表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギグ・マーガの星に捧ぐ唄  作者: 改易庇護之介
第二部 二章 毒の火
86/129

第二部 二章4『焼けつく肩』

 ※カイル視点――村の灯台麓


 肩が焼ける。


 皮膚が赤黒くただれ、筋肉の奥にまで突き刺さるような痛みが全身を走る。

 俺は最早、自分を支える事が出来ず、その場で片膝をつき肩を押さえながら荒く息を吐く。


 それでも俺の騎士剣は、まだこの手の中に。


 視界の端で風が石畳をなで、焦げた匂いと潮の匂いが交じり合っていた。


 その中で、黒衣の男――フードの男が、ゆっくりと上体を起こす。

 こちらに背を向けたまま、笑いを含んだ声が落ちてきた。


「やはり、この星を得たのは正解だった……」


 背を向け、俺から視線を外したまま立ち上がりその口から言葉が続く。


「初めまして、シ・ジョ・マーガの星の民、カイル・ノルデイン。」


「お前……俺の星の事も知って……!」


 声を張り上げると同時に俺の肩の傷がうずく。


「……俺とリアナのことをなぜ知っている!」


「ははっ、君はもう有名人だよ」


 振り向きもしないまま、男は愉快そうに言葉を続けた。


「……マーガの戦いから逃げた男。カイル・ノルデイン。

 そして……下賤な盗人としても、ね。

 リアナの優しさに甘え、騙し、誑かして逃げるなんて……最低だよ君は」


「カイルの事をそんな風に言わないで!」


 リアナが声を上げた。力強く震えていた。

 それでも、男の口調はまるで変わらなかった。


「僕は――トルネア王国のエディオル・グレイフ」


 ――リアナの言う通り、こいつはトルネア王国出身か。


 エディオルという名前に聞き覚えは無いが、トルネア王国の事は知って居る。


『マーガの戦い』においてリアナの祖国リヴェローナが、交渉の『材料』としてリアナを『貢物』として差し出すはずだった相手国。

 まさかその名が、今この場で再び現れるとは。


「人の事を、リアナを貢ぎ物だの何だの……誰がそんなものを……受け入れるか……っ!」


 怒鳴ろうとした喉が痛みによって詰まる。

 肩の痛みが、焼けつくというより暴れ出している。

 通常の火傷ではありえない速さで、痛みが強くなっている。


 肩の中で何かがじゅうじゅうと燻っているかのように。

 熱の芯が、骨のすぐ隣で燻製のように居座って離れず、筋肉の奥深くまで沁み込んだ何かが、神経をざらつかせる。


 表面が焼けただれたその下で、異物が動いているような感覚――。

 感覚神経がざらつきながら、内側から破壊されていく実感がある。

 俺は息を詰め、じっと痛みに耐えながら目の前の男を睨みつけた。


 だがエディオルはまるで語ることに酔うかのように、そして俺と視線を重ねない様に背を向けたまま、ゆったりと話し始める。


「……僕の星はね『ナロー・マーガの星』他人のマーガの星をただ視認することで模倣し、自身の力とする事が出来る。

 だけど模倣出来るといっても……人生において、二つだけ」


 模倣。その言葉が静かに胸の底に突き刺さる。


「最初に得たのは――『レキ・マーガの星』炎に毒を纏わせる星さ。

 炎の見た目をしていても、その本質は毒だ」


 炎に毒……という事は、この全身を駆け巡る強烈な苦痛は……毒か。


「火に触れた瞬間、火傷だけじゃない。

 その火傷から毒が体内へ染み込み、肉を蝕み内側から焼き尽くす」


 その説明に合わせるかのように、肩の傷が激しくうずいた。

 肉の奥に、何かが這いまわっているような異様な感覚。


 『毒』が――確かに、俺の中で広がっている。


「……そして次に模倣したのが『セーネ・マーガの星』

 そうだリアナの星だ。体液を毒に変える力。唾液も血も、涙でさえも」


 エディオルの声には、歪んだ優しさと独占欲が滲んでいた。

 その気配にリアナが小さく震えたのがわかった。


「だからこそ、リアナは僕と共に生きるべきなんだ!

 彼女と同じ毒を纏う事で今この世界で、彼女を抱きしめる事が出来るただ唯一の星となれたのさ!」


 懐から再び小瓶を取り出すエディオル。

 その手元で瓶がきらりと揺れた。


「……リアナ、君を本当に受け入れられるのは僕だけだ。

 同じ星を持ち、同じ毒を受け入れた、ただ一人の存在として」


 左手で瓶を掲げ、右手の指を――パチと鳴らす。

 そこから火花が飛んだ。


 ……どうやら手袋の内側、更に指先に火打ち石が仕込まれているらしいな。


 そんなことを考えながらも、痛みに堪えながら、俺は立ち上がろうとする。

 だが、足がついてこない。立ちかけた膝が砕けるように崩れ落ちた。


「さあ、リアナ」


 エディオルが声を張る。


「僕の手を取って。それでこの盗人の命は見逃してあげるよ」


 朦朧とする意識の中、俺はリアナの名を呼んだ――はずだった。

 ……だがその時、俺の傍らに人のぬくもりを感じる。


 リアナだった。


 俺のすぐそばへ、そっと膝をつき優しく微笑んでいる。


「……ごめんねカイル。少しだけ我慢してね」


 その言葉と同時に彼女は黒く爛れた、俺の右肩の火傷の傷に顔を寄せる。



 そして――俺の火傷に、直接舌を這わせ始める。



 冷たい感触。

 それが皮膚に触れた瞬間、熱がすっと引いていくような、そんな錯覚を覚えた。


 何をしているのか。

 問いかける言葉すら喉に引っかかって出てこない。


 ただ彼女の唇と舌先が、炎の痕をたどるようにやさしく動くたび、

 肩の痛みが、ほんのわずかずつ静まっていくように思えた。


 俺は――彼女のその行為に何も言葉を返せなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