帰国後の別行動
大陸中央 剣合国軍本拠地 群州大諒 義士城
例年より長く戀王国に留まった為、安楽武や槍丁を始めとした諸将は心配していた。
「ふっははは!! 何だ何だお前達! たかだか数日間予定が狂っただけで、戦場から帰って来た息子を想う家族みたいな顔を作りよって! らしくないなぁ全く!」
ナイトの一声が諸将の心配を一撃で吹き飛ばし、代わりに微妙な怒りを覚えさせる。
戦場から帰って来た家族を想うような、ではなく。実際にお前、戦場から帰って来たじゃねぇか、と。ピンピンした姿を見せられて心配して損したわ……と。
「……まぁ、皆が無事であればそれで良いが……まさか旅先でも仲間を増やしてくるとはな」
「おぅ、息子兄弟の新たな仲間だ。事情は後日改めて説明するが、ちょっと訳ありでな。故に口頭でのみの紹介とする。不用意に存在を広めるのも厳禁だ」
歴戦の英傑たるナイトと英雄の卵たるナイツに、魔性の幼子大将 涼周まで加われば、仲間の一人や二人を連れ帰ってきても不思議ではないか。
そう思えばこそ、バスナにはこれといった動揺がなかった。
他の者も概ね同じ事を考え、事情はどうであれ新たな仲間を歓迎する。
惜しむらくはその事情故に歓迎会を開けない事だが、戀王国及び戦場での宴会を極力控えたナイトが、溜めに溜めた宴会力(宴会力って何だ)を発揮して若手を酔い潰す事がないので、これはこれで良いと言えた。
「さて軍師よ。俺達の留守中に何か変わった事はあったか?」
「特にございません。敢えて言えば弟君の築城普請が始まった事ぐらいです」
安楽武の素っ気ない返答に、ナイトは僅かに拍子抜けした。
「えっ? それだけか? 結構留守にしてたんだが……」
「それだけです。軍が出動する事態は何もありませんでした。内政状況で特筆すべき事は大々的な普請のみです」
戀王国への出立を前に決定した涼周軍本拠地の設営案。
それは梅朝南東に位置する柔巧の地に、涼周軍の拠点となる開放的な城を築くものだった。
「にぃににぃに、「ちくじょうふしん」って?」
「涼周が欲しいって言ったお城を作ってるんだよ。明日にでも様子を見に行こう」
「ぅ! 侶喧や魏儒、久しぶりに会いに行く! これ見せてあげる!」
兄の袖を引っ張り、安楽武が放った用語の意味を教えてもらった涼周は、張真から貰った木彫りの蛙人形を取り出してはしゃぐ。
ナイツはそうだねぇと返して表面上は頷くが、良い大人である侶喧や魏儒が木彫り人形を見て士気を上げるだろうかとも思った。
「取り敢えず……お疲れ様とお帰りなさい、だ。慾彭殿も苦労を掛けたな。今日は日も暮れた故、ゆっくりしていってくれ。後で酒でも交わして戀王国の話を聞かせて欲しい」
「………………!」
然りとて急ぐ要件もない為に、帰って早々の軍議は必要なかった。
場を収めたバスナは慾彭に一夜の宿泊とささやかな酒宴を勧め、連日の軍務や長距離移動に疲れていた慾彭は飛び付いた。
丁度この日は淡咲やメイセイ、ファーリムも来城しており、かつての仲間が集って杯を酌み交わす。他の旅仲間達には、後日その時の話を聞かせるという事で許してもらう。
そして翌朝、皆に見送られた慾彭は紫色の粒子を残して戀王国へと戻っていった。
「では父上、俺と涼周は柔巧に行って来ます。聞けば李洪も普請作業に従事しているそうなので、その様子見も兼ねて」
「うむ、行って参れ。李洪や他の者達も、お前達の顔を直に見れば安心して士気を上げよう。俺も今日は軍勢の視察に向かうつもりだ。巡回任務に当たっている韓任に会ったら、それとなしに元気である事を伝えておこう」
「はい。宜しくお願いします」
何だかんだ言って、ナイトも考えなしではなかった。
戀王国訪問は重臣達にしか知らされていない内容だが、自分達の長期不在によって彼等の士気が下がれば、必然的に部下達にも影響が現れる。
それは動きであったり、意識であったり、気配りであったり。
ナイトはこれもある種の軍事的立て直し作業の一環と捉え、息子兄弟に只の遊びではない事を暗に伝えて送り出した。
余談にして今更だが、ナイツはこういう時のナイトは尊敬していた。
「私は部隊の方に顔を出しますね。李洪殿も韓任殿も出払ってるなら、誰かは有事に備えて居るべきでしょうし」
「うん、分かった。じゃあ俺と涼周とシュマーユの三人で行ってくるよ」
