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絢爛豪華なマハラジャの国 ムガル帝国 その2

前日午後の早い時間に、寄港地であるムガル帝国へ着岸したのだが、ルシンダたち一行はその日は船内から豪華客船が港に着いたことでお祭り騒ぎのように沸いている様を眺めて過ごし、翌日にルシンダが休める滞在先の神官の宮殿へと用意された立派な馬車で向かった。



現在のムガル帝国では、一神教である聖教徒一派が治めていて、大神官を兼ねる王様がマハラジャと呼ばれて全ての権力を掌握している、絶対王政であり、所謂大臣にあたるのは神官職名で呼ばれていて、この度ルシンダに休息地として貸し出された宮殿の持ち主は、外務大臣にあたる上級神官の有力者で別荘と呼ばれているそれは、かつてのマハラジャの離宮とのことだった。


ルシンダたちと同じ神を祀る一神教でありながら、聖教徒は夫人を7人まで娶ることが出来ることになっていて、有力者はそれぞれの妻に離宮を与えるのが普通と言い、今回滞在する離宮は、外務大臣相当の神官の祖母が過ごした離宮らしい。有力者の娘はすべからくマハラジャへと嫁ぐ為、上級神官たちには王家の血が入っているのだそうだ。


ここでも人工池があり、蓮の葉が浮き花が咲き、豪華な噴水が涼しげな風景を造っていた。


ルシンダとお付きの女性たちは色とりどりのサリーと言う民族衣裳を身に纏い、マットたち男性たちはクルタと言うチュニックと半ズボンに着替えた。


「アーチー、君、ルシンダの弟だったのか」

ルシンダの部屋のすぐ近くの部屋に割り当てられたマットは、早々に着替えてルシンダの部屋の前に佇む護衛に話しかけた。


「なんだ、ルシンダ様から聞かされたのか」

顔色も変えずフンと鼻を鳴らしてマットを見て言うアーチーに、


「いや、偶々貴族名鑑を見ていたら君によく似たアーチボルトと言う弟がいるのを知ってね。少し、君に聞きたいことがあるんだ、時間は取れるかな?」

そう言って連れ出したのだった。



暑い陽射しとは裏腹に、ムガル帝国の日陰は涼しく、池を渡る風が心地よい。



ルシンダの部屋の入口が見える池を挟んだ対面にあるラタンの椅子に座り、アーチーとチャイと言うスパイスの効いたミルクティーをゆっくりと口に運んだ。



「へえ、シナモンの香りが良いな。アルビオンのミルクティーとは違うがこれも悪くない」

香りを楽しみながら、お茶をする仕草は、確かに高位貴族の所作その物で、単なる護衛騎士のそれとは一線を画していたことに、マットはこの期に及んで気がついた。


「君はルシンダの弟のアーチボルト小公子だな。なぜ護衛騎士の真似事をしている?」

マットの言葉に、アーチーは憮然とした表情を浮かべて言い切った。


「真似事とは失礼な。俺はもう三年も、フルーレゾンの王子宮で護衛騎士としてルシンダ様に侍っている」


「え、小公子自ら潜入してたと言うのか。いったい何をする気で、いや、アルビオンはフルーレザンを落とす気か!

いいや寧ろ落とす時期を見計らって王宮に入りそこで待っていたと言うべきか。相当数の間者をその腹に飼ってたと言うのなら、今現在の状況はどうなっているのか。国では戦争が起きているのか、なんてことだ」


マットはアーチーの言葉から、ペンデルトン王家の思惑に思い到って顔を覆った。


「別に民草に危害を加えている訳じゃない。王宮内部の出来事だ。だいたい何を今更言ってるんだ。初めに間者を忍ばせ毒を使ってアルビオンの青年貴族を屠ってきたのは、フルーレザンのサンラザール王家の方だ。


