第二部 三章2『動き出す星々:レキ・マーガの星』
※リヒト視点――テオブルグ軍、移動中
馬車の揺れが、骨の奥までじわりと染み込んでくる。
帝国軍の移動隊列は、湿った道を黙々と進んでいく。
幌越しの淡い光のなか、僕は無言で資料の束を指でなぞる。
隣では、軍上官が用件だけを、簡潔に伝える。
「今回の目的地はケンドリア王国。討伐対象はレキ・マーガの星。
星の持ち主はフィールズ姉妹――双子だ」
渡された書類には、手書きの名がふたつ。
姉エリシア・フィールズと、その妹。
「姉妹は常に二人で戦う。
容姿も動きも似ていて、どちらが星の持ち主かは現時点で不明」
その言葉の後に、僕の前に一枚の紙を、机の上を滑らせるように流して来る。
「レキ・マーガの星の恩恵、それはその星の持ち主が扱う『火』に毒性を付与する事が出来る。
そしてその毒の治療はかなり難しく、最終的に少しの火傷でも死に至る事もある」
火を扱う星。
だからこの特殊な厚手の軍服が、僕に支給されたのか。
「そして、この姉妹の特性は星とは別に双子であり、そして常に二人で行動し何かの際には二人で戦うそうだ。
そしてマーガの星を持たぬ、双子の片割れも同じ様に火を扱いながら戦うそうだ。
双子の為、見分けも難しく更に顔を常に覆ったままの状態でな」
淡々とした声と紙の湿った感触だけがこの空間のすべて。
最終的な命令はただひとつ。討伐。
頷きもせず、書類を机の端に押しやる。
自分の影が馬車の内壁に揺れ、他人事のように薄暗く伸びている。
この世界では、余計な感情を挟む余裕などない。
星の名が伝えられた時点で、運命は一つに収束する。
誰かを守るために従順を演じる日々。
誰かを殺す理由だけが、また増えていく。
◇ ◇ ◇
※リヒト視点――ケンドリア王国
レキ・マーガの星の恩恵は『火に毒を付与する』
深呼吸ひとつ。もうここは戦場の只中。
目の前には細身の体躯に、全身を厚手の軍服、顔には目出しの覆い。
そんな出で立ちの、女性を思わせる雰囲気の人が……二人。
単純に、速度や攻撃の重さ等は間違いなく、そして圧倒的に自分が上。
だが今回の相手は少し毛色が違う。
まず、このマーガの星同士の戦いの中に於いて、目の前には二人の敵。
その二人の両手には手袋、小瓶と小袋。
そして手袋には更に、火打ち石の役割を担う固い何かの材質の物を仕込んでいる。
炎の燃える音と、時折割れる瓶の響き。
湿った空気に、油と煙のにおいが混じる。
フィールズ姉妹。
二人の動きは、まるで鏡合わせのように滑らかで速い。
一歩踏み出せば、もう一人も同じ歩幅で地を蹴る。
布の擦れる音すら重なり、どちらが先に動き出したのか分からなくなる。
時に肩が触れ合い、二る人の影が一つに重なる。
影の重なった瞬間、一瞬で左右に分かれた。
一人は腰の火打石を素早く擦り、油を染み込ませた布に火を点ける。
もう一人は、小瓶を背後から取り出し、しなやかに手首を振る。
瓶は放物線を描き、地面で鋭い音を立てて割れた。
炎が舞う。火が油を吸い上げ、ぱっと燃え広がる。
煙が視界を曇らせ、湿った大地が熱を持つ。
火薬、油、石。
現実の戦争がそうであるように、彼女たちの手段もまた現実的。
故に、自分の速度や破壊力の優位性が、戦略や攻撃手段で一気に目減りしている。
僕は静かに呼吸を整え、戦闘服を指でなぞる。
布地の重ね方、油染みの有無、手袋の縫い目や靴底の焼け跡――
この一戦のために、火傷対策の衣装を何度も確認してきた。
この炎の前では、それが生死を分ける。
火が舞い上がるたび、裾を払って焦げ跡を探す。
油が跳ねたらすぐ拭い、動きを止めない。
心の中で、淡々と状況を整理する。
どちらがマーガの星の持ち主か見分けがつかないのなら――両方斬れば良いだけ。至極簡単な論理だ。
冷たく、静かに。自分自身の心が一層研ぎ澄まされていく。
◇ ◇ ◇
一瞬の静寂。
煙の奥、二人の少女が顔を寄せ合う。
「……こいつ速い」
「距離をもっと取らないと」
呼吸も声も同じタイミングで重なる。
短い沈黙のあと、双子の一人がぽつりと呟く。
「最悪、指先ほどの火傷傷を与えてから退却も選択肢にしておいて」
退却されれば、面倒が増えるだけだ。
しかも小さな火傷でも、下手すれば致命傷。
僕は目を細め、双子の動きを見極める。
そのとき、二人が同時に動いた。
互いの手から瓶が宙を舞い、油と火薬が絡み合う。
そして互いに、指を鳴らすと、その手袋から火花が飛び散り炎が爆ぜ、轟音と共に地面が揺れる。
僕は冷静に、その炎から距離を取り、再度その二人へ視線を移す。
二人とも、僕の視界内……ならばどうとでもなる。
そんな事を考えていると、不意に双子は僕の視線上に重なり、二人の人間が一人になったかのような錯覚を覚える。
その瞬間、視線上の人間の背後から、かなりの数の瓶と小袋が舞い、その中からまた、火薬と油が宙を舞う。
風向きが変わる。その瞬間、僕の立ち位置が、何時の間にか風下となっている。
――さっきの爆発と炎は……この風向きを読み切った上での、誘導か。
その瞬間、周囲の空気を変えるような金属音が鳴り響く。
すると、今までに無い、巨大な火壁が立ち上がり、まるで獣のように咆哮を伴い、僕のほうへ迫ってくる。
火の壁が押し寄せてくる。
一瞬、時が止まったように感じた。
だが、その一瞬の後、炎はためらいもなく俺のいる場所を呑み込もうとした。
僕の目元が少し焼けたのを感じる。いよいよ火傷を負ったか。
ならばもう、自分に迷っている、火を恐れる時間はいよいよ無い。
そう考えた僕は、その炎の中へ飛び込むのだった。




