絢爛豪華なマハラジャの国 ムガル帝国 その3
その日ルシンダは、兼ねてからの希望通りに象に乗ってゆっくりと雑多な道を進んでいた。
帝都の中心部にある神官の宮殿から、多くの人が行き交う大通りを西端に向かうと、そこに大きな門とその奥には大きな人工池と噴水、高さを揃えられた木々を左右対称に配置した白亜の金細工が施された美しく宗玄な建物が現れた。
船のライブラリーで、マットと一緒にムガル帝国の観光地案内を調べている時に、その日常風景を描いたイラストの中の象の背に座敷をくくりつけそこに乗って移動するサリーを着た女の絵を見てから、自分も絶対に乗りたいと、何度もマットに訴えていたので、何としても叶えてあげたいと初日から神官に頼んで、多くの寄進を積んで今回の寄港地での最大イベントとしてこの日にかけていた。
ルシンダもアメンティアでのように、出先で体調不良に陥ることを不安に感じていたので、この日までは宮殿の中で出来るだけ安静に努め、マットの言い付けを守り、体調を整えてきたのだった。
朝、マットの診察を終えて、宮殿の庭先に待機している象と象使いの一行を初めて目にしてその大きさに驚いて駆け寄ったほど興奮を押さえきれなかった。
流暢な帝国語を話す象使いに、ルシンダ自ら話しかけて、
「少し、この大きな生き物、象に触ってみたいのだけれど」
と、好奇心に満ちた目を向けて頼めば、
「麗しの姫様、ええ、触ってあげて下さい」
そう丁寧に答えて、象の前足を指差した。
マットがルシンダをエスコートしながら、象とルシンダの間に体を入れて守りながら、手を伸ばせばルシンダが象の前足に触れる位の所へと誘った。
怖々とルシンダが象の肌に触れた。
象の目や大きな耳の見上げながらゆっくりと擦れば
「まあ随分硬いわ」
思った以上の感触に驚きの声を上げた。
そうこうした後、外に簡易に組み上げられた階段を登り、象の背の高い位置にある座敷台に座った。
ルシンダの背を守るように後ろに座るのは当然、マットである。
座敷にはた絨毯が敷かれクッションが置かれ、ルシンダの体調に配慮されていた。
「すごい、高いわ。ラクダの背よりまだ高いなんて!素敵ね」
マットの身に背中をピタリと預け、後ろを振り返って楽しそうな声を上げた。
「ああ、高いね、でもゆっくり進んでもらうから大丈夫だ。もし気分が悪くなったら、無理をしないですぐに言うんだ約束だよわかったね」
マットが朝から何度目かわからない注意をまたしてきたのだが、始めて聞くような顔ではいっと答えた。
座敷台には屋根も付けられていて、陽射しを遮ってくれていた。
高い象の背から、雑多な町並みを見て、遠くに雄大に佇む白亜の建物を見やった。
その白い建物は、数世代前のマハラジャの王妃の墓であった。
真っ赤な夕日が白い建物を赤く染め、世界が情熱的な色に染まる、その景色をルシンダは瞬きもせずに見つめた。
「王妃が産褥病で亡くなる間際にマハラジャにこの建物を願ったんですって。生まれた自分の子の将来を頼むのでは無く、自分の死後の墓を頼むこともあるのねえ、こんな美しい墓に眠っているんだもの喜んでいるでしょうね」
「ルシンダ、」
マットの言葉を遮って、赤く染まった建物を睨み付けながら彼女は饒舌に話し出した。
「私の母はね、産みの母ね、彼女は公爵の父に、サンラザール王家の敵討ちを頼んだんですって。
母の生家の伯爵家の、分家の男爵家の次男が、侍従見習いとして住み込みで働き出した、母が4つ、彼が12の時からね。
3年して成人した彼はとても頭が良かったらしくて、伯爵家の支援で、帝国大学へと進学して、医学を学びに行ったそうなの。
ある時彼は、帝国の研究室で、かつてフルーレザンの北の領地と帝国との国境沿いの村で起こった奇妙な事件のレポートを見つけたのですって。
それは、その村から高台にある森に春にソバージュと言う自生のアスパラのような山菜が採れるらしいのだけれど、ある年そのソバージュを食べた多くの村人が突然痙攣し、吐き、その内胸痛を訴えながら死亡した報告書だった。
彼は現地に行ってその山菜を手に入れて、帝国の研究室で検査をしたの。
そうしたら、ソバージュだと思っていた物の中に、別の草が紛れていて、それが原因だった、と。
その研究結果を卒業論文で纏めて提出し、同じ物をスポンサーである伯爵へも送り、無事卒業して国へと帰る途中、何者かに襲われて彼は亡くなってしまった。
彼の帰国を楽しみに待っていたヘレンの元に訃報が入り、彼女は嘆き悲しんだ。
彼は一人娘のヘレンの婿候補だったし、ヘレンは幼い頃より彼を好いていた、初恋の人だったのね。
悲しみの中から立ち直った彼女は、彼を襲ったのがフルーレザン王国の手の者だと知って復讐を誓ったんですって。
ソバージュに似た山菜、実際はスズランの亜種らしいのだけれど、それが王家秘匿の毒に関する重要なファクターだったみたいで、今後サンラザール王家の毒を解析されるようなことがあってはならぬ、と殺されたんだろう、伯爵家が王家に研究結果として送ってきたレポートを提出して彼の死の真相解明を願って、国王陛下も王太子をも含んだ青年貴族の謎の死事件の解決に至るかもと期待して、国王直轄の暗部まで動かして、多くの時間と人材を使って調査した結果だと聞かされたから。
復讐の為に、跡取り娘のはずが、自分の美貌を武器にして公爵家と縁を結び次期公爵の婚約者となり、その縁から王太子と知り合って、公妾となる算段までつけたのに、結局願いは叶わぬまま、謎の毒を盛られて亡くなってしまうのだけれど、その死の間際、彼女は敵討ちを願ったのですって、枕元の夫へと。
父は母を心底愛していたそうだから、死の間際の彼女の願いを、何に変えても叶えねばと心に決めたそうよ。
そうして、生まれたばかりの赤子娘は母の望みを叶える為、敵国へと嫁がされることが決められたのよ、ねえマットこれってどう思う?
私は、この話を父公爵から聞かされた時、恋に振り回されるのは当人だけでやってて頂戴、私を巻き込むなって腹立たしく思ったのよ」
夕日に顔を赤く染めて真っ直ぐ王妃の墓を見つめていたルシンダは、まるで怒りと悲しみにその身を焼かれているように見えた。
「ルシンダ、君の体内に取り込まれたのはそのサンラザール王家秘匿の毒だと思う」
マットが隠しておけないと苦し気にルシンダへと告げた。
「ええ、そうでしょうね」
ルシンダは、マットの方を見ずに小さく呟いた。
「その毒を少しでも排出していきたいんだ、解毒薬を俺が絶対に作って見せるから完成までの時間を確保するように、民間療法でも呪術でもなんでもやって、少しでも毒を抜こう、俺が、俺がついている」
その生きることを諦めたような姿にマットは胸が締め付けられるような痛みを覚え、気がつけばルシンダを抱き込んでハラハラと流れる涙を止めることが出来なかった。




