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第3話 アソウさん、情報を手に入れる

時は流れ、場所も変わり、ここは嵐が吹き荒れる荒野に建つ前線基地。

 周囲に広がるのは砂と岩ばかり。廃墟を改造して作られた基地は老朽化が進み、壁のあちこちにひびが入り崩れかけている。

 古びたランプが転々と並ぶ薄暗い廊下の奥にある広い部屋、その作戦室に届いた無線は戦場の非情さを告げるものだった。

「た、隊長……聞こえますか……きこ……ます……か」

「聞こえている! 早くそこから離脱しろ! これは命令だ!」

「へへ……すいやせん……その命令……聞けませんや」

「何を言っている鈴木! 入隊から今日まで態度は悪くても、命令違反を一度もやってないのが貴様の数少ない自慢だろうがッ!」

「伊藤隊長……この基地は爆破……しま……す……へへへ、ざまぁみろってんだ……ゴフッゴバハァババァ!」

 血反吐をまき散らしたような咳をしながら鈴木は否定した。

 鈴木は伊藤が率いる部隊で強襲班に所属している。女性を襲ってばかりいた過去があるため「敵基地を襲うのも得意だろう」と皮肉交じりに任命された男だ。

 故に神は見ていた。生き方がサルな男に、平穏な終着が訪れることはなかった。

「そんなのは中止だッ! ただちに帰ってこいッ! 俺にお前の死を嫁さんに伝えさせる気かッ! そんな面倒はゴメンだッ! 基地爆破など作戦にはない! 死ぬなど絶対に許さん! 早く帰ってくるんだッ!」

 伊藤は部下たちが見守る中、必至に説得を続けが、鈴木の覚悟はすでに決まっている。帰投の返答はない。

 部下への言葉が出ない伊藤は力なく膝をついた。

「どうして! どうして日本はこうなってしまったんだああああああああ!」

 伊藤は己の無力さを噛みしめながら、日本を支配する正常異常集団への怒りで、慟哭の叫びを上げた。

 かつて日本には四十七の都道府県が存在し、人々が平和に暮らしていた、というのは昔の話だ。

 今の日本は正常異常集団によって滅ぼされてしまった。幹部である那鷹(なだか)女王とその配下である『那鷹十将神(なだかじゆつしようじん)』の支配下に置かれており、女王に逆らう者は強制収容所送りにされていた。

 逆らう者には死を。逆らわぬ者には苦しみを。

 女王は軍や十将神を遊びのように動かし、力で全てをねじ伏せる暴挙を幾度となく繰り返している。

 この支配に対抗するため、抗戦派と呼ばれる抵抗勢力がいくつも立ち上がり、そして散っていった。

 今、この日本に残っている抗戦派はこの伊藤部隊だけとなり、この部隊の命運も風前の灯火となっている。

 以上、現在の日本の説明終わり。

「元気出してくださいよ隊長……女王への愚痴しか言えなかった俺に光をくれたのはあんたなんだぜ……」

「鈴木……」

「あんたがいたから戦えて……結婚だってできたんだ」

 この自爆特攻五秒前の会話からもわかるように、伊藤部隊は極めて劣勢だ。

 現在残っているのは伊藤のいる本隊のみで、他の部隊は全て女王に壊滅させられてしまった。いや、正確にはまだ鈴木分隊が生きているが、ご覧の通りである。

「隊長……こんど俺に子供ができるんです……何人も女と付き合ってはフラれて、グズって酒飲むしかできなかったこの俺にですよ……へへ……俺に似てなきゃいいけどなぁ……」

「だったら戻ってこいッ! 父親のいない家族など私は認めんぞぉッ!」

「隊長……後は頼みます! うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 無線から鈴木の雄叫びと銃撃音が響き、それを最後に無線はブツリと途絶えた。

