アニエス王妃 その1
先に王妃殿下からの手紙を読んで欲しいと手紙を渡されたので、アーチーと叔母のことは船医に任せて、ラボの丸椅子に座り、封を切った。
そこには、流麗な文字で貴族らしい挨拶文から始まり、セシル家が祖父の代で筆頭王宮医になった頃の国内情勢が書いてあった。
太陽王は、そのカリスマ性と非情な決断を躊躇しない完全な王として振る舞った。
それによって、フルーレザンの領土は大陸と植民地共に広がり、歴史上一番の繁栄を見せた。
しかし、光が強ければ強いほど、闇は濃くなると言うように、恨みもたくさん買うことになり、特に、女性関係は奔放で、聖教の教えでは一夫一婦の誓いを行った夫婦はその命が終わる日まで別れることは許されない、にも関わらず彼は4度の離婚と5度の再婚を繰り返したのだった。
初めの婚姻は、聖教の教会本部の枢機卿の家から嫁いだ娘だった為離縁することが難しかったので、息子が一人生まれた後、離宮へと王妃共々幽閉した。ただ嫁の婚家の後押しもあり国王になった経緯もあったので、彼女との子、孫は次代の跡継ぎにすると、早々にお達しを出して、口出しを封じた。
故に、2から4番目の王妃と世間で言われているのは、実は公妾のことで、だからこそ、ちゃんとした婚姻では無いことを良いことに爵位に関係なく好きな女を選んでは王宮に部屋を与えた。
そして、子が出来たとしても妾の子であるからと相続権は与えず、寵愛が無くなれば追い出して別の女と入れ換えるだけ。ある者は些細な出来事を大袈裟に扱い難癖つけて一族を国外追放にし、ある者は母子ともに修道院へと追いやった。ある者には、役に立てば公妾では無いが貴族として特別に取り立ててやろうと囁いて、手足として働かせた。
その頃、幽閉されていた王妃が流行病で亡くなり、跡継ぎと見られていた息子も移って翌月には亡くなってしまった。
アニエスの祖母は、その頃王に見初められたが故に、2代目王妃として嫁いだのである。
祖母の生んだ息子、愚鈍王太子と呼ばれたアニエスの父は、祖父の悪いところだけを煮詰めて凝縮したようなダメな男で、アニエスの母と結婚するまでに数々のヤラカシをした。
幼い頃からの婚約者はフルーレザンのサルム公爵家と言う裕福な家の令嬢だったが、婚姻前にその侍女に懸想して、お粗末な冤罪を捏造して婚約破棄して修道院へ出家させ、元婚約者の侍女を次の婚約者にしたが婚姻前に孕ませてしまった。
股の緩い王族の癖に、婚姻前の交わりで子が出来ては聖教会が国王と認めてくれないと侍女と子を捨てた。
結局、太陽王が法衣貴族ロワン家の令嬢を王命を出して婚姻させて、アニエスとダニエルが生まれたのである。
ここで、太陽王の最初の王妃の時に出した命令で、王太子は最初の王妃の子孫が継ぐと言う自身の王命を勝手に反故したことに、元王妃の実家やその側使えたちは大憤慨したのであった。
少し時間を戻して、太陽王が「言うことを聞けば取り立ててやろう」と囁いた家が、モノー家である。
モノー家の娘をアルビオン王国のサビル家と縁づかせて、その娘を嫁に出すように指示した。
そのモノー家が連れていった使用人の中に、仕立て屋として連れていった一団がいて、彼らがズバリ暗殺者集団であった。
太陽王は、結婚式の場を使って、毒針による毒殺に関わる時間を図る実験をしたのである。
新郎のサビル家嫡男には、胸のブートニアから極小の針を胸に刺して、ある者は、着替えの手伝いで背中に極小の針をさして、王太子には椅子の座面に仕込んであった極小の針を太ももの裏に刺さって。
そうして、アルビオン王国の貴族の嫡男は次々に謎の死を遂げ、アルビオンには混乱を、フルーレザンには毒の研究成果をもたらしたのであった。
王太子と共に亡くなった人に、側近だったシャバン伯爵家とリンネット伯爵家の嫡男とリンネットの嫡男の侍従として使えていた乳兄弟のウィルシュ男爵家の嫡男も居た。
モノー家はフルーレザンに戻った後、その貢献に太陽王から子爵位と法衣貴族としての王宮での地位を得て、毒針暗殺を得意とする工作担当の貴族家となった。
太陽王には多くの敵が国内外にいて、毒による暗殺を大量にした彼自身が毒の暗殺に怯えて、王宮医だったセシル家に解毒剤を研究させて、ジャン・セシルが毒針による暗殺用の毒を無毒化出来る解毒薬を開発した功績で、筆頭王宮医に抜擢した。
「え、じいさんは解毒薬を作ったのか。無味無臭の秘匿の毒じゃなくて!」
マットが、読んでいた手紙を放り投げて叫んだ。
「そうよ、太陽王はね、着替えの時、入浴の時、トイレの時と何回も暗殺されそうになってたのよ、だからどうしても毒針の毒を無力化したかったの。その解毒薬は秘匿としてね、誰にも知られないようにと厳しく命じて」
叔母ディアーナが細い眼鏡のツルをくいっと上げて横から答えた。
「毒針に使われる毒を中和する猛毒、トリカブトを使って解毒薬を作るなんて当時誰も思い付かなかったみたいよ」
結局、ヘレンの実家と周りの貴族家は嫡男を毒で太陽王に殺された一族だった。
そして、ヘレンを毒針で殺したのもまた、ザビル家の婚姻でアルビオンに入国してフルーレザンからの指示を待っていたモノー家の送り込んだ暗殺者だったのだ。
ヘレンは亡くなり、打倒フルーレザン王国と言う仇討ち貴族家にフィッツロイ公爵家が加わった。
長い、対フルーレザン工作が始まったのだった。
アルビオンには、打倒フルーレザンを合言葉に太陽王を亡き者にしたい家があり、フルーレザン国内にも太陽王を憎く思っている貴族家もわんさかとあって、そのフルーレザン側の反乱分子に接触すると、太陽王と愚鈍王太子を殺したいと願っている者が何人も沸いてきた。
因果応報、太陽王を亡き者にしたのは、母親を見捨て赤子の自分を捨てた父を敵と息を潜めてその機会を狙っていた、あのモノー家の公妾と王の血を分けた娘だった。
彼女はメイドとして王宮に勤め国王の部屋を担当していて、シーツから極小の毒針が父の肌にちゃんと刺さるように配置して寝返りをうったその胸に針が刺さって願い通りにちゃんと殺せた。
序でに、弟の愚鈍王太子も生きていてもしょうがなかろうと、同じ頃同じ手口であの世へと送ってやったのだ。
そんな恨まれている国へとわざわざ出向いた自分が、どれほど世間知らずで愚かだったか、アルビオンの貴族を纏める憎い悪役としての存在を望まれていると、結婚した日の閨で夫となった人から聞かされて、絶望しながら幽閉さえれたのだ、と王妃の手紙には書かれていたのであった。




