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大戦乱記  作者: バッファローウォーズ
地固め
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美女同士の今昔語り

「ふぅ……それにしても、味を事をするわね」


 メスナとシュマーユを骨抜き刑に処して満足した秦恵蘭がゆったりと湯船に浸かる中、隣で全身を伸ばすキャンディが不意に呟いた。


「宴会を開けばシュマーユ殿が誰かという事になります。密使を兼ねているなら人目に晒す訳にもいきませんでしょう? それに、水を断たれたナシュルクでは入浴だって贅沢極まりないものだった筈。それなら帰る前に一つ浴びるべきです。…………まぁ、何より宴会を開くと、帰るのが更に遅くなりかねませんからね」


「違いないわ。あの人だったらやりかねないもの」


 ナイトを良く知る二人は、容易に想像できる光景を頭に浮かべて笑い合う。

その笑顔は清戀虔呉の清水に匹敵する程、清く美しいものだった。


「……こうして一緒に入るのも本当に久し振りね。もっとゆっくりできたならリーリアちゃんも誘ったのに……っと、これは失言ね」


 戦がなければ尚の事良しと言ったキャンディは、言葉の裏に皮肉めいた意味を即座に感じとり、すかさず訂正した。


「気にしていませんよー。どうぞお気遣いなくー」


「あら、ありがとう。ならお気遣いしないわ。でも……ちょっと深みのある話をするから、涼周を連れて先に上がっててくれる?」


 マッサージの余韻に浸り、未だに寝湯でうつ伏せ状態のシュマーユがそう答えると、キャンディは既視感を感じさせる言葉を返した。

返して、秦恵蘭と同じ様な妖しい花を咲かせる。


 深み……それが何であるかが気にはなるものの、これ以上感じれば気絶しかねないシュマーユとメスナは、涼周を連れておずおずと浴場を後にした。


「はふふっ、可愛いわね。貴女も最初の内はあんな感じだったのよ。他人と一緒に入るなんて嫌だって拒んでたのに、淡咲ちゃんに揉みしだかれてハワワワワ!? って感じで心動かされて、次第に嬉々として入るようになったの」


「ふふっ! それが楽しみでもありました。時にはみんなで男湯を覗きに行ったものです」


「淡咲ちゃんが先陣を切ってねぇー」


「お姉様方! ここは最年少のアタシが先陣を切るのが務めでありやす! うへへへ! 行きますよぉー! ……なんて言って、結局は本人が楽しみたいだけの節がありましたね」


「彼女はその、ね? 東方大陸の一件で吹っ切れたというか……男女関係なく人間観察が趣味になったというか、新たな生き甲斐を見付けたというか」


「今も変わらずですか? 相変わらず、バスナ殿やフォンガン殿の肉を追っ掛けていたり」


「はふふふっ! 何、その肉を追っ掛けるって表現! まるで淡咲ちゃんが淫乱みたいじゃない! 最近はもう大分落ち着いてるわよ。まぁ、今は涼周を玩具にしてるみたいだけど」


「成る程……涼周殿のおへそ狙いですか」


「おへそ狙いよ。……そう思うと、結局変わってないわね彼女」


 秦恵蘭の頭の中には、涼周をお着替え人形にしてはしゃぐ淡咲の姿が容易に浮かんだ。

確かに変わっていないなと、彼女は首肯する。


「…………それとね、話す暇が無かったから今の内に言っておくわ。「金色の盾の少女」……足取りが掴めたと思ったら、馬鹿な貴族のせいで途絶えたわ」


 だが、そんな穏やかな雰囲気の中、キャンディは突如として本題に入った。

対する秦恵蘭はこの流れにも慣れており、事情を知るが故に表情を険しくさせた。


「…………詳しく聞かせてください」


「淡咲ちゃんが梅朝を纏めている話は知ってると思うけど、梅朝の北西にいる貴族が過去にやらかしたらしくてね。簡単に説明するとその貴族、かなりの面食いでね、それも同性の男に対して」


「……それだけでも、嫌な気がします……」


「で、何をトチ狂ったかは知らないけど、金色の盾を持つ少女と相思相愛だった供の騎士を、可愛さ余って憎さ百倍みたく殺しちゃったみたい。それに少女は絶望して、以降の消息を絶った。……死んだかどうかが定かでない事が、唯一の救いよ」


「…………最悪な所業をしてくれる貴族ですね。その者はどの様な処罰を受けたのですか?」


「つい最近、敵勢力と内通して反乱を起こしたのよ。だから討伐して、尋問して、そこで初めて分かったの。……淡咲ちゃん曰く、バスナ殿は相当怒ったみたい。ファーリム殿も態度にこそ出さなかったけど、内面が大いに乱れてたから……それがすごく心配。気が焦るのは分かるし、私も怒りたいけど……私には……」


 深く体を沈ませると同時に、苦しむ仲間達を癒してあげられない無力な自分を蔑む。

皆の帰る場所でありたいと望み、皆が安らかになれる場所を志しても、自分では皆の力になれていない。キャンディにはそれがとても歯痒く、とても胸を痛める事だった。


 秦恵蘭は、そんなキャンディを何度となく見てきた。

見てきて、そして寄り添ってきた。旅の最中は元より、こうして追悼式に参列した時でも、時に弱さを打ち明ける彼女の傍にあり続けた。


「負の感情に囚われて剣を振るうは乱世の拡大に他ならず。士たる者は常に先を見て事に当たるべし…………鄧廖(トウリョウ)殿がよく、その様に言っていました」


(……私も…………その言葉のお陰で想いを断ち切れた)


