第二部 二章3『交差する星』
※カイル視点――村の灯台麓
灯台の下、潮の匂いが風に溶けていた。
石畳をなぞるように、冷たい空気が足元へと忍び寄る。
背後で微かな吐息。
リアナが息を呑みこむように、そして絞り出すように俺へ話しかける。
「カイル……あの人トルネア王国でナロー・マーガの星の人。
二つの星を模倣して、自分の力に出来る星だったと思う。
そしてその二つの星のうち、一つは私の『セーネ・マーガの星』を模倣している筈。だから……」
つまりこいつの体内にはリアナと同じ毒があるという事。
という事は……こいつの血液や、何かしらの体液には注意。
そして二つ目の星に関しては、未だ不明といった所か。
「……来るか」
低く声を零すフードを深くかぶった男は、俺に顔を見せようとせず、その視線は、俺の足元をなぞるように落ちている。
俺は剣を上段に構えたまま一気に前へ出る。
思考を断ち切り、ただ動く。
守るべきものがある。今はただそれだけでいい。
間合いを詰めながら剣を構え、その勢いを乗せ剣を振るう。
狙いは、奴の頭部――。
だが男は即座に俺との間合いを取る様に、後方へ下がりつつ懐に手を滑らせた。
黒手袋越しに取り出された、ガラス小瓶が俺の目の前に投げ込まれる。
カシャン、と砕けその瓶から何かの油らしき液体。
更にその瓶の中から、異臭が周囲にばら撒かれる
――嫌な予感。
「下がれ、リアナ!」
カァン!
俺が叫ぶのと同時に、フードの男は自分の手を地面に叩きつける。
その瞬間、金属音らしき音が響き渡り、その手からパチリと火花が跳ね、赤い炎が舞い上がるように、俺へ向け走り出す。
その地面を這う赤い蛇を思わせる炎が、俺の横を掠めて走り抜ける。
足元の肌に熱がかすった瞬間、思わず息を詰めた。
何かおかしい、これは……ただの火じゃない。
熱がかすった部分に、焼ける痛みが立ち上がり、徐々に皮膚の奥へと染みていく。
内側の何かが悲鳴を上げる。言葉にはできないが体が『異常』だと叫び始める。
「危ない!」
リアナの声が響く。
炎に目を伏せ、恐怖に震えながらも俺を想う気持ちが背中越しに伝わった。
フード男は一貫して今も顔を見せず、視線はけして俺と重ならぬように、こちらの足元周りをを見つめ続ける。
ずれそうになるフードの端を無意識に押さえ続けたまま。
やはり、視線を避けている?
そんな疑念がよぎる。
まるで、俺の『目』を恐れているような――。
もしや俺のマーガの星の特性も、既に知っているのか。
男が再び小瓶を取り出し投げつける。
火花が閃き、石畳が黒く焦げる。
三本、四本。連続して放たれる。
俺の間合いを避け、距離を取ろうとしつつ、更に俺に視線を捕らえられない様に動いているのは、最早明白。
俺は斜めに跳び、態勢を低く保つ。
奴が俺の足の動きだけで位置や動きを、目視で判断しているのなら俺自身が低く保てば良い。
そう考えた俺は奴のガラス瓶から放たれる炎や、手から放たれる火花を見ながら更に距離を詰める。
――不意に自分へ、風がぶつかり始める。
風向きが変わり向かい風へ。
その炎が避けたはずの俺の方へ舞い、右肩をかすめる。
「ッ……!」
焼ける痛みが走る。
だがそれ以上に、内側から沁みるような異様な熱が自身の動きを妨げる。
火が皮膚を越えて肉に染み込むような……。
普通じゃない。けれどそれが何かは、まだ分からない。
俺は奴の死角を探すように横へ回る。
また火花。リアナが息を詰めた気配。
俺と黒いフードの男は態勢が向かい合う状態へ重なり出す。
――ここ。
俺はそこから一気にフード男へ向かい走り出す。
そして俺はフード男へ向かい、まるで海へ飛び込む様に、奴の正面へ跳ぶ。
そのまま空中で体勢を仰け反らせ、背面飛びの状態になりながら視線を真っ直ぐに――下部から奴のその黒い瞳を捉えた。
一瞬、フードの奥に黒い瞳。
――視界固定。シ・ジョ・マーガの星発動。
「……見ろ」
俺と奴の視線が交差する。その瞬間、男の動きが止まり視線が固定する。
やはり避けていたのは、この俺の星を知っていたからだ。
だが関係ない。
俺は背中から叩きつけられた、体をそのまま捻り、回転の勢いで跳ね起きる。
その捻られた俺の態勢の視線の引力に引かれるように、奴の体が宙を舞った。
次の瞬間、俺との視線の交差を外せないままに石畳に叩きつけられる男。
その衝撃の勢いのまま、奴のフードが捲れる。
黒髪が炎に照らされ、歪んだ顔が露わになる。
痛みと怒りが、その目に宿っていた。
誰も動けない。空気が熱でうねり、耳の奥で風が鳴っていた。
俺が立ち上がり更に視線を捕らえたまま見据える、だがそのとき――
背後で、カランと砕ける音。
しまった。
火花が炸裂し炎がもう一度舞う。
右肩の部分が放たれた火で上着が爆ぜ、強烈な火傷を負う。
今まで受けた事の無い、痛みに視界が揺らぎ、膝が崩れる流れで視線固定の状況が外れてしまう。
「がああああっ! くそっ……!」
痛みに悶えるように、俺はその場に蹲る。
そんな状態の中、あの男の方向からまた小瓶が割られる音。
倒れたままの状態であの男は再度地面を叩き、なおも地面に火を走らせる。
それを避けるべく無理やりに俺は身を翻すが、その勢いから肩の同じ場所にさっきより深い痛みが走った。
筋肉が内側から捻じられるような痛み。
その傷口に何度も刃物を突き立てるかのような痛み。
視界の端でリアナが息を呑んでいた。
「カイル……!」
小さな声。声の端が震えている。
止めたい、でも触れない――そんな葛藤のにじむ声。
俺の目がにじむ。
熱か、痛みか、それとも――星の何かが、身体の底から軋み始めている。
本能が告げていた。
視線を交わしただけで終わらせられる相手じゃない。何かが、おかしい。
灯台の下、焦げた煙と潮の匂いが重なって、周囲を覆っていた。
夜はまだ、終わらない。




