神秘と独自文化の国 ハポネ皇国 その2
本草療養所へと弟子のカンスケと名乗った青年と一緒に赴き、ドクターイオリに面会を頼み込んだ。
突然のことでドクターはその場に居らず、往診に行っていると言うが、無礼を承知で待たせてもらうと言うと、女中と呼ばれている女、メイドだと思うが、彼女がザシキへと案内してくれた。
ザシキとは草を編んだカーペットに、薄いクッションが置かれている場所で、その薄いクッションに座るようにとジェスチャーで教えられ、ソチャと言って東洋で好まれていると紹介されていたグリーンティーが出された。
船内では、やはり多少はルシンダの気分が良い時に、ハポネの観光案内本をライブラリーから借り受けて、どんな国で観光名所はどこで、どんな食べ物や飲み物があるか、どこに行って何をしようか、何が食べたいかなんて話を繰り返ししていた。
本には、チャヤと言うティーショップで甘く煮た豆を潰して作ったアンコモチと言う甘味とグリーンティーが出されると書いてあって、
「豆が甘いの!?想像が出来ないわ。モチと言うのはマシュマロに似ているけど、どんな味なのかしらね」
「グリーンティーはストレートティーなんだと!苦味を味わうのか。それなら俺はイケそうな気がする」
そんな他愛の無い会話がなぜか思い出された。
案内本の挿し絵と同じ蓋付きのティーカップを手に持ち、深緑色のソチャの香りを嗅ぐと、若草のような清涼感のある香りが立ち上ぼり、そっと口に含むと、丁度飲み頃な温度のそれをググッと飲み込んでみた、悪くない。
緊張からか喉が乾いていたようで、一息で飲み干してしまった。
座敷から庭を眺めれば、丸や直線にトピアリーされた木々がアシンメトリーに配置されていて、その中心ある池にはカラフルな魚が泳いでいて、細いバンブーから水が流れ出て反対側のバンブーが受け止めて傾いたバンブーが水を吐き出して下の石に当たってカポーンという良い音を庭に響かせていた。
室内の互い違いの木の棚には3本の草と花が生けられた花瓶が置かれ、隣には黒色で力強くカリグラフィーが書かれたタペストリーが掛けられていた。
読めないカリグラフィーをジッと眺め、静寂の中に時おり響くカポーンの音、不思議と落ち着く空間であった。
そこに慌ただしい足音が突然聞こえてきて、白い服を着た白髪混じりの髪を変わった形に結った老人がジョチューメイドに案内されて、やって来た。
「待たせてすまない、野暮用で外出していた」
老人は軽く頭を下げると、向かい合わせに座って流暢な帝国語で話し出した。
「こちらこそ先触れも出さず無礼をお許し下さい、ドクターイオリ。私はフィオレンツァで町医者をしているマットです。この度、『ステラ・マリス号』の船医ドクターミュラーからお話を聞き、どうしてもお知恵を拝借したくやって参りました。どうか、私の《《大切な人》》の体内に取りまれた毒を排出する薬草を教えて下さい」
マットは、この国では、両手と額を地面につけることが最上位の礼儀作法だとドクターミュラーから聞いていて、その作法を見せてもらってもいたので、寸部間違わずに同じ作法で願いを告げた。
「あ、頭を上げて、ドクターマット。話は大使からおおよそ聞いているし、海賊船医ムラからの手紙にも、君からの手紙からも毒に侵されている女性の状態が非常に危ないことは理解しているから、そんな土下座なんてしなくて良いんだ、医者として精一杯力を貸すと約束する」
胡座をかいて座っていた異人の医者が、突然、正座に座り直すや否や土下座をしたことに驚いて、半身腰をあげ肩に手を置いて頭を起こさせようとしながら、助力を約束したのだった。
船医に言われた礼をしたら本当に願いを聞いてくれた、聞いていた通りの『礼を以て礼を尽くす』そういう国柄なんだなあ、マットはそんな感想を持ったのだった。
それから、療養所の薬場へと案内されて、
「既にお前が自作した毒のサンプルはあるんだろう、見せてくれ」
