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砂漠と遺跡の国 アメンティア王国 その1

『運命の番だと思っていた最愛の王妃は、他国の間者に拐かされた、王を密かに亡き者にしようと企む裏切り者。その事実を王が知ったのは、王妃と愛し合うベッドの中に放たれた蠍に刺されて毒に侵された瞬間だった。


側近たちの献身で九死に一生を得た王は、可愛さ余って憎さ百倍と王妃を2頭の暴れ馬に半身ずつくくりつけて、股裂きの刑に処し、関係者は全て探りだして目玉をくり貫き鼻を削り、生きたままワニや鮫の餌さとして放り込んだ。


間者を一掃したはずの王の心は壊れてしまい、後添えとして後宮に迎え入れた妃と戯れた翌朝、その胸を剣で突いて殺した。


多くの妃が無慈悲な死を与えられて、王へと嫁ぐことを希望する家門も数が減った。王命が出され嫁がなければならない娘は死ぬのを嫌がり闇夜に紛れて家出をし、残虐な王に家を潰され殺されることを恐れた一族郎党国を捨てて逃げ出す始末。


とうとう後宮へ嫁ぐ娘が無くなり、王を救った忠臣の幼い娘に白羽の矢が立ち、もし後宮へ嫁がさなければこの場で全員皆殺しだとの王命に、泣いて悲しむ両親縁者に見送られながら、その乙女は後宮へと赴いた。



夜が更け、戯れにやって来た王に、幼い妃は寝物語を話して聞かせると言い出した。


妃の話しは千話あると言い、一話を聞いて興味を持った王は、では千話聞くまで生かしておこうと宣って、その日から毎晩妃の寝物語を聞いて寝ることになったのだった。


その話とは、世界各国のあらゆる恋物語。


恋に傷つき人を信じられなくなった王が、幼い賢妃の話を聞いて彼女の側なら眠れるようになり落ち着き人心を取り戻し、千話を聞き終えた頃には、その妃を心から愛することに気がついた。


妃も元に戻った王を心から愛するようになっていったので、その後二人は本当の夫婦となり王子王女も多く生まれて王国は富栄たのだった。


これは心を無くした王様の氷の心を温めた、王妃の語る千夜一夜の恋物語である』





「無いわ無い、もう結構よ」


低く冷たい声に、腹に回した腕に力が入り、なんで!?と驚いて首を回して、彼女の顔を見つめてしまった。


「ドクター、身を乗り出し過ぎだ、体勢が不安定になって危ない、あとルーシーに密着しすぎだ」

横からアーチーの注意が入り、姿勢を正して少し身体を離した。


「ルーシー、まだ物語のプロローグなんだ。また本編の恋物語に行き着いてすらいない」


「そのプロローグがもうダメなのよ。受け入れがたいわ。王妃に裏切られた王が復讐を遂げるまでは良いわ、因果応報だもの。


それより、なぜ無関係な乙女たちが妃に召し上げられた挙げ句、胸を刺されて死ななければならないのよ!おかしいわよ。


王を救った側近だって、臣下の者たちだって王が妃を無条件に惨殺しているのを知ったなら、なぜその愚か者を排除しないのよ。怖がった娘が他国へ逃げた、一族郎党で逃げた当然ね。

側近は何をしているのよ、自分が救った王にむざむざ愛娘を殺される所へと送るのよ。


自分が助かるために愛娘を生け贄にするなんて、決して賢い側近じゃないわ、王と同罪よ。泣いてるのは、これで自身は助かったって安堵の涙を溢しているんじゃないかしら?


賢妃だって、本当に賢いのなら千日の間に抜け出すか、王を始末するか決めるでしょう?千日って大体三年よ?幼い娘って言っても流石に、九つ十と言うわけじゃないでしょ。夜伽へと呼ばれる位には。


そうであるなら、まあ仮に12で嫁いだとして、3年経てば15、成人の年ですわ。

その三年の間に密室で王と過ごして、後半は安心して王は妃の横で熟睡出来るようになったのでしょう?

その時こそ、まさに決行の機会じゃない、そんな輩なぞ一思いに殺ってしまえばよろしい。


寧ろなぜ、そんな残虐な王に愛情を抱けるのかということよ。彼女が愛情だと思っていた物って、本当に愛なのかしら?


単なる自己防衛反応による生存戦略ではないのかしら?幼い頃より不安定な状況に長く置かれた認知の歪みっていうのかしら。狂った王と長く一緒に恐怖の中で居たことによって、妃も同じように狂ってしまったってことじゃないかしら?