 そう、鈴木は玉砕した。死んだのだ。

「この間のポーカーのツケ! まだ返してもらってねぇぞッ!」

 伊藤はテーブルを殴りつける。これまで何度あったかわからない仲間が失われた瞬間だ。いくら経験しようとも馴れないものだった。

「隊長! 前方十五キロに女王軍の戦車隊がこの基地に向かって進行中です!」

「数は!?」

「三千両です!」

 ギャグみたいな数が報告された。

「クソ女王め。完全にトドメを刺す気か……」

 基地に残っている武器弾薬は残り僅か。いや、仮に充分にあったとしても三千両の戦車を相手にするなど不可能だった。

「敵との距離十キロを切りました……もう時間の問題でしょう」

「……そうだな」

 伊藤の力なく漏らした言葉に、部屋の空気が沈黙に包まれる。

 誰もが絶望していた。まだやれる、まだ戦えると自らを鼓舞したくとも、どうしようもない現実が容赦なく迫っている。

 この場にいる同志諸君達は、ただ俯くしかない――と思われたが。

「隊長……ここでうな垂れたって事態は好転しませんぜ」

「荒屋……」

 荒屋仁(あらやじん)が顔を上げた。

 伊藤部隊で最も女王軍にダメージを与えた男である。そして、最も勇気と根性を持ち、どんな時でも諦めを知らず生き残ってきた不屈の戦士だ。あと、来月子供が生まれる。

「俺は行きますよ。怯えて死ぬなんざまっぴらだ。一つでも多く戦車壊して地獄へ行きますぜ」

「西織……」

 続けて西織礼二(にしおりれいじ)も顔を上げた。

 解放軍で二番目に女王軍へダメージを与えた男である。そして勇気と根性も二番目で、不屈っぷりも二番目と優秀な戦士だ。あと、来月子供が生まれる。

「……わかった」

 伊藤も顔を上げ、頬を叩いて気合を入れた。

「みんな! 最後の命令だ!」

 全員が立ち上がり、直立不動で伊藤を見つめる。

 伊藤は今から親愛なる部下達に「死ね」と命じなければならない。

 そんな自分が情けなくてしょうがない。だが、彼らは待っている。

 責任を果たすリーダーの号令を待っているのだ。

「全員これより――」

「た、隊長!」

 ジッとレーダーを見ていた通信士が驚いた声を上げる。

「どうした?」

「その……戦車隊の動きが止まりました」

 あり得ないことを部下は言った。

「何?」

「様子がおかしいんです。何かに向けて撃っているようなのですが……」

 困惑した様子で部下は答える。状況が全く理解できていないようだ。

「残った味方はここにいる我々だけだ。戦車隊の近くにいる者などいないはずだぞ?」

「ですが、たしかに敵は何かを目標に撃っているようで――あ、撃破されました! 戦車の数二千……いや! 千両を切りました! ものすごい勢いで数が減っていきます!」

 部下の言う内容は正しかった。伊藤もレーダーを確認すると、戦車を示す無数の点がスプーンでこそぎとったケーキのように減っている。

「……一体何が起こっている?」

 意味不明すぎて伊藤には状況を予想できない。

 戦車が破壊されている以上、女王に仇名す者の仕業だろう。だとすれば、伊藤部隊以外に生き残った抗戦派が日本に隠れ潜んでいたことになるが……本当にそんなヤツいるのか?

 いたとしても何故今出てきたのだろう。伊藤部隊と協力関係も結ばず、単独で行動する意味もわからない。

「覚悟を決める前に知らねばならぬことがあるようだな」

 元々玉砕するつもりだったのだ。ならば、何が起こっているのか確認すべきだろう。

 伊藤は部下達を引き連れ、戦車隊のいる地点へと向かった。

 ほどなくして目的地にたどり着き、そこで彼らが見たモノは。

「いやああああああ! 鏡どこですかぁぁぁぁぁ! 鏡くださいぃぃぃぃぃ!」

 泣きながら荒野を走る修道服女と――それを追う樹木人(トレント)だった。

「ォォォォォォォォォォォォォ――」

 厚い樹皮に覆われ、枝には一片の葉もなく、まるで冬を迎えた古木のような哀愁を漂わせる樹木人が修道服女を追いかけている。

 当然、伊藤部隊の誰一人として、この光景の意味を理解できる者はいなかった。




 洋明達は鉄仮面を追って行くうち、方向的に日本へ辿り着いていた。しかし、鉄仮面を探すのに方向だけでは手掛かりがなさすぎる。

 気合いや執念だけで見つけられるほど現実は甘くない。あっという間に一週間が経過して洋明の命は尽きた。

 だが、それで終わりにはならなかった。

 鉄仮面の居場所を気合いや執念で見つけられなかった洋明は、その気合いと執念を自分自身に向けることで、生命エネルギーの獲得に成功したのだ。

 何がどういうことなのか意味も理屈もなんにも全くわからないが、それでよし。

 洋明は無念に倒れるワケにはいかない。これは麻生洋明へ起こった覚醒であり奇跡だと認識すべき出来事だった。

 その変わり発作を放っておくと、何故か樹木人に変貌するようになってしまったが、死ななくなった代償としては安い……安いか?

