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第2話 アソウさんマッドな白衣巨乳と旅をする

命が尽きたはずの洋明が再び目覚めた時、最初に見たのは液体の中に沈む自分だった。

「ぶぼぼぼぼおっ!?」

 突然の事態に洋明はワケがわからず藻掻く。というより、裸体で緑色のぬるま湯の中に閉じ込められていたので藻掻くしかなかった。

 洋明はすぐに己が薬液ポッドの中にいることに気がつく。色んな洋画やアニメを見てきた趣味が、ここで役に立ったのだろう。身体は激しく暴れているが、脳内は冷静に状況を理解しようと動いていた。

 何故生きているのか? 彼女は? どうして薬液の中に? そもそもここは何処だ?

 疑問が次々と浮かぶが、まずはこのポッドから脱出するのが先だ。

「ぼぼぼぼぼ!?」

 洋明は目の前のガラスを何度も叩くがビクともしない。特殊な薬液らしく息は切れないが、どうにかして外に出なければ。しかし、脱出の糸口は見えず焦りだけが募っていく。

 このまま緑色の牢獄に閉じ込められるのか、そう諦めかけたその時だった。

「ぼぶぶっ!?」

 なんと彼女の姿が目に入った。

 ガラスの外は真っ白な部屋が広がっており、その中央で彼女がカプセルのような棺に入って眠っているのだ。

 安らかに眠る彼女の顔から目を移していくと――その胸には煌びやかな装飾が施された儀礼剣が突き刺さっていた!

「ばびぼぼぼぼぉっ!?」

 もう一度言おう。

 彼女の胸に刃物が刺さっているのだ。

 さらに。

「セイジョ! セイジョ! イジョォォォォ!」「イジョァァァァァ!」「セイジョッ! セイジョォォッ!」

 彼女の周囲には、全身を黒布で覆い、奇声を上げる集団が取り囲んでいた。

 黒服で隠されているが、その者達の外見はもーのすんごく異常だった。

 三角形定規が立っているとしか思えないヤツや、軟体生物のように身体がウネっているヤツ、黒服が浮遊してるのに足が見えないヤツ等々、奇声も含めて宇宙人としか思えないヤツらばかりだ。

 儀礼剣を刺したのはきっとコイツら八人……いや、八匹なのだろう。誰がどう見ても怪しさ満載だ。

 さらに、薬液ポッドの前には修道服の女性が倒れており、その周囲に破損した大小様々な機材が火花を散らしている。明らかに戦闘が行われた様子が広がっていた。

 洋明自身も彼女もその他諸々、事態が渋滞していて、何が起こっているのか起こっていたのか全くわからない。

 だが、洋明にとって重要なのはただ一つ。

 彼女を危機から救わねばならない。

 洋明が黒服集団を排除しようとするのは、リンゴがスーパーで売ってるくらい当然のことだった。

「がぼぼぼぼぼぼっ!」

 洋明が再びガラス戸を殴ると、鈍い音と共に薬液ポッドがブチ割れた。さっきまでびくともしなかったのが嘘のようだが、洋明にはその理由がなんとなくわかっていた。

 これは愛の力だ。彼女のためなら、いくらでも力が湧いてくるのが彼氏なのだから、そうに決まっている!

 割れた薬液ポッドから薬液が床に流れ出し、黒服集団が一斉に洋明へ視線を向ける。

「てめぇらぁぁぁぁッ!」

「ぶばうッ!?」

 部屋内に降り立ったと同時、修道服の女性を踏んずけてしまう。もちろん何者か不明だ。あと、ブービークッションみたいな悲鳴が聞こえたが気にしない。彼女じゃないし。モブなんかどうでもいいし。

「オレの彼女に何をしたぁッ!」

 洋明は目にも止まらぬ速さで黒服集団に迫り、三角定規な黒服にボディブローを叩きこむ。羽毛布団でも殴ったみたいに拳がめり込み、黒服は壁に叩きつけられた。貼り付けにされた状態で動かなくなり、その姿が蒸発すると黒服だけが床にパサリと落ちた。

