第4話 アソウさん、敵のアジトに殴り込んでボスを仲間にしちゃう
大広間の天井にはいくつものシャンデリアが豪華に輝いていた。
光が宝石のように反射し、部屋全体を明るく照らしている。床は滑らかな大理石で覆われ、その硬質な感触が空間の荘厳さを際立たせていた。
シャンデリアから吊されたクリスタルの飾りが揺れるたび虹色の光が壁に美しく映り込み、まるで絵画の中にいるような幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「ということがあったの那鷹様ぁん。その麻生洋明って男のせいで……その……帰ってきちゃったのぉん……」
壮麗な大広間の中央、玉座に座る女性に向かって、阿澄は頭を下げていた。
「つまりお前は麻生洋明というヤツのせいで伊藤部隊を始末できなかったどころか、尻を蹴られて帰ってきた。そんな無様をさらしたというわけだな」
腰まで届く長い黒髪にフリルが目立つ華美なドレス。
昨日三十九歳の誕生日を迎えたこの痛々しい女性こそ、正常異常集団の幹部にして、日本を支配する女王那鷹である。
「そ、そうなんだけど~。私も頑張ったっていうかぁ~ん。あんなヤツがいるとは思わなかったっていうかぁ~ん?」
「私はジョークを聞きたいワケではないのだが?」
阿澄が必死に弁明するも那鷹は聞く耳を持たない。肘掛けに頬杖をつき、余裕たっぷりの悪意を漂わせながら、阿澄を冷ややかに見下していた。
「私の戦車隊を全滅させるヤツには天誅が必要だ。だから信頼ある阿澄に任せたが、まさか裏切られるとはな。嘘までつかれて私は悲しいぞ」
ワザとらしい嫌味が、大広間の静寂を切り裂くように響いた。
「最近十将神を九将神にしていいのではと思っていてな。ああ、誤解しないでほしい。私は十将神全員を愛している。消したいなど思っていない。だが、私の命令を遂行できず、情けない言い訳をするヤツがいるのではやるしかないんだ。悲しいな」
「ちょ、ちょっとまって那鷹様ぁ~ん!? 別に九将神にする必要なんてないと思うのぉん。ほらほら、私がいたらその……お肉焼くのに困らないわぁん。キャンプでいくらでもバーベキューできるわよぉん?」
足下に水溜まりができるくらい汗をかきながら、阿澄は苦しすぎる言い訳を並べた。
「私は阿澄を消すと言った覚えはないが、なんだ? 九将神になったら消される自覚があるのか?」
「えっ? い、いや~、最近の那鷹様ってお肉食べてないから、ちょっと心配だなーってぇん」
パワハラ全開発言に阿澄はしどろもどろに返す。
「し、信じて那鷹様ぁん! 本当なのぉん! 麻生洋明って男が戦車隊を壊滅させたのぉん!」
「そうか。で、どうやれば生身の男が武器もなしに三千両の戦車を壊滅できるんだ?」
「み、見てないけどぉん……私の光線が効かないヤツだから三千両くらい楽勝よぉん」
阿澄は真実を語っているのだが、那鷹の目はずっと不審なまま変わらない。
那鷹は大きくため息をついた。
「いい加減しろ阿澄。蹴っただけで私の城まで吹っ飛ばせる芸当が、十将神と総統以外にできるワケないだろう。怒らないから本当のことを言え」
「嘘じゃない嘘じゃない! 麻生洋明が蹴って殴って戦車を破壊したのぉん! 私の攻撃が全然効かなかったのぉん! お尻蹴られて吹っ飛ばされちゃったのぉん! 全部本当なのぉん!」
「……わかった信じよう」
慌てふためく阿澄を諫めるように那鷹は頷いた。
「阿澄が負けて帰ってきたのは真実だ。ザコ側に十将神を倒せるヤツがいるのは間違いない」
「な、那鷹様ぁん……」
ようやく信じてもらえたと、阿澄はホッと息をつく。
那鷹はそんな阿澄を見てワザとらしい笑みを浮かべた。
「だが、強いということしかわからなかったとはな。くだらない情報だけ持ち帰ってありがとう阿澄。負けて帰ってくるだけなら畜生でもできる。そんな畜生十将神はリゾートしてくるといい」
「え? それってどういう……」
那鷹がパチンと指を鳴らすと、阿澄の足元に綺麗な楕円形の穴が開いた。
続けて「南極行き」と書かれた立て札が床からニョキッと生える。
「南極!? あああれぇぇぇぇぇぇぇぇ~ん~!」