 真偽はどうあれ、洋明はそのリスクを受け入れている。

 だが、真にリスクを背負ったのは洋明を元に戻す鏡係のアルジャイヌだった。

「ォォォォォォォォォォ――」

「いやああああ! なんでマッドなサイエンティストである私がこんな目にぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 樹木人洋明とアルジャイヌは、そばに伊藤部隊がいることにも気づかず、荒野で追いかけっこを繰り広げていた。

 樹木人洋明の手足から伸びた枝が触手みたいにいくつも分かれ、アルジャイヌを狙って襲い掛かる。一応言っとくと、別にエロくない。

 外れた枝は岩を砕き、地面に突き刺ささるので、人体に刺さったらミンチ確定だ。

 どうしてアルジャイヌが樹木人洋明から逃げるのか。この光景がエロくない理由も含めた全てだった。

「ぜぇっ! ぜぇっ!」

 アルジャイヌはマッドサイエンティストではあっても身体能力はただの人間だ。そのため、樹木人洋明から逃げ続けるのは容易ではない。

「も、もうダメですっ……」

 スタミナが底を尽き、ついにその場にへたり込む。

 よって、それがアルジャイヌの最後になった。

「がふっ!?」

 伸びた蔦がアルジャイヌの背中を貫き、続けて何本も全身に突き刺さっていく。やがて無数の蔦が激しく刺さったことによって、アルジャイヌの身体が耐えきれず弾け散った。

 確認するように蔦が血まみれの地面をなぞった後、樹木人洋明は一仕事終えたようにダラリと全身を弛緩させる。

 目標(アルジヤイヌ)がいなくなり、樹木人洋明がグラリと伊藤部隊の方へ体を傾けた。

「ば、化け物め!」

 何が起こってるのかさっぱりわからない伊藤だが、バケモノからターゲットにされたことはわかる。部下達に樹木人洋明を撃つよう命じるべく手を振り上げるが。

「鏡持ってませんかッ!?」

 突如、伊藤の真横の岩陰から死んだはずのアルジャイヌが飛び出してきた。

 思わず伊藤はギョッと目を見開く。

「な、なぜ君が!? さっきあの化け物に……」

「んなことどうでもいいです! 顔が映るならなんでもいいですから早くッ! 持ってなくてもさっさと出してくださいッ!」

 アルジャイヌは伊藤の首根っこを掴んでグラグラ揺らす。

「こ、これでよければあるが……」

 勢いに押されて、伊藤は作戦指揮用に携帯していたスマートフォンを取り出した。旧世代の通信機器だが、それ故に安価であり、携帯性に優れ、ゲリラ戦の多い伊藤部隊では今も重宝されていた。