 なんだこのパワーは。凄すぎる。あとなんで敵が蒸発したのか不明だが、今の洋明にそんなことを気にする余裕はない。

「セイジョオオオオオオオオオ!」「イジョオオオオオオ!」「セイジョイジョセイジョオオオオ!」

 続けて他の黒服達も一斉に襲い掛かってくるが、洋明の相手にならない。

 攻撃を避け、いなし、次々と黒服をノックダウンしていく。十秒経たずして全員が蒸発し、黒服だけが床に落ていった。

 洋明はすぐに彼女の元へ走る。

「くっ!」

 即座に棺の中を確認すると、儀礼剣が突き刺さっていることを除けば、デートの時と全く変わらない彼女が静かに横たわっていた。

「あああッ! いつ見ても美しい……じゃないっ!」

 自戒を込めて床へ三度頭突きし、ぶんぶん首を振って、改めて彼女を見る。

 儀礼剣が突き立っているが血は流れていない。馬車に轢かれた後もなく、衣服も綺麗だ。胸が上下していることから呼吸もある。肌色も艶やかで顔色もいい。時が止まったかのように眠っているだけだ。

 つまり彼女は生きている。

 だが、それだけだった。

「ぐっ……ぬぐぐぐぐ……」

 洋明は突き刺さった儀礼剣を引き抜こうとするが、まるで彼女と一体化しているかのようにビクともしない。

 どうすることもできず、洋明は歯がゆい気持ちを抑えて手を離す。

「なんなんだコレは……彼女に一体何が――」

「その剣が彼女を永遠の眠りに閉じ込めています。抜かない限り彼女は目覚めません」

 背後から聞こえた声に、洋明は驚いて振り返る。

 そこに立っていたのは、先ほど洋明が思い切り背中を踏んで、モブだと決めつけた修道服の女性だった。

 彫刻のように美しく整った金髪碧眼で、修道服の布地は流れるように身体を包み込んでいる。故にその容姿と体型は異性なら誰もが振り向く魅力に満ちており、修道服という神聖さを表す服装がギャップとなって色香を引き立てていた。

 あと、この女性のどこがモブなのか。恋は盲目というが恐ろしい。

「誰だお前は?」

 洋明はぶっきらぼうに問いかける。彼女にメロメロな洋明は金髪碧眼美女に鼻の下など伸びないのだ。

「私はアルジャイヌ。母性溢れるバスト二百五十のデカ女に甘えて生きられるようなバカ世界ができたらどんな世界にするも可能と考えている修道服姿でマッドサイエンティストな己を隠している賢き者です」

「なるほど」

 名前以外何を言ってるのか意味不明だが、どうでもいい情報っぽいので洋明は無視する。

「彼女に何があった?」

「わかりません。私は彼女で実験していただけですから」

「実験だとぉぉぉぉぉぉ!?」

「ぎゃぶうっ!?」

 さらっと言われたその言葉に、洋明は思い切りアルジャイヌの胸倉を掴んで締め上げる。某ガ〇ダム主人公くらいヤベー行為だ。

「お前が彼女に剣を刺したのかぁぁぁッ! 早く抜けぇぇッ! 今抜けば頭を除夜の鐘変わりに突くだけで済ませてやる!」

 どうあっても殺すつもりらしい。

 アルジャイヌの顔がたちまちヤバい紫に変色し、美人台無しの顔になっていく。

「そ、そんなことするワケありませんッ! 彼女は私の理論にとても適した身体をしているんです! 理想の検体を傷つけるわけありません! 私は眠ってる彼女を鉄仮面から奪ってきただけですよぉッ!」

「鉄仮面だと!?」

 忘れることのできない宿敵の特徴だ。

 洋明はアルジャイヌをさらに締め上げ詳しく聞こうとする、が。

「やってくれたなアルジャイヌ博士。彼女を君の研究施設に連れて行く許可など出した覚えはないのだが?」

 事態はさらに急展開。

 鉄仮面本人が現れ、洋明の手は止まった。

「お前はッ!?」

 ボイスチェンジャーで変えられた男女の区別ができない声だが、黒づくめのマントと衣服、そして首から上を全てを覆う鉄仮面はあの時と全く同じ姿だ。

 必ず報復すると決めた相手が、今洋明の前に現れた。

「てめぇぇぇぇぇぇッ!」

「はわーーーーっ!?」

 洋明は空き缶をポイ捨てするようにアルジャイヌを放り投げると、即座に鉄仮面との距離を詰める。アルジャイヌは壁にぶつかり、ゴーンと鐘を突いたみたいな音を響かせて気絶した。とっても可哀想だ。