足元に気づいた時にはもう遅い。
阿澄は奈落の底へ落ちていった。
「全く阿澄のヤツめ。通販で戯れに買った南極ワームホールを使う日が来るとはな」
「――少し甘いのではありませんか那鷹様」
那鷹の影の中から音もなく銀髪の男が現れた。
佐藤茂。影の中に潜み、那鷹をそばで護衛する十将神の一人である。
「敗北者など十将神に不要。消去して当然かと思いますが」
「阿澄は獲物を前に舌なめずりするクセさえなくなれば一皮剥ける。しばらく南極で猛省させるくらいが丁度いい。今回のは良い機会だ」
那鷹は「甘いか?」と茂に視線を向ける。
「那鷹様がそれでよいのなら、私からは何もありません」
「十将神にはまだまだ働いてもらわねばならん。元を取るまでは消去せんさ」
那鷹は「ふん」と鼻を鳴らした。
「しかし抗戦派が阿澄を退けるとは……麻生洋明か。向こうは随分な変わり種を仲間にしたようだ」
「阿澄の言っていた者ですか」
「十将神を退けたザコ共は今頃調子に乗っているだろう。士気は限界突破し、私に勝てると思っているはずだ。私はそれが非常に気にくわない」
那鷹は胸の前で、パチンと大げさに手を叩いた。
「集え十将神! 今からイレギュラーである麻生洋明を叩き潰す!」
「那鷹様。申し遅れましたが、阿澄がいないので現在は九将神です」
「お前、細かいな」
茂に訂正され、那鷹は小さく舌打ちしながら言い直す
「集え九将神! 今からイレギュラーである麻生洋明を叩き潰す!」
那鷹率いる九将神。
それは最強の配下にして、人外の力を持つ者達だ。
日本各地に散らばる彼らを一堂に集めるのは、実に十年ぶりのことだった。
「再演たるは良縁たる梨岡大樹!」
那鷹の呼びかけに応じて、大広間の一角がボコりと盛り上がる。
そのまま大理石の床を突き破りながら、奇声を上げる中年男が勢いよく飛び出した。
腰に一枚の布を巻いただけの、筋肉ムキムキマッチョのほぼ全裸中年男が、両手で力いっぱいドラミングする。
「おんな! せっくす! しそん! おんな! せっくす! しそん!」
モグラのように地中を自在に旋回し、その地中に敵を引きずり込み自由を奪うのが梨岡の得意技だ。
そのため単独行動が多く、会話も苦手で、本能のまま言葉を発してしまう九将神の一人である。
「森羅万象揺らすがごとく真田伸!」
那鷹の呼び声と同時に大広間の壁に大きな亀裂が走り、その裂け目から勢いよく人影が飛び出した。
タキシードにマント、眼帯にフィンガーレスグローブという、厨二病の装いをした男が堂々と降り立つ。
「真田はここに! 記念すべき一万人目の死者を今ここに捧げよう!」
真田が現れる場所では地割れが次々と発生し、戦った者はもちろん、戦ってない外野まで地割れに飲み込まれ消え失せる。
そのため梨岡大樹と同じく、常に単独行動を強いられており、甘えられるのは抱き枕だけという、悲しき運命を背負った九将神の一人である。
「虎に翼に竜に頂きアイダライ!」
那鷹の呼び声と同時に、大広間の天井が轟音とともに崩れ落ちる。
そこから二十メートルを超える巨大な竜が、二本足で堂々と降り立った。
「アイダラアアアアアイ!」
咆哮とともに吐き出された炎は鉄すら溶かし、並の要塞なら一吹きで溶解させるほどの威力を持つ、
煮干しをバリバリ食べるのが大好きで、線香花火の寂しさが苦手という、世にも珍しい竜の九将神だ。
「沈黙たるや絶唱の音田正彦!」
那鷹の呼び声と同時に、大広間の窓ガラスが一斉にパァン! と弾け飛ぶ。
その破片の向こうから、翼を広げたコウモリを思わせる、逆三角形の体躯をした男が現れた。
全身を包帯とマフラー、そしてガムテープでぐるぐる巻きにしたその姿は、脱ぐのも着るのも一苦労に違いない。
そんな大変奇妙な装いの男が、無言のまま大広間に降り立つ。
(ワガオンパ、ケンザイニゴザイマス)
音田の声はあらゆる物質に致命傷を与える音波であり、直接話かけられた相手は全身から血を吹き出して死ぬため、大変危険極まりない。
本当はおしゃべり好きであるにもかかわらず、周囲への気遣いから無言を選ぶ、そんな優しい九将神の一人である。
「それ極まるは忠誠か波崎茜!」
