第二部一章6『やっぱり貴方はまた間違える』
※リアナ視点――港町自宅、深夜。
キイッ――パタン
深夜、息を殺しながら音を立てぬ様に、私は自宅の裏口の扉を開け、静かに閉じる。そしてゆっくりと表へ回り、カイルの部屋の灯りが閉じられているのを確認する。
……カイルは、一度寝たらなかなか起きないから。
そんな事を考え、私は手元の夜道用の灯りに火を入れる。
その灯る明かりに、自分の姿が露わになる。
――もう二度と、着る事がありませんように。
かつて、祖国を出る時に、そう願った祖国リヴェローナ神楽郷時代の巫女服。
白を基調とし、青いラインを所々織り込んだ、故郷の巫女服、そしてその服に袖を通した、自分の影。
懐から一枚の、手紙を出し目を通す。
“あの金髪の男と別れ、ここへ一人来て、僕と共に国へ帰るのなら、あの男の命だけは奪わずにいかしておいて上げる”
今日、何時の間にか裏口の扉に挟まれていた、一枚の手紙。
差出人は間違いなく、今日カイルを不意に襲ったあの黒づくめの男だと思う。
そして、あそこまで視線を合わさぬ振る舞いから考える。
間違いなく何かしらの『マーガの星の民』なんだろう。
そして、あの男の望みは、私の身柄。
どういった意図からなのかは判らないけど……カイルの身を想えば、私は――。
そして手紙を裏返し、更に書かれた文字に再度目を通す。
『この村の外れにある、あの白い灯台で君を待つ』
◇ ◇ ◇
※リアナ視点――港町、深夜。
静まり返った深夜の港町。
港近くの、酒場も既に灯りは落とされている。
こんな時間に、一人歩く女性なんて本来は有り得ない話の筈。
それでも港町は朝が早い筈なので、何時誰かに会うかもしれないと考え、私は少し足早に灯台へ向かう。
港を超えた、向こうの丘の上に灯る灯台。
波音だけが、夜の静寂に律動を刻んでいる。
湿った潮の香りが、風と共に肌を撫でていく。
港を過ぎ、そのまま一人灯台への、暗い丘の道を手元の明かりを頼りに一人歩く。
どのくらい歩いただろうか、その灯台の石造りの外壁にもたれ掛かるように、ひとりの人影が立っていた。
黒いフード。その奥に顔は見えない。
ただ、その姿だけが、前からそこに在ったかのように、闇に溶け込んでいた。
「……ちゃんと約束守れたんだ。エラいよリアナ」
その声は、優しげな響きを纏っていた。
けれど、その抑揚の裏に本物の感情は感じられない。
まるで優し気な感情という情景を、台詞と音程だけで、模写しているだけの空虚な言葉。
私は言葉を返さない。
何も答えず、私はその場に立っていた。
目の前の何者かの気配を、波の音の向こうで静かに、記憶と共に手繰り寄せるような時が流れる。
「……その服は、リヴェローナの巫女服か。良く似合っている」
そんな言葉と共に、フードの影にある、男の眼光が私のランプの灯りを反射をする。
そのまま、目の前の男は、静かに自分のフードを捲り、顔をあらわにした。
静かに私と、この男の視線が交差する。
その黒い髪に黒い瞳が、何か異様な雰囲気を奏で始めているかのように、うっすらと光を纏い始める。
「家の裏口に手紙を差し込んだのは僕だよ。
そしてこうして直接声を交わし合うのは久しいね、リアナ」
その黒いフードめくり露わとなった、記憶に無い面影。
しかし、この男の言葉の通りなら……私と彼は初対面ではない?
目にかかる長さの黒の前髪、そして黒い瞳。
体躯はカイルよりも少し小柄、そしてそのフードと繋がった黒いコートに刻まれた、トルネア国の紋章。
その姿に一人の男が記憶の底から、うぞりという音を立てながら、私の頭の中に蘇る。
――エディオル・グレイフ。
かつて私が貢物として送られ、そして受け取るはずだった国の男。
トルネア王国の『マーガの星の民』の青年。
今、その彼がこの場で私の目の前にいる。
「読んでくれたんだね」
――あの金髪の男と別れ、ここへ一人来て、僕と共に国へ帰るのなら、あの男の命だけは奪わずにいかしておいて上げる――
手紙の内容そのままを、上げる声に揺れはない。
まるで、あらかじめ記録された文を再生するように、音だけが夜に落ちる。
私はただ、彼を見つめた。何も言わず、何も崩さず。
エディオルは私から視線を外さないまま、異様な雰囲気を感じさせながら、私に視線を合わせたまま言った。
その瞳が、ますます闇を宿してきている。
そうだ、思い出した……
彼のマーガの星――『ナロー・マーガの星』
己の目で視認した他のマーガの星の民を、その人生に於いてただ『二つ』の恩恵を模倣し、己の力とする事が出来る星。
そして今……彼の中でその恩恵が蠢いている。
つまり彼は、私の『セーネ・マーガの星』の恩恵を……初めて目があった、今ここで模倣し得ているの?
「君の口から、返答が聞きたいな、リアナ」
その彼の瞳はやがて、どす黒い太陽の如く、ゆっくりと光を沈めていく。
私はそんな彼に向かい、ほんの少しだけ息を吸ってゆっくりと声を放つ。
「彼は……カイルは、いつも道に迷うの」
私のその言葉に、エディオルは静かに無言のまま首をかしげる。
その表情は幼い子供の書いた、落書きの様な笑みを張り付けたかのよう。
「カイルは北も南も、いまだによくわかってない。
そして、いつも見当違いの場所にたどり着いて……でも、それでも」
私は胸元に手を添え、目を伏せる。そのまま続けて語る。
「それでも、たった一つだけ彼は間違えない。
……いや、それはきっと本来は『間違い』と呼ぶべき事」
エディオルの張り付けたかのような笑みが徐々に乱れ、その表情に怒りが混じり始めていく。
「リアナ! 返事を聞かせろッ!」
その瞳が、怒りと共にその眼光が更に闇を宿している。
私は一歩、彼から離れながら。
背後へとゆっくりと振り向いた。
「……何で、また間違えてここに来ちゃうの! カイル!」
その言葉は夜風に乗って、木々の騒めきの音と共に風に消える。
だけど次の瞬間――私の横を、金色の残像が駆け抜ける。
私はその横を駆け抜けた一陣の金色へ目を閉じ、そのまま祈りを捧げる。
「貴様ぁぁぁぁリアナに何をした!」
叫びと共に、カイルが私の背後、視線の先、深い闇の果てより現れ、そしてそのまま横を駆け抜けていく。
そのカイルの手には、灯台の光を帯びた、祖国の騎士の剣を振り上げてエディオルへと飛びかかる。
その金色の光を纏う剣一閃が、どす黒く光る太陽を、斬り裂くかのように。