「よくも彼女をッ!」

 アルジャイヌの音がゴングとなり、洋明は報復の拳を鉄仮面に叩きつける。その威力は部屋を震わせ、周囲に転がっているガラクタ(機械)を粉々にするほどだった。

 だが。

「どうした? そんなものか麻生洋明? 奇声を上げる変態を葬るのがせいぜいか?」

「なっ!?」

 鉄仮面は洋明の拳を難なく受け止めた。完全に威力を殺されており、拳は鉄仮面の掌で薄い音を立てただけだった。

「私を憎んでいるというなら、せめてこのくらいしたらどうだ?」

「がっ!?」

 手本を見せるとばかりに、鉄仮面の拳が洋明の腹部にめり込む。振り子のようにダラリとしたやる気のない一撃だったが、その威力は洋明の拳を遙かに凌駕していた。

 踏ん張ることができず、鉄仮面の一撃に耐えられなかった洋明は部屋の壁に叩きつけられる。

 激しい衝撃音とともに部屋が震え、洋明の体が力無く床へズリ落ちた。

「決まりだな麻生洋明」

 手負いの獣を追い詰めるハンターのように、鉄仮面がゆっくり迫ってくる。

 力の差は歴然、どう足掻いても鉄仮面は勝てる相手ではなかった。

「ぐ……ぬぐぐ……」

 しかし、洋明は立ち上がった。

 眠っているとはいえ彼女がそばにいるのだ。情けない姿は見せられない。どんなに圧倒されようとも、無様な姿を晒さず意地を張る。それが男の子なのだ。

「気に入らん目だ。これでは一度叩き潰さなければ――むっ!?」

 突然、鉄仮面が右手首の袖口をまくった。そこには腕時計が装着されており、表示された時間を見て舌打ちする。

「……思ったより時間がかかったか」

 鉄仮面はボヤきながら、そばにあった棺を難なく抱え上げた。百キロ以上ありそうなのに、細身の体躯からは想像もできない力だ。

「待て……鉄仮面……」

 洋明はフラつきながら鉄仮面に向かって歩いていく。だが、鉄仮面の視線は洋明ではなく、気絶しているアルジャイヌに向けられていた。

「残念だよ博士。彼女を攫った君は万死に値する」

 鉄仮面がアルジャイヌに右の手のひらを向けると、紫色の光弾が発射された。どうやったらそんなのが撃てるのか理屈不明だが、アルジャイヌに命中すると、点火したダイナマイトのように爆発した。

