第二部 二章2『毒を照らせ、火を灯せ』
※エディオル・グレイフ視点――過去視点。
この痛みは、きっと正しい。
瞳の奥が焼けるように熱く、肺がじりじりと焼き切れるようだ。
皮膚の内側を何かが這い、全身がきしみを上げている。
それでも、僕は笑みを浮かべていた。
なぜなら――
これは『選ばれた者』にしか辿り着けない痛みなのだろうから。
星局の記録保管室。
青い書簡と、紅い封蝋。
あの時、監察官が呟いた言葉を今も覚えている。
「近国ケンドリア王国の星『レキ・マーガの星』の資料だ。
これは現代においても極めて危険な分類に入り、更に過去の勝率も結構高い。
毒性を帯びた火炎を生み出す星……対象は、生きながら神経を焼かれる」
そして、こうも続けた。
「この毒に解毒手段は『ほぼ』存在しない。
小さな火傷程度の傷を与えただけで全身を毒が緩やかに回り始め、最終的に命を奪う事になる。
その確実な解毒方法の一つとしては……その星の持ち主を殺す事」
――レキ・マーガの星。
そんなものを僕は自分の中に取り込もうとしている。
先ず僕のナロー・マーガの特製は『他者のマーガの星を目視により、生涯に於いて二つ得る事が可能』
僕は先ず一つ目、隣国のレキ・マーガの星を得ると決定した。
この、毒性を帯びた火炎を生み出す力を得れば、それはリアナを守る力になる。
そして二つ目はリアナの星、セーネ・マーガの星の力を得る事。
僕が彼女に触れる為にリアナと同じ星を、この身に宿せば……彼女に、リアナに近づくことが出来る、抱き合う事が出来る。
彼女に近づきたい。触れたい。
そのためなら火に焼かれることなど、恐れるに足らない。
◇ ◇ ◇
※エディオル視点――過去視点、ケンドリア王国郊外
追跡は容易ではなかった。
ケンドリア王国、レキ・マーガの星が今回の追跡対象。
そして星の持ち主の名前は、フィールズ姉妹。
現時点の情報によると、その姉妹の『どちらか』が星の持ち主。
その姉妹は双子という特性を生かし、姉妹どちらがその星の持ち主か徹底的に秘匿されている。
そしてマーガの戦いに於いて、姉妹で同じ様な動きで敵を混乱させつつ、二人が火種を撒き、火を放つ、そんな戦略を基に特訓をしているらしい。
その星の特性上、その星の持ち主の扱う火に火傷、熱傷創を負わされた場合、そこに毒性を帯び、徐々に身体は弱り、そして静かに死へ招かれる。
故に、この『レキ・マーガの星』の強さは過去の歴史を垣間見ても、かなりの勝率を残している。
そして……最終的にマーガの戦いに於いて、その星の持ち主がトドメを刺せば、それは自動的に星を討ちとった事になるのだから、それはある意味、双子という特性を生かし切った戦い方。
故に、今回の追跡は……命を賭けた追跡となった。
◇ ◇ ◇
緑豊かなケンドリア王国、その郊外の森の中、ここがあの姉妹の特訓の場所。
その発火の痕跡――炎の熱と焦げた土の臭い。
それらは、彼女達の居場所を指し示すように残されていた。
僕はその痕跡を辿り、ついに接触可能な距離へと近づくことに成功した。
構外にて訓練に勤しむ、二人の前に姿を表す僕。
「……誰?」
「その装飾服、トルネア王国?」
――しかし、ここで僕の『ナロー・マーガの星』の模倣の力が良い方向に傾いた。
姉妹のどちらが、という判断無しにただ確認の様に二人と交互に視線を交わすだけで、星の持ち主が判別出来る。
目を合わせるだけで、自然にこの体内へレキ・マーガの星の力が流れ込んで来る。
姉妹は僕を推しはかる様に、構えを取り、手に小瓶を構え、手袋の火打ち石を何時でも発動出来るように、そして僕を推し量る様に身構える。
だがその時間が長引けば長引くほど……僕のこの星の力は、この身体にレキ・マーガの星の力を落とし込んで行く。
……そして、彼女の星が輝くと同時に、僕の眼球の裏に火が灯るかのような痛みを走らせる。視界に映った赤、灼熱、毒。
それらが、僕のナロー・マーガに取り込まれていく。
まるで魂ごと焼き刻まれるような感覚だった。
内側から熱が噴き上がる。
喉が焼け、血が沸騰しそうな錯覚に襲われる。
それでも、逃げなかった。
星の模倣は、成功した。
◇ ◇ ◇
逃走は一瞬だった。
星の発動を察知された瞬間、周囲がざわついた。
僕はその隙をつき、急ぎその場を離れ、そのまま街中へ潜り込み、人混みに紛れて姿を消す。背後で怒声が飛び交い、人払いと僕を呼び止めようとする声。
だが、僕はもう振り返らなかった。
その後、自国へ戻りそこで得た星の力を完全に自分の物へするべく、鍛錬を始める。
まずは制御。
構えた小瓶に火薬入りの小袋、そして着火用の火打ち付き手袋。
既に僕が生む火は、予定通り毒を宿していた。
最初に布を焦がしたとき、周囲にいた助手がむせて倒れた。
毒の揮発性は予想以上だった。
それでも構わない。僕は何度も繰り返した。
発火の圧、毒の流れ、飛沫の広がり――そのすべてを体に覚えさせる。
焼けた肉の臭いに慣れ、痛みに耐える。
その毒を、それが僕の中で極めるということだった。
◇ ◇ ◇
※エディオル・グレイフ視点――灯台麓
――灯台麓にて。
それから僕はまっすぐに、彼女のいる町を目指しここへ辿り着いた。
手紙はすでに、リアナの家の裏口の扉に差し込んである。
あの下賤な男――カイルに仕掛けたその前に。
リアナは、きっと一人で先ず読む。
そしてあの男に黙って一人で来る。彼女は優しいから。
彼女の命も、あの男の命も僕が決める。
そうして星が、導くように。
……灯台。
海沿いの町、港の端。
そこに佇む古びた灯台は、まるで彼女の気配を捉えて囁くようだった。
『ここだ』と。
この町に来てから、僕の星はずっとこの胸でざわついている。
まるで、リアナの鼓動を探しているように。
そして僕は知っている。
この灯台こそが僕と彼女のために星が選んだ、出会いの場所だということを。
フードを深く被り、灯台の影に身を沈める。
――ここで、待とう。
リアナ。
今度こそ、僕の手で君にその星に触れるために。




