第二部 序章6『星断ちの夜を越えて』
※リアナ視点――
16歳になって暫く後、私はとある王都での会議に呼ばれ、席に座る。
重い扉の閉まる音が、会議室全体に響き渡った。
私が呼ばれる会議。
それは間違いなく『マーガの戦い』についての話。
王国の中央政庁。その一角にある星記録局の会議室は昼でもどこか薄暗い。
重ねられた資料と並ぶ記録官たちの視線。
そのどれもが目の前の現実から、目をそらそうとしているように見えた。
「――テオブルグ帝国より報告。先代ヴィエル・マーガの星の民、死去を確認」
「均衡崩壊に伴い、星の選定制度が再始動」
「セーネ・マーガの星は……リアナ・フィーネス」
記録官の声は機械的で、拾い上げるべき感情はどこにもない。
その事務的な響きがかえって私の冷たく心に残る。
周囲が一時さざめき、そしてしばらく後に落ちる、重い沈黙。
むしろ、星を得た者への静かな諦めや警戒の入り混じった気配――。
その沈黙を破る、また別の誰かの発言。
「……リアナ・フィーネスを、他国にて『保護』を検討すべきかと」
保護という名の『外交交渉資産』扱い。言葉にせずとも直ぐに理解した。
そして誰もが、この私『リアナ・フィーネス』を外交交渉資産として取り扱うことを、さも当然のように会議は流れていく。
リアナは机上の書類や視線から目をそらし、無言で席を立つ。
小さな背中が会議室の扉へ向かって消えていった。
◇ ◇ ◇
※カイル視点――
俺は辺境の警備任務に就いていた。
夜の風は思った以上に冷たい。外灯の下、見慣れた同僚が走ってくる。
彼の手には中央王都からの封書。
「おい、カイル。マーガの星の戦争、いよいよ始まるらしいぞ。これ見ろよ」
差し出された紙には、見慣れない記号とともに『セーネ・マーガ』の名があった。
胸が強く締めつけられる。
(……リアナだ。間違いない)
ずっと感じていた不安が、確信に変わる。
同僚は何かを話しかけてくるが、もう耳に入らない。
地図を開き、装備を整え始める。
夜の帳が降りる中、静かに駐屯地を抜け出した。
僕は迷いなく、ただリアナのいる王都を目指して走り出す。
◇ ◇ ◇
それから二日。昼夜を問わず歩き続けた。
王都の灯りが夜空に滲むころ、ようやく目的の建物にたどり着く。
管理局の裏口は、いつもと同じく静かだ。
だが、その内部には、鉄と監視の空気が流れている。
リアナがどこにいるか、僕には分かっていた。
この国との交流は盛んゆえ、何度も歩き見慣れた光景だ。
だが今回は、交流の体も無く、事前の通達なしの独断の往訪。
ばれたらそれこそ、簡素な始末書では済まない話。
自分の鼓動が、暗闇の中でやけに大きく響く。
物音を殺し、閉ざされた扉を抜けていく。
見張りの間を抜け、奥の小部屋へ。
そこで、リアナは一人で椅子に腰かけていた。
窓の外を、ただ静かに見つめている。
◇ ◇ ◇
静かに扉を閉める音で、リアナはようやく振り向いた。
俺の姿を見つけると、彼女はすぐに視線を落とす。
沈黙。
俺が何かを言う前に、リアナの小さな声が空気を震わせた。
「……戦いが始まったら、カイルに私の星をあげようって、思ってたの」
それは、決意というよりも、諦めに近い響きを纏っている。
「そうしたら少しは、貴方の役に立てるかなって……」
全てを受け入れるかのような、静かな微笑み。
僕は、リアナの顔をまっすぐ見る。その頬が月明かりに淡く照らされている。
細い指が膝の上でぎゅっと握りしめられ、静かに震えたまま。
だが、その無理やりに作った悲しい笑みは、保ったまま本当に静かに。
こんな時、慰めに値する言葉を自分の中に探したが見つからない。
だけどどうしても俺には、リアナに言わなきゃならないことがあった。
「リアナ」
リアナが少しだけ顔を上げる。
僕はそっと自分の星の力を開放した。
視線拘束――シ・ジョ・マーガの星の恩恵を静かに発動させる。
リアナの瞳が、ゆっくりと俺を見つめるように引き寄せられる。
「俺はリアナを殺さない。
俺の敵は、この運命そのものだ」
俺はこの運命と向き合うことをここで誓った。
――星断ちの、夜として。
◇ ◇ ◇
リアナがかすかにうなずいた。
その瞬間、俺は彼女へそっと、手を伸ばす。
そして視線でリアナにこう叫ぶ『俺の手を取れ』と
リアナは震える手を、手繰る様に、探る様に、そして縋る様に徐々に伸ばしてくる。
その言葉と共に俺は、リアナの掌を取り決意だけが二人を包む夜の静けさを突き抜ける。
◇ ◇ ◇
廊下には、まだ管理局の見張りの影があった。
けれど、今はもう恐れるものはない。
リアナの手を引き、物音を立てずに抜けていく。
二人の足音だけが、静かに夜の床を打った。
裏口を抜けて、王城の外れに出る。空には、星が静かにきらめいている。
リアナの息遣いがそばにある。
その小さな鼓動を感じるだけで、どんな壁も乗り越えられる気がした。
『マーガの戦い』
――その星を得た者同士は、自然と引かれ合い、そして『殺しあう』
そんな運命を何度も言われ続けて、最早四年。
そんな星を持つ、俺とリアナは共に手を取り合い、夜を駆ける。
静かな夜明け前の空気。どこか遠くで鳥が鳴き始めている。
僕は、リアナの手を強く握りしめた。
「逃げるんじゃない。一緒に戦おう。
この星のもとで絶対に、二人生き抜こう」
二人の背中を、夜明け前の星明かりがそっと照らしている。
その光の下で、僕たちはただ前を向いた。




