第二部 二章4『焼けつく肩』
※カイル視点――村の灯台麓
肩が焼ける。
皮膚が赤黒くただれ、筋肉の奥にまで突き刺さるような痛みが全身を走る。
俺は最早、自分を支える事が出来ず、その場で片膝をつき肩を押さえながら荒く息を吐く。
それでも俺の騎士剣は、まだこの手の中に。
視界の端で風が石畳をなで、焦げた匂いと潮の匂いが交じり合っていた。
その中で、黒衣の男――フードの男が、ゆっくりと上体を起こす。
こちらに背を向けたまま、笑いを含んだ声が落ちてきた。
「やはり、この星を得たのは正解だった……」
背を向け、俺から視線を外したまま立ち上がりその口から言葉が続く。
「初めまして、シ・ジョ・マーガの星の民、カイル・ノルデイン。」
「お前……俺の星の事も知って……!」
声を張り上げると同時に俺の肩の傷がうずく。
「……俺とリアナのことをなぜ知っている!」
「ははっ、君はもう有名人だよ」
振り向きもしないまま、男は愉快そうに言葉を続けた。
「……マーガの戦いから逃げた男。カイル・ノルデイン。
そして……下賤な盗人としても、ね。
リアナの優しさに甘え、騙し、誑かして逃げるなんて……最低だよ君は」
「カイルの事をそんな風に言わないで!」
リアナが声を上げた。力強く震えていた。
それでも、男の口調はまるで変わらなかった。
「僕は――トルネア王国のエディオル・グレイフ」
――リアナの言う通り、こいつはトルネア王国出身か。
エディオルという名前に聞き覚えは無いが、トルネア王国の事は知って居る。
『マーガの戦い』においてリアナの祖国リヴェローナが、交渉の『材料』としてリアナを『貢物』として差し出すはずだった相手国。
まさかその名が、今この場で再び現れるとは。
「人の事を、リアナを貢ぎ物だの何だの……誰がそんなものを……受け入れるか……っ!」
怒鳴ろうとした喉が痛みによって詰まる。
肩の痛みが、焼けつくというより暴れ出している。
通常の火傷ではありえない速さで、痛みが強くなっている。
肩の中で何かがじゅうじゅうと燻っているかのように。
熱の芯が、骨のすぐ隣で燻製のように居座って離れず、筋肉の奥深くまで沁み込んだ何かが、神経をざらつかせる。
表面が焼けただれたその下で、異物が動いているような感覚――。
感覚神経がざらつきながら、内側から破壊されていく実感がある。
俺は息を詰め、じっと痛みに耐えながら目の前の男を睨みつけた。
だがエディオルはまるで語ることに酔うかのように、そして俺と視線を重ねない様に背を向けたまま、ゆったりと話し始める。
「……僕の星はね『ナロー・マーガの星』他人のマーガの星をただ視認することで模倣し、自身の力とする事が出来る。
だけど模倣出来るといっても……人生において、二つだけ」
模倣。その言葉が静かに胸の底に突き刺さる。
「最初に得たのは――『レキ・マーガの星』炎に毒を纏わせる星さ。
炎の見た目をしていても、その本質は毒だ」
炎に毒……という事は、この全身を駆け巡る強烈な苦痛は……毒か。
「火に触れた瞬間、火傷だけじゃない。
その火傷から毒が体内へ染み込み、肉を蝕み内側から焼き尽くす」
その説明に合わせるかのように、肩の傷が激しくうずいた。
肉の奥に、何かが這いまわっているような異様な感覚。
『毒』が――確かに、俺の中で広がっている。
「……そして次に模倣したのが『セーネ・マーガの星』
そうだリアナの星だ。体液を毒に変える力。唾液も血も、涙でさえも」
エディオルの声には、歪んだ優しさと独占欲が滲んでいた。
その気配にリアナが小さく震えたのがわかった。
「だからこそ、リアナは僕と共に生きるべきなんだ!
彼女と同じ毒を纏う事で今この世界で、彼女を抱きしめる事が出来るただ唯一の星となれたのさ!」
懐から再び小瓶を取り出すエディオル。
その手元で瓶がきらりと揺れた。
「……リアナ、君を本当に受け入れられるのは僕だけだ。
同じ星を持ち、同じ毒を受け入れた、ただ一人の存在として」
左手で瓶を掲げ、右手の指を――パチと鳴らす。
そこから火花が飛んだ。
……どうやら手袋の内側、更に指先に火打ち石が仕込まれているらしいな。
そんなことを考えながらも、痛みに堪えながら、俺は立ち上がろうとする。
だが、足がついてこない。立ちかけた膝が砕けるように崩れ落ちた。
「さあ、リアナ」
エディオルが声を張る。
「僕の手を取って。それでこの盗人の命は見逃してあげるよ」
朦朧とする意識の中、俺はリアナの名を呼んだ――はずだった。
……だがその時、俺の傍らに人のぬくもりを感じる。
リアナだった。
俺のすぐそばへ、そっと膝をつき優しく微笑んでいる。
「……ごめんねカイル。少しだけ我慢してね」
その言葉と同時に彼女は黒く爛れた、俺の右肩の火傷の傷に顔を寄せる。
そして――俺の火傷に、直接舌を這わせ始める。
冷たい感触。
それが皮膚に触れた瞬間、熱がすっと引いていくような、そんな錯覚を覚えた。
何をしているのか。
問いかける言葉すら喉に引っかかって出てこない。
ただ彼女の唇と舌先が、炎の痕をたどるようにやさしく動くたび、
肩の痛みが、ほんのわずかずつ静まっていくように思えた。
俺は――彼女のその行為に何も言葉を返せなかった。




