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大戦乱記  作者: バッファローウォーズ
地固め
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帰国を前に

 キャンディと秦恵蘭に先んじて風呂から上がったメスナ、シュマーユ、涼周。

着替えを済ました三人が脱衣室を後にして広間へ戻ると、そこにはナイツのみが居た。


 窓際の壁を背もたれにしてベンチに腰掛け、いつも着ている漆黒の軍服は膝上に置き、珍しくもラフな軽装姿で読書をしている。

一見して普通の少年が過ごす休日然とした姿ながら、一つ一つの所作から感じさせる隙のなさが、やはり軍人なのだと思わせるものだった。


「にぃにまた何か読んでる。また変なの読んでる」


「ん? ……あぁ、やっと三人が出てきたか。相変わらず女性の風呂は長いね」


「まぁその……女の子には色々あるんですよ」


 涼周の声を聞いて三人の湯上がりに気付いたナイツは、若干の朱を帯びたメスナの返しに淡い疑問を持つものの、敢えて詮索する事はしなかった。

と言うのも、白のローブを纏った涼周がナイツの膝上に乗っかり、それによって読書が中断されたばかりか、座布団代わりになった軍服を助け出す必要に追われたからだ。


「にぃに、なに読んでる。また筋肉の本読んでる? 筋肉ならおとーさんから奪えば良い。腹筋四つぐらいなら、おとーさん分けてくれる」


「そんなの読んだ覚えないし腹筋四つ分けてくれるってどういう状況!?」


「ぅにぅにぅにぃにの筋肉!」


「いや、そこは筋肉って言うより髪の毛……やめて、引っ張らないで!」


 兄の読む本がどんなものなのか、そんな事はお構い無しの涼周。

ナイツの体を背もたれにして首を後ろへ傾け、右手に本と左手に軍服を持つが故に両手を封じられた兄の髪の毛を引っ張り始める。


「えっと……ところで若、大殿と慾彭殿は何処へ行ったんですか?」


 弟のにぃに遊びに付き合わされるナイツは、顎で広間の端を示す。


 メスナとシュマーユがその方向に向き直ると、確かにナイトと慾彭の姿が見える。


「ウーララウーララ、ウラウララァァァーー!!」


 ナイトの放った球が五百球に増殖し、壁を成して慾彭に迫る。


「………………!!(ウララ! ウララ! ウラウラヨッ!)」


 心で歌い、体で応える慾彭。瞬時に五百の中から本物の球を見つけ出し、ラケットを突き出してナイトへ打ち返す。


 だが、幻術破れたりとは申せ、ナイトはそれしきで敗北する弱者ではない。

寧ろ、これぐらいは返される、返せなければ慾彭に非ずとばかりに笑みを浮かべる。


「ウララァァァ!! ウララァァァ!! ウラウララァァーー!!」


 一点を狙いし瞬速の球を、ラケットを使わずして気迫で押し返すナイト。


「………………!!(ウララ! ウララ! ウラウラヨッ!)」


 対する慾彭も遅れる事なく打ち返し、ナイト相手に互角の勝負を演じていた。

目にも止まらぬ卓球は一撃一撃が武術のそれであり、歴戦の将同士が行えば、それは偏に戦争と言えるだろう。球と両者の腕が残像を帯びている激戦なのだ。


 シュマーユの手を借りて涼周を落ち着かせたナイツは、仏像界の模範的無表情を浮かべながらメスナとシュマーユに説明する。


「見ての通りだよ。剣合国の王様と戀王国の将軍が、揃いも揃ってウラウラ言いながら半裸で球遊びしてるよ」


「えっ、若も遂には慾彭殿の言葉を理解できるよう……」


「勘」


「あははっ……勘ですか。でも若がそう言うなら、そうなんでしょうねぇ」


 流石にそこは、ナイトと慾彭の乗りから察した部分であった。

メスナは苦笑しつつも相槌を打ち、次いで気になる事を述べる。


「でも……慾彭殿はこれから大量の魔力と体力を消費する筈ですよね? 良いんですかね、あんなに派手に動き回って。絶対に疲れますよぉ?」


「二人曰く別腹だって。何が腹なのか知らないけど」


