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ギグ・マーガの星に捧ぐ唄  作者: 改易庇護之介
第二部 四章 旅立ちの三人
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第二部 四章2『どこかの海上にて』

 ※カイル視点――海上にて


 空はどこまでも高く、陽射しが海面をキラキラと照らしていた。


 帆は風を失って緩やかに垂れ、波は小さく、ただ船を心地よく揺らすだけ。

 でも不思議だ、物足りなさはまるで感じなかった。

 むしろ、この静かな時間こそが、心を浮き立たせる。


 そんな穏やかな朝、背中越しにリアナの声が聞こえた。

 その響きはまるで、止まった風の代わりに空と海の境目を満たすようで、耳に優しく残る。


 青く透き通った空、遠くに浮かぶ雲、見渡す限りの海原、そして、どこか間の抜けた親しみのあるリアナの声。

 これこそが、たぶん幸せな時間と呼ぶのだろう――などと、柄にもなく思ってしまう。


 俺はそんな、透き通る彼女の声に耳を澄ませる。





「こ、ここは何処の海なのよー! カイルぅぅぅ!」




 ……何を言っているのか、リアナ。

 順調に今、船は南に向かっている筈だ。


 深夜番を買って出た俺に対し、寝起きのリアナが顔を青くして叫んでいる。


 しかし、そんなリアナもまた可愛いのだ。


「……リアナ嬢、あーその……。なんというか、カイル、困ったな」


 操舵輪の前、バラッドが眉間に皺を寄せながら、こちらに惑う表情を送ってくる。

 口を開きかけては閉じ、何か言いたげだが、遠慮がちに言葉を選んでいるらしい。


 だが、そういう態度はよくない。

 俺は彼の中の、遠慮を含んだ、躊躇ちゅうちょを押し流すように言葉を被せる。


「バラッド、確かに君と俺はまだ知り合って日が浅い。

 だが、言うべきこと、言いたいことは言い合える仲でありたいと思っている」


 これは本心だ。

 共に船に乗ってまだ四日だが、彼の誠実さは十分に感じていた。


「……そうか。ありがとう、カイル」


 バラッドはほのかに微笑み、俺を見据えた。



「カイル、君は……馬鹿なのか?」



「親しき仲にも礼儀は必要だぞ、バラッド」



 ◇ ◇ ◇


「しかし、これまでの俺とは違う。

 何故なら――この海上で、俺は『方角の法則』を発見したのだからな」


 誇らしげに俺は船首を指差した。


「それはな……船首が向いている方角が、南なのだ」


 四日間、俺たちは南を目指して進んできた。

 雲の動き、潮の流れ、風の向き――それらすべてを観察し、俺は導き出したのだ。


『船の船首が向いている方向=南』


 長きに渡る、俺と方角との戦いに、ついに終止符が打たれる。

 雲に振り回され、風に悩まされ、海の青に惑わされてきた過去よ――さらばだ。



「……リアナ嬢、何か適切な言葉を」


「えっと……その、バラッドさん……。

 できるだけ波風立たない言葉を探してるんだけど……」


 風が頬を撫でていく。

 俺は海と空が溶け合う地平を見つめ、手をかざして日差しを遮った。


「順風満帆、面舵一杯、夢いっぱい――完璧だな」


「……ふ、普通に考えて……ただの漂流じゃ……」


 リアナのかすかな呟きが、波音に紛れて消えた。

 だが、それでも船は今日も進む。空と海に包まれた、蒼の世界を。




 ◇ ◇ ◇


「き、緊急会議です!」


 リアナが真剣な声を上げる。

 その迫力に一瞬見惚れそうになったが、どうにか堪える。


 確かに、開けた海でも船上は閉鎖空間。会議は必要だ。

 俺は真剣な面持ちで応じる。


「む、会議か。なるほど、今日の食事の件だな? 

 ふむ……たまには肉も良いかもしれん」


「カイル、間違いなく食事の話じゃない。

 ついでに言うと、今日の食事も先日に続き魚だ」


 静かに重厚な雰囲気を匂わせながら、そう反論するバラッド。

 その全身から溢れるむやみやたらな「納得感」と「説得力」を少し鎮めて欲しいくらいだが。


 そんな事を静かに考えつつ、俺は更に自分の意見を述べる。


「そうか。いや、昨日も今日も魚だったからな。

 人は肉を求める生き物だ。いずれ理性が野生に負け――」


「だから違いますってば! 水です、水!」


 ……確かにそうだ、忘れていた。

 水樽の水は、そもそもそんなに長持ちせず、一応薄酒をかなり積んではいるが、やはり厳しいか。


 そんな事を考えていると、バラッドが静かに空を見上げた。


「……樽や入れ物を用意しておいた方が良いな」


「え……?」


 俺もつられて空を見上げる。

 ほんのわずか、白の中に灰色を含み始めた雲が遠巻きに目に入る。


「風はまだないが、空の匂いが変わった。もうすぐ降る」


 そう言って、バラッドは甲板の端にあった木箱を蹴って開き、中からいくつかの樽や椀を取り出した。


「まさか、空気で天気を読んでるんですか?」


「嗅覚は、視力ほどには鈍っていないからな」


 くすりと笑うバラッドを見ながら、俺は小さく息を吐きつつ、バラッドに労いの言葉をかける。



「……まったく、大したもんだなバラッド。

 俺も船長として、誇らしく思うぞ」



 そんな俺に背を向けたまま、バラッドはリアナに声を掛ける。


「リアナ船長、あの樽も使えるのでは?」


「あ……うん。そうだ、バラッドさん、あれ担いでこっちに運んでくれる?

 カイルもこっち手伝って」


 俺は素直にうなずいた。

 空は、いつのまにかその青を薄く霞ませていた。


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