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王家の毒

マットは、仮フルーレザン秘匿の毒の数式を何度と無く書き出しては、体重と用量との相関関係を探っていた。


ルシンダは半年をタイムリミットとして自分の命をビットした、そんなことを言っていた。


どういうことだ、ルシンダにサンラザール王家の毒の知識があることは間違いないだろう。

どういった状況で投与されたのか、年明けから処方された風邪薬に混ぜられていたのならば、期間が長過ぎる。

だいたい誰の指示で、誰が投与したのか。

祖父が引退した今、あの毒を扱えるのは父と兄だけ、しかし、彼らは王子宮の医師では無いし、二人共王宮医と言う肩書きではあれど、臨床の現場から離れて研究所勤務の研究員と言う方がしっくりくる。


王子宮はずいぶん前から、アーチーを筆頭にアルビオン王国の間者が入っていてルシンダの身辺警備はアルビオンがしていた、その目を掻い潜ってルシンダへ毒を盛れるのだろうか。

投与から半年後と言うかなり長期の時間を経て死に至らしめるなど、毒の量に繊細な管理が必要なのに。

ルシンダだって、ハポネでの解毒薬の投与がなければ、アルビオンまで辿り着いたとは思えないほど、死ぬまでの時間をコントロールすると言うのは難しいのだ。


フルーレザン王家秘匿の毒とは言え、医者であれば貴族・平民関係なく毒殺、暗殺用の毒があることはわりと知られていることで、話だけなら船医も言っていたように、この大陸の医者たちは不治の病と言うか原因不明の病は、王家の毒に晒されたなんてブラックジョークに使われるほど、知られている公然の秘密ではあるのだが。


医者では無いルシンダが、詳しく毒のことを知っているとなれば、フルーレザンに嫁ぐ前の王家主体の教育によるものかもしれない。


大体、ルシンダの母親がその毒で殺されたんでは無いかと言われているのだ、公爵領に居る時分でも公爵夫妻から教えられた可能性もある、死んだ母親ヘレンは王都の公爵邸で亡くなって、死体の状態確認やらは公爵本人が行った可能性もありえる、なんせフィッツロイ家が後援となってヘレンを公妾として王宮に入れるはずだったのだから。


そう思えば産後に死亡したことは、公爵家はかなりの下手を打ったと言われてもしょうがない失態で、故に当主自身がその状況を確認するのは間違いないはずだった。


自分の邸での事件である故、使用人やお抱え医師の中の内通者の調査も厳しくしただろうし、世間で言われていることよりフルーレザンの毒について詳しく知っていてもおかしくない。


アニエス王女の周りがヘレンに何かを仕掛けるだろうと簡単に予想出来る中、王女に付き添ってきた他国の侍女の、セシル家出身の叔母に産婆を任せるだろうか。


アニエスの出産には立ち会えてもヘレンの出産には無理だろう。

王家も公爵家も許可は出さない。


ヘレンが急変した時に、証拠の有無に関わらず叔母が一番に疑われ罰せられるのは間違いない。

それなのに、王妃の侍女として今も侍っているのだから叔母が投与したはずは無いのだ。



娘をむざむざと殺されたヘレンの実家シャバン伯爵家が、なぜまた一族から嫁を出したのか。


後妻のジェーンもシャバン家の出身でヘレンの従姉妹、なぜ彼女たちがリチャードの庶子を孕んでトーマス・フィッツロイに嫁いだのか。


シャバン家じゃなければならない理由があったのだろうか。


ヘレンの実家を継いだのは、武闘派で血縁関係にあるリンネット家の養子で、王の忠臣として建国からある名家として有名だ。

確か、ヘレンが婚約していたと言うウェルシュ男爵家もまた、リンネット家に連なる家系だったはず。

フィッツロイ公爵家、シャバン伯爵家、リンネット伯爵家、ウェルシュ男爵家、何があったのか。

単なる出産に纏わる話では無さそうだ。


「うーん、頭が混乱してしまった」


家系図に思考を奪われて、解毒剤のトリカブトの量が結局決まらない。

現実逃避しただけだった。


「なあドクター、アルビオン王家の先代国王の息子を含む青年貴族不審死事件について知っていることはない?」


マットが、傍らで体重との相関関係を導き出す数式を難しい顔で眺めている船医に声をかけた。


「知ってるも何も、その事件が発端になって、その後の医学界ではバレない毒、無味無臭の毒、死をコントロールできる毒、そんな恐ろしい毒を求めて多くの国が研究合戦を始めたんだ。


