第二部 三章6『灰の上の星々』
※リヒト視点――ケンドリア王国構外
曇天の下、焦げた草の匂いがまだ漂う大地に、ひとり佇んでいた。
黒く焼けた大地、潰れた野営の帳、その傍らに横たわる小さな体――もう二度と目覚めることのない双子の姉妹。
背後から聞こえる軍靴の規律正しい足音と、冷たく乾いた命令。
「周囲を探索しろ。護衛、随行者の面々はすべて処分対象に含めて構わん」
それはよく知った声だ。誰が言っているかはもう分かっている。
何も変わらない。いつだって軍部は跡を残さない。目撃者は消され、痕跡は焼かれ、記録には『任務完了』の四文字だけが残る。
そのとき、微かな気配。
「……弔ってあげましょう。手伝いますわ」
振り向けば、銀色の髪を結い上げたマリス・ハイデンが、黒い軍服の裾を翻しながら立っていた。微笑みを浮かべてはいるが、その目には温度がない。
「あんた、向こうを手伝わないのか」
皮肉を込めて言うと、マリスは一瞥しただけで首を横に振った。
「反吐が出ますわ」
即答だった。その軍に属しているのではと問いかければ、「弟の進学のためですわ……言い訳にもなりませんけど」と返す。
その手つきにためらいはない。
露わになった姉妹の表情。まるで何かを掴もうとしたまま、動かなくなった互いの手。
「さあ。せめて弔って差し上げましょう。
星の民ではなく人として。最後くらいは、彼女たちを」
僕も無言で隣に歩を進める。
胸を刺すような、あの双子の互いに縋るような視線が、今もどこかに残っている気がしたままに。
「そんなことに……意味は――」
言いかけた瞬間、マリスが名を呼び、そしてその平手が振り抜かれる。
「リヒト君!」
パシィン!
反射的に身構えたリヒトだったが、響いたのは彼女自身の頬を打つ音と。
「ぱうっ!」
気の抜けたマリスの声。
「……は?」
そして同じく、気の抜けた僕の言葉。
マリスはどこか泣きたげな明るさで言った。
「わたくし、慈愛と美の化身なので! この場でぶん殴られるべき存在が誰なのかくらい理解していますわよ! ご安心なさってくださいな!」
胸を張って、スコップを差し出す。
「さあ、考え込むのは後にしなさいリヒト君。
このスコップで土を掘り返して。今は、それだけでいいのですわ」
差し出されたスコップは見た目よりずっと重いはずだった。
でも今だけは――なぜか、軽かった。
◇ ◇ ◇
崖沿いの草むらを、風が撫でる。
数分前までそこにあったはずの亡骸は、いま土の下で眠っている。
マリス・ハイデンは、墓標の前に膝をつき、どこかから摘んできた色とりどりの花をそっと置いた。
彼女たちをせめて少しでも『人として扱う』為に、取り繕った、せめてもの彩のように。
自分はただ黙って立っていた。祈りなどする気にもならない。
「……そうですわね。リヒト君は祈るべきではないわ。
こんな運命を背負わせた、神なんかに」
マリスが静かに墓標に手を合わせたまま言う。
声に棘はなく、むしろ優しさと慈しみを携えた静かな声で。
神に祈る。星を授けた神に――その神が少女たちに死を与えたとすれば。
そんな神に、僕が何を祈れと言うのだろうか。
そう言いたげな、悲しい視線を僕にぶつけてくる。
リヒトは目を伏せ、マリスから視線を外す。
崖下の森から怒号と銃声。帝国軍の誰かが交戦しているのかもしれない。
「……あれは、弔わないのか?」
マリスは立ち上がる。銀色の髪が風に踊る。
「今回の私達は野に朽ちて死体を晒し、そのまま果てるのが『是』なのですわ」
皮肉でも憐れみでもない静かな声。
「国を守るでもなく、少年少女同士を、スムーズに殺し合う為の場を設ける為の軍。
そんなもん、あれが彼らの、そして私の正しい『終わり』だと思わないとやってられないですわ」
返す言葉を、リヒトは持たなかった。
マリスは墓標に手を当て、細く微笑む。
「お気になさらず。マーガの星の民は、ただの――神の児戯の被害者」
そして付け加える。
「意地でも、星に群がる愚者になど、成り下がるような事はさせませんわ」
少女たちの墓標に吹きつける風が、静かに草花を撫でていった。