 爆発音とともに、アルジャイヌは欠片も残らず消し飛んだ。部屋は半壊し、天井から瓦礫が降り注ぐ。それはまるでアルジャイヌの墓標のように積もっていった。

 死亡確定。ロクな活躍もないまま、アルジャイヌの命はここに散った。

「私を追いたければ勝手にしろ。その身体で追えるならだが」

 鉄仮面は無様な姿で近づいてくる洋明を見ると、呆れたようにため息をつく。

「何だと――ぐっ!?」

 突如、洋明に脳が雑巾絞りされているような激痛が走る。思い切り顔を歪ませてその場に蹲った。

「が……ぐあああああっ!?」

 激しい頭痛に加え、全身の至る所に痛みが走る。痙攣し、立ち上がることすらできない。とても鉄仮面を追うどころではなくなっていた。

「がああああああああああっ!?」

「滑稽な姿だ! まだカエルがワルツを踊るほうが美しいぞ!」

 激痛に悶える洋明を見て、鉄仮面は笑いながら天井に手を翳す。手の平からさっきと同じ理屈不明の紫弾が発射され、天井がアルジャイヌの時と同じように爆発した。

 青空に輝く太陽が鉄仮面を照らす。

「そのまま自身に呪い殺されろ麻生洋明! 私が求めるのはその先だ! フハハハハハハハハ!」

 鉄仮面は彼女の入った棺を抱えたまま跳躍し何処かへと消え去った。

「く、くそ……あががががああああああ!?」

 追いたくとも今の洋明はそれどころではない。

 哀れ、地上に出された深海魚のように床の上をのたうち回ることしかできなかった。

「がああああああああああああッ!」

「こっちを向いて! 早くこの鏡を見てください!」

 暴れ狂う洋明に誰かが手鏡を差し出した。洋明は苦しみながらも顔を上げる。

 そこにいたのは鉄仮面に消し飛ばされたはずのアルジャイヌだった。

 死亡撤回。アルジャイヌは生きていた。

「な、ななななんなんぜ? お前まえまえがががが? さ、っき消し飛、ばばばばばばば!?」

「鏡を見ながら自分の名前を連呼してください! 麻生洋明と言い続ければ痛みは治まります!」

 アルジャイヌは急かすが、言ってる意味はわかっても理屈が全くわからない。洋明を襲うこの苦痛と名前を呼ぶことが何の関係があるのか。

 だが、拒否する余裕も考えもない。目とか鼻とか口とか、顔の部位がズレていく激痛が続いているので、素直に従うしかない。

「オレはアソ……ウヒロ……アキだ……オレはアソウ……ヒロ……アキだオレはアソウヒロ……アキだ……オレ……はアソウヒ……ロアキだ……オレはアソウヒロアキだ……オレはアソウヒロアキだ……オレは麻生ヒロアキ……麻生洋明だ……」

 十数分程だろうか。洋明は息も絶え絶えに己の名前を連呼し続けると、だんだん痛みが治まっていった。ズレていった目や口や鼻の部位が本来の位置に戻っていき、震えも止まり、やがて痛みは完全に消えた。

 よかった、洋明は人間に戻れたのだ。

「はぁっ、はぁっ……な、なんだコレは……?」

「トラウマです……」

 アルジャイヌは辛そうに首を振る。

「麻生洋明にとって彼女を失ったのはあまりに辛い過去。生命活動停止になるほどのショックなので、本能が彼女の記憶を消去しようとするんです。でも、そうはさせるかと精神や理性は記憶、つまり思い出を残すため本能に抗う。そのせめぎ合いがさっきまでの痛みで、思い出を守ろうとする反発作用が自我崩壊を引き起こすんです」

 アルジャイヌは淡々と続ける。

「なので、これまで何人もの『麻生シリーズ』がその反発に耐え切れず爆発四散しました。でも、その犠牲のおかげで“発作”は鏡を見ながら名前を連呼すれば収まるとわかったんです。自分で名前を繰り返すことで自我を強く保つのがコツだったんですね。治療ではありませんが、これで麻生シリーズは一週間の命を全うできるようになって――」

「まーてまーてまてまてまてまてまてまてぇぇぇッ!!」

 あまりに無視できない情報が次々と明かされ、洋明は洪水を堰き止めるようにツッコミを入れた。

「麻生シリーズってなんだ!? あと命が一週間ってどういうこと!?」

「転移復活というのがありまして、死んでも、観測されていない並行世界の自分を転移させて生き返る理論があるんです。まだ実験段階で誰でも可能とはいかないし、回数制限や記憶の齟齬、身体能力、外見変化と色んな問題が山積みなんですが、麻生はそこそこ適正があったので実行できました。まあ、あくまでそこそこなので、これまで九十九人の麻生が死亡確定で散っていきましたけど」

 なんか、またよくわからない話が出てきた。

「でも、彼女の方はすごいんです! 適正値が非常に高くて、転移復活に全くデメリットがないんですよ! 死のうが、怪我しようが、病気になろうが、何の問題もなく生き返られる! ここまですごいと全並行世界に影響を及ぼせる“特異点”の可能性すらあります! だから、つい鉄仮面のところからさらって来ちゃって――」

「確認する」

 興味のない話がまだまだ続きそうだったので、洋明はアルジャイヌの話を強引に打ち切る。

「オレは人間でいいのか?」

「はい、生き返った人間です。麻生シリーズとはいいますが、別にクローンとかメカってワケでもないですし。一週間後に死んじゃいますけど」

「命が一週間である理由は?」

「麻生の本能、理性、精神等々、それらのぶつかりあいに耐えられる限界が一週間なんです。その限界を超えると、自我が崩壊して爆発四散します」

「オレにある力は転移復活と関係しているのか?」

「はい。転移復活の影響で、感情を力に変えて解き放てる身体になってるんです。薬液ポッドの破壊、黒服や鉄仮面への攻撃、人の範疇を超えた力を出せていたのはそのせいです」

