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ギグ・マーガの星に捧ぐ唄  作者: 改易庇護之介
第二部 一章 灯される命
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第二部一章2『買い出しと誘導とカイルの悲劇』

 ※カイル視点――港町



「……さて、買い出しに行ってくる」


 玄関で一息、気合いを入れる。

 野菜は尽き、魚は骨と皮、塩壺はからっぽ、調味料は底の底。


 これはもう、生活の危機――いや生命の危機。

 いくらリアナが可愛いからとて、リアナの可愛さで心は膨れても、腹は膨れない。



 任務名:市場で食料を確保せよ。


「今回は……絶対に道を……そして街を見失わない」


 そう静かに宣言し、扉に手をかけた――その瞬間。


「カイル、北はどっち?」


「希望へ向かう方向だ」


「はい残念。出直し決定」


 背後からリアナの声。

 振り返ると、すでに靴を履き終えた彼女が、腕を組んでの仁王立ち。

 その表情は優しいのに、瞳だけが冷酷に告げていた。


 『あなたには方向感覚という人間の恩恵が存在しない』と。


 しかしそんな視線のリアナも、また可愛いのだ。



 ◇ ◇ ◇

 天気は上々。潮風は心地よく、陽射しも穏やか。

 漁師町の石畳には活気が満ちている。


「いいかリアナ。理論的に考えれば地図の上が北。

 人として上とは未来を示す『前』である事は自明の理だろう。

 つまり、俺が前を向いて歩けば、自然と――」


「えっと、カイル今何の話しているのかな? 道徳? 地図の話だよね」


 リアナはため息をつきながら、俺の持っていた地図をくるりと回した。

 その手付きすら、なんだか美しい。


「ほらこうやって持つと、こっちが南になるでしょ?

  方角っていうのは、目印があってこそ――」


「……山が、動いた?」


「うう、やっぱりカイルは方向狂気だよぅ……」



 ◇ ◇ ◇

 市場には、無事に到着した。

 もちろん、全てはリアナの誘導によるものだ。

 俺はただ従って歩いただけ。


 が、そんな事情を知らない第三者から見れば――


「まあまあ、あの二人見てごらんよ」


「恋人さんかしら。若いっていいわねえ」


「ふふっ、うちの孫もそろそろ嫁を――いや、無理ね、あんな可愛い子来ないもの」


 市場のおばちゃんたちの言葉が、遠慮なしに耳に飛び込んでくる。

 リアナは小さくうつむき、頬がわずかに染まった。


「……なんか、少し恥ずかしいかも」


「街中は視線が多いな、やはり」


 俺は両手に山盛りの荷物を抱えながら、彼女の横顔をちらりと盗み見る。

 日差しの下のリアナもまた可愛い、とても。

 だが、気を抜いているわけにはいかない。


 それは――俺のマーガの星の力『シ・ジョ・マーガ』のこと。


 漁港沿いの石畳を歩く帰り道。

 突如、横合いから二人組の男が姿を現す、その出で立ちは、まあありきたりな程に海の男らしい浅黒い肌に、粗雑な身なりに下品な表情。


「おっと、どえらい美人さんじゃねぇか。

 どうだい嬢ちゃん、一緒に浜辺で一杯――」


「はは、そんな目つきの悪い兄ちゃんの荷物持ってるのはもったいねぇって。

 な? 俺らなら、もうちょい楽しくやれるぜ?」


 笑顔のつもりなのか、歪んだ口元がにやにやと動いている。

 まったく、ため息が零れそうな程に残念かつ、お約束のような絡み。

 しかし、俺やリアナにとっては不快以外の何物でもない。


 俺はゆっくりと、右の男と目を、視線を重ねる。

 その視線の先には『判っているよな?』的な、俺を見下し下卑た視線。

 視線を交わす事すら嫌悪感を感じるが、俺は静かに集中する。


 視線固定――発動。


 俺の星『シ・ジョ・マーガの星』

 意識し、視線を合わせるだけで、相手の視線を縛る。


 目を逸らせなくなる。視覚の捕縛。


 俺はゆっくりと一人の視線を捕らえたまま、首だけを海の方へ向ける。

 すると男の体もふらりと、俺の視線に導かれるように後退し――


「う、あれ……うあああああっ!」ざっぱああああん!


 海に誘導し、そのまま港の沿岸から叩き落す。

 その瞬間まで、男の目は、俺から一度も逸れなかった。


「もう、カイルったら……」


 リアナが困ったように呟く。


「視覚だけだ。

 ……優しいほうだ」


 実際、本気を出せば俺は――呼吸すら同期させられる。


 視線を捕らえた状態で、俺が呼吸を止めれば、相手も止まる。

 俺が深呼吸すれば相手も吸う――たとえそれが、海水でも。


 あくまで、目が合っている間限定となり、今回の場合は俺もあの男を追いかけて、海の中にまで行く必要があるがな。


「お、おい! 何しているんだ! 酔ってんのか!? バカか!?」


「ごぼっ、ばっ、な、なにが起きた……!」


 男たちの狼狽を背に、俺たちはそのまま歩き出す。


 一応、俺にだって分かっている。

 こうして星の力を安易に使うのは危険だ。

 どこで誰が見ていて、どんな噂に変わるか分からない。


 だが、それでも。


「カイル、もう、ああいうのやめて。怖いよ……それに、ちょっと可哀そうだよ」


「……いや君が、リアナが可愛いのが悪い」


「もう! ちゃんと聞いてってば!」


 本当に。リアナが可愛い故に、しょうがないのだ。

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