アイダライが破壊した天井の裂け目から、凜とした風貌の女性が優雅に飛び降りてきた。
銀色のプレートアーマーをピッタリとフィットさせ、白く美しい脚線美を際立たせながら着地する。
「波崎茜、ここに参上ですわ」
忠誠心なら誰にも負けないと自称しており、那鷹に危害を加える者は神だろうと許さない。
他の九将神と違って特筆すべき能力はないが、腰に携えた七支刀とお嬢様言葉で個性を演出している。そういう頑張りをしているも、他と比べて地味な印象が拭えない九将神だ。
「ハハハ! これだけの九将神が集まるとは何年ぶりだろうな!」
「十年ぶりです」
「悦に浸ってる時にはっきり言わんでいい」
空気を読まず即答する茂に軽く注意しながらも、大広間を破壊しつつ集結する九将神はすでに六人。
麻生洋明に対する万全の布陣が着々と整いつつあった。
「短い春を謳歌しておけイレギュラー。直に十将神がお前をボロ雑巾にするだろう。フハハハハ」
「那鷹様、九将神です」
「お前、その細かさ嫌われるぞ」
茂から冷静なツッコミをされつつも、那鷹は高ぶる感情を抑えられず声高に叫ぶ。
「戦慄絶叫ターザン鈴木恭子!」
七人目の九将神を呼び出す声が大広間に響き渡る。
これから麻生洋明は女王を楽しませるための生贄となる。
那鷹は麻生洋明がどんな顔で命乞いをするのか。それを想像するだけで胸が高鳴って仕方なかった。
「……ん? 恭子? 出てこい鈴木恭子!」
必ず扉を蹴り飛ばして登場するはずの鈴木恭子が現れない。
九将神はどこにいようと、必ず那鷹の呼び声に応じて駆けつける。
だが、今回はその必ずが何故か起きなかった。
「きょうこ! おわび! せっくす! きょうこ! おわび! せっくす!」
「一万人目の死者がまさか同僚になるとはな……」
「アイダラアアアアアイ!」
(オトコズキノロクデナシデスカラナァ)
「那鷹様が呼んでいますのに来ないなんて死刑ですわね」
鈴木恭子が姿を現さないことに、集まった九将神達は次々と悪態をつく。
「私の呼びかけに答えないとはな……恭子も南極行き決定だ」
那鷹は苛立ちを隠さず次なる九将神、八人目の激震激戦激動だ品川加恋を呼ぼうとした時。
正面にある大広間の扉が轟音と共に吹き飛んだ。
「「「「「!?」」」」」
(!?)
「アイダライ?」
吹き飛んだ扉が、那鷹の方へ猛スピードで迫る。
「那鷹様ッ!」
茂が即座に身を挺して那鷹の前に立ち、両腕で扉を受け止める。
勢いを殺された扉は、ガランと音を立てて床に転がった。
「ご無事ですか!?」
「さすがだな茂、助かったぞ」
茂を含む九将神達は、主に怪我がないことを確認し安堵の息をつく。
「何をしているのですか鈴木恭子! 登場の際に主を傷つけようとするなど! この波崎茜があなたを処刑します!」
波崎は剣を抜き、暗くて見えない扉の向こうへ七支刀の切っ先を向ける。
こんな登場は鈴木恭子で間違いない。誰もがそう思った。
だが、現れた鈴木恭子の姿はいつもと違っていた。
「みんな……逃げ……て……」
知らない男に頭を掴まれ、全身をダラリと脱力させて、なんか不吉なことを呟いていた。
「処刑されるのはお前達だ」
男がゴミでも捨てるように恭子を放り投げる。
恭子は受け身も取れずに床を転がり、そのまま動かなくなった。
「鉄仮面の居場所を教えてもらおうか」
誰も答えない。沈黙が大広間を支配する。
その中心となった男、麻生洋明は微動だにせず、まるで嵐の静けさのように立っていた。
「何故黙っている? オレの後ろでウサギがワルツでも踊ってるのか?」
洋明に答える者はいない。
九将神達は無言で臨戦態勢を整え、那鷹は玉座へ一歩下がる。
那鷹と九将神達は、もう恭子は二度と目覚めないと直感で理解していた。
「そうか。それがお前達の返答ならばこの麻生洋明が――」
素手で戦車を破壊した洋明が挑発するように小さく手招きする。
「死よりも深い闇をくれてやる」
その決め文句を合図に、九将神達が一斉に飛び出した。
「ぼうりょく! ぜつりん! ばいおれんす!」
「光栄に思え一万人目の死者よ!」
「アイダラアアアアアアアアアイ!」
(オシャベリサセテェェェェェェ!)