「感情を力に……ぬぐぐぐ」

 洋明は歯がゆさで拳を握りしめる。

 無理もない。鉄仮面に勝てなかったということは、彼女への愛がその程度だったということなのだから。

 この事実は必ず覆す。

 次に鉄仮面と対峙した時、彼女への愛を証明するためにも、洋明は鉄仮面に勝たねばならない。

「しかし、オレは死んでいたんだな。まあ当然か。あんなゲテモノ馬車に轢かれて生きてるワケが――」

「二百年経ってるので、たとえ生きてても寿命で死んでますよ」

 またしても展開を渋滞させる事実が飛び出した。

「二百年!? 二千四百ヵ月!? 七万三千日!?」

 ショックで年、月、日と繰り返し、洋明はガクリと膝をつく。

「麻生洋明のいた時代を調べたら、そのくらい経っているとわかりました。間違いありません」

「そんなにも時が……ということはまさか!?」

「彼女は転移復活してませんよ。二百年ずっと眠っています」

 洋明の言いたいことを察して、先にアルジャイヌは答える。

「彼女は目覚めず、傷もなく、老化もなく、二百年前の人間なのに生きている。たとえ特異点だったとしても、身体は普通の人間と変わらないはずなので不思議すぎます」

 ワザとらしく首を振りながらアルジャイヌは続ける。

「まるで時の凍った眠り姫ですよ。髪の毛もらおうと思ってハサミを使っても全然ちょんぎれないし。切れないどころかハサミが砕けるし」

「エセシスターぁぁぁぁぁぁ!」

 また聞き捨てならない発言が飛び出し、洋明はアルジャイヌの腕を思い切り掴んだ。たちまち腕がやばい紫に変色していく。

「あだだだだだぁぁぁぁぁ! 痛い痛い痛い! 好奇心を抑えられなかったんですッ! 傷一つつけられなかったから許してぇ!」

「嘘だったら握りつぶすぞ」

 やばい紫からやばい黒になりかけた所で、洋明はアルジャイヌの腕を離す。

「鉄仮面が彼女を眠らせているのか?」

「それもわかりません。彼女に刺さっている儀礼剣や、眠っている理由について知っているとは思いますが……あ、鉄仮面が何者かならわかりますよ」

 アルジャイヌは修道服の裾をゴソゴソ探り、小ぶりなリモコンを取り出した。ボタンを押すと目の前の床がモーゼのように割れ、二十インチほどのモニターがせり上がってくる。

「鉄仮面は誰も正体を知らない謎の人物です。わかっているのは、この世界を支配する正常異常集団の総統であり、二百年前からずっと生きている不死の存在だということだけです」

「二百年!? 彼女と同じだぞ!?」

「そうなんですよね。眠ってはいませんけど」

 コクリとアルジャイヌが頷いた瞬間、モニターに映像が映し出された。

『地球人諸君。正常異常集団総統、鉄仮面である』

 質素な壁を背景に鉄仮面の上半身が映っていて、違和感ありまくりの政見放送のようだ。

『まだ我が正常異常集団に逆らう者がいる。嘆かわしいことだ』

 鉄仮面はため息交じりにわざとらしく首を振る。

『よって、正常異常集団を拒む抗戦派の者達へ告げる。正常異常集団に歯向かえばどうなるか、その愚かさを思い知るがいい』

 映像が切り替わる。

 空撮映像だろうか。画面には地平線を埋め尽くすほどの戦車が、何処かの荒野を走っている様子が映っていた。まるで超大作洋画のようなスケールだ。

 話の流れからして、この大隊は鉄仮面に逆らう抗戦派なのだろう。だが、鉄仮面はこの軍勢に何を仕掛けるつもりなのか。空襲か? だが、これだけの戦車が動いているということは、制空権は抗戦派にあるはず。簡単に一網打尽にできるとは思えない。

