第二部 三章3『マーガの双星』
※エリシア・フィールズ視点――ケンドリア王国
十二歳の春。
冬の名残がまだ空気に残る季節に私、エリシアと姉のカレンはケンドリア王国の大聖堂へ向かった。星の洗礼の日、澄み切った空に鐘の音が静かに溶けていく。
白い石の床に、青い制服の裾が揺れる。一歩ごとに、祭壇まで続く静寂。
天井から落ちる光の筋が、まるで未来を導く標のように真っ直ぐに伸びている。
背中まで伸びた水色の髪を、カレン姉さんと揃えて同じように結った。
スカートの長さも、リボンの位置も、指先の動きさえも、何ひとつ違わない。
まるで鏡合わせの私たち。
「今日の洗礼楽しみだね。何の星になるかな、エリシア」
カレン姉さんの囁きが胸の奥に染み込む。
小さな希望が、芽吹くような気がした。
荘厳なパイプオルガンの響き。
神官たちが並び、家族と王国の人々が見守っている。
儀式の最中、私はカレン姉さんの手の温もりだけを頼りにした。
不安が波のように押し寄せても、そのぬくもりにしがみついた。
やがて私の番が来る。
カレン姉さんは私の後ろで、静かに手を組んで祈っている。
天窓から差し込む光に、私はそっと包まれる。
「――エリシア・フィールズ。レキ・マーガの星」
胸の奥で何かが芽生える。世界が音も色も変わる。
夢のようで現実感がどこか遠ざかっていく様な感覚に包まれる自分。そんな私の両手を握ってカレン姉さんがキャッキャと声を弾ませる。
「すごいよ、エリシア。何かよくわかんないけど、何か凄い星なんじゃない?
本当におめでとう!」
祝福の拍手と鐘の音。
そんな華やかな空気の中、私は胸の奥で冷たい影を感じていた。
◇ ◇ ◇
数日が過ぎ、私は一人で国の高官に呼び出された。
重厚な扉の前で、一瞬だけ足が止まる。室内は息苦しいほどの威圧感。
円卓の向こうからいくつもの鋭い視線が私に注がれていた。
そんな空気の張り詰める室内の中、一人の神官らしき衣装に身を包んだ初老の男性が静かに私へ語り掛ける。
――その神官曰く。
「星の民は戦場に立つ」
「お前の力は王国の運命と未来を担う」
「星の持ち主同士は、静かに引かれ合うものだ」
幼い私にはすぐには理解できないが、それでも大きな大人達の一つ一つの言葉が無遠慮に私の胸を突き刺す。
重さに押し潰されそうなまま部屋を出る。
長い廊下の先で、カレン姉さんが待っていてくれた。
「エリシア大丈夫? 何か酷いこと言われたの?」
そんな心配そうなカレン姉さんの言葉に答える事もせず、私は慎重に言葉を選びながらカレン姉さんへ静かに言葉を零す。
「何か、そのよく判らないけど……国のために戦わなきゃいけないみたい。
もしかしたら、他の国の星の人たちと争うこともあるし、その……死ぬ事もあるとか、そんな」
カレン姉さんは黙って私を見つめていた。
その瞳に怒りと悲しみが静かに揺れる。
「そんなの絶対に許せない。私はエリシアを一人になんてしない。
大丈夫、安心してエリシア。何があっても私たちは一緒だよ」
夜、私は泣きながらカレン姉さんの手をずっと離さなかった。
手のぬくもりだけが、私の心を繋ぎとめてくれる。
◇ ◇ ◇
やがて軍から訓練命令が届き、いよいよ新しい日々が始まる。
青い制服、同じ髪型、歩幅も揃えて、カレン姉さんと並んで訓練場に立つ。
冷たい朝の空気、まだ暗い泥の匂い。
息を吸い込むだけで、胸がきゅっと縮まる。
訓練場に立ったカレン姉さんの姿を見て、教官が静かに声をかけようとした瞬間、それよりも早く、カレン姉さんが前へ踏み出す。
「エリシアの力を最大限に引き出すため、双子である私、カレンにも訓練を受けさせてください!」
思いがけないほど真っ直ぐな声に、この訓練場に沈黙が落ちる。
でも、その沈黙を破ったのは軍官の低い声だった。
「悪くない策だ。だが君は理解しているか? カレン。
この子の星の名の意味を、レキ・マーガという星の重みを」
レキ・マーガの星の火は、私にしか扱えない。
見た目はただの炎でも、その火には自然に癒しようのない毒が紛れ込む。
もしカレン姉さんが私の火で火傷を負えば、命も危うい。
そんな火に寄り添うつもりなら、そういう危険性と寄り添う事になる。
軍官は淡々と説明を続けた。
けれどカレン姉さんは、その言葉を真正面から受け止めていた。
その瞳には、既に覚悟の炎が灯っていた。
◇ ◇ ◇
最初の訓練は連携と動きの確認ばかり。
剣さばき、体術、油瓶の投擲、火打石のタイミング。
カレン姉さんは私の動きを細部まで真似し、まるで自分のことのように同調してみせる。
二人で動けば、誰にも区別はつかない。
レキ・マーガの星の特異さ故に、本格的な連携はしばらく許されなかった。