「少し借ります!」

 アルジャイヌはスマホをひったくるように奪い取り、素早くカメラを起動させると、画面を思い切り樹木人洋明に突きつけた。

「あなたは麻生洋明! あなたは麻生洋明! あなたは麻生洋明!」

「ォォォォオオオ……レ……アソ……アキ……?」

「そう麻生洋明! 繰り返して! 麻生洋明麻生洋明麻生洋明!」

「ォォァァァァアソ……ヒロアキ…ヒロアキ……」

「そう! いいよいいよ! いいですよ! もっともっと! さんはい!」

 アルジャイヌはリズムを取るように手を叩きながら、まるで歌が苦手な子供を励ます保育士のように声をかける。

 その拍手に合わせるように、樹木人洋明のうめき声は徐々に明瞭な人語へと変わり、同時にその姿も人間へと戻って行った

「洋明! 洋明! 洋明! ハイハイハイ!」

「ヒロアキ! ヒロアキ! オレヒロアキ! アソウヒロアキ!」

 なんだかとってもノリノリでリズミカルなやり取りが十数分間にわたって続く。

「オレは……麻生洋明だ!」

 己の名を完璧に言えた時、樹木人洋明は全裸男性の姿を取り戻した。正気に戻ったのだ。

 ちなみに、アルジャイヌが洋明を元に戻したのは一度や二度なんかじゃないため、全裸を見て恥ずかしがることはない。

「……どうやらまた変貌したようだな」

 周囲を見回して洋明は大まかに事態を把握する。

「だー! 疲れましたー! とりあえずあの人達から服を借りてくださいー!」

 荒野に大の字で寝そべったアルジャイヌが伊藤達を指さす。

 全裸の洋明は「俺達は何を見せられたんだ……?」って顔をした伊藤部隊の元へ歩いていく。

「すまない。服があれば貸してもらえないだろうか?」

 洋明は伊藤達の着ているくたびれた迷彩服に目を向ける。

「あ、ああ構わないが……君たちは一体?」

「オレは麻生洋明。そこで寝てるのはアルなんとかだ。正常異常集団をぶっ飛ばしながら鉄仮面の居場所を探している」

「なんだと!?」

 やはりコイツは正常以上集団に逆らう者だったと、伊藤と部隊の面々はすっごくざわめいた。

 寝そべっているアルジャイヌが「私は付き合わされてるだけで違いますからッ!」と抗議しているが、みんな洋明に夢中なので誰も聞いていない。

「もしや戦車隊を倒したのは君達か?」

「そうだ。オレを轢き殺そうとしたから返り討ちにした」

 洋明は迷彩服を受け取って着替えながら「そうだよな?」とアルジャイヌに確認すると、アルジャイヌはコクコクと頷いた。

「君たちはどうして鉄仮面を? あと、その……なぜさっきまであんな姿に?」

「オレの彼女が二百年眠っている原因を鉄仮面が知っている可能性が高いからだ。あと、さっきまでの姿は鉄仮面に彼女を攫われ愛に狂ったオレだ」

「なるほど」

 伊藤は洋明が何を言ってるのかさっぱりわからないのでノリで頷く。

「アル、と言ったか? 向こうで寝転んでいるあの女性もその、君と同種なのか? 死んだはずなのに突然岩陰から現れたんだが……」

「ああ、ヤツは……」

「隊長! 修道服着て誤魔化してますけど、あいつアルジャイヌですよ! 女王に召喚力を与えたヤツです!」

「召喚力?」

 聞き慣れない単語に、洋明は聞き返す。

「そこで寝転がってる女が女王に! 俺達の敵に力を与えたんだッ!」

 興奮した様子を隠さず西織はアルジャイヌを指さす。

 アルジャイヌは無視できない空気を読んで、嫌々ながらもムクリと起き上がった。

「以前、転移復活の実験体(アルバイト)募集をしたことがあるんです。でも、転移復活だと何やらわからないし、怪しくて誰も来ないと思ったので、確実にバストYカップ以上の200センチオーバーのデカパイ女になる方法がありますって書いて募集したんです。そしたら那鷹ちゃんが来ました」

「ほう、なんでもやってみるモノだな」

「それってただのデブでは?」

 ゴシップ雑誌の裏表紙に載っていそうな怪しい文言以上の内容なのに応募してくる者がいる。その事実に洋明は世界の広さを知り、伊藤はただ思ったことを呟いた。

「那鷹ちゃんの身体を調べた結果、麻生洋明の彼女ほどではありませんが、私の求める適正体に近い身体をしてました。ついに転移復活が成功するかもと、興奮する自分を抑えながら那鷹ちゃんに注射したら突然変異? なんか色々起きたんですよねぇ」

 アルジャイヌは「アレはビックリしたなぁ」と何度も頷く。

「実験は失敗だったんですが、その代わりに那鷹ちゃんは召喚力というファンタジーな力を手に入れました。私は偶然にもそんな力が目覚める注射をしてしまったんですね。その後の那鷹ちゃんは正常異常集団で出世し、日本を支配しるまでになったんです」

「なるほど」

 詳しく聞く気も理解する気も全くないので、洋明は真顔で返事をした。

「あの時の落胆は半端なかったですね。自信あったのに実験は失敗して、私の野望とは何の関係もない力が那鷹ちゃんに――」

「ふざけんなぁぁぁぁぁぁ!」

 ドララララララララ! と、西織がアルジャイヌに向けて怒りの乱射を始めた。ごもっともな怒りだった。

「お前の「なんか色々起きたんですよねぇ」な実験のせいで日本はこうなったのか!? この腐れ元凶がぁぁぁぁぁぁ!」

「うわわわわわッ!?」

 盛大にぶっ放されたがアルジャイヌは間一髪、下手なダンスを踊るみたいに避け、そのまま岩陰に逃げ込む。

「正常異常集団許すまじ! 女王に加担する者は生かしておかん!」

「もう加担してません! むしろ追われてる身ですッ!」

「言い訳無用ぅぅぅぅ! ここで果てろぉぉぉぉぉぉ!」

 雄たけびを上げながら西織は弾倉を装填し、岩陰に回り込もうとした――その時。

「あらあら元気ねぇん」

 突如、西織の目の前に妖艶な笑みを浮かべる振袖姿の女性が現れた。

 深紅と金色の絹糸で織られた派手な振袖。その模様は見る者を魅了する牡丹の花々が咲き誇っている。絹の布地が女性の細長い身体にぴったりと馴染み、太もも部分が大胆に露出していた。