『粛正!』

 鉄仮面が号令のように叫んだ瞬間、画面の先頭にいた戦車が吹き飛んだ。

 地雷? 無反動砲? ミサイル? いや、違う。戦車はボーリングピンのように蹴散らされている。

 洋明が目を凝らして画面を見ると――そこには信じられない映像が映っていた。

 なんと、戦車群はたった一台の馬車に蹂躙されているのだ。

「あれはオレと彼女を轢いたッ!?」

 思わず洋明は目を見開く。あの忌まわしき馬車がこんどは大量の戦車を轢いている。映像内は完全に馬車の無双だった。

 鉄仮面が鞭を振ると、巨馬が暴れ狂うように走って戦車を次々と蹴散らす。檻もドリフトしているかのように大きな起動を描き、戦車を吹き飛ばしていた。馬車は常に八の字を描きながら動いており、前方も後方も攻撃の勢いが凄まじい。

 戦車は砲撃を試みるが、巨馬は着弾点が見えているかのように榴弾を避け、檻にはそもそも効いてない。

 なんたることか。戦車は馬車に対してまったくの無力であった。

『どうした! こんなものか! 私はもう少しは楽しめると思っていたのだぞ! 残念でならない! 正常異常! 正常異常! フハハハハハハハ――』

「と、こんな感です」

 もう十分だろうと判断したアルジャイヌがリモコンのボタンを押す。プツリと映像が消え、モニターが床の中へと戻っていった。

「鉄仮面はなかなかとんでもないヤツのようだ」

「そうですね。自分の編集した映像を見ながら、自分の無双シーンを全世界に向けて語るとか、そんな恥ずかしすぎて死ねる真似はとてもできません」

 洋明とアルジャイヌはお互い素直な感想を口にした。

 二百年を生き、世界を牛耳る組織の総統で、馬車一台で戦車群を圧倒し、タチの悪い酔っ払いのような自分語りを平然と全世界に発信する。

 どう見ても鉄仮面は手を出してはならないヤバい人物だった。

「だが、彼女をさらったヤツを追わない理由にはならない」

 洋明は怒りに震えながら拳を強く握り締める。

 そう、鉄仮面がどんなに近づいちゃいけない、痛くて危険なヤツでも洋明には関係ない。

 何故なら、鉄仮面は愛する彼女を轢き、さらっていった張本人なのだ。

「ふー、わかってませんね麻生」

 アルジャイヌは呆れるようにため息をついた。

「彼女は鉄仮面、いわば世界の王に連れて行かれたのです。居場所を知るだけでも困難を極めるでしょう。あなたは一週間しか生きられない儚い命なんです。そんな短期間で鉄仮面を見つけて、さらに彼女を目覚めさせるなんて――」

「だったらぁぁぁぁぁぁッ!」

 洋明の目に決意の炎が燃え上がる。

「一週間以内に彼女を取り返し! 目覚めさせ! 鉄仮面に報復すればいいだけの話だ!」

「ええ!? あなた正気ですか!?」

 母性溢れるバスト二百五十のデカ女に甘えて生きられるようなバカ世界ができたらどんな世界にするも可能、とか考えている女が驚愕した。

「一週間では彼女を探せないと言いたいんだろう。一週間では鉄仮面への報復は無理だと言いたいんだろう。報復しても意味がないと言いたいんだろう。一週間という短い命なら穏やかに過ごすべきだと言いたいんだろう。憎悪に身を焦がさず許すことが大事とか、そういったことを言いたいんだろう」

 洋明は「だがな」と、己の存在意義を宣言するように叫ぶ。

「そんなのまっぴらゴメンだ! オレは彼氏だッ! 彼氏が彼女をあのままにしておけるモノかッ! 鉄仮面を許せるかッ! オレはやりたいように行動する! 無論、その覚悟も決めているッ!」

 指を加えてジッとしているなどできない。これは愛する彼女を鉄仮面に攫われた洋明の宿命なのだ。

 絶対に彼女を取り戻し、鉄仮面には死よりも深い闇をくれてやらねばならない!