「忠誠の剣をうけるがいいですわ!」
「那鷹様に逆らう者は死すべき!」
梨岡大樹は両手を組んで洋明を叩き潰そうとし。
真田伸は洋明のそばに地割れを作ろうとし。
アイダライは洋明にめいっぱい炎を吹こうとし。
音田正彦は洋明の耳元で思い切り叫んでやろうとし。
波崎茜は洋明を剣で滅多打ちにしてやろうと地味な攻撃をしかけようとし。
茂は姿を消して洋明を闇討ちしようとし。
それらは全て失敗した。
「ふんッ!」
洋明が拳を振り上げると突風が渦を巻き、巨大な竜巻が発生。
九将神達はその竜巻に飲み込まれ、洗濯機に放り込まれたかのように空中で回転した後、そのまま四方八方へと吹き飛ばされてしまった。どうでもいいが、その中には倒れていた鈴木恭子の姿もあった。
「「「「あ~~れ~~~」」」
(ウヒョォォォォ~)
「ア~イダラ~~~~イ」
その声(音田は脳内)を最後に九将神達は星になる。当然、帰ってくる者はいなかった。
ああ、なんたることか! 麻生洋明に為す術無し!
九将神達はまとめて撃沈だ!
「ば、バカな!?」
那鷹は目の前で起こったことが信じられず、負け確セリフを言ってしまう。
「あ、ありえん……十将――じゃなかった、九将神がこんなあっさりと……」
ワナワナと身体を震わせる那鷹だが、悲しいかな。これは現実であり結果である。
「……フフフ。なるほどな。お前の強さはよくわかった」
那鷹は顔を俯かせ、不適な笑みを浮かべる。
全ての九将神達がいなくなり、洋明に対抗する術はなくなった。
だが、何故か那鷹から余裕は消えていない。
「光栄に思え麻生洋明! 切り札である十一体目――じゃなかった、十体目の九将神を見るのはお前が初めてだ!」
那鷹が手を掲げると、知らない紋様で描かれた召喚陣が大広間を覆うように展開される。
「来い! 現世断罪機構・菓災奈津巳――」
「えいっ!」
突如、背後から現れたアルジャイヌが、ペン型の注射器を那鷹の首筋にプスッと押し当てた。
中にある透明な液体が注がれていき、慌てて那鷹はその場から飛び退くが、時すでに遅し。
同時に、広間を覆っていた魔法陣は音もなく消え失せた。
「なっ!? ア、アル!? アルがどうしてここに!?」
首筋を押さえながら、かつてのバイト主が現れたことに那鷹は驚く。
そして、注射器の中身が空になっていることに気づいた瞬間、那鷹の顔はみるみる青ざめていった。
「わ、私に何をしたッ!? 何を打ったお前ッ!?」
「ここに辿り着くまでに二回死にましたッ! 痛かったよぉぉぉ~! ウェェェェン!」
注射器を放り投げてアルジャイヌは泣きじゃくる。
「泣いてないでさっさと答えろアル! 私に一体何を――」
ボンッ! と、突如那鷹の身体から真っ白な煙が噴き出した。
瞬く間に周囲を覆い尽くし、目の前にいたはずのアルジャイヌさえ見えなくなる。
「な、なんだこの煙はッ!?」
那鷹が狼狽する間も煙の噴出は止まらない。咽ることはないものの、あたり一面が真っ白になり、手足どころか何も見えなくなっていた。
どう考えても注射が原因だが、わかったところでどうにもならない。
「何が狙いでこんなことを……」
警戒する那鷹だが、すぐに煙は蒸発するようにスッと晴れていった。
少し離れた場所で訝し気な視線を向けるアルジャイヌと、眉をひそめて那鷹を見る洋明がいる。
「フ、フン……何をやりたかったのか知らないが失敗したようだな。意味不明な小細工をして――ん?」
声と身体に妙な違和感がある。服が床にズリ落ちそうになっており、明らかにサイズが合っていない。
那鷹はペタペタと自分の身体を触った後、ダブダブになった服から手鏡を取り出して自身を確認する。
そこに映っていたのは――幼女だった。
「なッ!?」
自身に起こった変化を認識した那鷹は驚愕の声を上げた。
「なんじゃこりゃああああああああああ!?」