そもそも五十、いや六十年以上も前から仕掛けて、雌鼠を入れ、それの周りにダニシラミまで連れて来て。

海を渡って何度も何度も執拗な工作を重ねて。最終段階として、あの鼠王女(アニエス)を王宮内部に入れ込んだのには盗人猛々しいとはこの事だ。

本人は厚顔無恥にも、初恋の王子様へと嫁ぎたいなど、愚かな望みを押し付けて。

フルーレザンが先に、大々的に王宮内部に鼠とダニシラミを引き込んだのだ、同じことをされても何を文句言えようか。


尊大な王の国捕り合戦の代償がルシンダ様だ。彼女の存在がフルーレザンへの防波堤。

献身を生まれる前から望まれ、常に日陰に身を置いて、それすら気付かれ無い、人知れず国の犠牲になられた尊い御身だ。


彼女の身は、なんとしても無事母国へと連れ帰さねばならない」


「ルシンダの母君をアニエス王女が、王家秘匿の毒で殺したとか言うんじゃ無いよな」

アーチーの話から最悪な想像が頭を過り驚いて顔を上げた。


「話を聞いていたのかドクター。なぜあんたが今ここに居るのかわからないのか。セシル家の前子爵はなぜペンデルトン王家の言うことを聞いたと思う?


フルーレザンの王宮医セシル家の次男が、身分を捨て他国の町医者を許されていたか考えもしなかったか。ドクターがその場所を選んだんじゃない。この時まで、もしもの為の保険として置かれてたんだ、両王家の思惑で」


その言葉を、マットはどこか遠くで聞いているような気がした。


「ルシンダの母親の殺害にセシル家が関与しているのだな。その事は国王もご存じということか」


確か、アニエス王女がアルビオン王国に嫁いだ時、セシル家から父の妹が同行したはずだった。


代々王宮医の家系であるセシル家では女子は産婆として王族を取り上げる名誉を授かっていて、当時、太陽王の筆頭侍医だった祖父が、サンラザール王家の血を引くアルビオンの次代の国王となる王子誕生に自分の娘を指名するのは当然のことであった。


叔母は確かに、アニエス王女の生んだ第一王子を取り上げ、その後も王女、今はアルビオンの王妃であるがその侍女をしていると聞いていた。


聞いていたが、その後一度も帰国することも無く、マットも生まれて一度も会ったことの無い家系図の中だけの叔母。


「アニエス王妃は、婚姻後一度も帰国もせず、一切社交もせず滅多に人前にも出ないと聞く。アニ、いや叔母たちは生きているのか」


「滅多なことは言うなよ。ルシンダ様と同じように、王妃殿下もエドワード王子もちゃんと離宮にいらっしゃる、お前の叔母も一緒にな。ルシンダ様だって、帰国も許されず人前に出ることも無く過ごされてきた、王妃殿下と同じ状況だ。そう言う契約だからな。ただ両国の王族事情が違うから、アニエス王妃が快適に暮らして居るかはわからない」


アーチーが片方の眉を上げて、匂わせたことを言い捨てた。

契約とは、アニエス王妃が人前に出ないことと、ルシンダが一緒、と言うことか。

両国の王族事情、王族の血筋が足りないアルビオンと、王の暴虐によって複雑なフルーレザンの王族たち。


「アニエス王妃とルシンダは双方が双方の人質と言うことか、お互いの国の護衛も含めて。

ジュリアの髪と瞳の色がルシンダに似ているのは、影武者になることを始めから指示されたルシンダの身内か。もしや君の妹か、国王の庶子の異母妹か」


「残念だが、ジュリアに王族の血は入っていない。王の血を影武者には出来ない。そして公爵家の妹でも無い。あれは、伯爵家の血筋の者、ヘレン様側の遠縁の娘だ」


フルーレザン王国の王子宮には随分とアルビオン王国の者が入り込んでいるようだが、では逆はどうなんだと思いに到り、確か現フルーレザン国王は太陽王の最初の王妃の息子の子、アニエスとは異母兄にあたる。


