ。

「はぁん? 忘れたって何がぁ? 生意気な幼女ねぇん」

 処理済みにされた阿澄は、魔法使いという役割をさせられている。そうでなければ十将神の主である那鷹の名前や、ワームホールの件を聞かされて、知らぬ存ぜぬな態度を取れるワケがない。

「十将神が私を忘れるとは……なんと情けない……」

「よそ者は排除しないとねぇん。お呼びじゃないのクソ共ぉん」

 阿澄の杖先に、見覚えのある赤光が収束していく。狙う相手は言うまでもない。

 那鷹はチラリとアルジャイヌに目を移す。

「……さすがに無理だな」

「ちょっとッ!? 今、私を盾にしてもビームで貫かれるから意味ないって顔しましたよね!? 復活するからいいだろって思いましたよね!? 人外な考えしましたよね!?」

 肉壁にされるなどたまったものじゃないと、アルジャイヌは抗議する。

「私を盾にする前に那鷹ちゃんがどうにかしてくださいよ! 浮遊クソ女の主でしょ! 正気に戻せば色々聞けるかもですよ!」

「幼女にされてなければとっくにそうしてるわ! 巡り巡ってお前らがこの事態を招いたんだぞ! そっちがどうにかしろッ!」

「はー!? ちょっと身体が小学生未満になったくらいでお手上げですかー!? 十将神の主としてのプライドないんですかー!?」

「黙れエセシスターッ! 意味のわからん恰好してるが、お前科学者だろッ! この事態をどうにかする道具なり出したらどうだッ!」

「ぶぶー! 残念でしたー! 科学者は神様じゃないんですー! 材料も道具もないんじゃ何もつくれないですー! あとこの格好は変装ですー! アルジャイヌってマッドなサイエンティストを隠すために着てるんですー! 意味わかんない格好じゃないですー!」

「アハハハハハハ! 内輪もめは滑稽で笑えてたまらないわぁ!」

 醜い言い争いを続ける那鷹とアルジャイヌを見て、阿澄は愉快に笑う。

「うるさいぞ! ほんの数日前に寝小便した女がッ!」

「はぐんッ!?」

 が、那鷹から致命的な事実(スキヤンダル)が飛び出て顔面蒼白になる。

「アイダライがやったなんてごまかしおって! どんだけ漏らしたんだお前ッ! 私にそんな言い訳が通用するか! 十将神の面汚しがッ!」

「ま、全く記憶にないこと言われてるのにぃん……心がザワついてしかたないわぁん……うぐぐぅん……」

 精神をかき乱されたせいか、発射寸前だった赤光が消え失せた。阿澄は頭を抱え、悶えるように空中で身体をグルグル回す。

「私はお前の主だぞ! なんでも知っている! 他にも言ってやろうか!」

「あああああああ! やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!」

 阿澄は黙れとばかりに、持っている杖を那鷹に向かって投げつけた。

 だが、動揺しているせいか、その杖は大きく逸れてしまい、別方向のベンチに向かって行き――あっさり掴まれた。

 言わずもがな、そこには発作の治まった洋明が立っていた。

「また会うとは思わなかったぞ」

「ううっ!?」

 再び阿澄が両手で頭を抱える。忘れていても身体に刻まれた記憶が阿澄を震え上がらせ、「洋明にまたタイキックされるぞ」と、本能が警告していた。

「こ、ここで決着をつけるのはやめといてあげるわぁん……」

 ビビった阿澄は踵を返す。

「私を倒したかったらお城までくるのねぇん。他にも姫様護衛五人衆が待ち受けて――」

「ふんッ!」

 洋明は有名投手もかくやというくらい振りかぶると、杖を城に向かって思いっきり投げつけた。

 杖はまっすぐ城に向かって行き――城が崩壊した。

「……え?」

 ゴゴゴゴォ……と崩壊音が遅れて聞こえてくる。信じがたい光景に阿澄は目をぱちくりさせた。

 理屈はわかる。洋明の投げた杖が隕石のように城へブチ当たったから崩壊したのだ。だが、そんなの『右足が沈む前に左足をあげれば水面を歩ける』くらい乱暴な理論である。納得するのはとっても難しい。