それでも私たちは工夫し続ける。火を除いた動き、呼吸、目配せ。
一体となるために、何度も何度も、訓練を重ねた。
「これは最早『マーガの双星』と呼ぶべきものだな」
教官がぽつりと呟いた。
◇ ◇ ◇
それから四年、王国には不穏な空気が満ちていた。
前回のマーガの勝者の死の報せが届いてから、すべてが静かに動き始める。
そんな折、王国辺境に位置する、この訓練場の遠くで、城門が破壊される音。
火花が空を裂き、叫び声が響く。テオブルグ帝国の軍がついに接触してきた。
カレン姉さんと私は、その報告を聞き自然と目を合わせる。
「行こう」
「うん」
泥の中を二人で駆け抜ける。青い制服が泥にまみれ息が荒くなる。
それでも、私の隣にはカレン姉さんの存在がある。
敵の最前列に小柄な少年。帝国軍の剣、短い青髪、灰色の虚ろな瞳。
その視線は、何か大切なものを置き去りにしたような冷たさ。
一歩ごとに、小さな肩から何かを一つずつ捨てていってるかのように見える。
彼も何かのマーガの星の民だとすぐに分かった。
その少年の周囲だけ、空気が歪んで見える。
私は呼吸を整える。でも足は止めなかった。
そんな少年との邂逅の果て、会話を交わす事も無く、そのまま互いに意図せず戦う事になる事を感じている。
「油瓶用意するね、カレン」
「分かった。火打石も準備して、エリシア」
二人の動きが重なり、離れ、また重なる。
敵の視線を受けながら、間合いを測る。
私は油瓶を投げ、カレン姉さんが火打石を打つ。
炎が、地を這って敵へ伸びていく。
青髪の剣士は無言でかわし、表情も変えず、じりじりと間合いを詰めてくる。
「……こいつ、速い」
カレン姉さんが低く呟く。
「距離をもっと取ろう」
私は頷き、カレン姉さんと左右に散る。
時に動きを重ね、一人に見せる瞬間も作る。
どちらが本物か、敵にも分からないはず。
油瓶で火の網を広げていく。
それでも、敵は一切怯まない。
迷いも恐れもなく、ただ歩みを止めない。
胸がざわつく。カレン姉さんの呼吸も早くなる。
「……最悪、指先だけ火傷させて退却しようか」
私は心の中で覚悟を決めた。
「一度だけ、最大火力でいく」
カレン姉さんが静かに頷く。
火薬と油を瓶に重ね、更に二人のタイミングを合わせ、火打石を打つ。
これが今、私達の放てる最大の炎を、ここで解き放つ。
轟音とともに火壁が広がり、敵との距離を断ち切る。
その瞬間、「ボフッ!」と爆ぜる音。
熱風が押し寄せ、炎の壁が一瞬で吹き飛ぶ。
思わず目を閉じる。耳の奥に衝撃音が響く。
静寂が降りた後、そっと目を開ける。
カレン姉さんと私の間に、あの青髪の剣士が立っていた。
その速度で以て、私達の作り出した炎を、消し飛ばしたのか。
灰色の少年の瞳が、まっすぐ私たちを見つめている。
無言で剣を構え、圧倒的な存在感が、あたりを静かに支配していた。
【ケンドリア王国】
名前:エリシア・フィールズ
所属国:ケンドリア王国
年齢:16歳
身長:170cm
髪の色:水色(背中までのロングストレート)
体型:細身・長身
一人称:私
星:レキ・マーガ
恩恵:火に毒性を持たせる
※説明:自らが生み出した火に「毒性」を付与できる。その火による火傷はただの熱傷ではなく、時間の経過とともに激しい痛みと破壊をもたらし、最終的には対象をじわじわと死に至らしめる。
備考:おだやかで控えめな性格。自己主張は少ないが、姉カレンに対しては心からの信頼を寄せており、自身の星の力を公にするよりも『二人で生き延びること』を第一に考えている。
必要とあらば姉に主導権を委ね、後ろに退く判断もいとわない。
星の力は姉と完全に分かたれており、発動も本人に限定されている。ただし、見た目・所作ともに姉と完全一致しているため、外見や行動からは星の持ち主を特定することが極めて困難。
敵を欺き、追跡や狙撃から身を守るため、カレンとの『役割交代』を意識的に行う場面もある。
名前:カレン・フィールズ
所属国:ケンドリア王国
年齢:16歳
身長:170cm
髪の色:水色(背中までのロングストレート)
体型:細身・長身
一人称:私
星:なし(一般人)
備考:冷静で落ち着いた性格だが、妹とともに行動することを常とし、時に妹を守るため強気な姿勢を取ることもある。
妹の存在が自分の一部であるという意識が強く、常に『対』として行動することを望む。
星は持たないが、妹レキが持つ「レキ・マーガ」の力を隠すため、時に妹の『ふり』をして動くことがある。外見は完全に同一であり、演技力と所作によって妹に成り代わることが可能。
本人に能力はないが、姉妹の絆と共に星の戦場に立つ覚悟を持つ。
妹の星の恩恵を模し、己も火を扱う動きをする(もちろんカレンの火に毒性はない)