アニエスは太陽王の最後の王妃の子(愚鈍王太子)の娘だったので、フルーレザンの王宮で太陽王と一緒に暮らし、蝶よ花よと甘やかされていたらしいが、離縁された王妃の子の子である現在の国王は、王都の端の離宮で幽閉されたような形で過ごしていたと聞いた。

因みに、ルシンダの夫ダミアンもまた王宮でアニエスと同じくちやほやされた幼少期を過ごしたのである。


一夫一婦制の国ながら、フルーレザン王国の王族は、ルシンダの夫のように他所に愛人を囲うだけでなく、飽きたら冤罪をしかけて王妃の座から叩き落とし、別の女を王妃へと据え置いた。


ルシンダの夫、ダミアンがそうしなかったのが不思議なほどで、太陽王は4度、その息子で愚鈍王太子と呼ばれていた者は婚約破棄を含めて3度結婚離婚を繰り返した。


その関係で王子王女の身分を与えられた者と、庶子として養子に出された者、元王妃共々修道院へと送られた者など憎しみ恨みが複雑に絡みあって、数の多さだけ不調和の原因となっていた。


太陽王が亡くなると、後を追うように愚鈍王太子も亡くなってしまったので、若くしてアニエス王女の異母兄が国王の地位に着いたのだ。


「アルビオン王国とフルーレザン王国の今の国王に密約があるのか、アニエス王女とルシンダを同じ扱いにすると言った、ではもしルシンダの身にフルーレザンが不具合なことを仕掛けたとしたら、戦争の口実になるって、ことなのか」


なんと言うことだ、十中八九ルシンダの身にはサンラザール王家秘匿の毒が使われている。


その毒のことを詳しく知る者は、国王と王太子、それに準じる者とセシル家の当主だけで、次男で貴族籍を捨てた身のマットは、その中身の全てを知っている訳ではない。


ましてや、その使用を命令出来るのは、現状国王か王太子、王妃までだろうか、王弟のダミアンは知っていても命令をすることは出来ないはずで、もし命じられてもセシル家当主は拒否出来るはずだった。


「え、もし密約があるのなら、なぜルシンダの身を危険に晒す必要がある?誰の仕業かわかっているのか?」

真剣な面持ちでアーチーにマットは尋ねた。


「正直、指示した者を探ったが見つからなかった。アニエス王妃に連なる者や王弟ダミアンの仕業ではないかと厳しい目で周辺を探ったが、痕跡すら見当たらない。だがそうだとしか思えないだろう。


アニエス王妃の生んだエドワード王子が立太子するかどうか、微妙な状況だ。もしかしたら優秀なルシンダ様のお子ウィリアム様が選ばれる可能性すらある、両王家の血を継いでいるのは同じことなのだから。


嫉妬深い王妃が、その伝を使ってルシンダ様とウィリアム様を狙った、そう思うだろう。元々自分の子より先に生まれたルシンダ様のことを憎らしく思ってきたのだから。


ウィリアム様の命が狙われている点は常々考慮していたから、気付かれる前に帝国へと脱出させたのに。なぜルシンダ様をクソ。風邪薬だと王宮医から処方された薬に混ぜられていたんではないか、とこちら側は思っている。

全て処方された薬の検査はしていたんだ、それなのになぜ。秘匿の毒は検知出来ない、故に正確なことはわからない。


だが、セシル家出身のドクターが王家の毒だと感じたんであれば、その毒をルシンダ様の体内から抜いてくれ、このままだと後4ヶ月で命が尽きてしまう。ドクターにかかっているんだ」


アーチーの顔に悲壮感が現れていた。

国と国の陰謀に巻き込まれた悲劇の姉を思いやる弟の懇願であった。


マットは、小さく頷いて、席を立つと自室へと急ぎ戻り、アメンティアの呪術士が告げた毒についてもう何度目かの検証を行うのだった。



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