「し、信じらんなぁい!? これマジなのぉん!? この男ってばマジでやったのぉん!?」

「城へ行く理由などない」

「……お城に彼女がいたらマズいのでは?」

 アルジャイヌのツッコミに、洋明はチッチッチと指を振る。

「彼女の気配をオレが察知できないとでも?」

「あ、はい」

 洋明の言い分は本来なら意味不明だが、彼女に関することなら謎の説得力が生まれるので、アルジャイヌは納得した。

「こ、これからどうすればぁん……城に帰らないと……そうしなきゃいけないのにぃん……いや、まずは倒すべき……そうよぉん! 倒すべきだわぁん!」

 混乱する阿澄が指先を洋明に向けたその時、直上に浮かんでいる雲がチカリと光った。

「ッ!? 逃げろ阿澄ッ!」

 那鷹は即座に異変に気付いたが、すでに遅かった。

 アイダライの時と同じく、暗雲からの落雷が阿澄に直撃した。

「がぁうんッ!?」

 落雷をくらった阿澄が石畳の上に落下する。パチパチと全身から火花を散らして「きゅうん……」と声を漏らして気を失った。即死はしてないものの、無事とは言い難い。

『赤いビームなんて撃ってはダメ。悪い魔法使いはそんなの使わないの。あなたが使うのは今みたいな雷よ』

 広場の中央に立つ街灯から、高貴な女性の声が響く。どうやら、この街灯にはスピーカー機能があるらしい。

『もー、ちゃんとやってよね。ワタシの命じた通りのキャラができないヤツにはお仕置きなんだから』

「私の部下を好き勝手してくれたのはお前か!? むっ!?」

 その時、周囲から以前見た黒いロボット達がワラワラと現れた。

 だが、攻めてくる様子はない。三人を逃がさないように、広場を囲むように円を描いてジッと立っているだけだ。

「……どういうつもりでしょう?」

「オレにぶっ飛ばされに来たワケではないようだ」

 拳と首をゴキゴキと鳴らし「っし」「ふー」と息を漏らす洋明は臨戦態勢バッチリだ。だが、相手の行動が読めない時に突っ込むバカではないので、警戒するにとどめていた。

「ミルアンリーデサマノオナーリー」「オナーリー」「オナーリー」「キャー! ミルアンリーデサマー!」「ナデナデシテー!」

 円を描いていたロボットの一部がはしゃぎながらも、出迎えるように横へ避けて整列する。

 すると、その先からけたたましい音を立てて馬車が走ってきた。

「……馬車?」

 時代錯誤な乗り物の登場にアルジャイヌは首を傾げていると、毛並みの美しい白馬が、豪華な装飾が施された箱型車両を引いて広場へと入って来る。

 ちなみに馬車が現れた時、洋明から世界を包まんとする憎悪が発せられたが、ほんの一瞬だったためアルジャイヌと那鷹は気づいていない。

 御者は広場を取り囲むのと同じ黒いロボットで、そのロボットが執事さながらに車両のドアを開ける。

「あなた達がワタシの王国を荒らすイレギュラーね」

 ロボットの手を取り、優雅に降りてきたのは真紅のドレスを身に纏った女性、ミルアンリーデだった。煌びやかなネックレスや指輪を身に着け、王女と呼ぶに相応しいオーラを放っている。

