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帰路 その2

秋祭り会場を後にして、療養所でジョチュウメイドに着替えの手伝いをしてもらいながら、


「とても素晴らしかったわ。あなたには色々とお世話になって、《ありごとう》」

船医から教わったハポネ語でお礼を述べた。


彼女は、手を振り頭を下げながらながら

「ダイジョウブ、ダイジョウブ《気にしないで下せえ》」

と帝国語とハポネ語で返事をした。


名を尋ねると、オタミと答えた。


「いつかまたオタミに逢えたら嬉しいわ、これは今日のイベントのお礼よ。受け取って」

そう言ってルシンダは、ジュリアが船から持ってきた細い金に一粒ダイヤのネックレスの入ったケースを彼女に渡したのだった。



ルシンダは、公然の秘密である国王の庶子で公爵令嬢、その上、今の身分は、まだ王子妃か元王子妃のどちらかである。


衣裳代など気にしたことは無く多くを与えられていたが、令嬢としてデビュタント以外に社交はせずフルーレザンに嫁ぎ、外に出ない幽閉に近い生活をしていたので、着飾ることに余り興味を持っていなかった。


それでも予算内でドレスやアクセサリーは季節毎に購入して、シーズンを終えた未使用のドレスやアクセサリーを、自身に侍る侍女、護衛や大使の家族や夫人へと下げ渡す王族としての義務は粛々と行っていた。


今回の逃避行においても愚昧な夫を出し抜いて、それなりの数のドレスやアクセサリーは入院中に持ち出していて、乗船した貴賓室のクローゼットを埋め、宝石箱が積まれていた。


その中で、今回は療養所でルシンダの身辺の世話を甲斐甲斐しくしてくれて、思い出作りにと祭りに誘ってくれたこの気の良いジョチュウメイドに、療養所での治療費・滞在費とは別にお礼を渡そうと、ジュリアに指示して持参させたものだった。


《とんでもねぇ、こんな大層な物もらえません》

首と手を大きく振り、眉を下げた困り顔で遠慮している彼女に、箱を押し付けて


「《ありごとう、ありごとう》貴女への感謝の気持ちよ、受け取って」と下手なハポネ語と帝国語で伝えて、うんうんとジュリアと共に頷いたのだった。


出口に並んだドクターイオリと弟子のカンスケ、オタミにお礼と暇を告げて、すでに遅い時間になってはいたが、馬車に乗って船へと帰った。


船医は先に戻っていて、いつもの白衣姿で船の入口でバトラーと共に迎えてくれた。


翌日、ハポネ大使が船へと見送りにやって来た。


今回の滞在では、無理を言ったことも多く大使に苦労をかけたので、労いの言葉をかけつつ、フィッツロイ公爵家の家紋、金地に波打った銀の苺の葉と黒い右を向いたカラスの模様の、金銀ブラックダイヤモンドで作られたブローチをジュリアが恭しく受け渡した。


この品は、ルシンダが嫁入りの時に身に付けていた物で、彼女の肖像画には必ず描かれている由緒正しいものであった。


「大使、あなたの尽力に深く感謝の意を」

そう言葉を添えて渡されたそのブローチを見た時、海千山千の大使でさえ、珍しく目を見開いたのだった。


「身に余る光栄に存じます。末代までの誇りにして大切に受け継がさせていただきます。ところで、こちらの件をいち早くお伝えしたく、この場に携えて参りました。この度、万事恙無く収束したようで、よう御座いましたな」

大使が後ろに控えている侍従に目配せをして、金の盆に乗せた新聞を渡してきた。


それをジュリアが受け取って、大使はその場を辞したのだった。



昼を過ぎ、船の出港を港でドクターイオリとカンスケとオタミが手を振って見送ってくれた。

ルシンダもマット、アーチーとジュリア、そして船医のドクターミュラーと共に甲板に出て、大きく手を振り、小さくなっていく人々とハポネ皇国の地を見ながら寂しさを感じたのだった。



ここからは一路、アルビオン王国へと帰るだけの残り少ない自由な旅路。


国に着いた後、ジュリアはその献身に相当する配慮が為され、当然高位貴族へと嫁ぐことになるだろう。

弟であるアーチー、本名アーチボルトは公爵家の次男であるから、フィッツロイ公爵家の持つ従属爵位の中でも最高位のブレンフォル侯爵を継ぐのが妥当だろう。


ルシンダ自身は、その身を公爵令嬢に戻して、暫くしてからどこかの貴族家の後妻に出されるのが普通である。

だが、フルーレザン王国の王子妃を、王子妃とは名ばかりな人質として15年も過ごしてきた自分自身を、誰が更なる政争の駒に使うだろうか。


いや、名も呼べぬ父、リチャード国王がもう一度王命を出したとして、それに従ってやる義理は無い。


義理はしっかり果たした、ルシンダは誰が何を言ったとしても、貴族の地位を捨て、籠から飛び立つことを決めていた。

決めたからこその、この逃避行である。


唯一の心残り、息子のウィリアムのことは、何年も前からお互いに話し合い大使を通じてアルビオン王国にもそれとなく、相談はしていた。


フルーレザンの王子であると言うのに、離宮に閉じ込められている状況を鑑みて、フルーレザン王族としては暮らせない。


それならと早くから勉学に励み飛び級しての帝国大学医学部へと入学を果たした。


ここまでは国王も許可したことだったが、ルシンダ側の秘密の計画では、卒業して医師になった後は王位継承権を放棄し医者として身を立て自由に暮らすことを目標としていて、彼もその為に頑張ると言って旅立っていった。


今は、大学の寮の中で守られながら、じっと様子を伺っているのだろう。


アルビオンでも別の国へ行っても彼が住みたい国で良いとルシンダは考えていて、もし彼が望むならハポネ皇国でドクターイオリに師事するのも良いんじゃないかな、なんてことも思ったりしていた。


アルビオンの王家やフィッツロイ公爵家の思惑は全く気にならなかった。


何者でもない、誰の思惑にも囚われない、ルシンダだけのルシンダ。

自由なルシンダ。

彼女はそれだけを求めて賭けに出たのだから。



大使から受け取った新聞は、一月も前のフルーレザン王国の物で、それの一面にはデカデカと大きな文字で表題が書かれていた。


『ルシンダ第二王子妃離婚して母国へと帰国。重篤な病気を患っているため、母国であるアルビオン王国で療養』



その文中には、ルシンダの病気の原因の一つは長年繰り返された度重なる、夫である第二王子ダミアンの不貞行為によるストレスで、それに対してサンラザール王家は王族を名乗るのには相応しくないと離婚を決定したその日に、即王族追放を決定した、と記されていた。


またそれ以外の記事には、王家は、ルシンダ王子妃に対する虐待の調査に乗りだし、その処分も追ってダミアン元王弟に科されるとも書かれていた。


どうやら、サンラザール王家の罪はダミアンが背負って償うようだ。


その知らせを聞いても、ルシンダの気持ちは凪いだままだった。


大切にされた記憶も、楽しかった思い出も何一つもたらさ無かった夫。

享楽の中に進んで沈んで行ったのは、ダミアン自身だ。


自業自得、因果応報。


ルシンダが思うのは、そんな東洋の諺だけ。


「明日は我が身かもしれないから気を引き締めないとね」


隣に侍るジュリアに言うとは無しに呟いて、窓の外に広がる海原を静かに眺めるのだった。



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