 そこに関しても問題は無いらしい。メスナとシュマーユはナイト及び慾彭の体力制御装置がどの様に作用しているのかが、純粋に気になったという。


「……ところで、若はさっきから何を読んでるんです…………王国連合忌憚集?」


 ナイツが涼周越しに見ている本の表紙を覗き込み、メスナは涼周に同感した。

明らかな軍事資料を黙々と読むナイツは何度となく見ているが、戀王国に来てまで勉強するナイツに年相応の子供らしからぬ不自然さを感じたのだ。


「王国連合の勢力圏で出版されている情報誌だよ。連合の加盟国や敵対する勢力の出来事が分かりやすく記されててね、どの国で戦が発生して結果はどうなったかとか、難民が何処何処でどれぐらい保護されたとか、この国の政策は間違っているとか……更には一週程度遅れて遠方の主な事件とかも乗ってる」


「へぇー、流石は若。情報収集にも余念がありませんねぇ」


「だけどね、こんな情報は金と労力があれば普通に集まるし、戀王国自体が大国だから似たような出版物も幾つか出ているんだ」


 ナイツは来客用に設けられた本棚を顎で示す。

白鳳館を利用する大半の者が他国の使者や同国の実力者である事も影響して、そこに並んでいる物はどれも高度な書物ばかりであった。


「それでも俺が敢えてこの本を読む理由。それが題名にもある忌憚のなさだ」


「……権力に靡かない表現をしてるんですね」


「うん。普通に考えたら問題になって国の圧力が掛かるだろう批判的意見も、平気で記載している。それも結構な辛口だ。でも間違ってはいないんだ。

――例えば王国連合に加盟している(レキ)王国についてだけど、同国が先月行った武器輸入についてこう述べている。「農業不振から未だに立ち直っていない檪王国は、軍備より先に農地を整えるべきである。国民より得た税金で武器を揃えたとしても、それによって懐が潤う者は武器輸出国と繋がりのある一部の官僚のみなのだ。抑々にして武器を扱う兵員及び軍を維持する食料に事欠く状況で武器を手に入れたところで、それは錆びるだけの鉄山。手入れする者すら居ない」……まぁ檪王国の内務官僚としては、消したい記事だろうね」


「ですが権力を以て消したら、檪王国は他の連合勢力から社会的に消されるでしょうね」


 不意にシュマーユが割り込んだ。

彼女の考えまで達していなかったメスナが俄に驚くのを余所に、ナイツはさして気にする素振りも見せずに同意する。


「シュマーユの言う通りだ。だからこそ、こういった情報誌が少なからず出回っているんだし、それこそが王国連合の強みだと思う」


「権力で情報統制するような恣意的な国に、明るい未来はありません。それは偏に国の基となる国民の信頼を得られないからです。王国連合は共存勢力であるが故に、各国同士が監視しあっている状態。その頂点にあるのが秦恵蘭様であれば憂慮する不安要素はまずもって無いと思われます」


「ふははっ! 流石に、良く調べて良く分析しているね」


「知らずして渉外はできませんよ。長く重要な役目を帯びているのですから、これぐらいは当然ではないかと」


「ふははっ、言うねぇシュマーユ」


「ふふふ、よく「女のでしゃばりだ」……と言われるぐらいには言いますよ」


 ナイツとシュマーユは何とも楽しそうに笑みを浮かべる。

それが涼周とメスナには分からず、メスナは呆然と口を開けた。


「どうしたのメスナ? 何時になく思考停止してるよ?」


「いやいや……若もシュマーユちゃんも、若いのに大したもんだなぁって」


 ナイツが問い掛けると、メスナは後ろ頭を掻いた。シュマーユが追って質問する。


「メスナ様は情報戦が苦手なんですか?」


「いや……というよりは軍事自体が苦手と言うか……でも政治が得意な訳でもないのよ」


 続いてメスナは、ばつが悪そうに語り出す。


「元々がこんな性格で才能もないだろうし、何より幼少期の生活環境が若やシュマーユちゃん達と違ったから軍事や政に疎いって言うか……まぁ言い訳っぽくなっちゃうけど……」