 だが、そんなのどうでもよくなるくらい、ミルアンリーデにはある特徴があった。

「ほら見ろ! 私は嘘を言ってないだろうが!」

「たしかに那鷹ちゃんの言った通り……麻生の彼女そっくりですね」

 そう、ミルアンリーデは纏う雰囲気こそ違えど、その姿は彼女そのものなのだ。

 ただ、胸に刺さっているはずの儀礼剣が見当たらない。抜いたのだろうか? 目を覚まし、二本の足で立っているのはそういうことかもしれないが――

「って、そんなのはどうでもいい!」

 那鷹はミルアンリーデを睨みつける。

「アイダライと阿澄に雷を落としたのはお前だな!」

「あいだらい? あすみ?」

 ミルアンリーデは一瞬キョトンとしたが、すぐに「ああ」と呟いた。

「このエレンピオレでは部外者とキャラ逸脱行動をした者に、落雷かロボットでお仕置きする決まりになってるの。ワタシの王国をつまらないことで壊されたくないからね」

「そんなの知るかッ! お前の勝手で私の所有物を傷つけられた! それに私を……え、園児にしようとするなどッ!」

 身体をワナワナと震わせながら、那鷹は両手を握りしめる。

「郷に入っては郷に従わないといけない。何も知らずここへやってきたあなたが悪いわね」

「意味のわからん勝手を抜かすなッ!」

 部下と自身の尊厳を傷つけられた那鷹は怒りが限界突破だ。

 幼女になっていることも忘れてミルアンリーデに殴りかかる。

「待って那鷹ちゃん!」

「止めるなっ! アイツは許されないことを――」

「忘れたんですかッ!」

 アルジャイヌはちょいちょいと那鷹を突くと、人差し指である方向を指す。

 そこにはムッツリ顔で感情の読めない洋明が立っていた。

「あの人、麻生の探してる人なんですよ! 殴りかかろうとするだけでもズタボロにされますよ!」

「ぬぬぬ……」

 たしかにその通りなので、那鷹は思いとどまる。

 しかし、洋明はいつまで経っても動かない。

「……アソウのヤツどうした?」

「ビックリして固まっちゃった、とか? 一週間の断食後にカツ丼食べたら大変なことになるのと一緒で」

「拳を振り上げて竜巻を起こすヤツがそんなタマか?」

 アルジャイヌと那鷹は、改めてジッとしたままの洋明を見る。

「…………」

 洋明はさっきと同じムッツリ顔のまま。怪しむでもなく喜ぶでもなく、無言のままミルアンリーデを見ている。

 おかしな緊張感が辺りを支配し、アルジャイヌと那鷹は唾を飲み込む。

 数秒が数分にも感じられるような空気の中、洋明が口を開いた。

「お前は誰だ?」

 その声は偽物と断じる冷たさが込められていた。

 アルジャイヌと那鷹は「え? 違うの?」と、洋明とミルアンリーデを交互に見比べる。

「ロボット達がワタシをなんと呼んでいたか聞こえなかったのかしら? ていうか、見ず知らずの輩に名乗る義務なんてないんだけど?」

 洋明とミルアンリーデは火花を散らして睨み合う。

「あらら、いけないわ。ごめんなさいね。あなたと喧嘩したいワケじゃないのに」

 口元に手の甲を持ってきてフフフとミルアンリーデは笑う。

「あなたはワタシの――」

「お前は鉄仮面を知っているのか?」

 ミルアンリーデの言葉を遮り、洋明が鋭く問いかける。

「てっかめん? 誰それ?」

 心当たりが全くないのか、ミルアンリーデは訝しげな視線を向けてくる。

「……ならばお前に用はない」

 洋明はくるりと踵を返した。

