第二部 三章5『センチメンタルな戯れ』
※リヒト視点――ケンドリア王国構外
泥にまみれた大地と、火薬と血の匂い。
戦場に残るのは、異様な静けさだった。
僕の体は、まだどこか火照っていた。
筋肉が膨張し、心臓の奥で血が熱く滾っている。
このままなら、さらに速く、もっと精密に斬れる――そんな気さえした。
さっき感じた妙な感覚――浮遊感と高揚。それは、もう消えていた。
成程、あれが……僕ら星の民特有の『シリアスモード』って奴か。
目の前では、地面に倒れ込んだ少女と、その体に縋りつき泣き叫ぶもう一人の少女。二人とも、声色はよく似ている。どちらが姉で、どちらが妹か。
そもそも、どちらが『星の持ち主』なのかも、見分けがつかない。
僕の目元がじりじりと疼いている。
先ほど受けた火傷が、やはりまだ消えていない。
レキ・マーガの星の力により、蠢く火の毒を消し去るには、この星の持ち主を斬り、命を刈り取る必要があるという事。
ならばきっと、見分けが付かない以上、やはり両方斬るしかないのだろう。
それがこの場で求められている『役割』であり『為すべき事』だ。
僕は無言で腰の剣に手をやる。
「……どっちが星の持ち主か、言えばそいつだけ斬るけど」
伏せるように、静かに呟く。
つま先に重心を移し、一歩で間合いを詰める。
泥の感触、制服の重み。体は驚くほど軽い。
その時。
「カレン! だめ、目を閉じないで! 置いていかないで!」
僕の言葉に答えず、ただ無作為に泣き叫ぶ少女の声が、耳に響く。
一瞬、僕は自分の弟や妹の顔を思い出していた。
幼い頃、ベッドの周りの闇に、怖くて泣いていた二人の姿。
そんな記憶は今の僕には不要だ。
僕は頭を振り、すぐにそれを追い払った。
泥に伏せていた、僕に斬られた筈の少女が、ゆっくりと体を起こす。
血にまみれた手で、こちらを真っ直ぐ睨みつけている。
「私が……レキ・マーガの星の民、さあ決着を付けるわよ!」
声は震えているのに、芯が通っていた。
もう一人の少女が、必死にしがみつく。
「だめ、何言ってるの! カレンやめてよ!」
涙と叫び。姉妹のどちらが本物の星の持ち主か、ますます分からなくなる。
「姉は、妹を、守るもの……だから……」
少女が、小さくそれだけ呟く。
僕は無表情のまま、思考だけを加速させる。
弟妹を守る。
僕もかつて、そんな幻想を抱いていたことがある。
今の僕には何の意味もない。
「……本当にそっちが星の持ち主でいいんだな」
感情の抜け落ちた声で、問う。
返事を待つまでもなく、事態は動き出した。
倒れていた少女が、腰の火薬袋を乱暴に抜き取り、宙に放った。
そのまま、僕に向かって突撃してくる。泥と血にまみれた体。
その顔は、恐怖よりも覚悟が勝っていた。
「やめてぇぇぇ!」
もう一人の少女が絶叫する。
突撃してきた少女は、火打ち石の仕込まれた手袋で、火を放とうとする。
だが、その動きを既に見切っていた僕の剣により、その少女の両手首から先を、切断する。
たん、たんと少女の手首から先の両手が、地面に落ちる音。
赤い飛沫が泥に散る。
僕は無言で剣を構え直す。それでも少女は振り返り、必死に叫ぶ。
「――放ちなさい! わたしごと、火を!」
泣き叫ぶ少女が、涙に濡れた声で叫ぶ。
「いやだ、そんなのいやだ……カレンが、死んじゃうのはやだ!」
――優しい姉妹の存在と思いやりの感情、こんな場所では『邪魔』だな。
その瞬間。僕は一気にその妹らしき女の背後に位置取り、その泣き叫び姉の身を慮る、その少女の胸を背後から貫いていた。小さな体が、驚いたように跳ねる。
姉妹の息を飲みこむ音が静かに響き、その音に寄り添うように、静かに時間が止まった気がした。
「なんで――なんでええええ!」
泥の上に崩れ落ちる小さな影。
突き飛ばされるように、もう一人の少女が駆け寄ろうとした瞬間――
僕はそのもう一人の、姉と思われる少女の背後に、一瞬で同じ様に音もなく回り込む。
次の瞬間、剣は同じように、その少女の心臓を貫いていた。
二人の身体が、泥と血の上に倒れる。
◇ ◇ ◇
誰も、何も動かない。
僕はただ静かに二人を見下ろしていた。
姉妹は互いに、手を伸ばし、今際の時まで互いを求めるかのように、止まったまま――せめて最後くらい、互いに手を取り合わせる様に、寄り添わせて葬るべきか。
そんなセンチメンタルな想いを、僕は自分の頭を軽く振る事で、投げ捨てる。
心が死んだ者は、きっとそんな事を考えない。
そう自分に言い聞かせる様に、目元の小さな火傷に意識を向ける。
自分の中に残るのは、薄れゆく火傷の疼きと、妙な虚無感だけ。
星の持ち主がどちらだったのか――もう確かめる必要もない。
これが、僕の役割。空に、夕闇と煙が静かに滲んでいく。




