◆第二部 三章1『テオブルグ帝国一の美女』
※リヒト視点――テオブルグ軍駐屯地・朝
帝国駐屯地の朝。
空気は冷たいのに、やけに眩しいものが目の前で踊っている。
「お待たせしました! 本日も帝国一の美女が運ぶ朝食ですわよ!」
銀色の髪が腰まで流れる一人の女性。
どこか舞台めいた足取りで部屋へ入ってきたのは、マリス・ハイデン。
この帝国では見紛いようもない『良くも悪くも目立つ人』
長身で、凛とした黒の制服。
灰銀色の瞳が、朝の陽射しに溶けるようにこちらを向く。
その顔立ちはどこか神話を思わせる雰囲気を匂わせるが、喋ると残念。
そんな彼女が、柔らかな笑みを浮かべると、軍人には珍しい華やかささえ滲んでくる。身のこなしは品があり、銀髪のロングヘアを揺らしながら、盆の上に並べた食事を誇らしげに差し出す。
「見てください、このパンの焼き加減。
外はふんわり、中もしっかりふんわりですわ!」
それ焼けてないんじゃないか……? そう思ったがどうにも面倒だ。
そんな僕の冷めた視線に対し、それでも自信満々に胸を張り、灰銀の瞳を細めてくる。
僕は小柄な自分と、やたらに整った彼女の立ち姿を一度見比べ、静かに受け取るだけにした。
「ええ、ええ、その無言の『感謝と賛美』も慣れました。
私ほどの美人に毎朝会えて、今日も幸せでしょう? うふふ、さあ遠慮せず、味わってくださいな!」
華やかな銀髪に、黒の制式軍服。
何度見ても、帝国軍の制服がこれほど『似合う』女はそういない。
僕の無表情にも動じず、彼女は笑顔を崩さない。
細身の体のどこにそんなエネルギーがあるのか、不思議になるほど。
静かな朝は望めないらしい。この数ヶ月でようやく悟った。
いや、慣れたわけじゃない。むしろ慣れたくない。
この賑やかさに安らぎを覚え始めた自分が、どこか許せない。
「ほら、温かいうちに。
冷めてしまったら、せっかくの香りと美女が台無しですわ」
仕方なく一口だけ口に運ぶ。
……だが何時からか、味を感じなくなっている。
だけど、それを伝える気力は、今日も湧いてこない。
「ところで、今日は移動開始まで時間がありますの」
話題転換の速度も容赦ない。
「この隙に弟妹さんの様子、見に行きませんこと?
こっそりなら大丈夫。警備の目は私が適当にごまかしますから」
明るい声の奥で、ちらりとこちらを覗う。
その灰銀の瞳に揺れるのは、ただの冗談だけではない気がした。
僕は一瞬だけ、呼吸を止めた。
弟と妹。俺の全てだったもの。
今は『帝国の保護下』という名の人質状態。
彼らを守るために、僕は心を殺すように自分を仕向けている。
けれど、本当は――まだ、心が死んでいないのでは?
ならば、確認しなければ。
まだ自分の内側に何か残っているか。それとも、もう何も感じないのか。
「……行こう」
短く、吐き出すように呟く。
マリスは満面の笑みで頷いた。
「はい、では静かに参りましょう。
あ、でも美女は歩むたびに女神の香りがするもので、周囲に気付かれてしまったらごめんなさいね!」
ふざけているのか、真面目なのか。分からない。
けれど、僕の足は自然と彼女について動いた。
◇ ◇ ◇
仮設の広場。
帝国兵たちが周囲を警戒しているが、中心には小さな食卓と、幼子たちの笑い声。
弟と妹はまだ幼い。
大きな木の根元で二人だけで小さなパンを分け合っている。
妹が弟の額をぴしりと弾いて小さく笑った。
遠くの物陰から、その様子をじっと見つめる。
……届かない距離。
それでも、息ができなくなるほど、胸がきつく締め付けられる。
「……どこか、痛いのですか?」
マリスが小声で尋ねる。
その声は、今までのどんな冗談よりも静かだった。
何も答えられなかった。
声にした瞬間、すべてが壊れてしまう気がした。
やはりこの感情は、邪魔だ。
もし帝国が、僕の『動揺』に気づけば、弟や妹まで「星の強化素材」として、引き続き維持されてしまう。
家族ですら、帝国にとっては『駒』でしかない。
僕は何も見なかったふりをするしかない。
自分の弱さが、家族を脅かすものになってしまう前に。
無言で背を翻し、歩き出す。
「移動の、準備をする」
それだけを残して。
マリスはしばらく黙って僕を見送った。
銀の髪が揺れ、その横顔には、いつもの明るさが影を潜めていた。
◇ ◇ ◇
※とある軍関係者視点――テオブルグ軍駐屯地・朝
仮設の本部。
軍服の男たちが、低い声で話している。
「……あのリヒトとマリスの交流、そのまま許すつもりか?」
苦味を滲ませた問い。別の男が、淡々と答える。
「ああ、本部からの命令だ。
あの、ショーネ・マーガの星持ちに『新しい大切な人』を増やすように、との事だ」
「ああ、確か……あの星の特徴といえば『目の前で大切に想う者が、死ぬところを目にしたら、能力が爆発的に向上する』だったか。
それで、あのお人好しの能天気マリスか。適正配置、というやつだな」
乾いた笑いが、薄暗い空間に落ちる。
その声は、誰にも届かない場所で響き、静かに、残酷な役割を告げていた。
◆【デオブルグ帝国】
●リヒト・フリード(ショーネ・マーガの星の民)
所属国:デオブルグ帝国
年齢:16歳前後
身長:162cm
髪の色:青(短髪)
瞳の色:灰色(死んだような光)
星:ショーネ・マーガ
備考:家族を人質にされ、帝国の戦力強化実験の被験者として扱われている。
※ショーネ・マーガ詳細
恩恵内容:大切な人を目の前で失う度に、能力・肉体が強化される。
発動条件:喪失という極端な感情トリガー