 だが、最も目を引くのは頭に生えている角だ。黒曜石のように優雅で美しく輝き、まるで自然の一部であるかのように、その顔立ちに調和していた。

「ぐっ……お、お前はッ!?」

 西幟は漆黒の夜のように深く、吸い込まれるような瞳に捉えられ動けない。毒を含んだ花のように美しくも恐ろしい笑みを浮かべる女性を、ただ見ることしかできなかった。

 つまり、簡単に言うとビビってる。

「でもザコはそうでなくっちゃぁん。元気だけが取り柄なんだものねぇん」

 振袖の女性は指先で西織の顎を撫でるようにつつき、その手をゆっくり顎から胸元へと滑らせていく。

「那鷹十将神の田所阿澄(たどころあすみ)かッ!?」

「よかったわねぇん。私に殺られるなんてあの世で誇れるわぁん」

 瞬間、阿澄の指先が心臓の位置で赤く輝いた。

 赤光が収束し、光の奔流が西織に放たれる。

 それはまるで巨大な猛牛が地平線に向かって突進するような圧倒的力だった。

「……へ?」

 なので、赤光は西幟だけでなく、その背後にあるアルジャイヌの隠れた岩陰も消し飛ばした。

「ギャアアアアアアアアア!」

 哀れ、断末魔を上げるアルジャイヌ。洋明と出会ってから二十回目の死であった。

「あらぁん?」

 阿澄は首を傾げた。直線上にいた知らない女は消し飛ばしたが、肝心の西幟を始末した手ごたえがない。

 零距離での射撃で避けられるはずがないのに、殺った手ごたえがないのだ。

「……あなた何やってんのぉん?」

 指先から漏れる、消えかけの花火のような赤光を見つめながら、阿澄はゆっくりと背後を振り向く。

 そこにいたのは、颯爽と西織を抱えて救い出し、地面にそっと下ろす洋明だった。

「弱き善を助け強き悪を挫く。オレの彼女の口癖だ」

 アルジャイヌを見殺した洋明は堂々と言い放つ。

「す、すまない……ええと」

「麻生洋明だ」

 洋明は礼を言う西織を下がらせ、阿澄を鋭く睨みつける。

「私は戦車隊を壊滅させたヤツを探してるのぉん。無関係なら引っ込んどいた方が命拾いできるわよぉん?」

「オレが蹴って殴って戦車を破壊した。全く覚えてないが」

「はぁん? 何をわけわかんないこと言ってるのぉん」

 阿澄は嘲笑を浮かべ、鼻で笑った。

「女王の元へ案内しろ。そうすれば命は取らずにおいてやる」

「さっきから随分と上からねぇん。私が誰だかわかってないのぉん?」

「間抜け面した畜生だろう? おとなしく牧場で草を食ってればいいものを。それとも厩舎への帰り方がわからないのか?」

「……面白いこと言うわねぇん」

 ピクリと阿澄の眉が動いた。

「ひょっとして私を煽っているのかしらぁん?」

「柵を乗り越えられる知恵があるとはな。角があるクセになかなか感心できる――」

 瞬間、洋明の足元が火山のように噴き上がった。

 赤光が洋明を飲み込み、その身を焼き尽くす。灼熱のレーザーというべき赤光は消えることなく、牢獄のように洋明を閉じ込めていた。

「アハハハハハッ! 無礼野郎には黒焦げがお似合いよぉん!」

 阿澄の視線が伊藤達に向けられる。その瞳に宿る漆黒は、次に処刑されるのはお前達だと告げていた。

「何か言い残すことあるぅ? 興味ないから覚えてあげないけどぉ?」

 伊藤達は銃を構えることもなく、その場に立ち尽くしていた。驚愕のあまり動けず、誰も攻撃しようとしない。

 彼らの視線は、ただ阿澄の背後に向けられていた。

「ビビッて動けないなんて情けないわねぇん。焦げ死んじゃったどっかの馬の骨がそんなにショックなのぉん?」

 クスクスと笑いながら、阿澄は伊藤達に指先を向ける。再び赤光が放たれようとするが、それを止めようとする者も、逃げようとする者もいない。

「じゃ、バイバーイ。さよならぁん」

 もうおわかりだろう。

 伊藤達は阿澄の背後にいる人物のほうが気になってしょうがないのだ。

「結果も確認せず勝利宣言とは、やはり家畜。いや、角が生えたミドリムシか」