小動物のように感じさせる背丈、つぶらな瞳と、あどけない顔にぴったりな可愛らしい声になっている。髪は肩まで綺麗に揃えられており、潤いのある唇と、柔らかく滑らかな肌はさっきまでの那鷹にはなかったモノだ。
その姿は周囲へ愛くるしさを振りまいており、尊厳や畏怖といったモノは完全に消え失せていた。
「バカなバカなバカなバカなバカなッ!?」
那鷹は手を掲げるが、出てくるはずの召喚陣が出てこない。幼女になったことで召喚力が失われてしまったのだ。
つまり、今の那鷹はただの可愛い幼女でしかない。
「そん……な……」
悲劇を信じられず、己の身体を何度もまさぐるが、いくら確認しようと幼女化した事実は変わらない。
次第にまさぐる手の力が失われて行き、那鷹は糸が切れたように膝から崩れ落ちた。
幼女化したことに絶望している那鷹の前へ、洋明はツカツカ歩いていく。
注射の効果は確かだったようで、那鷹からは完全に戦意が消えていた。もはや洋明の存在すら目に入っていないかのようだった。
「せっかくのもらいモノを使わないのはどうかと思っての作戦だったが、必要なかったな」
「私、二回も死んだんですけど!?」
「十将神……九将神と言ってたか? ソイツらはザコ同然で、女王本人もオレの驚異になり得なかった」
「もう一回言いますよ! 私、二回も死んだんですけど!?」
何てことない敵だったと真顔で語る洋明に、アルジャイヌは二度にわたってツッコミを入れる。
本来の作戦は洋明が九将神達と戦って時間を稼ぎ、その間にアルジャイヌが裏から回って那鷹に注射を打ち、無力化するというモノだった。そうすれば九将神の力は弱体化し、新たな召喚も封じられる。結果、勝利確定というはずだった。
だが、実際には洋明が一瞬で九将神達を蹴散らしてしまったため、そもそも必要なかった。そのため、召喚の方はいいとして、九将神弱体化は効果があったのか不明だ。
ちなみにアルジャイヌは、広間に忍び込んで那鷹に注射しようとしたところ、九将神の登場に巻き込まれて死亡し(だから注射タイミングが遅かった)、ここに来る途中でエンカウントした鈴木恭子の噛ませにされて死亡の、計二回死んでいる。
「言えッ! 鉄仮面はどこにいる!」
「うぎゃああああああああああ!」
洋明は那鷹の首根っこを掴むと、遊園地にある回転系アトラクションのようにグルングルン回しまくる。外見だけとはいえ、幼女に全く容赦しなかった。
「言うのが早いか! ゲロをまき散らすのが早いか! さあどっちだ!」
「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
傍から見ると虐待にしか見えないが、中身は大人だから問題ないとばかりに洋明の手は止まらない。上下左右に激しく揺さぶられる那鷹は、胃の中も内蔵も全部出てきそうな顔になっていた。
「い、言う……言うがらばなじで……」
「いいだろう」
とても幼女のする顔ではなくなった那鷹は、力尽きたようにその場に倒れ込む。
「鉄仮面は……総統の居場所はわからない」
「隠すとためにならんぞ」
洋明はズボンのポケットからスイッチを取り出しボタンを押した。
「ちょ!? なんで押すッ――!?」
ピー! と甲高い音が鳴った直後、アルジャイヌが爆殺された。ドォォォォンと広間に響く爆発音に那鷹は思わず身を竦ませる。
「あのエセシスターのようになりたくなければ、素直になったほうがいい」
悪魔のような目をして、洋明は那鷹を睨みつける。
目的のために相手を脅す必要があるなら、容易に仲間を爆殺できる。
アルジャイヌが不死身とはいえ、そんな非道を平然とやってのけるのが洋明だった。
「嘘じゃない! 嘘じゃない! 本当に私は知らないんだッ!」
洋明の剣幕に押され、那鷹は思い切り後ろへずり下がる。
「正常異常集団の幹部にシラを切らせると思うか?」
「ホントに知らないんだッ! あだっ!? 知らん知らん知らんッ! 知ら……うわぁーん!」