「……この世界は麻生の知ってる世界じゃありません。さっきも言いましたが、鉄仮面と敵対するというなら正常異常集団との戦いは避けられないでしょう」

「覚悟の上だ」

「発作というハンデはありますが、あなたには転移復活の副作用があります。大抵の敵はぶっとばせるでしょう」

「大抵だろうが強敵だろうが魔王だろうが勇者だろうがぶっとばす」

「一週間の命、頑張ってください――と、言いたい所ですが」

 アルジャイヌが指をパチンと鳴らすと、洋明の足元から鎖が飛び出し、身体を雁字搦めにした。続けて裾をゴソゴソ探り、小型のスティックボタンとチョーカーを取り出す。

「……なんの真似だ?」

「色々あって忘れかけましたが、麻生は私が蘇らせたんです。つまり私の所有物です!」

 フフフと、アルジャイヌは不適に笑う。

「残念でしたね。私は麻生の味方ではないのですよ。マッドサイエンティストとは悪者を指す言葉なのです」

 アルジャイヌはニヤニヤと笑いながら「馬鹿め!」と言わんばかりに洋明を見下す。

「所有物に自由などありません。このチョーカーはスイッチを押せば爆発する代物です。よって、首につけてしまえば私に逆らうことは不可能! 観念してください。これから麻生は命ある限り私を正常異常集団から護衛する人形――」

「そのチョーカーを首につけてスイッチを押すのか?」

 洋明は飴細工みたいに鎖を粉砕すると、流れるような動きでアルジャイヌからスイッチとチョーカーを奪い取った。

 そして、瞬時にチョーカーをアルジャイヌの首に装着する。

 アルジャイヌ終了のお知らせ。

「……ん? ええ!? はぁぁぁ!?」

 マヌケ金髪科学者が状況に気づいた時にはもう遅い。洋明は躊躇うことなくスイッチを押した。

 ピー! と甲高い音が鳴り響く。

「はわわわわわわわあああああああああああっ!?」

 直後にドゥォォォォォン! と、チョーカーがド派手に爆発してアルジャイヌは消し飛んだ。爆風で部屋の全機械が一斉に壁へ叩きつけられ、スクラップの山ができあがる。

「何もわからず押さないでくださいッ! 典型的な機械音痴ですかあなたッ!」

 そのスクラップの山から、アルジャイヌがギャグ漫画みたいにピンピンした姿で現れる。確実に死んだはずだが、傷一つない。

「聞き忘れてたが、なんでお前は死んだのに生きてるんだ?」

 洋明はヤバイ紫にならない程度にアルジャイヌの肩を掴む。

「そ、それは転移復活してるからです! 私はマッドサイエンティストですから、自分自身に限っては復活できる理論を確立してるんです! だからデメリットなし! 何度死のうが復活できますし、記憶もあるし、さらに服といった外見も持ち物だって復活する神仕様! こんなの私じゃなきゃできません!」

「つまり、お前は何度死んでもゴキブリみたいに湧いて出るってことか」

「もっと例えがマシな生物いますよね!?」 

「不死身なら好都合だ。オレに付き合う者として相応しい」 

「え? どういうことですか?」

 ニヤリと不適な笑みを浮かべる洋明に、恐る恐るアルジャイヌが聞く。

「お前がいなくて誰が俺の発作を止めるんだ?」

 洋明は手鏡をアルジャイヌに押し付ける。鏡には不適な笑みを浮かべる洋明と、戦慄するアルジャイヌの顔が並んで映っていた。

「わ、私はあなたと違って鉄仮面と戦う気なんてありません! 正常異常集団に生きてるのがバレないようにしないと――」

「生き返っては死ぬを永遠に繰り返すのがいいか、オレの発作を止めるのがいいか、選べよエセシスター」

「……こ、後者で」

 涙目になりながら、アルジャイヌはしぶしぶ答えた。

「さすがマッドサイエンティスト。賢い選択だ」

 洋明はアルジャイヌの肩を掴んだまま、穴の開いた天井下へ向かう。

「飛ぶぞ」

「へ? 飛ぶ? 飛ぶって何――どぅぎゃああああああああああああああああ!?」

 洋明はアルジャイヌと一緒に天井の穴から飛び出した。

 ものすごい脚力であっという間に雲より高く跳躍し、そこからは雲を蹴ってどんどん進んでいく。ちなみにどうやって雲を蹴っているのかは不明で、進む先は洋明の直観だ。

「落ちるううううううっ! こわいいいい! いやあああああ! たすけてぇぇぇぇぇ!おろしてぇぇぇぇ!」

「彼女は返してもらうぞ鉄仮面!」

 アルジャイヌの悲鳴など聞こえないフリして洋明は空を翔ける。

「死よりも深い闇をくれてやる!」

 命の期限は一週間。今、鉄仮面から彼女を取り返す旅が始まった!




 そして、一か月が経過した!


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