第九章7『風と共に去りゆく原始よ』
※シルバー視点――マクガイア王城 会議室
マクガイア王城の会議室は、外から見ればさほど広くもない。
けれど中に足を踏み入れると、壁も机も天井までもが静かに威圧してくるようだった。
重厚な机を囲んで着座するのは三人。
先ずは、我がマクガイア王国のアラン王。
俺はその一角、アラン王の背後に位置取る。
そしてハルメリオス騎士国のセリア王女。
セリア王女の後ろにはディオン。
そしてレスタリア聖域帝国の大公、クロヴィス・ラディセ。
大公の背後には護衛の騎士が二人。
そして……部屋の隅、丸椅子にふてくされて座ってるミルカ。
アスプレディア共和国の代表は、ここには居ない。
星を手放した共和国は、そもそもこの場には不参加。
ミルカも今は一応、マクガイアの客人という立ち位置だ。
今回の場は、形式上は最終確認という顔をしている。
だが――どう見ても嵐の前の、重たい静寂だった。
会議の口火を切ったのはセリア王女だった。
「……まず、レスタリアのマーガの星の民が不参加の理由について問う」
彼女の声音は硬く、それでいて冷静だった。
けれどその目の奥には、鋭い警戒が滲んでいた。
アラン王が、一度俺たちを見やってから口を開く。
「……良いか、クロヴィスよ。説明を」
頷いたのは大公。
あの威圧的な気配をまとう男が、周囲を、顔ぶれを確認し、静かな声で語り始めた。
「我が国の星の名は――ヴィエル・マーガの星」
場が一瞬で凍った。
セリア王女が椅子から身を乗り出す。
「その話、真か」
大公はただ頷いた。
その眼差しはまっすぐで、嘘は一切ない。
「……ああ間違いない。
その力は、そこの……銀色が体験しているはずだ」
急に俺に振られて、なんかもう変な汗がダクダークである。
顔を引きつらせながら、小さく手を挙げる。
「……ああ、一応体験済だ」
セリア王女の眼が細まる。
「……故にか、あの我々への先触れの意図は」
その呟きには重みがあった。
今回の協議において、事前にディオンやミルカの名を軽々しく言わぬ事。
その様な話を、事前にハルメリオスやレスタリアへ、通達を行ったというのは聞いている。
セリアはその視線をディオンへと移す。
ディオンは、セリア王女の後ろに控えて首をかしげていた。
あの星が絡むなら――という表情を浮かべるセリア王女。
ヴィエル・マーガという最強の星の名は、大々的に公開できる代物ではない。
故にこの場に居るのは、各々の国の、限られた面々って所か。
◇ ◇ ◇
会議室の横扉が控えめに開き、そこへマルカス准将が入室し、各国の代表三者に頭を下げ、語りだす。
「……現時点での状況説明にあたり、三国間の情報交換は事前に済ませております」
そう前置きし、壁に立てかけられた大地図を指し示す。
彼が赤い磁石をつまみ、テオブルグ帝国にそれを張り付ける。
「三国とも、同じ共通認識でありましたが……。
やはりテオブルグ帝国の動きに対する懸念が一番です」
そのまま東方へゆるやかに磁石を動かしていく。
「次の標的はおそらくエルストラン王国、あるいはリヴェローナ神楽郷。
だが、最終的な目的は東方南の不凍港確保の可能性が高いと推測される」
会議室の空気が張り詰めていく。
「……ずいぶんと、都合のいい話だな」
俺は思わずそんな言葉を漏らしてしまう。誰にも聞かれないくらいの声で。
星の民たちの命を、口実にして進む拡大戦略。
あまりに極端で、横暴。
しかしそんな中でも、ミルカとディオンは本当に自由だ。
ディオンは肩をぐるぐると回し、ミルカは片肘ついて、あくびの始末。
……外は良い天気だ。
本音を言えば、こんな日は俺だって、美女とデートにでも洒落こみたいものさ。
そんな事を考えつつ、俺はつい窓の外を凝視する。
――窓の外、ここは4階。
何故かそんな所なのに、室内との俺と室外から中をそっとのぞき込んでいる、ハゲと目が合う。
鷹揚で荘厳な、実に絶妙なハッタリ加減のハゲ。
俺の、あのクソ星を授けた……あのハゲ神。
……あっ、いかん。
そんな事を呟いているのであろう、あのハゲの口の動き。
俺は迷うことなく、咄嗟に窓を開け叫んだ。
「ハゲ狩りじゃああああ!
このチャビンガアアァァァ!」
面々が驚き、俺の方を振り返る。
俺は糸を放ち、迷いなくあの神を捕縛。
そのまま会議室の中へ、神を引っ張り込みながら床へ叩きつける。
「ぬふぅーーーーしっ!」
床に転がるハゲ頭。
「久しぶりだなああああこのクソ神!
おいピンキーポイズン! 蹴れ! このハゲ頭をッ!」
「え、え? やだあたし、こわ……こわい……。
というかその名で呼ぶなってんだろ!」
……何をかよわい美少女ムーブしてるんだ、このゲロインめ。
「ええい、やかましいわこの小便漏らし!
こうなったら此奴の首をはねろ! おい、お前ぇぇぇ!」
ディオンへ声をあげる俺。きょとんと自分へ、指をさしつつ首を傾けるディオン。
名前を呼び合えない場というのも……何ともやりにくいもんだ。
◇ ◇ ◇
会議室内の空気が変わる。
傍目には禿げたハゲをハゲハゲしい勢いで、部屋に連れ込む美男子だ。
だが……聞かなくてはならない。
神は何故、この様な事を行い始めたのか。
「オイコラ……チャビンガー。俺の言いたい事が判るか?
何だこのクソみてぇなお遊びは。一体何考えてお前らはこんな事を――」
すると床に組み伏せられた、ハゲの全身が光りだす。
そして気が付くと、会議室の中央、天井近くで浮かびつつ俺達を見下ろしている。
『……我らの恩恵、人の時からすれば遥か昔。
――人、自らが望んだ事、我らは人を慮り、叶えたまで』
息を呑む、会議室の面々。誰もが言葉が出ない。
遥か昔に、人が望んだ事。そしてそれを神は叶えただけの事。
そんな空気の中、一人の男が更に問いかける。
「神よ、ならば何故その神の御心、お恵みに『人の、他のマーガの民の命を奪わねばならない』との宿命を授けたのか」
クロヴィス大公の重く、低いが室内に響く声。
決して座し、祈るように、目を伏せつつも強い言葉を投げかける。
しかし、その後の言葉に、俺は……いや、ここに居る、全員がその言葉の衝撃で動けなくなった。
『……我々神は、一言も人に伝えた事は無い。
最後の一人になるまで『殺しあえ』などとな」
その瞬間、会議室が完全に静止した。
誰もが、自分の星に、自分の正義に、自分の生きてきた物語に問いかける。
星は何のために。
神は誰のために。
自分は、これから何を選ぶのか――
そんな問いが、各人の胸に静かに刺さる。
これから訪れる嵐の予感が、胸を締め付けて離さなかった。
息を飲み、声を発する事も出来ない俺達を、ギグ・マーガの神は一瞥し、静かに光りに包まれ消えていく。
『いかなる神の言葉も、時を経て人の手に渡るたび。
その真意は形を変え、歴史の中で歪められていく』
そして最後にそんな言葉を残し、その光は残滓すら消えた。
――この瞬間、世界は再び動き出す。
星の名を、運命を、そして神を問い直す。
『次の物語』の幕が、静かに上がろうとしていた。




