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不治の病

「ダミアン殿下、殿下とこちらでお会いするのは今日が始めてですが、私はこの国に大使として赴任してから毎週水曜日ルシンダ殿下の元にご機嫌伺いに来ているのですよ。勿論、私の前任の大使もその前の大使も」


アルビオン大使の言葉にダミアンは目を瞬いて口をパクパクとしていた。


「さて、殿下。お時間が迫っておりますので馬車へ」

そんなダミアンを無視して、大使にエスコートされてルシンダが横をすり抜けて行こうとしたその時、


「お前、大使と不倫しているな!不義の子は不義の子。お前みたいな阿波擦れとは離婚」


自分のことはどこへやら、友好国の大使の前で、その国の公女であり血筋は明らかに王家由来であるルシンダ対して看過できない種類の悪態をついて、とうとう決定的な言葉を言い放つのか、と、皆が期待を込めて見つめていたその瞬間


「何でしょうか、ダミアン殿下。今、離婚と聞こえましたが私の聞き間違いですかな。万が一本当に離婚のご意志があるのならば、早急に婚姻契約書に基づいて手続きを取らせて頂きますが」


冷たい視線で寂しい頭頂部を見下ろしながら、大使が重い言葉を述べた。


「あ、う、いや聞き間違いだ。大使の手を煩わせることなど何も無い」

大使から出た婚姻契約書と言う言葉から自分の過ちに気付いて、視線を揺らして、への字に口を閉じた。


そのやり取りの間、一言も口を開かず、視線も寄越さず完全無視を決め込んだルシンダは、優雅に大使にエスコートされて馬車に乗って何処かへ出掛けてしまった。



「ルシンダはどこへ行ったんだ!」

残されたダミアンは、羞恥に顔を真っ赤に染めて、ただの一人も知り合いが居ない自分の王子宮で、癇癪を起こして怒鳴って回り、年嵩の侍女を指差して質問すると、


「ルシンダ殿下のご予定は王子宮の文官に提出しております故、もし必要ならばそちらにお問い合わせ下さい」

こちらも慇懃無礼な返事に終始したのだった。



忌々しげに足音を鳴らして帰って行くダミアンの背中に、王子宮の使用人からの冷たい視線がいくつも突き刺さっていたのだった。



コンパートメントのボックスシートに向かい合って座り、ルシンダの話を聞いていた。


「まあ、そんな感じでかれこれ15年ぶりにあった夫の姿から、月日の移ろいの儚さを感じたのよ」

などと、時おり呑気な彼女の感想を交えての話に、内容の重さと彼女の口調の軽さにマットはお尻がムズムズするような座り心地の悪さを感じていた。



「でね、その時に大使に付き添って貰って王国病院へと行って、検査入院をしたのだけれど」

突然、話が変わって、マットは背を伸ばして真面目に向き直した。


始めは数日の予定の検査入院だったと言う。


前年の冬にひいた風邪が長引き、年が明けても体調が優れず、王宮医にもずっと診察を受けていたし、調薬も処方されてずっと服用していたのに、日々身体は重く良くなる兆しも見えない。


流石に精密検査を行った方が良いと王宮の医師団から話が出て、この日フルーレゾン王国で最も権威のある王国病院へと検査に赴くことになったのだった。


本来であれば、家族が付き添うのが当然であろうが、何せ子を孕んでから一度も顔を見たことの無い夫など他人よりも余程他人で、然りとて、先日帝国大学へと進学した息子に帰国を求めることなど親として有り得ない。


本当は、長く自身の身の回りの世話をしてくれる王子宮の使用人の誰かに付き添いを頼もうかと考えていたのだが、アルビオン王国の大使が、母国として対応するべき案件だと言って付き添いを買って出てくれたのだった。



病院につき、次々と検査を受けた。


そのうち、もう少しもう少しと入院の日数が増えるにつき、自分の身体が存外悪いのだと言うことに気がついたのだった。



最終的な診断結果を告げる日を医師団が決定して告げられ、大使へも連絡をと前もって言われた時に、自分の命が尽きるのだと言う確信を得たのだった。


思えば、産みの母は知らず、義父と名を呼べぬ父からは友好の証しとして嫁ぐことを命じられ、嫁いだ先では籠の鳥。


いや、嫁がなくても不義の子の自分は親の因果に縛られた羽を切られた飛べ無い鳥なのだ。


このままあの王子宮で、あの狭い世界で朽ちるのか。

母国へと帰って、偽りの家族に看取られうわべの慰めの中、この命果てるのか。


私の人生とは、親の因果に絡め取られて、ここで一生を終えるだけ、そんな人生なんだろう、けれど。


せめて最期くらい自分で選んでも良くないかしら。

私の死に場所くらい私が選んでも許されるのじゃないかしら。



そう思った時、私は、私の心は始めて自由になったのだった。

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