「ここに来たのは無駄足だったようだ」

 洋明は仕切り直しとばかりにため息をつくと、那鷹とアルジャイヌのそばにやってくる。

「いくぞ。次の手がかりを探す」

「え? もういいんですか?」

 あっさり引いた洋明にアルジャイヌが首を傾げる。那鷹の時と全然違う扱いだった。

「知らないと言っているんだ。なら、これ以上は無駄でしかない」

「ははーん、わかっちゃいましたよ。彼女さんに似てる女性には酷いことできないと。甘くなるのも仕方ありませんね」

 アルジャイヌは納得したように頷く。

「無駄口は南極の海に沈むと直るらしいぞ。サメ釣りをしたいと思っていから一石二鳥だな」

「なんでそうなるんですかッ! ちょっとからかっただけじゃないですか! 私と麻生のコミュニケーションじゃないですかッ!」

「不死身は活用しないともったいないぞ」

「やだーッ! 自分が餌になって釣った魚なんて食べたくないー!」

 洋明にムンズと掴まれてアルジャイヌはジタバタと暴れる。

「何処へ行こうとしているのかしら?」

 ミルアンリーデが軽く手を上げると、去ろうとする三人の前にロボット達が立ち塞がった。

「帰っていいなんてワタシは言ってないわ」

「どうしてお前に許可を取る必要がある?」

 再び洋明とミルアンリーデの間で火花が散る、が。

「あなたはワタシの王子様なのよ! いなくなるなんて許さないわ!」

 そう言った瞬間、ミルアンリーデの目尻がふにゃりと思いっきり緩み、つんけんどんな態度が消え失せる。組んだ両手を頬に添え、うっとりした表情で洋明を見つめた。

「冷たい態度をとってごめんなさい。ワタシ、ロボット以外と話すの初めてだから緊張しちゃって……」

 指をツンツンしながら、落ち着かない視線を何度も洋明に向ける。

「王子様……ワタシを迎えに来てくれた王子様! キャー! 素敵! 素敵だわー!」

 そして、なんか勝手に盛り上がって何度もピョンピョンとジャンプする。

「おい、今何が起きてるんだ?」

「奇遇だな。私もお前と同じ疑問を抱いているぞ」

「私も右に同じです」

 ミルアンリーデのキャラ変に三人はついていけず事態を眺めるしかできない。

「大好きな絵本に出てくる王子様……その王子様がいつかこのエレンピオレに来てくれないかって思ってたの。そのためにワタシと王子様を祝福する人々や、王子様に試練を与える魔法使いとか、身分を隠して幼稚園で働く王子様の姉とか、王子様に助けてもらったことがある妖精の国出身の幼女とか、色んな役割と出来事(イベント)を作って、王子様とワタシは刺激ある暮らしを続けていくの」

 目をキラキラさせながらミルアンリーデはコクコクと頷く。

「……私、幼稚園の先生と見せかけて、麻生の姉にされそうになってたんですか?」

「このボケ姫ぇッ! 脳内の花畑を現実にするために私を洗脳しようとしたのか!? これがロボットの言ってたことの真相かッ!?」

 危なすぎる妄想の現実化に、アルジャイヌと那鷹の二人は背筋を震わせる。

「そこの二人が役割に徹して(洗脳できて)ないけど、まあそのくらいは許容しましょう。そんな些末なことより、まずはワタシと王子様の出会いを喜ぶべき! そうでしょみんな?」

 ミルアンリーデは周囲を囲む大量のロボット達に同意を求めるように告げる。するとロボット達は口々に「ソウデスヨー!」「シンイリハコキツカエー!」「ヒメサマニドウイ!」「タリメーッスヨー!」と盛り上がりながら返答する。完全に茶番だった。