玉座にぶつかった後、緊張に耐え切れなくなった那鷹はついに泣き始めた。
「うわーん! うえーん! わーん! わーんわんわん!」
とても女王と呼ばれている者の姿でもなければ、することでもない。
哀れなり那鷹。プライドも尊厳も消え失せ、洋明の前で泣きじゃくるのはただの幼女だった。
「そのザマを見せれば、オレが立ち去ると思っているのか?」
洋明は一切の同情を見せず、泣き続ける那鷹の前に立ちはだかる。
やっと見つけた手がかりなのだ。簡単に諦めるワケにはいかない。
「オレは彼女を救うために鉄仮面を見つけねばならん! なんとしても居場所を吐いてもらうぞ!」
「ひっぐひっぐ……か、彼女?」
「この世の魅力を凝縮して形作られた存在だ」
洋明は胸ポケットから彼女の眩しい笑顔が写った写真を取り出す。ここに来るまでの道中、アルジャイヌに無理矢理作らせた一枚だ。崇めろといわんばかりに那鷹へ見せつける。
「写真だが彼女の魅力の億万分の一くらいは伝わるだろう。光栄に思え。お前は今、神を超越した存在と対峙しているに等し――」
「この女、少し前に南極で見たぞ?」
まさかの発言に洋明の眼がギョロリと那鷹に向けられる。
「見た、だと?」
「そこの南極ワームホールが不良品でないか確かめるためにドローンを投げ込んだんだが、その時撮った映像の中にその女がいた。たしか、城のテラスでドレス着て優雅にダンスしていたな。なんで南極に城だのドレスだの、ダンスしてるヤツがいるんだと諸々意味不明だったが」
流していた涙はいつの間にか止まり、那鷹は間違いないとばかりに説明する。
「彼女が写った映像はどこにあるッ!?」
「とっくに消した。南極に繋がっているか確かめるだけの映像だったからな」
「そうか。ならば仕方ない」
ブカブカの服でどうにか身体を隠している那鷹を掴み上げると、洋明はズカズカ歩き、ある場所でピタリと足を止めた。
「現地で案内してもらおうか」
止まった場所は「南極行き」と書かれた立て札の前だった。
つまり、目の前には闇を覗かせるように口を開けた南極ワームホールがある。
「え、嘘? 嘘ッ!?」
「嘘だと思うか?」
察した那鷹はジタバタもがくが、幼女の力で洋明に敵うワケがない。
「やめろッ! 私は映像を見ただけで南極もお前の彼女も何も知らなああああああああああああああ!?」
洋明が手を離すと、那鷹の姿は吸い込まれるように穴の中へと消えていった。悲鳴がこだましたがすぐに聞こえなくなる。
洋明の目が玉座に向けられる。
「五……四……三……」
「また私を爆殺するつもりですかッ!」
不吉なカウントダウンに、玉座の後ろから慌てた顔でアルジャイヌが出てくる。性懲りもなくやり過ごそうとしていたようだった。
「姿が見えないならボタンを押すのは当然だろう?」
「私の命があまりにもデットオアアライブすぎるあああああああああああああああああ!?」
ツッコミを入れている最中、アルジャイヌは那鷹と同じく南極ワームホールの中へと放り投げられた。拒否権なんてあるワケなかった。
「南極で優雅にダンス……彼女に一体何が起こっているんだ……」
洋明はしばし彼女のことを考える。
ドレスを着てダンスする彼女の姿を想像し、そのイメージを脳内に焼き付けるが、思い出にないことだからか、発作のような拒否反応はでなかった。
「ううう……可憐に手足が生えているとはこのことッ!」
ドレス姿の彼女だけでも、ダンスしている彼女だけでも筆舌に尽くしがたい。なのにその両方が組み合わさった姿は――ダメだ。洋明の想像処理限界を超えているため、思い浮かべることができなかった。
「はっ!?」
気づけばそれなりの時間が経過していた。洋明は自らを戒めるように頬を叩く。
「想像処理限界を上げておかなくてはな!」
南極でどんな真実が待っているのか。
それを確かめるため、洋明は南極ワームホールに飛び込んだ。