「私は後半期の旅仲間ですから、皆様の苦しみを半分程度しか理解していないのだと思います。……それでも、後ろ向きな思考が良好な結果をもたらすとは思いません。だからこそ「無理にでも笑え! 笑えば俺達の勝ちだ!」なのでしょう」


 キャンディは何時も気丈に振る舞うが、心の中は秦恵蘭以上に揺れ動き易く、脆い一面を併せ持っている。ただ単に、己が力を自信に変えているだけなのだ。

そんな彼女にこそナイトが必要であり、根付く臣民と土地を持っている私はこの想いを控えさせるべきなのだと、秦恵蘭は独立戦争終結時に決断していた。


「はふふっ……一本取られちゃったか。……ごめんなさい……私我が儘ばかりで」


「ふふっ! もう慣れました。今更です今更。そう言えば鄧廖殿が何処に居るか知りません?」


 今となっては昔の笑い話。

秦恵蘭は別段気にする様子もなく、過去と言えばで過去の仲間についてを尋ねた。


 鄧廖。その者は「白銀の獅子」やら「心剣の鄧廖」と謳われる大剣豪仲間だ。


「風の噂じゃあ、東方大陸で戦ってるみたい。一緒に戦ったのは継承戦争が最後で、直近で再開したのはもう何年も前だから詳しい事は知らないけど、何か元気でやってるみたいよ。「流石は心剣の鄧廖! 醤油を浴びても怒らない!」……って、人界中を股に駆けるとある大商人が言ってたから」


「ダイサイロ殿ですね。私も、彼には何度かお世話になりました」


 盧慧港でナイツや涼周が面識を持った大商人・ダイサイロ。

彼の商圏は剣合国から遠く離れた戀王国にも、当然のごとく及んでいた。


「……そう言えばで返して悪いんだけど、あの商人とずっと前に面識を持っていた女の子の仲間が涼周にはいるのよ。名前は稔寧って言うんだけど、彼女ね……アルシャさんやリュグゥ君(ファーリムの妻子)と同じだった」


 その一言に秦恵蘭は笑みを消し、再び表情を険しくさせた。

キャンディは楽しい雰囲気を壊し続ける事を悪いと思ったが、手広く情報を集める為には仕方がなかった。


「それも、詳しく聞かせてください」


 然し、秦恵蘭は真摯に対応してくれる。だからこそキャンディも相談したのだ。


「稔寧ちゃんの上官は敵勢力に仕えていた優しい将軍でね、彼が涼周の仲間になったのに伴って、一緒に鞍替えしたの。彼が言うには、稔寧ちゃんは大陸東方の藤原氏に仕える楽家の縁戚に当たるって。因みに楽家ってのは将軍の出た家の事ね」


「…………中央大陸東方、奥州藤原氏に仕える武門の縁戚……あり得ませんね」


 そこまで聞いて、秦恵蘭はある矛盾に気が付いた。

キャンディも流石は秦恵蘭だと思って小さく頷いて話を続ける。


「えぇ、あり得ない。黄眼白髪壊死鬼病(コウガンハクハツエシキビョウ)の患者が東方の出身だなんて、絶対にね」


「……何らかの理由で出自を偽っている、ですか? 例えば仲間を語る間者のように」


「あぁーそれも絶対に無いわね。色々あって長くなるから置いとくけど、彼等が示す涼周への忠誠心は本物だから。……だから可能性としては、発病した稔寧ちゃんがまだ物心がないぐらいに幼くて、記憶が曖昧な内に東方へ連れていかれてどっかの養女になったってとこかな」


「……稔寧殿の年齢は幾つなのですか?」


「二十一歳。即ち、二十年前の砂王遠征の時には一歳の赤子だったって訳」


 年齢的に考えれば、キャンディの推測が間違っているとは思えなかった。

秦恵蘭は僅かに押し黙った後、こう呟く。


「…………もう、時間的な猶予は残されていませんね」


「えぇ、だからファーリム殿もバスナ殿も、私もあの人も、皆が焦ってる。大事な入浴仲間は元より、涼周のお姉さんまで失うなんて御免こうむるのよ!」


 ガッツポーズを作り、湯船から勇ましく立ち上がるキャンディ。

暗い雰囲気に変えてしまったお詫びとばかりに、又は彼女が自分自身を元気付ける為か、その顔には無理にでも作った笑みが宿っていた。


「私も四方に手を回して調べています。何か分かり次第、直ちに知らせますよ」


「いつもごめんなさいね。……あぁーあ! 次に会えるのは来年かぁー! ねぇ秦恵蘭殿。マノト殿の追悼式だけでも年に十回ぐらいやらない?」


「ふふっ! 年に何回も殺さないでください。流石のマノト殿も……いえ、彼やリーリア殿なら笑いそうですが。メスナ殿はどうでしょうか?」


「大丈夫大丈夫! メスナちゃんは立派な菓子職人でもあるんだから!」


 理由になっていない答えにも秦恵蘭は慣れたもので、彼女はキャンディの表情に花が咲いて何よりと、穏やかな気持ちを覚えたという。

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