「えっと名前はなんて言うのかしら? ミリアルドでいいか。これからはずっとワタシと一緒よミリアルド」

「オレは麻生洋明だ」

 ニコリと笑顔を向けるミルアンリーデを洋明は真顔で否定する。

「やーん! 冗談よー! 怒った顔のヒロアキってばかっこいいー!」

「アソウはお前に呆れてるだけだぞ」

 那鷹が冷静にツッコミを入れるが意味なし。全身でハートマークをまき散らすミルアンリーデは聞いていない。

「さっそくお城に帰りましょうヒロアキ。いっぱい愛を育みましょうね」

「その人、ミルアンリーデさんのお城を崩壊させた張本人なんですけ――ど?」

 瞬間、アルジャイヌは幻でも見ているかのように目をパチクリとさせた。

「お城が……建ってる? え!? どういうことですか!?」

 ミルアンリーデの城を洋明が破壊したのは、はっきりとアルジャイヌは目撃している。

 だが、城は無傷で建っている。アルジャイヌが見たのは夢だったとでも言うように、堂々とその姿を見せつけていた。

「ど、どうして城がある!? 間違いなくアソウがぶっ潰したはずだぞ!?」

 すぐに那鷹もその事実に気がつく。

「そんなの簡単よ。よく見ればわかるわ」

 ミルアンリーデが手を叩くと、一体のロボットがアルジャイヌと那鷹のそばにやってきて、オペラグラスを差し出した。

 二人は渡されたオペラグラスを覗いて修復された城を見る。

「……ロボットがいますね」

「アイツらこんなスピードで修復できるのか……」

「修復でも建築でも、なんでもロボット達にお任せよ。伊達に南極の一部を改造してエレンピオレを創ってないわ」

 愕然とする二人を横目に、ミルアンリーデは口元に手を当てて「ウフフフ」と笑いながら胸を張る。

「さあ帰りましょうヒロアキ!」

 アルジャイヌとの話はつまらないとばかりに、ミルアンリーデは洋明に手をのばす、が。

「オレには付き合っている彼女がいる。どうしてお前と行かねばならない?」

 その手は優しく払われた。

「オレはさらわれた彼女を探さなければならない。鉄仮面に死よりも深い闇をくれてやらねばならない。何よりオレはお前を愛していない」

 完全なる拒否の言葉。隠すことなくハッキリと、洋明はミルアンリーデに自分の気持ちを告げた。

「男なら他を当たれ。それがお前のためだ」

 お前を好きになることはないと、洋明は容赦なくミルアンリーデをフッた。

「……うう」

 たちまちミルアンリーデの目に大粒の涙がたまり、緊張感が空気を張り詰めさせる。

「別にボケ姫に同情するつもりはないが、もう少しマシな言い方があるんじゃないか?」

「麻生は彼女一筋なんですよ? ミルアンリーデさんに気を持たせてはいけません。ハッキリ振ったのは正しいです」

「だが、これがボケ姫の初恋だったらずっと引っ張るぞ?」

「逆ですよ。ここまでハッキリとフッてくれたんです。次の恋はすぐに始められます」

「お前、結構ドライだな」

「那鷹ちゃんが感情よりの考えなのが意外です」

 なんか背後でボソボソと恋愛論が聞こえてくるが、洋明は真顔のままで気にしていない。

「ダメ! ヒロアキはワタシと添い遂げるの!」

「聞こえなかったのか? オレが好きな人は別にいる――」

「来て! メカアソウーー!」

 聞き捨ててはならなそう名前が、ミルアンリーデの口から飛び出た。

 洋明と那鷹、特にアルジャイヌは目を大きく見開いて驚く。

「メカアソウ!? そんな! 全て廃棄されたはずです!」

「何か知っているのかエセシスター!?」

 那鷹がアルジャイヌに詰め寄ろうとしたその時、広場上空の雲が割れた。円形の神々しい光が射し、スポットライトのように洋明を照らす。

 どうして洋明にと、那鷹やアルジャイヌが頭上に「?」を浮かべたと瞬間。

 洋明の立っていた地面が爆発した。

「くっ!?」「うわわっ!?」「あーれぇぇぇん!」

 吹き荒れる爆風に那鷹とアルジャイヌは思わず目を覆う。あと、爆風で阿澄はどこかに飛んでいった。

「以前、私はワンオフのように性能を特化させたロボットを作ってました。それらは麻生シリーズの前身、メカアソウと呼ばれていました。でも、転移復活の理論がわかってからは、メカアソウを作る必要がなくなり全て廃棄したんです……南極に」

「ペンギンが怒り狂う発言だな」

「だ、だってバリバリ違法なことして作ったロボですし! 球形ガスホルダーがいっぱいになるくらい作っちゃったし! 多すぎるから表だって捨てられないし! でも、安心してください! メカアソウの素材はバイオ鉄鉱石ですから! スクラップになれば数日で自然と雪になっていきます! 南極の環境に影響はしません!」

「バイオで鉄鉱石で雪になる……どういう理屈でそうなるんだ?」

 那鷹じゃなくても全くもって意味不明だが、ここで知識探求を満たす意味はない。

 爆煙が晴れていき、メカアソウの姿が次第に見えてくる。

「メカアソウ……オレとは全く似つかんな」

 少し離れた場所に無傷で立っている洋明も見えた。

「予想通り無事でしたね」

「アソウがあの程度でやられるワケないからな」

 アルジャイヌと那鷹は当然のごとく呟いた。

「我が名はメカアソウ。ここに参上デス」

 煙が晴れた時に見えたのは三人がよく知る外見だった。

 円形のシンプルなデザインに輪っか状のアームにホース状の脚部とまん丸な足。首をグルグルと回し、目がパトカーのように点灯しているのは他のロボット達と変わらない。サイズも同じで、特別な武装があるワケでもない。

 だが、一つだけメカアソウには他のロボットと違うところがあった。

 それは塗装だ。真っ黒なロボットとの違いを示すように、メカアソウの塗装は真っ赤だ。夕陽のようにギラつく機体は、触れた者を灼きつくす熱をその身に湛えているようだった。