狂った妃が語る話は、王が関心を向けて共感する話じゃなければならないのよ、王に阿るようなお話じゃないのかしら?そんな話、私はたくさんよ」


背筋を伸ばした姿勢で顔をまっすぐ前に向け、その背はマットに身を預けながら、ルシンダは厳しい感想をつらつらと語った。


「なるほど、ストックホルム症候群だと君は言いたいんだね。いや、心理学は門外漢だった。船に戻ったらそこを重点的に学び直すとしよう。気分を害したら申し訳無かった」


心底参ったと言うような自信の無い声で謝罪をしたマットに、単なる道中の軽口に本気でダメだしをした自身の度量の狭さに気がついて、ルシンダは恥ずかしくなって、


「いや、マット、ごめんなさい。ちょっと感情的になってしまって。単なる物語のプロローグに憤るなんて、私こそ申し訳無かったわ、ごめんなさい」


首をくるりと回して、自分の頭の上にあるマットの顔を見て謝罪の言葉を述べた。


「ルーシー、身を捩るのは危険だ、ちゃんと前を向いていて」

先程と同じように、ピシャリとアーチーからの注意を受けて、シマッタと顔を歪めてすぐに前を向き直した彼女に、


「いや、つまらない話をした俺が悪かった。忘れてくれ」

マットのシュンとした声でまた謝られてしまった。


「いなせな男を気取るからですよ、フィオレンツァのラバーボーイが鼻を折られてしまいましたね」


隣からふふふと笑いを含んだ声でジュリアが揶揄いの言葉を投げつけ、その後に乗っているアーチーも


「だいたい、ドクターは成人して随分経ってフィオレンツァへと移ってるんだ。フィオレンツァ育ちって言うのも烏滸がましいけどな」

と、どや顔の正論で傷心のマットの心を抉った。


「まあまあ、そんなにマットに非難をしないで。私が思わず感情的になったのが悪いのだから。ごめんなさいねマット。本編のお話を聞かせて下さる?」

今更、フォローのような言葉をルシンダにかけられて、余計に恥ずかしくなってしまったマットが、


「いや、気にしないでくれ。ただ、これから行く遺跡に纏わる話が一話目の話だったものだから、ついつい話をしてしまっただけなんだ。嫌なら止めるから言ってくれよ。


むかしむかし、あそこに見える一際大きな遺跡に閉じ込められた奴隷が居たんだと。その奴隷はその遺跡で見つけた魔法のランプから飛び出た陽気な魔神に力を借りて遺跡から抜け出し、その後色々あって、偶然知り合った曰くのある王女様の危機を救って、また何やら色々すったもんだあって、身分格差を乗り越えてハッピーエンドを迎える話なんだ。


ああ、どうせならそれだけ話せば良かったかもしれないな。始まりの話は要らなかった!!クソッ」


マットが大袈裟に悔しがりながら、本当にかい摘まんだ話をして、遠く前方に見える三角の大きな遺跡を指差した。


「まあ、そのお話はまたゆっくりと聞かせて頂ける?ハッピーエンドのお話なのね、大好物だわ」

ほほほと笑い声を上げてルシンダが興味を持ってくれたから良しとしよう、マットは大きく息を吐いたのだった。



アメンティア王国の港についた翌日、有名な古代遺跡の見学に、『ステラ·マリス号』の貴賓室付きの護衛やメイド、フットマンまで砂漠の民の衣装を纏って下船して、用意されていたラクダの隊列に加わってラクダに乗った。


乗馬の経験者はラクダの乗り方を教わり一人、もしくは不馴れな者を乗せて歩くことになっていた。


護衛は一人ずつラクダを操って貴人の警備にあたるよう配置されたが、侍女のジュリアはアーチーの前に乗り、貴人たるルシンダは当然のようにマットのラクダに乗せられた。


元々王宮医の家系の子爵家の子息であるマットだが、次男と言うことで戦乱になった時は家門を代表して医者として従軍する可能性があったため、幼い時より剣術や体術などを習わされていて、当然乗馬も上級者だったのでラクダも難なく乗りこなした。


灼熱の砂漠を進む病身のルシンダが、体調管理をする主治医で護衛も兼ねられるマットのラクダに乗るのは、当然であった、設定上も夫婦であるし。


マットは、騎士であるアーチーと変わらぬ大きな背に厚い胸板、立派な体躯なので、経歴を知らずに第一印象を尋ねたら、騎士か傭兵と言われるだろうそれで、彼の顔の大部分を覆う髪と同じ焦げ茶の髭面も含めて貴族の令嬢などは恐ろしく感じるだろう。




ただ、ブルーグレーの円らな瞳は落ち着きを孕んでいて、理知的にも可愛らしくも見えるのよね、とルシンダは背中に感じるマットの体温を感じながらその顔を脳内に浮かべると、心中独り語ちるのだった。


最近のルシンダは、様子がおかしい、自分でそう思うのだからよっぽどだ。

体調の話では無くて、いや体調の話なのかしら。


突然今みたいにマットとのことが脳内で勝手に再生されてしまう。

そうすると、どうも動悸が激しくなったり、顔だけでなく身体中が熱くなって仕方ないのだ。


しかもルシンダの脳内でのマットは、恐ろしいなんて全く思えない可愛らしい、愛しい、いや違った愛らしい様相に変換されてしまうのだ。


診察と称してマットが触れてくる時、いや称するも何も診察以外の何物でも無いのだが、普段より随分熱が上がり、胸の動悸が激しくなって、それをマットに知られることが気まずくて、表情に出てしまうと、マットは胸が苦しいと勘違いして、せっせと看病を始めてしまう。


違う、違う、そうじゃないのよと言いたい所だが、じゃあなぜと聞かれるとそれも困るので、されるがまま仮病のようになってしまって、マットの過保護が加熱する。


申し訳無いような、それでいて後ろめたい喜びが沸き上がって来るような、そんな自分を持て余し気味なのだが。


自分の興味のある恋バナを折角仕入れてくれたのに、自分を重ねてイラついてしまったと反省しきり。


「ルーシー大丈夫かい、疲れたなら少し休憩を入れようか」

脳内で世話しなく話続けていたルシンダだが、現実は無口に前を見てラクダの振動に揺られていただけだったようで、それをマットが疲れた故と誤認してしまったらしい。


「大丈夫よ、こんなたくさんの砂の海は初めてで見ることに集中していたみたいなの。心配かけてしまってごめんなさいね」


少し顔を上げて、マットの顔を見た。


「いや、少し休憩しよう。他の女性も疲れているかもしれないし。水分も取った方が良い。アーチー頼む」

並走して歩むラクダに乗っているアーチーに声をかけると、アーチーはピューと首からかけていた角笛を吹き、先頭を進む隊員に休憩の合図を送った。


魔法のランプのあると言う遺跡まで、もうちょっとの道のりであった。




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