 言って、ナイツが助け船を差し出す。


「メスナは元々、戀王国で民の一人として暮らしていたんだよ。ある事件に巻き込まれた時に父上と母上が助けて、それから剣合国へ移って軍人になったんだ」


 六年前、メスナがまだ十六歳でナイツが七歳の頃。

ジオ・ゼアイ一家が戀王国を訪問する前日に、それは突如として起きた。


 惰唖王国(戀王国の前身国家)の残党がメスナを誘拐して、拠点としている小国へ逃亡。そこで王国連合に対して独立を宣言し、惰唖王国再興を図った。

王国連合が英雄と崇めるマノトの娘 メスナは丁度良い人質となり、王国連合軍は正式に動く事が叶わず、事態を把握したナイトとキャンディが救出するに至った。

良くも悪くもマノトの影響力が大き過ぎる戀王国では今後も同じ事が起こり得ないとは限らず、秦恵蘭とリーリアとジオ・ゼアイ夫妻が相談した結果、メスナは避難する形で剣合国へ移住したのだ。


 尚、律儀な秦恵蘭がナイト達を出迎えなかった時が、正にその時だ。(217話 秦恵蘭参照)


「……そんな事が……大変な目に遭われたんですね」


「いやいや、過ぎたこと過ぎたこと。気にしない気にしない」


 今を最も大事とするメスナは、雲の流れのように気にしていない。

気遣うシュマーユに対して乱世の習いとばかりに軽く逸らした。


 だが、そんなメスナを余所にして、ナイツが彼女を想う余り、ある提案をしてしまう。


「…………だけど、メスナが襲われるような事はもう無いと思う。本人だって強くなったし、惰唖王国の残党だって流石に消滅した筈だ。

――だから、もし戦うのが辛いんだったら……メスナは戀王国に残っても――」


 リーリアが娘に向ける想いを今回の訪問で再認識して、ナイツ自身もメスナを想っている。

だからこそナイツは、メスナに楽になって欲しいと心のどこかで思っていた。思っていて、剣合国に帰還する前の今を逃せば間に合わないと、つい打ち明けてしまう。


「怖い夢見て眠れなくなった時に私の布団に入ってきたのは誰でしたっけぇーー」


「んなあああぁぁぁぁーーーっ!?」


 然し、メスナはやっぱりメスナだった。

とんでもない爆弾発言を投下してナイツに恥をかかせ、強引ながらも受け流す。


「それも一回だけじゃありませんよねぇー。何回夜中に起こされたものか……」


「にぃに、怖い怖い。大丈夫大丈夫。涼周一緒に寝てあげる」


「ふふふ、まあそんな事が……ナイツ様も、大変な目に遭われたんですね」


「シュマーユまで乗るんじゃねぇーよ!! もういいよ! 気遣い損だよコンチクショーー!!」


 大赤面のナイツは涼周をメスナに託し、八つ当たるように情報誌を棚に突き返す。


「あらあら、我が息子ながら花に囲まれちゃってまぁー! しかもメスナちゃんの布団にまで入り込んでたなんてまぁまぁ! ちょっとは替わりなさいよ!! 息子の癖に贅沢が過ぎるのよ!!」


(うぅーわぁぁーー、いちばんきづかれたらいけないひとにまできづかれたぁーー)


 棚を背もたれにして、いつの間にかキャンディが話を聞いていた。聞いていて、ニヨニヨニヨニヨと妖しい花を咲かせ、次いで現れた秦恵蘭に教えてやり、秦恵蘭も微笑んだ。


(うぅーわぁぁーー!! こいつら揃いも揃って面倒くせぇーー!!)


 ナイツは内心発狂したという。


 結局、彼等はリーリアに挨拶だけ交わして秦織城を後にし、秦恵蘭と別れて剣合国への帰路につく。

今回の戀王国訪問は、良くも悪くも多くの者の心に残るのであった。

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