「ミルアンリーデ様。今回の使命をお聞かせくだサイ」

 目をペカペカと点滅させて、メカアソウは主の前で膝を曲げた。

「やっと見つけたワタシの王子様がこの場から去ろうとしているの。止めて」

「それは私にやり方を任せる、ということでよろしいですカ?」

「ええ」

 ミルアンリーデは洋明をチラリと見て、フフフと笑う。

「あなたならワタシと王子様を絵本のように添い遂げさせてくれる。そうよね?」

「これはこれハ。主からそう言われては期待に応えなければなりませんネ」

 頭をかきながらメカアソウは立ち上がり――その姿を消した。

 もちろん本当に消えてしまったワケではない。

 あまりの超スピードでその姿が消えたように見えただけだ。

 そして、そんなスピードに反応できるのはこの場でたった一人である。

「それで奇襲したつもりかッ!」

 背後に現れたメカアソウの一撃(アーム)を洋明は両手で受け止めた。そのまま押し出すように払うと、流れるように拳をメカアソウに叩き込む。

「……どうやらポンコツ達とは違うようだ」

「さすが姫様の王子ダ。いい拳をしてイル」

 いつもならここで終わりだが、メカアソウはひと味違った。さっきの真似とばかりに、放たれた洋明の拳を難なく受け止めたのだ。

 メカアソウは得意げに目を点滅させる。

「ではギアをあげるとしまショウ」

「むっ!?」

 真っ赤な全身をさらに赤く染めるように灼熱の炎が燃え上がった。その炎はメカアソウの強さが数段階上がったことを示していると、洋明の直感が警告する。

「さあ続きをしましょうカ――ん?」

 炎の身体で二撃目を叩き込もうとアームを振りかざしたメカアソウだったが、目の前にいたはずの洋明の姿がない。さっきのメカアソウと同じく、超スピードで姿を消したのだ。

「やれやれ、私の真似とは芸がナイ」

 だが、洋明が見切れるならそれはメカアソウも同じ。メカアソウは頭上に両アームを交差し防御の態勢をとった――が。

 脇腹を思い切り蹴り上げられて盛大に吹っ飛ぶ。

 得意げな顔をしていたが、完全に虚を突かれていた。

「「メカアソぉぉぉぉぉぉウ!」」

 そのマヌケさに、アルジャイヌと那鷹は思わず声を揃えてツッコんだ。

 洋明の攻撃はクリティカルヒット。メカアソウはパチンコ玉みたいにガンゴンガンと住居を壊しながら跳ね回り、最後は頭から地面にめり込んで止まった。あと、炎は消えた。

「完全にコントだったな」

「今回も早かったですねー」

 めり込んで動かないメカアソウを見て、アルジャイヌと那鷹はやれやれと息をつく。いつものごとく洋明の勝利だった。

 洋明は埃を払うように両手を叩き、この場を立ち去ろうとする。

「どこへ行こうと言うのデス?」

 突如、洋明の背後にメカアソウが現れていた。

 闇に溶け込み獲物を待ち受けていた狩人のように姿を晒し、洋明の背中にアームを構える。

「ぐっ!?」

 アームをブチ当てられ、今度は洋明が盛大に吹っ飛んだ。

 メカアソウの攻撃もクリティカルヒット。洋明もまた、住居を壊しながらパチンコ玉のように跳ね回り、最後は頭から地面にめり込んで止まった。

「アソウが明確なダメージをくらったぞ!?」

「これは初めての展開ですッ!」

 那鷹もアルジャイヌも驚きを隠せない。いつものノリなら攻撃をくらっても微動だにしないとか、そもそも敵の第二撃がくるわけないとか、洋明の圧勝で終わるはずなのだ。

 なのに、天下無敵の洋明に一撃を加えられる者がいようとは。

 さっきのギャグシーンが嘘のようだった。

「やられたらやりかエス。それが私のモットーなんデス」

 アームをグルグルと回転させながら、得意気に目を点滅させると、メカアソウは一仕事終えたようにため息をつく。

「でも、コレで終わるあなたじゃないですヨネ?」

「当たり前だ」

 いつの間にか、洋明がメカアソウの正面に立っていた。負傷した様子はない。口元についた汚れを拭いながらメカアソウと対峙する。

「…………」

「…………」

 洋明とメカアソウの両者は全く動かない。互いの隙を探っているようで、瞬きも点滅もなく、ただ睨み合っていた。


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