軍議の間を出た後に、メスナとは別行動を取る事になった。
三人は改めて本城裏手の軍港に向かい、そこからシンシャク川を下って北西に進み、一旦檬屯湾に出てから東に進路を変え、柔巧の港を目指す。
「あっ、もう港にまで手が回り始めてる……流石は侶喧だ。涼周、此方に来て見てみな。カイヨーの皆が港を整備してくれているよ!」
小舟のデッキに出ていたナイツが、中でシュマーユとあれやこれや雑談している涼周を手招きして呼び寄せる。
兄の声に応えた涼周はシュマーユの手を引きながら外に出た。
「ぅ! みんな居る! おーい! おーい!」
「流石に気付かないだろ。もうちょっと近付いてから手を振ってごらん」
小舟なんて数知れず行き交う程の大工事。
人影が確認できるぐらいの離れた場所を走るナイツ達に気付く者はそうそう居ない。
しかもナイツは、上流階級専門の旗を掲げる事を嫌っている。
この旗をちらつかせれば自ずから道が開き、優先的に便宜も図ってもらえるのだが、父母がそれを嫌う様に息子も嫌っており、不測の事態に備えて所持はしているものの、プライベートや小規模任務で使った事などなかった。
抑々使う必要もない程にシンシャク川は広く、港に急接近さえすれば後は自ずから道が開く為、無理に権力を翳すなんて真似は無粋極まりないのだ。
今回も大分近付いた頃に涼周が呼び掛ければ、港の守備隊は比較的速やかに停泊させてくれるだろうと、ナイツは高を括っていた。
「む? 警戒範囲に小舟が一隻接近中! 誰かが手を振って……えぇっ!? 涼周様とナイツ様!?」
「水上の各船に報告だ! 至急道を開けて出迎えろ!」
だが、カイヨー兵の警備・監視能力は非常に高かった。
即席の物見櫓に備える兵士は元より、カイヨー人の中には単純な視界が広い者も多く、ナイツ達は即座に見付かってしまう。
「ぅ! 届いた! おーい! おーい!」
「…………まじか……! 気付くのか、この距離で……」
特別な船に乗ってきた訳でもなく、剣合国軍の旗を掲げている訳でもない。
遠目に見れば湾に出た漁船と判断されても可笑しくはない状況でありながら、カイヨーの者達は涼周だと判断して大歓声を上げ、出迎えの準備に移る。
「凄いですね。あれほど多くの人の心を、こんな小さな子が掴んでいるとは。……悔しいですが、人徳の面に於いてはラエル様以上だと認めねば」
「ふははっ。兄として鼻が高い事に、あれはほんの一部分。驚くにはまだ早いよ」
両手を振ってはしゃいでいる涼周を余所に、シュマーユはこの光景を見て嘆美する。
その感情をナイツが増幅させ、弟自慢を語ろうとした。
「ぅ? ぅよよよよっ!?」
『あぁーあぁー!! あぁーあぁー!!』
突如として港側の歓声がどよめきに変わり、何事かとナイツとシュマーユが見れば、はしゃぎ過ぎた涼周が船から落ちそうになっていた。
「ちょっ!? 涼周!? うおぉっ! 何やってんだおまぇーー!!」
肝を冷やした二人が慌てて引き上げ始めると、半ば宙ぶらりんになった涼周は安心したのか、此方を見ている魚や鳥達と目を合わせて会話を始めようとした。
「ぅ! トビウオさん、マグロさん、ウミドリさんこんにちは! 涼周です!」
「ウオ(魚)! ドーモコンニチワ! トビウオデス!」
「ウオ(魚)! ドーモコンニチワ! マグロデス!」
「ウオ(魚)! ドーモコンニチワ! ウミドリデス!」
「こんな時だけしっかりと挨拶してんじゃねぇーよプリン大将がぁーー!? あぁーとお前らも何気に人語喋ってんじゃねぇよキモいわ! あと最後の鳥てめぇ! お前は「ウオ」じゃないだろ!! 飛んでも構わないけど種族は超えるな!」
引き上げながらも冷静に分析し、且つ猛々しく指摘するナイツお兄ちゃん。
とても良い感じに成長している事が分かる瞬間であった。
「わふぅー! ありがとにぃに、マーユ!」
皆の心配を余所に、涼周はスリルを味わって楽しかったとばかりにけろっとしていた。
お兄ちゃんは大きな溜め息を吐く。ここぞとばかりに吐き、どっと疲れた様にデッキに腰かける。
「…………はぁ……! 前言撤回。やっぱ鼻が折れるわ」
「えっと……骨が折れる……ではなくて?」
「……鼻が折れたの!」
自慢できない一面を先に見られた為に、ナイツは機先を制された様に不貞腐れたという。