フルーレザンが持ったならば、いつ自国に使われるかもわからないとな。解毒剤の研究と共に自国の王家も秘匿の毒を持ってますって牽制したい国ばかりだったから、みんな人殺しの毒薬の研究をしていたもんだ」


そう言って、船医は当時の事件の概要を説明してくれた。



現在の国王の祖父が国王の時代、今から五、六十年前のこと。


始めは、王国の西側にある島を治めてたサビル侯爵家の嫡男が、婚姻したその日に亡くなった。


結婚式に招かれた多くの新郎の友人たちは、おめでたい日に突然胸を掻きむしりながら亡くなった瞬間を目にしてなにごとかと大騒ぎになって、当然結婚式は中止、後日花嫁はフルーレザン王国のモノー家に帰されることになった。


その後、教会のその場は葬式へと変えられて、参加者たちは一転して悲しいセレモニーに涙して帰っていった。


すると恐ろしい異変がアルビオンに起こったのだ。

サビル家の式に参加した青年貴族たちが、後を追うように次々と苦しみ倒れて亡くなってしまった。


誰かの恨みを買っていたのか、いやいや痴情の縺れか、失意の死を悔やんだサビル家の息子が道連れに連れて行ったのだろうなんて、非常識な噂が流れたりしたが、その噂をしていた者の家族や知人、ついには友人として列席していた王太子まで倒れてしまったのだから、王国を揺るがす一大事件となった。


亡くなった者の遺体を王宮医師が検分すると、ザビル家の息子は左胸から背中にかけて青黒く変色していて、王太子は右足の太ももから腹の周りが赤黒くなっていた。


別の者、別の者と調べて回っても同じ症状は見られるものはいなくて、死亡したのもザビル家の息子の死が始まりとしても、次は翌日の夕方、その次はその数時間後、王太子に至っては2ヶ月も過ぎてからであった。


死に様は、それぞれでザビル家の息子のように胸を掻きむしりながら絶命した者、朝起きてこなくて使用人が発見した時には既に冷たくなっていて寝顔のように穏やかな者、王太子のように婚約者では無い女性と不埒な交わりの最中に突然死した者と、多岐に渡っていて、関連性があるのかどうかもはっきりと決めることは出来なかった。


王太子の死が余りにもセンセーションだったこともあり、王家としても早めに幕引きを図りたかったのか、謎の青年貴族の死は、多くの謎のまま今でも真相は闇の中なのであった。


「だが、医学を嗜む者と情報を扱う者は、秘密の毒が盛られたのではないかと考えていて、他国でも同じような貴族の嫡男を狙った無差別殺人が起きたら大変だと備えの解毒薬と、反撃用の完璧な毒を作らねばと躍起になって研究を始めたんだ。お前の祖父、ジャンも必死だった、フルーレザンには既に有るだろうに、どんだけ毒殺する気なんだって、同窓の者は顔を歪めていたものだ」


船医の話に、マットはおやっと気になることがあって、船医に尋ねた。

「なんだ、じいさんの研究の前にフルーレザン王家には秘匿の毒があったのか?」


船医は呆れた声で、

「話を聞いていたか。あったからアルビオンで事件が起きたんだろう?」

と返したが、マットは納得出来ずに質問を繰り返した。


「じゃあ、じいさんが作った無味無臭の毒っていつ使われたんだ?ヘレンが死んだ時に使われたのは本当にフルーレザンの無味無臭の毒なのか。無味無臭の毒をどうやってフィッツロイ公爵家は検分したんだろう」


マットが過去の事件に思考を囚われていた、その時に、船医のラボの扉が叩かれた。


「なんだ、こんな時間にバトラーが差し入れでも持ってきたか」

船医が扉を開けて、ええ何で、と言う声が聞こえたので、マットもドアへと向かうと、そこには護衛騎士の制服を着たアーチーと、細い銀色の眼鏡をかけた母親くらいの女性が立っていた。


「アーチーどうした、今は取り込み中だ」

マットが戸惑いがちにそう伝えると、アーチーが憮然とした表情で、

「お前の叔母である、ディアーヌ・セシルを連れてきた。アニエス王妃からの手紙も有るそうで、直接お前に渡すことになっているとのことだ」

そう言って、横の女をチラッと見た。


「ずいぶん大きくなったのね、と言っても貴方は記憶にも無いでしょうけど。よくぞセシル家の秘薬まで辿り着きました。後は、私にお任せなさい」


室内へと入って来たその女も、自身と同じグレーの瞳であった。








明日13日に本編完結となります。もう少しお付き合い下さい。

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