と言われた。
鞄の中から、透明な液体の入った小瓶を取り出してみせた。
「中身は、何と何を使った」
ドクターイオリが眉間に力の入った厳しい顔で聞いてきた。
「スズランの茎とジキタリスの葉から抽出した物だが、これだけでは無いと思う。これは恐ろしく苦味が強いんだ。サンラザール王家秘匿の毒は無味無臭で、それ故暗殺に多用されたんだから」
マットも顔を歪めて嫌そうに答えた。
「フン、あの海賊船医ムラも昔言っていたな、西洋の医者は暗殺の毒を研究してるって。それが嫌で船医になったとか、騙されて乗ったのが海賊船だとか、古い話だ。そんな昔の毒がまだ使われているとはな」
「ドクター、ムラとはドクターミュラーのことか」
先程から不思議に思い聞き返すと、
「ああ、始めて会った時、離島の村人がミュと言えなくてムラ、ムラ、と呼んでいて、ムラが愛称になったのさ、金髪の美青年でな。ある日俺や同心の真似をして、前髪を剃ってちょんまげを結った姿で現れて、島の女の悲鳴が木霊したよ、ムラの綺麗な前髪がなくなっちゃった~ってな」
確かに、船医は今も前髪から頭頂部は髪が無く、横と後ろ髪を長くしているが禿げているんじゃなくて、剃ったのかとどうでも良いことに気がついて、とっても驚いた。
「病人に寄り添うのが医者だ、俺のようになるとか言って姿形から真似しやがって。どうだあいつは良い医者になったか?」
イオリがフンと鼻を鳴らして顎をしゃくった。
「ええ、ドクターイオリに聞いたことをしっかりと覚えていますよ」
マットの言葉に、小さく頷いて
「じゃあ、今現在出来ている解毒薬を見せてくれ」
そう言った。
今度は鞄から茶色い瓶を取り出して、
「キナと言う木の皮と活性炭、それからホーソンと言う薬草から作った」
説明しながら蓋を開けた。
イオリは、透明な瓶と茶色の瓶の両方の匂いを嗅いで、小匙で一匙ずつ救って、ガラスのシャーレに液体を乗せた。
「なかなか良い線をいっている、悪くない」
本草学医師の権威ながら、皇国が鎖国を解いた後、西洋医学も帝国大学出身の医師から学んだと言うドクターイオリは、現在世界で3本指に入るほどの医者だろう、その彼からの悪くないと言う評価に少しだけ安堵した。
「ムラは我が国を高尚だと夢見ているが、そんなことはない。我が国でも暗殺用の毒はある。
どこの国にも暗部はあって、時の権力者は似たようなことをする。我が国は長く閉ざされていた島国で国内には独自の植物が生息していてな。
その植物を使って毒を作る者が居て、それを解毒する薬を作った者がいる。そういったやり取りを経て、毒を毒で中和すると言う薬学が発達したのも事実。
この国にもお前の作ったこの毒と似た作用の毒がある。
我が国ではスズランではなく福寿草と言う冬の雪の間に咲く可憐な黄色い花だが、猛毒だ。この毒の苦味を消すのに甘草という植物の汁を用いると、苦味が仄かな甘味へと変化する、量を加減すれば無味無臭の毒薬の出来上がり」
イオリの話に苦い顔をしつつ頷いていると、後ろに並んだ小瓶から一滴液体をマットの作った毒薬に滴した。
「これを打ち消す解毒薬は百年以上も前から存在していて、これだ」
そう言うと白衣の下の民族衣裳の合わせ目に手を入れて、薄紙に挟んだ葉っぱを取り出した。
「これはフキと言う山菜だ。何処にでもある、誰でも食べている普通の植物、これの茎から取れるエキスが福寿草の毒を中和する解毒薬となる」
手に持った葉っぱの葉をむしり、茎を逆さにして一滴、マットの作った解毒薬へと足らした。
「なんだ、随分簡単に答えが出てしまった」
マットが呆然と呟いた。
「いや、これは福寿草の解毒薬、実際にサンラザールの毒に効くかは使ってみないとわからない、そこで、お前、早くこれを飲むんだ、そのままだと、お前の大切な人を助ける前に間違いなくお前が死ぬ」
イオリの声が遠くに聞こえる。
彼に返事をする前に、マットは意識を失って倒れたのだった。