 灼かれて炭になったと思われた洋明が、無傷かつ死神のように赤光の中から現れる。

 直後、阿澄の尻に容赦ないタイキックを炸裂させた。

「あらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん~」

 タイキックされた阿澄は盛大にぶっ飛ばされ、キラリと光って星になる。空の彼方へと姿を消した。

「……しまった。ヤツから女王の居場所を聞きだすべきだったな」

 舌打ちする洋明だったが、その顔に後悔は見られない。伊藤達の危機を救えたのだから、それで良しとしていた。

「那鷹十将神の田所阿澄を一蹴! この強さ本物だ!」

 圧倒的な洋明の強さを見て、伊藤はゴクリと唾を飲む。そして深く息をつき、決心したように洋明を見据えた。

「麻生君。女王の居場所なら私が知っている」

 伊藤は胸ポケットから四つ折りにされた紙を取り出し、洋明に渡した。

「その紙に那鷹城までの道が書かれている。妨害がなければ一日で……いや、君なら二時間もあればたどり着けるだろう」

「感謝する」

 洋明は何の謙遜もなく、自信満々の顔で紙を受け取った。

「それと、もう一つ渡したいものがある」

「まさか隊長!?」

「渡す気ですか!?」

 抗議にも似た声が西織や荒屋から上がるが、伊藤は静かに手を上げて制した。さすがリーダーだ。

「私たちが持っていても意味はない。麻生君に託すのが最善だ」

 伊藤はズボンの脇ポケットから小さな箱を取り出し、蓋を開けて中身を見せる。そこにはペン型注射器が収められており、透明な液体が光を反射していた。

「これは我々の仲間が造った女王への切り札だ」

「どういうことだ?」

 注射器と女王の関係が見えず、洋明は首を傾げる。

「女王の強さは十将神にある。この注射は女王の召喚力を著しく低下させ、十将神を呼び出せなくするんだ」

「なるほど」

「十将神は全国各地に散っている。今、女王の城には誰もいない。呼び出される前に注射できれば我々の勝ちだ」

「なるほど」

 召喚力も十将神もよくわからないが、洋明は空気を読んで頷いた。どうせ相手が誰であろうとボコるのだし。

「田所阿澄は十将神の中でも最弱。いくら麻生君でも他の十将神を相手にするのは厳しいだろう」

「…………」

 洋明は「十将神だろうと神だろうと一撃だが?」と言い返そうとしたが黙った。彼女のいる男は何度でも空気が読めるのである。

「必ず女王を倒してくれ。日本の未来は麻生君にかかっている」

「鉄仮面に死よりも深い闇をくれてやるオレに不可能はない」

 その言葉は暗雲を払うような力強い断言だった。伊藤部隊の士気は一気に高まり、荒野に歓声が響き渡る。

「すげぇヤツだぜ!」「運命の戦士だ!」「正常優勢集団はお陀仏だぜ!」「救世主ハンパねぇ!」「全宇宙に期待される面してるな!」「アイツの勇気は無限大だ!」

 世界を変える力を持った英雄の登場に、誰もが心を躍らせていた。

「俺たちじゃ女王の元にたどり着くことすらできない。悔しいが頼むぜヒーロー」

「また顔を出しにきてくれ。借りを作られたままじゃ気持ち悪いんでな」

 西織と荒屋が手を差し出す。注射器を渡すのに躊躇していた二人だったが、洋明の実力は本物だ。他と同じように心躍らせて、洋明に期待しているのは変わらない。

 洋明は二人と握手を交わし、伊藤部隊に背を向けて旅を再開する。

 その後、しばらくしてスイッチを押した。

「だああああああああ!?」

 ピー! と甲高い音が聞こえた。どうやら近くにいたらしい。

 後方で爆発が起きた後、すぐ前の岩陰からアルジャイヌが飛び出してきた。

「なんてことするんですか!」

「どこにいるかわからなかったからな」

 洋明はもらった地図を広げて確認しながら、何事もなかったかのように答えた。


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